「これ、炊き込みご飯作ったから。ちゃんと食べないと、参っちゃうわよ」
「っす」
「……昨日、美結ちゃんと結菜ちゃんから電話があったわ。あれから、少しだけ眠れるようになったって。だから……あんまり気にしすぎないでね」
「……っす」
ミュナは結局消えたっきりだった。ミュナがあの日に着ていた服は何事もなかったかのようにプラスチックケースの中に綺麗に畳まれて残されていた。二人が走り去った後に追いかけるのを諦めた大家さんが焼肉をご馳走してくれたが、粘土か何かを食べているようで味が全く感じられなかった。
最初に出会った時にあれほど鮮烈な印象を与えたミュナはあまりにもあっさりといなくなってしまった。それでもバイトには行かないわけにはいかず、顔を出したらあまりにもひどい顔をされていたので驚かれてしまった。彼女に振られたのかと聞かれて否定も肯定もせずにいたら、いつの間にか話が尾ひれがついて閉店間際には彼女が急死してそのショックで立ち直れていないことになってしまっていた。決して間違っているわけではないので複雑だった。
「ミュナ……本当にあれでよかったのか……?」
味のしない炊き込みご飯を無理に咀嚼しながら誰もいない部屋でひとりごちる。美結さんと結菜さんも少しだけ眠れるようになったとはいえあの過去の記憶は辛いものだろう。放置され、閉じ込められ、母親の気を引こうとした真似っこで激昂され首を絞められ……。しかも、見ず知らずの俺にまでその事実を知られてしまっている。俺は俺でミュナを失い日常から色彩を失った。大家さんは二十年越しの悔恨を解消できたのだろうか。
いっそのこと、泣いて縋ってでもミュナを止めた方が良かったのだろうか。美結さんと結菜さんを適当にあしらい、部屋を見ても記憶は戻らなかった、で済ませた方が誰も不幸にならずに済んだのではないか。答えのない疑問がぐるぐると浮かんでは消える。
「……ご馳走様でした」
なんとか一膳食べ終えてのろのろと後片付けに向かう。一人暮らしだったらきっとこうやって食べ終えてもご馳走様と口に出すことはなかったと思う。ミュナと二人で生活して食卓を囲んだからこそ実家住まいの時からの習慣が継続できたのだろう。
「……はぁ」
洗い物を終えて畳にごろりと転がる。結局、美結さんと結菜さんが何も言って来ないことに少し安堵があった。ミュナが彼女たちに渡した記憶は本当に幼い時のものだけだったのだろう。俺とミュナの過ごした一年弱の記憶まで彼女たちに渡していたら平手打ちや水どころではなかっただろうから。それに安堵してしまうのは完全に保身であり、そんな自分が嫌になる。
「……っと、明日は履修願の配布日か……」
ふと卓上カレンダーの上についた赤い印が目に入った。ミュナがいなくなったところで時間は待ってはくれない。俺の都合や葛藤などおかまいなしに次の年次が始まるのだ。押し入れにしまった鞄を引っ張り出そうと襖を開けたら何かが畳の上にぼてりと転がり出て来た。
「……そういやこんなんもあったな」
煽情的なイラストのパッケージ、“ふわとろサキュバス生膣ホール”という頭の悪い名称。以前に兄貴に押し付けられた代物だった。パッケージを手に取り、中身を出す。独特の触感をしたピンク色の筒状のホールを手に取ると当時のことを思い出す。兄貴が勝手に置いていったせいでミュナの機嫌を損ね、これとミュナの尻尾と膣で一回ずつ搾られてどれがいちばんか決めさせられたのだった。目を閉じて記憶を可能な限り辿る……が、それでも俺のモノはぴくりとも動かなかった。
「駄目か……あー、くそ、寂しいよ、ミュナ……」
俺もミュナもよかれと思っての決断だったが、それが完全に裏目に出た上に別れの言葉すらなくミュナが消えてしまったのが、何より辛かった。乱暴にオナホをパッケージに詰めて押し入れの奥に放り込む。襖を閉じると中からごとりと音がした。オナホを投げ込んだ時か、襖を閉じた時の衝撃で何かが崩れたのか。ため息をつきながら襖を開くと───
「えへへ、ただいまー」
「え……?」
まず真っ先に自分の夢か妄想を疑った。頬を強く音が鳴るまで叩く。あの時の痛みを上塗りするかのように。とても痛い。夢ではない。
「ちょ、お兄ちゃん!?」
「いってえ……ミュナ……なんだよな……?」
「ミュナだよー。たぶん」
「たぶんって何だよ!?」
出会った時と同じように裸のミュナがそこにいた。ミュナはぴょんと押し入れを飛び出して俺に抱きついてきた。ふわりと甘い香りと柔らかい感触が広がる。
「えーと、ミュナは元は美結と結菜の忘れたい記憶から生まれたわけだけど……それを二人に返して、代わりにミュナになってからの記憶とお兄ちゃんと会ってからの記憶で再構築した……的な……?」
「そんなことできるのかよ……」
「できるかわからなかったからお兄ちゃんには内緒だったんだよー。結果オーライだねっ。……って、お兄ちゃん、泣いてる?」
ミュナが言ってることが荒唐無稽すぎてよくわからなかったがもうそんなことはどうでもよかった。二度と離すまいと力を籠めてミュナを抱きしめ、ミュナの温かさと柔らかさを全身で満喫する。
「ちょ、痛いって……」
「ミュナ……ううっ……良かったぁ……」
「んもー、お兄ちゃん、泣きながらおっきくしちゃってー」
さっきまでまったく勃たなかったのが嘘のように、俺のモノは現金に勃起しておりミュナの柔らかいお腹に先端が当たっていた。
「あは、それじゃ、早速再開を祝してしよっか♡」
「お、おう……」
「一回からっぽになっちゃったからお腹ペコペコなんだ。たーっぷり搾っちゃうからね♪」
「お手柔らかに頼む……」
ミュナに押し倒されズボンを下ろされる。下から飛び出してきたペニスは既に先走りを漏らしている。ミュナは俺にまたがり、少し涙を浮かべて言った。
「あたしは、ミュナ。座敷サキュバスだよー」
ついに本編完結です。今まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました!
大きな区切りとしてとりあえず完結とはしますが、今後加筆修正やエピソードの追加、幕間の順番調整などで手直しはしていく予定です。
ただ、このエピソードの先の話は作る予定はありません。今後彼らがどうなるかは皆様それぞれで想像していただければ幸いでございます。
とりあえず次は後書き的なものを投稿するつもりです。
実に四年二か月にわたる初めての長期連載となりました。大学生が卒業して余りある期間の執筆、お付き合いいただき本当に感謝の極みです!
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