ドレッサーの前でいつもより丹念にメイクを施しているのは篠崎優美。これから優作の授業参観に出席しようと思ってのことだった。
家を出た優美が向かっているのは私立の中学校。
優美が教室に入ると、すでに数名の保護者が教室の後部で授業が始まるを待っていた。
軽く腰を折りながら優美もその数名に加わると、目ざとく彼女の顔を見届けた優作がVサインを送ってきた。優美も他の保護者に遠慮しながらも頬の近くで小さくVサインを作り返した。
しばらくして授業開始のチャイムが鳴り、数秒遅れて教室に現れた担任の先生が教壇に立つ。
「今日は、先日お話させていただいていた授業のお手伝いをしていただくご父兄の方を、選出させていただきたいと思いますので、ご賛同の方は挙手をお願いします」
先日の夕食時だった。
「お母さん、今度立候補してよ」
と、優作から頼まれていたのだった。
優美まだ二十六歳。数年前に夫を亡くし、中学生の息子を持った男性と再婚したのだった。
優作は結婚相手の連れ子、いわば義理の息子にあたる。
再婚して間もない優美は、少しでも優作との距離を縮めたいと思っていた矢先のことだった。
「私でよかったらいいわよ」
迷うことなく返事をしていた。
教壇が置かれている教室の前方に進んだ保護者は男性が二名。そして女性も二名だった。
勿論のこと、その中の一名は優美だった。
「立候補ありがとうございました。男女各一名のお願いですので生徒たちの投票で決めたいと思いますのでよろしく」
三十代から四十代が主流を占める女性の保護者では、若さで勝る優美がダントツだった。男性もイケメン対決でスタイルが決め手となり一人が選出された。
「それでは、次週の授業でのお手伝いをお願いします」
パチパチ
と拍手が鳴った。
選出はこれで終わりかと思えばそうではなかった。
「あと、男女の一名ずつは生徒の中から選びたいと思いますので、それぞれが適していると思われる生徒を選んでください」
こちらのほうは、アイドルの人気投票みたいになり一時騒然となるも、同じような騒がしさが隣のクラスからも聞こえてくる。
得票数が男女同じと思いきや、開票が進むと女生徒の得票数が男子生徒のそれを上回っていた。同性に投票した生徒もいたようだ。
ただ、得票数を足せばクラス在籍の生徒数になったので不正は行われていないようだった。
その夜。
あまり口を開かない優作が饒舌だった。
「僕は誰が立候補しても絶対にお母さんが選ばれると思っていたんだ」
義息子からでもルックス、スタイルを褒められれば悪い気はしない。
当日になり優美と優作は連れ立った中学校へ登校した。
学校へと向かう道すがら、優美は数組の生徒が保護者同伴で登校している光景を見ていた。
「ちょっと、お母さんは職員室に行ってきますからね」
教室に入る優作に声をかけ優美は別々になった。
「おはようございます。篠崎優作の保護者で優美と言います」
「あっ、おかあさん。・・・おはようございます。今日はよろしくお願いします」
担任の先生に承諾書を渡す優美。
授業の手伝いをするにあたり細かな注意事項が記載されていた。
「はい。確かにお預かりしました」
クラス担任の先生と共に教室へ向かう優美。
ガラッ
扉を開け教室へ入った優美は首を傾げた。
先日、投票で選出された美玖という女生徒が一人ぽつんと立っているだけで、他は男子生徒ばかりで女子生徒の顔が全く見えない。
「お待ちしていました。・・・私が今日の授業を受け持つ担任です」
「篠崎優作の母、優美です。よろしくお願いします」
教壇に立ち授業開始を待っているのは、今日の授業を受け持たれている担任の教科は保健体育。
「あのう・・・女子生徒は?・・・」
優美はクラス担任の先生に尋ねた。
「男性の保護者の方と別の教室で授業が行われています」
優作のクラスだけではなく、別のクラスでも同じような授業が行われていることを知らされた。
優美が驚きを覚えたように男子生徒も困惑しているみたいだった。
しかし、そんな空気を一掃するように教科担任が大きな声で、生徒たちに授業の開始を宣言したのだった。
「今からの授業は、投票で選ばれた優作のおかあさん優美さんに協力をしてもらうことにする」
優美を教室に案内したクラス担任は廊下に出ていった。