がっつり搾られて思い切り寝坊したものの、夏休み一日目が始まった。
とりあえず遅い朝食を摂ってミュナに寄越されたレビューを書いたらだらだらしてバイトの時間まで体力回復に努める。
「お兄ちゃん、お休みいつまで?」
「九月末までだ」
「すっごーい、長ーい」
「ほんとに長いよな」
八月はともかく、九月が丸ごと休みだというのはまだ全然実感が湧いていない。
「じゃあ休みの間はいーっぱいできるね!」
「死んでまうわ!」
とは言え、昼間が手持ち無沙汰になるのは確かに事実ではある。サークル活動をしようにもそこまでアクティブなサークルでもないし、さりとて昼間にバイトを足そうにも二か月だけですぱっと終わる都合の良いバイトがあるかというのも悩みどころだった。とは言えここぞとばかりにミュナの身体に溺れるのも色々問題だ。
ふとBGM代わりにテレビをつけると、ちょうどニュース番組をやっていた。
『夏真っ盛りで海水浴場には人がいっぱいです』
「へー、すっごい人出だねー。お兄ちゃん、行ったことある?」
「あるぞ。今映ってるとこじゃないけどな」
「そっかー」
部屋から出られないミュナからしたら海は手の届かない別世界と変わらないのだろう。ミュナは興味なさげに畳の上に寝転がってタブレットを弄りだす。
「ねえお兄ちゃん、お風呂でエッチする時のためにマット買わない?」
「買いません」
「えー、じゃあ椅子はどう?介護用のやつ」
「買わねえっつの」
「んー……じゃあ、ローションとか」
「……考えとく」
ちょっとずつハードルを下げて来るあたり最初から狙ってやっている気がする。
『今年の夏は全員に無料十連ガチャ配布!』
気がついたらニュース番組はCMになっていた。俺もミュナもやっているゲームのCMが流れている。ガチャの目玉の期間限定水着キャラが大写しになる。
「あ、さっきこれ引いたよ」
「は?」
「ほら」
ミュナが見せてくる画面にはさっきテレビに映っていた期間限定の水着最高レアが燦然と鎮座していた。そういえば今日は無料ガチャを引いていなかったのを思い出して慌ててゲームを起動して引いてみたが、最低保障の惨憺たる結果だった。所謂お薬である。
「うわー、ここまで酷いと芸術的だよね」
「うるせえ……」
「あ、そうだ。良いこと思いついた!」
「良いこと?」
さっきまでのろくでもない提案を思い出してミュナの思いつきに懐疑的な目を向けてしまう。
「お兄ちゃん、水着買ってよ。水着。これなら水着代だけでウルトラスーパースペシャルレアの水着ミュナがお兄ちゃんの元に!略してUSSR!ゆーえすえすあーる!!」
「パンツ一丁のマッチョが出て来そうな言い方やめい」
とは言え、海に行けないミュナのためにせめて水着だけでも海気分を出すというのは良いかもしれない。
「安い通販かディスカウントのペンギン屋で良いなら見繕うわ」
「やったー!楽しみにしてるね、お兄ちゃん」
抱きついてくるミュナを慌てて引き剥がす。結局バイトの時間までは通販サイトとにらめっこすることになってしまった。
数日後、結局通販サイトでは折り合いがつかず、現物を求めてディスカウントショップに足を運んでいた。ミュナに水着を着る時は一緒にと言われたのでついでに俺の分も買うことになってしまった。まあ、万一サークルやら何やらでプールか海に行くことになるかも知れないのであって損はないと思ったのもあるが。
(お、これなら背中が紐だから羽根引っかからなくていいかな。サイズもちょうどいいし……)
以前はミュナの服を買ってレジに持って行くのに抵抗があったので通販を選んだのだが、慣れというものは恐ろしいものでミュナの水着と自分用の水着を同じ籠に入れてレジに行ってしまえるようになった。レジの人も全然興味を持たない様子で機械的に流していく。都会というのもあるのだろうか。
「ただいまー。水着買ってきたぞ」
「おかえりー!よーし、試着してみるから覗かないでね」
水着を受け取ったミュナはいそいそと部屋を移動する。ごそごそと衣擦れの音が聞こえてきて、見えないからこそ余計に妄想がむくむくと湧いてきてしまう。
「うん、良い感じ良い感じ」
「大丈夫そうか?」
「おっけーおっけー。じゃ、着替えるね」
「本当に大丈夫なのか……?」
ミュナは鏡にもカメラにも映らない。だからこちらとしては自分のチョイスが正しかったのかどうか現物を見ないと不安になる。だが、ミュナは珍しく俺の前に水着姿を見せようとしない。
「お披露目は後日、ゆっくりとね。まあ、お兄ちゃんが今から水着えっちしたいのならばワタクシもやぶさかではございませんがー」
「残念ながら今からバイトなんだわ」
芝居がかった言い回しをするミュナを一刀両断する。実は本当に少し残念だったがそれは言わないでおいた。その日はお客さんが多くかなり遅くなって、帰った頃には疲れきっていてシャワーを浴びたら泥のように眠った。
ざざーん、ざざーん
波の音が聞こえてきて目が覚めた。隣の布団は空で既に畳まれている。
ざざーん、ざざーん
夢でも見たのかと思ったが、波の音はまだ聞こえてきている。しかもやけに明るくて暑い。最弱とはいえエアコンをかけておいたはずなのだが、全然効いていないようだ。
「あっちーな……うげ、なんじゃこりゃ」
「お兄ちゃん、おはよー!」
ミュナがどこかで何かやらかしたのだろうと起き上がって見回したら原因はあっさり判明した。一番端の部屋は東向きで、朝から日光が入って特に夏場はえらいことになるので物置にしていて普段は遮光カーテンを
しっかりとかけた上で戸も閉めて他の部屋にエアコンの冷気を行き渡らせるようにしていたのだが、それが全開になっている。これでは最弱設定のエアコンが効こうはずもない。日光が燦燦と降り注ぐ真ん中で水着のミュナが笑顔で寝そべっていた。傍らのタブレットからは波の音が聞こえてくる。適当なサイトで音声を拾って流しているのだろう。
「気分だけでも海だよー!ほらほら、お兄ちゃんも着替えて着替えて。それとも、ミュナが着替えさせてあげよっか?」
「いいからカーテンを全部閉めてその部屋を封印しろ。話はそれからだ」
エアコンの温度と風の設定を強めて扇風機を稼働させた辺りで水着姿のミュナがこちらの部屋にやってきた。
「暑いなら水着になったらいーじゃん。ほら、海だってあるし」
「ミュナはどうか知らんが人間はあんなクソ暑い部屋に居たくねえんだよ」
ようやく人心地がついてため息をつく。
「夏の海だから暑くたっていーじゃん。夏が胸を刺激しするんだよ。ほら、生足魅惑のUSSR水着ミュナだよー」
「暑いにも限度があるわ。あと、海辺ってのは暑いだけじゃなくて風があるから体感温度はそうでもないんだ」
「じゃあ扇風機を使って風を……」
「そうではなくてな」
暑いのや寒いのはわかるもののそれで調子を崩すわけではないミュナ相手にはどうにも説明が難しい。
「とにかく、クソ暑いと何もする気力がなくなるから、エアコンの下でできる範囲で海の気分を出そうや」
「うーん、お兄ちゃんと汗だくでイチャイチャする計画がー……」
「はっきり言うぞ。まず暑いのが先に着てミュナの水着がどうとかさっぱり頭に入らんかったわ」
「……今は?」
上目遣いで問いかけられて改めてミュナの水着を凝視してしまう。安物ではあるがフリルのついたビキニでそこまで露出度は高くないものの、普段着ている服とは違いヘソ出しスタイルなのが新鮮だ。無論あれやこれやする時にはヘソどころかもっと色々見るのではあるが、それはそれだ。すらりとした長い手足も、慎ましやかな胸もいつもと違う装いに身を包んでいると全く別の印象で、なかなかの破壊力だ。
「似合ってるぞ」
「テンション低いよー!お兄ちゃんが見立ててくれたんだから似合ってるんならもっとこう、流石俺!とかアゲてこう!」
「……着替えてくるから覗くなよ」
自分の水着を引っ張り出して逃げるように隣の部屋に駆け込んで慌てて着替えるも、脱ぎ着がスムーズにいかない。
「おーい、お兄ちゃん?着替え手伝ってあげよっか?」
「もう終わるから要らん」
見透かしたかのようにミュナが声をかけてくるのを慌てて断る。ミュナの水着を見て俺のモノは少しとは言え反応してしまっていた。深呼吸して落ち着かせる。
「おかえりー。だいぶ部屋が涼しくなってきたけどどうしよっか?」
「んー……とりあえず今かかってる波の音をテレビで映像つきで流すか」
ゲーム機を起動してインターネット経由で探せばすぐにヒットした。テレビ画面に南国の綺麗な浜辺が映し出されて波の音も聞こえてくる。俺もこんなに綺麗なところは行ったことはないが。
「ねえねえ、水風呂入って涼しくなるのはどう?」
「水だと寒すぎるわ。プールとかでもあれ水温三十度ぐらいあるんだぞ。気温と水温は全然違うんだ」
「そうなんだー。お兄ちゃんと汗だくで水着でイチャイチャする計画が……」
「水風呂だと寒すぎるからお湯をぬるめに入れて風呂に入るのはどうだ?」
「あ、それいいね。水着でお風呂」
「それから……もう一個思いついたけどそれは、後でな」
時計をちらりと見る。スーパーが開くのはもう少し後だ。それまでは適度に涼しい部屋でミュナと水着でだらだらすることにした。
水着一枚で畳の上をごろごろしていると、畳の香りだけでなく肌触りも感じられて新鮮だ。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「いや、畳の上をこんな風にほぼ裸で転がるのって初めてだからな。意外と気持ちいい」
ちなみに、ミュナとする時は畳を汚さないようにタオルケットをしっかり敷くかフローリングのリビングでしている。流石に賃貸でそこまで無茶はできない。何度か肝を冷やしたことはあったが。
「お兄ちゃんもミュナを見習って家では裸で過ごしてみるとかどうかな?」
「……いや、その一線はちょっと」
「なんだとー。ミュナはお兄ちゃんに会うまではずっとずっと裸だったんじゃーい!」
「やめろ、くっつくな。暑苦しい」
ミュナの暖かい体温と柔らかい感触に加えて水着の感触がアクセントになって背中に乗っかられるとそれだけで刺激されて勃起しかけてくる。
「お兄ちゃん、ミュナをひっぺがそうと必死になって、さてはおっきくなっちゃってますな?」
「うるせえ、スーパーが開いたら買い物に行きたいんだよ」
「スーパー開くまでまだ時間あるじゃーん。とりあえず一回ヌキヌキしてあげるよ?」
ミュナは手と舌を卑猥に動かして俺を誘惑する。
「駄目だっての。今やったら絶対このクソ暑い中で出てく気力がなくなるわ」
「んー、仕方ないかー。じゃ、買い物終わった後なら良いってこと?」
「……まあ、その時になったら考える」
あっさりと揺らいでしまった。夏休みに入ってバイトもサークルもない日は手持ち無沙汰になってしまうのと、エアコンをつけていて窓を閉めているから下の診療所に気兼ねしなくていいというのもあってか少しミュナとするののハードルが低くなってしまっている気がしている。
「何買うのー?」
「まあそれは買って来てからのお楽しみってことで」
また二人でごろごろだらだらを再開する。テレビで海の動画を見るだけでは寂しかったのでパソコンを立ち上げて適当に夏っぽい曲の詰め合わせをかけた。小さい頃に聞いた懐かしい曲がかかる。
「あ、これ知ってる」
「俺もだ。小学生の頃に流行ったんだっけなー」
懐かしくなってつい口ずさんでしまう。だが、メドレーなのですぐサビが終わって次の曲に移行してしまった。次の曲は知らない曲だった。
「あ、これ聞いたことある。~~♪」
「俺は聞いたことないなぁ」
ミュナは曲に合わせて割と正確に歌う。気になって調べてみたら俺が生まれる少し前の曲だった。
「けっこう古い曲みたいだな。よく知ってたな」
「んー、テレビで聞いて覚えたのかなぁ。なんで知ってるかまでは覚えてないや」
俺がここに来るまでは、ミュナは誰にも気づかれずに長い間居たらしいのでその間にテレビで覚えたのだろうか。少し気になるがミュナはあまりその辺を深堀りされたくないらしく、未だ彼女の過去は謎のままだ。
「なんか思ってた海とは違うけどこんな感じでのんびりするのも良いね」
「そうだな。さて、そろそろちょっと行ってくるわ」
立ち上がって適当な服を見繕って外出用の装いに着替える。パンツまで履き替えるのが面倒だったので水着のインナーをそのまま流用してしまう。一歩外を出ると普段とは違う感触がどうにも気恥ずかしいが今更戻って着替えるのも何なので、そのまま自転車に跨ってスーパーへと急いだ。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。うわ、すごい汗。外暑かった?」
「めっちゃ暑かったわ。しまったな、風呂の準備してから出ればよかった」
「シャワー浴びながらお風呂洗うのはどう?」
「考えたけどバスタオル濡らすのも何だし諦めるわ」
ミュナと会話しつつ買ってきたあれこれを冷凍庫と冷蔵庫に詰める。
「とりあえず、ほい、ラムネ買ってきた」
「おぉー、こ、これが噂の……」
瓶を見せびらかすとミュナは目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ホントにビー玉入ってるんだー!」
「テンション上がるのはわかるが振るなよ。炭酸なんだ」
角度を変えて様々な方向から瓶を観察するミュナに釘を差す。とは言えここまで喜んでもらえたら買ってきた甲斐もあるというものだ。
「ぬるくなる前に飲んじゃいな。危ないから流しで開けような」
「はーい」
「こうやって取り出して、押し込んで、こう、な」
「わかったー」
ミュナは流し台にラムネを置いておっかなびっくりといった様相でラムネに手をかける。
「それでいいぞ。そのまま一気に力を入れるんだ」
「え、えいっ!お、おおー!」
「飲むときに傾けすぎるとビー玉で塞がって出てこなくなるから気をつけてな」
「はぁーい。んっ、美味しいー!」
笑顔のミュナを眺めながらこちらもラムネの瓶を傾ける。瓶でラムネを飲むのは久々だったが、前に飲んだ時よりも美味しいようなそんな気がした。
「そうだ、折角だし海見ながら飲もうっと」
「畳に零すなよー」
ぱたぱたと部屋を移動するミュナを見ながら次の準備にかかる。皿に盛りつけてレンジに放り込んで箸を二人分用意する。
「お兄ちゃーん、何してんのー?こっちおいでよー」
「ちょっと待ってくれ。もうちょいしたら行くから」
温まってくるうちにソースの芳香が漏れ出て鼻腔をくすぐる。そうこうしているうちにレンジが完成を告げが。
「何か作ってたのー?お、この匂いは……」
「はいよ、お待たせ。海と言えば俺はこれだわ」
「ほえー、そうなの?」
湯気を上げる焼きそばを見てミュナは怪訝な顔をする。取り皿と箸をミュナにも渡して早速一口食べる。炒めたキャベツと細切りの人参と微妙に伸びた麺、三種類の歯ごたえの合間にひき肉と見紛うほどに細かく刻まれた豚肉が弱弱しく一応、僕、いますよと主張する。
「どうしたミュナ?」
「え、えーとね」
一口食べたミュナが何か言いたげだったので水を向けてみる。ミュナはおずおずと口を開いた。
「お兄ちゃん、この焼きそば美味しい?正直、カップ焼きそばの方が……」
「おう、まずいよな」
「ええっ!?」
俺の肯定に素っ頓狂な叫びを上げるミュナ。まあ無理もないだろう。
「でも、俺の知ってる海の焼きそばはこういうのなんだよ。海水浴場で日焼けした金髪の兄ちゃんがやる気なさげに焼いててさ、どんどん作っては鉄板の端っこにストックしてんの。買いに行ったら今まさに焼き立てができてるってのにストックからパックに入れて出してきて。キャベツもこの三倍ぐらい入っててその分麺は少なくってさ。そんでも海で遊んで疲れてるもんだから兄貴たちと奪い合うように食べて……それが俺の海の思い出なんだ」
「んー……よくわかんないけどお兄ちゃんにとっては美味しくない焼きそばが海っぽいってこと?」
「そうそう。食べ終わったらまたすぐ海に走ってて、食べてすぐ動くもんだから腹痛くなってレジャーシートの上で暫く転がってたわ」
俺の長話をミュナは真面目な顔をして聞いている。
「他は?他に海の思い出とか教えて?」
「んー……そうだな。塩水だから目に入ったらプールなんかよりめちゃくちゃ痛いからゴーグルは手放せなかったな」
「ほうほう」
「海藻がいっぱい流れてくるから丸めて投げて遊んだりとかもしたな。その日の晩は布団に入ってても身体が海で浮かんだ感触覚えてて浮いてる気がしたり、ってのも」
ここまで話して気づいた。ミュナにはどれも再現できないものだ。
「悪いミュナ。どれもうちじゃ再現できないな。もうやめよっか、この話」
「ううん、そんなことないよ。お兄ちゃんの話聞くの好きだしミュナが外に出られないのはどうしようもないからお兄ちゃんが外のこと教えてくれたら嬉しいんだよ。だから、海の話、もっとして?」
「ミュナ……」
ミュナの真剣なまなざしに、あまり美味しくない焼きそばが冷めて更にまずくなるまで海の思い出を知っている限り語り尽くすこととなった。
「いやー、すっかりミュナも海博士になっちゃったなー」
「結局水着着て駄弁っただけになったなあ」
「じゃあさじゃあさ、今からさっき言ってたお風呂入ろうよ」
「お、そうだな。じゃあ設定温度最低で入れてくるわ。熱かったら後で水で埋めよう」
「ねえお兄ちゃん」
「ん?」
風呂に向かおうとした俺の水着の裾をミュナが引っ張ってきたので振り返る。
「お腹痛くならないように、動くのは、もうちょっと、後でね?」
ぺろり、と蠱惑的な舌なめずりを一つ。俺は前かがみになって風呂の準備に向かったのだった。
海をどうにか再現して遊ぶってコンセプトが気がついたらあれもこれもではちゃめちゃになってしまって長くなりすぎてしまいました。
活動報告のところに今回みたいな長くなった話に関して意見を募っておりますのでよろしければご意見いただけるとありがたいです
この小説に求めるものは何ですか?
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料理