「二人とも、お茶のおかわりはどうかしら?」
「もーお腹たぷんたぷんだよー」
「俺もっす」
落ち着かない様子で大家さんはあちこちを行ったり来たりしている。まあ、無理もない話ではある。大家さんにとっては二十年ぶりの再会となるのだから。俺からしたらミュナがどうなるかというのがいちばんの懸念であり、みゆさんとゆなさんそのものに会ってどうするんだという思いすらある。まあ、あちらからしても同じだろうが。ただ、昔住んでいた家に今住んでいるから上がり込むのに許可が必要というだけだろう。
「なんか、おばあちゃん見てると逆にこっちが落ち着かない?」
「まあ、わかる」
窓から外を眺める大家さんを尻目にミュナがこっそり耳打ちしてくる。ついにこの日が来てしまったのだ。
「あ、あれじゃないかしら」
「どれどれ?あ、タクシーだー」
大家さんの声にミュナがひょこっと外を見る。この辺は路地が入り組んでおり、車の通りがかなり少ない。そんなところにわざわざ入ってくるタクシーとなると……やはり、当たりのようだった。車の走る音が止まり、ドアが開く音がした。覚悟を決めて大家さんと二人して玄関に向かった。
「あらあらまあまあ、久しぶりねえ。タクシーに乗ってみてこの辺りのこと思い出した?」
「……いいえ」
「全然……」
「ああー、この辺も変わったし、おばちゃんもだいぶと歳取っちゃったものねえ……」
第一印象としては、確かにミュナの面影はあったが余裕のなさそうな人達だな、というものだった。必死でどうにか場を繋ごうとしている大家さんが空回りしてしまっている。
「……清水美結(みゆ)です」
「……結菜(ゆな)です」
「ど、どうも……」
部屋まで上がって改めて自己紹介を受けて会釈をされたが、やはり二人ともそっけない態度で部屋の空気が重苦しい。ミュナもすっかり人見知り状態になっていて俺の背中に隠れてしまった。やつれていて目の周りに濃いクマが浮いているのも近づきがたさを更に
「そうねぇ、部屋の中も見てみる?」
「いえ……どうせ何も覚えてないから良いです。それよりも……この子が前に言ってた……」
美結さんの視線は俺の後ろに注がれていた。きゅっとミュナが俺の裾を引っ張る。
「タチの悪い冗談だと思ったんですが……実際に目の当たりにすると信じるしかないですよね」
「は……はじめまして……」
完全にミュナの存在を認識されているようだった。まあ本人である以上当たり前なのかもしれない。ミュナを促すとおずおずと俺の後ろから顔を出した。念のために羽根や尻尾だけは見えないように精一杯服で誤魔化しておいた。
「この子が私たちの小さい頃の記憶を持っているって言うんですか……?」
「ええ、おばちゃんも少し聞いただけだけど、美結ちゃんと結菜ちゃんは全く覚えていないことを覚えてるのは確かよ。ただ……」
大家さんは言葉を濁す。二人の過去、特にここを離れることになったきっかけを考えると口ごもるのは無理もないだろう。
「ただ、って何ですか。良いから教えてください」
「何のために私たちが遠くから来たか」
美結さんと結菜さんは声を張り上げ、大家さんに詰め寄る。俺も事情を知っているのでいたたまれない。
「あ、あの……」
「何ですか」
見かねて横から口を挟んだものの、向こうからしたら部外者にしか思えないからか冷たい口調で返され少し気おされてしまう。だが、口を挟んだ以上言うべきことは引っ込めることはできなかった。
「こいつと一緒にいると不思議なことがちょくちょく起きるんです。お二人の過去、俺も夢で見せられました。はっきり言って……思い出さない方が良いと思います」
「そうよぉ。実際に見たおばちゃんもそう思うわ。忘れてしまって、これからのことを考えた方が良いわ」
「何がわかるって言うんですか!!!」
どん、と机を叩かれる。二人は苦い形相で涙を浮かべていた。
「ぽっかりと記憶が抜けていて、どれだけ頑張っても思い出せないことがどんなストレスなのか、想像もできないでしょう!」
「気にしないで、忘れるべきなんて言われれば逆に気になって、それでも思い出せなくて……!そのストレスで私たち、全然眠ることもできないんですよ!」
「私たちの悩みも苦しみもわかんないくせに!!!」
二人は感情を露にして口々に俺と大家さんを怒鳴りつける。確かに、二人の現在の苦しみは俺には想像できない。だが、二人の過去を知っている以上、思い出したところでまた苦しむような気がして───
「良いよ。二人の忘れてたもの、あたしが持ってるから、全部返すよ」
淡々と口を開くミュナに虚を衝かれたのか二人はぴたりと止まった。
「良いのか、ミュナ」
「良いよ。最初からこうしようって決めたじゃん」
つかつかとミュナは二人に歩み寄り左右の手で二人に触れた。その瞬間光が迸り部屋中を埋め尽くす。
「なっ……!」
「きゃっ……」
あまりの輝きに思わず目を瞑ってしまう。しばらくして光は収まり、美結さんと結菜さんは呆然と部屋の中で突っ立っていた。
「あ、あの……」
声をかけようとした瞬間、ぱん、という音が鳴り響いた。頬を張られたのだと冷静に状況を俯瞰している自分がいた。そして、次の瞬間、顔面に冷たい水の感触。熱いお茶でなくて良かったと相も変わらず冷静に分析してからようやっと自分が平手打ちを喰らって水をかけられたのだと理解する。その頃には美結さんと結菜さんは踵を返して階段を駆け下りるところだった。
「あっ、ちょっと!?」
大家さんが一拍遅れて階段を駆け下りるも手遅れだった。二人は靴を引っ掛けて早々にめちゃくちゃな速さで走り去っていった。俺はと言えばすっかり呆けてしまっており、追いかけるという選択肢すら頭に浮かばなかった。
「いってて……やっぱ思い出したらショックだよなぁ……」
いつもの調子でミュナに話しかける。だが、何の言葉も返ってこなかった。
「……ミュナ?」
もう一度声をかけても返事はない。ミュナは、何も言い残すことすらなく部屋から消えてしまっていた。
年内に終わらせると言っていきなり体調が崩れました。とてもやばいですが最後まで決まってはいるので頑張ってなんとか仕上げます。皆様も体調には気を付けてください。年末は病院が空いていないので体調を崩すと最期です。
冷静にお話するとなんでミュナみたいな得体の知れない存在にわざわざ飯食わせたり服見繕ったりしてんだと突っ込まれてボロが出そうになるのでミュナの本体二人はメンがヘラなことになってもらいました。残すはエピローグだけですのでよろしくお願いします
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