「よいしょっ!」
杵が勢いよく振り下ろされて臼の中の餅が小気味良く跳ねる。すかさず手水で濡らした手を差し入れて外から内に丸めるように返す。
「兄ちゃん上手いな!もいっちょ!」
「田舎でやってたんで!」
杵が幾度も往復して餅がどんどん滑らかになっていく。
「一回上下返すぞ!」
「うっす」
ちらりと視界の端にこの寒空の下に窓の開いたわが家が見えた。
話は先週に遡る。講義を終えて帰ってきたら大家さんが相談があるとのことで上がり込んできたのだ。
「それでねえ、地域のイベントのお手伝いして欲しいのよ。年寄りばっかりで皆肩とか腰とか上がらなくて」
「まあ、その日は予定ないしいいすけど」
ミュナは我関せずといただきものの最中なんぞをぱくついている。
「ほれ、口周り酷いことになってんぞ」
「むぇー」
俺たちのやり取りを大家さんはにこにこと見守っている。
「と、すんません。で、イベントって何やるんすか?」
「そうそう、餅つきをやるのよぉ」
「餅つきすか……ミュナ?」
ちらりとミュナを見遣るとミュナは露骨に目を逸らした。
「駐車場にテント立てて、地域の子供にお餅食べてもらうだけなんだけどね、年取ると背が縮むからそれも一苦労でねえ。つきたてのお餅を横流しするから手伝ってくれないかしらぁ?地元でやったことがあるってみゆなちゃんが」
「……まあ、わかりました。お手伝いしますよ」
前言撤回。ミュナは我関せずどころか餅欲しさに俺のことを売っていたようだった。大家さんが帰ってから詰めたらあっさりと自白した。数日前に和菓子屋で買ってきたところだというのに。
あまりご近所付き合いがなかったので最初は不安だったが、大家さんがそこそこ地域の顔だったようで割と皆さんフレンドリーでほっと胸を撫で下ろした。餅をつくのは一家言ある爺さんが先導してくれて返し手だけやっていればいいのは気楽である。昔やった時も力自慢の兄貴や親父が先導してだいたい返し手担当だったので慣れたものである。無理矢理撞き手もさせられないだけむしろ楽なぐらいだ。
「ほいよ、続けるぞ!よいしょお!」
「よいしょお!」
「よいしょお!」
「よいしょお!」
ふと汗を拭おうと顔を上げると、開いた窓から手を振ってくるミュナの姿が視界に映った。
「よっしゃ、一発目はこんなもんだな、上げるぞー」
「うっす」
爺さんはひょいと餅を引き上げた。臼にほとんど餅の残骸は残っていない。慣れているだけあった。
「んじゃ、臼にお湯入れといてくれや」
「わかりました。次のはいつ撞きます?」
「食ってから考えようや」
どさりと餅取り粉が敷かれた番重に重い音とともに餅が落着する。大家さんを筆頭に女性陣が餅を囲んで手早く丸め始めた。
「俺も手伝います」
「あら、気を遣わなくて良いわよ。それよりも今のうちに撞きたてを食べといてちょうだいな。子供たちが来たらそれどころじゃなくなるから」
「じゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
地域のイベントとしての開始時間はもう少し後に設定されていた。まだ関係者以外は来ていない。確かに堂々と餅を食べられるのは今のうちだろう。
「お醤油にお砂糖、きな粉にあんこ、大根おろしもあるわよ。どれにする?」
「あ、じゃあ醤油で」
紙皿に乗った餅が渡される。醤油の黒が餅の白と対照的だ。
「お砂糖はどうする?」
「なしでお願いします」
砂糖醤油も良いが最初はシンプルに醤油から。和菓子屋で買った餅に比べて粘り気が強く粒感が少し残っているのが手製の雰囲気が出ていてしみじみうまい。撞きたての熱をほんのり感じるのも嬉しいポイントだ。温め直したのとはどこか違う。
「きな粉くれや」
「はいはい」
「大根おろし持ってくぞ」
「ちゃんと返しなさいよ」
他の面々は慣れた調子で思い思いに餅を取って食べ始めている。それどころか近所のたこ焼き屋の爺さんに至っては一升瓶の栓を抜き始めた。
「ちょっと、早すぎよ」
「良いだろ、昨日の晩からよーく働いたんだからよ」
俺はバイトもあって手伝えなかったのだが、昨日の夕方からもち米を浸したり段取りを再確認したりと色々やることがあったようだ。爺さんはうまそうに餅をつまみに酒を呷っている。
「俺の分残しといてくれよ」
「大丈夫だ、足りなくなったらウチから持ってくるからよ」
撞き手の爺さんは流石に飲んでないと思いきや最終的には飲む気満々のようだった。
「兄ちゃん朝から頑張ってたもんな、一杯行こうや」
「や、俺飲めねっす」
矛先がいきなり向いてきたので慌てて断る。
「駄目よ、ウチの店子くんを悪の道に誘っちゃ」
「最近の若者は酒飲まないんだなあ、俺なんか中学から飲み始めてたぞ」
「時代も違うしそもそも昔だって真面目な子はいっぱいいたじゃないの」
真面目とは言われているものの、大家さんにもミュナとの本当の関係を隠しているので心苦しくはある。そもそもはミュナから誘ってきたわけではあるのだが。
「酒は良いぞ。呑めるようになったら一度は試してみろよ。世界が広がるからな!」
「……そっすね」
呑んで騒ぐ身内や困った酔っ払いをバイト先でよく見ている身としてはあまり吞む気にはなれないものではあるが、世界が広がると言われると頭からは否定できない自分がいる。ミュナだって俺とのあれこれで世界が広がったと言っていることだし。とは言え家で吞んで騒ぐのはNGだろうが。
「まあとりあえず今は餅食え餅!」
「うっす」
二個目はきな粉にした。独特の香ばしさと砂糖の甘味が広がってしみじみうまい。
「ごめんねえ、酔っ払いばっかりで。昔は町内会の行事としてやってたんだけど今は皆で積み立てて個人のイベントって体になってるから飲むの止めらんないのよ」
「何かあったんすか」
「ほら、マンションがあちこちに出来てねえ。マンションはマンション内で管理してるところが多いから町内会費払う人あんまりいなくて。ゴミステーションも使わないしねえ。でもマンションの子はお餅食べちゃ駄目とか言えないでしょ。だったらもう有志でやっちゃおうってことになったのよ」
「はあ、そんなもんすか」
マンションがない田舎から出てきた身としてはそういう事情があまりぴんと来ないので適当に相槌を打っておいた。
「っと、噂をすれば……だな。さ、やるぞ兄ちゃん」
「うっす」
あちらこちらから子供たちが駐車場を目指してやってきていた。
「はいはい、出来てるのがあるから食べたい子はこっちに並んで並んで」
女性陣が慣れた様子で子供たちを誘導するのを見つつ俺は撞き手の爺さんについて蒸籠からもち米を移す仕事に移った。
「にーちゃんこの辺の人なのー?」
「あー、前にコロッケ買ってるの見たよー」
とりあえずひと臼撞きあがって臼と杵を洗っていると物珍しさからか子供たちが俺を取り囲んできた。
「去年引っ越してきてそこに住んでんの」
「へー。仕事してんの?」
「大学生だよ」
無遠慮な質問もどんどん飛び出してくる。地元が過疎地で子供が少なかったのでこういったのに慣れておらず少し圧倒されてしまう。
「大学ってもしかしてあっちの方の?」
「ん、そうそう」
「へーすっごーい!あそこ頭の良い人しか行けないってママが言ってたよー。お兄ちゃん頭良いんだー」
「すごいすごーい」
囲まれて面と向かって称賛されると恥ずかしさが先立ってしまう。
「よっしゃ、次撞くぞ。こっからが本番だからな」
「本番って……あー……」
既に臼の周囲を取り囲んでいる子供たちを見て何をやるか予想がついた。テントに子供用の小さな杵を取りに向かう。ふと視線を開きっぱなしの窓にやると、案の定ミュナは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「よーし、そんじゃ撞いてみたい子いるかー?」
「はーい!」「はいはーい!!」
餅も撞きあがろうとした頃合い、案の定撞き手の爺さんが子供たちに声をかけた。当然のように子供たちは我も我もと手を上げる。俺も昔はそうだったからよくわかる。
「じゃ、並んで順番にな。兄ちゃん、返し手は俺がやるから子供らの補助したってくれ」
「うっす」
「万が一の時に手ぇ砕くなら未来ある学生さんよりジジイの方がいいだろ」
洒落にならないことを言われて背筋がぞわりと粟立った。責任がずしりとのしかかる。最初はやんちゃそうな男の子からだ。
「思いっきり振らなくていいからな。杵がすっぽ抜けないようにしっかり握ってりゃいいから」
「去年もやったから大丈夫だって」
そうは言いつつも杵の重みに負けてふらついているので慌てて杵の後ろ側を支えた。
「よーし、いいぞ。あんまり振りかぶらずに……そう、そのまま……よいしょお!」
「よいしょー!」
ぺたん、と可愛い音が響く。ほんの少し落としただけの杵では先ほどのような小気味いい音は出ないが、それでも自分でできたのが嬉しいのだろう。男の子ははにかんだような笑顔を見せる。
「うまくできたな、じゃあ次の子に交代しような」
「はーい」
そもそももう撞きあがりと言っていい状態なので子供たちが撞いたところで何が変わるわけでもないが、やはり自分も参加できるというのが大事なのだろう。結局子供たちはほぼ全員が列に並んだ。
「ん、どうだ?持てるか?重い?じゃあ兄ちゃん、腕支えてやってくれ」
「うっす」
「ありがとー」
言われるままに低学年ぐらいの女の子の手を取る。ミュナよりも更に華奢な腕で力加減がわからないが万が一があって事故を起こすわけにはいかないのでしっかりと握る。後ろから身体ごと覆うような体勢になってしまって少し気まずい。
「ゆっくりでいいからな、よーいしょ!」
「よい……しょ」
ぺたん。遠慮がちな可愛い音がする。
「もっかい!よいしょお!」
「よいしょ……!」
ぺたん。さっきよりは少し大きい音。
「ラスト、よいしょお!」
「よいしょお!」
ぺったん。最後はけっこう立派な音が響いた。
「よし、交代しようか。待ってなよ、自分で撞いた餅は美味いぞぉ」
「えへへ、お兄ちゃん、ありがとー」
「どういたしまして」
笑顔で見上げられるとその邪気のなさに微笑ましさを覚える。うちにいる子供らしい表情も見せる癖に淫靡な顔もする淫魔とは大違いだ。ふと視線を上げるとミュナが笑顔でこちらに手を振っているのが見えた。今は子供らしい表情だ。
「じゃあ次なー。ついてやっててくれ」
「うす」
次の子の後ろにつく。何人かをこなしてきたからか勝手がわかり少し余裕が出てきた。杵を上げている一瞬にミュナの方に目をやるくらいには。ミュナが何やら手招きをしている。
「よいしょお!」
「しょお!」
ぺたん、ぺたんと音が響く中、窓を見遣るとミュナはスウェットに手をやっていた。
「よいしょお!」
「しょお!」
「なぁっ!?」
次の瞬間、ミュナはスウェットをおもむろに捲り上げ胸を露にする。思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「ど、どうした兄ちゃん!?」
「すんません、ちょっとトイレ行きたくなって!」
子供たちの下品な囃し立てを背に俺は家に飛び込み階段を駆け上がった。
「こらぁ!なーにやってんだミュナぁ!」
「あは、お兄ちゃんおかえりー。大慌てでどうしたの?おっぱい揉む?」
「良いから仕舞え。大家さんに見られたら言い訳のしようもないぞ」
「おばーちゃん、なんかどっか行っちゃってたから大丈夫だよ」
道路側のいちばん奥の部屋はミュナが窓を開けていたので外気が入り込んでおり外と変わらない気温にもかかわらずミュナは胸を丸出しにしていて見るからに寒い。
「むむ、お兄ちゃんにはミュナからのメッセージが伝わらなかったようだね」
「はぁ?」
わけのわからないことを言い出すミュナに困惑する俺を尻目にミュナは相変わらず丸出しの胸を張った。
「ほら、お餅つきしてるわけじゃん。ぺったん、ぺったん……ぺったん……」
「自分で言ってて落ち込むな」
そもそも本当に大平原というわけでもなくちゃんと少しはあるんだし。あるかないかで聞かれたらない部類だが。
「ふんだ、小学生に纏わりつかれてデレデレしてたくせに」
「デレデレはして……たけど、そういうデレデレじゃねえよ。大学がすごいって言われただけだぞ」
「話の内容までは聞こえなかったもん」
明らかにミュナは拗ねている。なまじ家から見えるところが餅つきの会場だったばかりに俺の動向を気にしてしまって窓から眺めることになったのだろう。古いすりガラスなので窓を開けるしかなかったのだ。
「良いから胸仕舞えっての」
「お兄ちゃんがやってよ」
拗ねるような甘えるような口調。仕方ないので近づいてスウェットを下ろそうとしたその手が掴まれて強引に引き寄せられた。ふにょりと柔らかな感触が掌に広がる。
「あんっ♡」
「おいこら」
「ねえ、どうどう、お餅とどっちが柔らかかった?」
「とりあえず言えるのは餅よりも冷たいってことだな」
この寒空の中に窓を開けていたのもあり、ミュナの胸はすっかり冷え切ってしまっていた。口を尖らせるミュナのスウェットを冷静に下ろす。
「まあとりあえず……ほい」
「わぷっ」
不意打ち気味にミュナの口元に餅を押し付ける。隙を見てチャック付き袋にきな粉餅を一つくすねておいたのだ。
「最後の片付けまで手伝うと夜までかかりそうだしまたちょいちょい差し入れに来るから大人しく待っといてくれ」
ミュナは返事もせず猛烈な勢いで餅をがっついている。
「おいおい、喉つっかえるぞ。もっと落ち着いて……うわっ!?」
がっついた勢いのまま掌をぺろりと舐められて叫び声をあげてしまった。
「美味しい、お兄ちゃん、このお餅美味しいね」
「だろ。あったかくして待っててくれよ」
ミュナは少し洟をすすり上げると窓を閉めてくれた。これ以上長居しても怪しまれるので俺も手を洗って会場に戻ることにした。
「今日は朝早くからありがとうねえ。約束通り余ったお餅と調味料類に……それと、これは皆に内緒でみゆなちゃんに」
「どもっす……ってか、良いんすか、片付け終わらせなくって」
家のテーブルを埋め尽くすほどの品々にミュナは目を輝かせている。中でも本命はつやつやと赤く輝く苺だ。
「良いのよ。今晩は雨も降らないし明日の朝に酔っ払い共の酒が抜けたらやらせるわ。毎年これだから困ったもんよ」
「朝は空いてるんでその時は手伝うっすよ」
「そう?悪いわねえ」
結局あの後もち米がなくなるまで餅つきをした結果、男衆が全員酔っぱらってぐでんぐでんになってしまって撤収どころではなくなってしまった。なので駐車場に全部置きっぱなしという状態でお開きになっている。
「ほら、みゆなちゃん手ぇ洗ってらっしゃいな」
「はーい!」
あの後ミュナがちゃんと窓を閉めていてくれたので部屋がしっかり温まっているのはありがたい。ミュナが手を洗っている間にこれまた余った紙コップや紙皿を並べておく。
「お皿とかもどうせ来年新しいの買うから使っちゃっていいからね」
「うっす。試験終わったらたぶん宅飲みするんでありがたいっす」
「洗ったよー」
「じゃ、いただきましょうか」
一口サイズに丸まっている餅が大きいポリ袋に一つと撞いたままの形を保った餅が番重にどさりとひと臼の半分あるのは圧巻だが食べきれる気がしなくて不安だ。餅一個でお茶碗一杯分ぐらいのカロリーがあるとも聞くし。
「こっちのほう、どうやって食べたら良いの?」
「こうやって、餅取り粉をまぶして適当な大きさにちぎったら良いのよ」
「どれどれ……こんな感じ?」
「そうそう、うまいうまい」
「えへへー」
ミュナは早速番重の方に手を出した。そのままきな粉をまぶして口に入れる。
「んぐ……おいひー」
「ほら、きな粉でベッタベタだぞ。欲張らずにもうちょっと小さくちぎれ」
「だって美味しいもん。大丈夫だよ」
全然大丈夫ではないのだが。俺もあの後は食べるどころではなくなってしまって小腹が空いたので丸めた方の餅に手を伸ばす。餅の上に大根おろしをたっぷりのせて醤油を少し垂らす。午前中におろした大根はすっかり辛みが抜けてしまってはいるが、餅をあっさりさせてくれる効果は健在だ。そこに醤油が味を引き締めてくれる。
「子供たちの相手もしてくれてありがとうねえ」
「最初は大学すごいすごい言ってたのがトイレに帰っただけであれとか子供は残酷っすね……」
戻ってからはすっかりウンコマン呼ばわりだった。原因の一端を担ったミュナは素知らぬ顔で二個目の餅に手を出している。
「来年も懲りずに参加してくれたら嬉しいわぁ」
「まあ、なるべく予定は空けとくようにしときます」
ミュナが喜ぶというのもあるしやっぱり撞きたての餅は美味しいので年イチぐらいなら酒浸りの年寄りや地域の子供たちと触れ合うイベントに参加しても良いとは思う。まさかここまで大家さんが大量に横流ししてくれるとは思っていなかったし。
「えっへっへー。じゃあそろそろ苺、貰っちゃうねー」
「はいはい、いっぱい食べてね」
ミュナは早速餅を大きめに千切ってあんこをたっぷり塗りたくる。苺大福を作ろうという腹積もりなのだろう。だが───
「あれ?あれれ?」
「や、それはいくらなんでも無理があるだろ……」
餅の中にあんこと苺を詰め込もうとした結果ソフトボール大の巨大な餅が出来上がった。
「なんでさー」
「店で売ってるのは求肥使ってるのよ」
「ぎゅーひ?」
「雪〇だいふくの外側みたいなやつだな。餅で作るレシピも調べたけど、餅を砂糖水で柔らかくして練って使うんだと」
「うにゅにゅにゅ……あんこまでが遠いよぉ……」
それでも作ったからには頑張って食べる辺りえらい。口周りがあんこでべたべたになっているが。
「自分でやる時は包まなくていいのよ。ほら、こう、お餅を平たく潰して上にあんこを塗ってそれで苺を乗せて……」
「なるほどー……あ、苺出てきたぁ♪」
「良いから口周りを拭きなさい」
あまりにもミュナの食べ方が汚いので口周りが真っ黒で古典的な泥棒のようになっている。ミュナがカメラに写らないので残せないのは幸か不幸か。
「えへへ、お兄ちゃんありがとー」
見かねて口周りを拭ってやるとミュナは満面の笑顔を見せた。さっき拗ねて胸を丸出しにした時とはえらい違いだ。
「あ、これ手軽で良いっすね」
「でしょ。でもお餅つきで出すと争奪戦になっちゃうからやれないのよねぇ」
包んでいないので一口目から餅の感触とあんこの甘味が同時に来るのが贅沢な気分だ。そのまま食べ進めていくと苺の酸味と甘みがやってきて贅沢な味わいに変化する。
「ミュナもー」
さっき特大苺大福を食べたばかりのはずのミュナも真似をする。流石に俺は甘いのを続ける気にはなれないので醤油餅に回帰する。甘味に支配された口内に塩気が来てほっとする思いだ。
「しかし、これ減らないっすね」
「まあ、一回で二升撞いてるからねえ。でも前に手巻き寿司した時はご飯一升炊いたのよ?」
「や、確かにそれはそうかも知れませんが丸めてる方の餅もあるでしょ」
少しずつ減ってはいるもののまだまだ残りの餅が聳えていて食べきれる気がしない。ミュナが午前中の仇を討つかのようにがっついてはいるもののそもそも俺より小食なのでいずれ限界は来るだろう。
「まあまあ、おばちゃんが良いもの作ったげる。お台所借りるわよ?」
大家さんは席を立って冷蔵庫をごそごそし始めた。そういえばさっき来た時に何か入れていたのを思い出す。
「んー、いいにおい」
「お、これは……」
待つことしばし、香ばしい脂の香りが部屋に広がってきた。大家さんが作っているものを察して食器棚から皿を出しておく。紙皿だと少し弱いのだ。
「はい、お待たせ」
「わー、すっごーい!」
綺麗に焼き目がついた餅の上にベーコンととろとろに溶けたチーズがたっぷりと乗っている。これは絶対に美味しいやつだ。
「これ、バイト先でも良く出ますよ。あっちは串焼きですけど」
「若い子はこういうの好きでしょ」
「大好きです」
早速箸を入れると熱が入った餅がむにゅりと伸びる。チーズを零さないようにうまく端っこに絡めて熱々のところを早速いただくと───
「はふ、はふ、おいひー」
「んー……うまっ」
少し焦げた餅の香ばしさとベーコンの塩気と脂にチーズが絡みついて包み込む。一口食べるともう一口と後を引いてミュナと二人奪い合うようにがっついてしまう。
「気に入ってくれたようで嬉しいわぁ」
「す、すみません。行儀悪いとこ見せちゃって」
「良いのよ。ベーコンもチーズも冷蔵庫に入れとくから好きに食べてちょうだいな」
「何から何までありがとうございます」
気がついたら皿は空になってしまっていた。大家さんは嬉しそうだがこちらとしては気恥ずかしい。
「じゃ、おばちゃんは帰るから後は好きに食べておいてちょうだいな。今日は助かったわぁ」
「いえ、また明日片付けに出ますんで」
「あ、そうそう」
大家さんはいそいそと階段を下り、途中で振り返った。
「もしそれでもお餅が余ったらこないだの喫茶店に持ってったら使ってくれるわよ。お餅つき後数日だけの限定メニューなの」
「へえ、どんなんすか」
「コーヒー入りぜんざいとお餅のワッフルよ。ワッフルメーカーに生地の代わりにお餅を挟んで黒蜜をかけて───」
「お兄ちゃん、ミュナもそれ食べたい!」
ミュナも食い気味に割り込んできた。
「うーん、じゃあ持ち帰りできないか相談しておくわぁ」
「明日、片付け終わったらバイト前に寄りますわ」
明日の予定は今日以上にタイトなものになりそうだった。
この小説に求めるものは何ですか?
-
いちゃいちゃ
-
逆レイプ
-
日常
-
料理