2020年12月11日初出。
プロゲーマー時空
◇
洗濯物を畳んでいる最中、彼がいない事をまた実感して、一瞬息の仕方がわからなくなる。
「今回の大会は遠いとこでやるから、たぶん泊まりになる」と言っていた楽郎は、プロゲーマー顔隠しとして遠方の大会へすでに旅立ってしまった。
───だから今、ここには玲しかいない。
夜の静けさが、じくじく痛い。
楽郎と同棲を始め、毎日一緒に過ごして。初めて、一日離れる事になった。
たった、たったそれだけで、こんなにも寂しくて。楽郎がここにいない、という事実に、玲は耐えきれそうになかった。
連絡も、大会中じゃなかったらきっと返ってくる。だけど、寂しいから、というだけじゃ迷惑な気がして、最小限しかできなくて。
ほんの一日、会えないだけじゃないか。そんなこと、付き合う前はもちろん、付き合った後でも、同棲する前はしょっちゅうで。
温度のせいだけじゃない寒さに身体を縮め、玲は手元にあった楽郎のシャツに顔を埋める。その匂いに、寂しさも相まって頭がぼんやりし始めた。
今日は、彼が帰ってこないのだから、これは明日でもいいんじゃないかって、畳んでいた洗濯物を途中で放置して、ふらりと寝室へ駆ける。
カーテンの隙間からのぞく月光だけを頼りに、ベッドに倒れ込む。すんっと鼻を動かすと、今朝の残り香。彼が確かに、ここにいた証拠。先ほどよりも濃い楽郎の匂いが頭を犯し、いつもここでしている行為が頭をよぎる。それと同時にズクリと子宮が疼いた。
楽郎が欲しくて、どうにもできなくて。頭があまり働いていないまま、玲は自分の足の付け根に手を伸ばした。
……
…………
「はぁ……ん、」
枕に顔を埋め、楽郎の手つきを思い出しながら指を動かす。楽郎とは幾度と行為を繰り返そうとも自分ではそういう意図で触れたことがなかったからか、最初はただ異物感だけだった。しかし、記憶の彼を追ううちに少しずつ少しずつほぐれて、今ではくちくちと小さな音がするほど。
寝室に、一人。玲は横になってうずくまって片手で枕を掴み、もう片方の手ですでに湿り気を帯びた足の間をいじくっていた。
細い指を動かすたび、彼との差異を意識して、虚しさでぽっかりと開いた胸の穴に風が通る。
それでも、
『玲さん』
「ぁ……、らくろ、くっっ」
彼の声が、その手つきが、その体温が。彼の全部が欲しくて堪らなくて。枕から香る彼の匂いで頭を浸し、傷む胸を無視して。愚鈍な脳が再生する彼を、玲は必死で追いかけた。
◆
「ただいまーっと」
ここに住んでるもう一人はもう寝てるだろうから、なるべく音を立てず、小声で家に入る。
泊まりになるだろうと思っていたし、玲さんにもそう伝えたんだが、段々雲行きが怪しくなってきたので、カッツォの野郎に全部を押し付け、俺は泊まらずに逃げ帰ってきた。シルヴィア=ゴールドバークとアメリア=サリバンとあとレオノーラうんとかとかいう車いすクソ女と三連戦とかふざけんじゃねぇ! たとえ
とまあ、予定にない帰宅で。一応端末には連絡を入れたのだが、既読はついていないようだったし、今はすでに日付を越えようとしていた。
リビングは電気がつけっぱなしで、洗濯物の山があったものの、玲さんはやはり寝てしまっているのか気配がない。
荷物を置き、少しだけ開いていた寝室の扉をそっと開けると、やはり玲さんはベッドにいた。大体完璧に物事を進める玲さんが洗濯物を放置して寝るなんて珍しい。
「ぁ……、らくろ、くっっ」
扉を開けて聞こえた声に、起きてたんだ、と答えようとするも、内に含まれた甘さで俺はピタリと硬直した。
玲さんはこちら側に背中を向けているため、俺の方は玲さんから死角になっている。だから俺が彼女の顔を見ることも、そして幸いにしてか彼女がこちらを見ることもない。まだ気づかれていない今の内に退散せねば、と理性が囁くにも関わらず、俺の足は縫い止められたように動かない。
「ぁん、……はぁ、」
暗闇の中、鼻に抜けるような甘ったるい声を出しながらもぞもぞと動く彼女に視界が固定され、そしてくちゅり、と耳がささやかな水音をとらえた。とらえてしまった。
───は……、マジか。
いや待て落ち着けビークール。慌てるな。状況を整理しよう。つまり……なんだ?
玲さんが、俺の名前を呼んで、自らを、慰めて、いる。それを心底理解した瞬間、喉からごくりと音が鳴った。
あーーー。どうしよう、これ。
見なかった事にして去るのが最適解だろう。玲さんが俺に気づいたら、玲さんがどう思うか。少なくとも俺だったら、絶対に知られたくない。
そう、わかっているのに。視線が剥がせない。耳が玲さんの艶めいた声を追う。体温が上がる。バクバクと心臓がうるさい。
正直自分の恋人のそんな姿を見てしまうと、俺も一般標準男性な訳で。
いやしかし、俺はプライバシーの守護神! たとえ恋人だろうとよくない情報は見なかった事にできる男!
そうやって気合いを入れ、か細き理性を総動員し、この場から立ち去ろうとして、
「あっ」
「っっ、」
足がドアにぶつかった。
コン、と鳴った僅かな音に驚愕を滲ませ、勢いよく玲さんがこちらを向いた。
「ら、楽郎……君?」
「…………」
やっちまった。これはよくないって事はわかるのに、玲さんの呆然とした顔と見合せ、俺は動けない。
「えと、ほ、本物……です、か?」
ぼんやりと俺を見ていた玲さんは、ふと下に顔を向け、自らの現状を思い出した。
「や、ぁ、み、見ないでくださっっ」
「あ、ちょまっ」
逃走をはかった玲さんを見て我に返った俺は、玲さんの両手をベッドに押さえつけ、簡単には逃げられないようにする。……とりあえず癖で捕獲してしまったが、こっからどうしよう。
「えっと、一応連絡入れたんだけど、今日は帰ることになって」
「え、あの、えとっ、ち、ちがうんですっっ!」
動揺して言葉を聞けるような状況にはないらしい。俺と視線が合わない。
なんか話……玲さんの気が紛れるような……
「ああ、えっと、初めて?」
───こういうことするの。
そう口に出した瞬間、玲さんがビクリと跳ねる。めちゃくちゃ顔が赤くなった。なんで?
……待った今のは会話の選択肢ミスった。俺は何を聞いているんだ。とんだ羞恥プレイじゃねぇーか! 一ピザ留学ポイント!!
そして両手をベッドに押さえつけ、上からのし掛かっているっていう体勢がマズい事に気づいたのでパッと手を離す。二ピザ留学ポイント。脳死捕獲で押し倒してんじゃねぇ。
そんな俺の動揺を知ってか知らずか、玲さんは小さく頷いた。
「……寂しくて。ベッドから楽郎君の匂いがして、身体が熱くて、もうダメで」
手で顔を隠した玲さんが泣きそうな声で溢す。
「無理なんかじゃないので、私はそれでもついて行きたかったんです。それなのに、」
わがままだって、わかってるんです。それでも、わたしは、
震えた声でうわごとのように言う玲さんを見て、気づいた。
───あぁ、そっか。つまりは俺のせいか。
「少し遠いから、今回はついてこなくていいよ」と言ったのは俺で、ついていきたいと言った玲さんに「無理しなくていいから待ってて」と言ったのもまた、俺だ。
気を使ったつもりで、意見を押し付けたのだ。俺が無理しなくていい、と言う前に、玲さんがどれだけ勇気を出したのか考えもせず。
「玲さん、顔見せて」
手をそっと玲さんに添える。顔を隠していた手の力が徐々に抜けていくのを感じて、腕を開いた。
涙に濡れる玲さんは、先までしていたことのせいもあってかひどく扇情的で。それでも邪念をどうにか遠ざけ、玲さんの目をしっかりと見て言う。
「それは、わがままなんかじゃないよ」
伏せていた目がこちらを見た。
「……今度から置いてったりしない」
「本当、ですか……?」
「うん」
花が綻んだように玲さんは笑う。
「……うれし、です」
その顔に俺は喉を鳴らし、玲さんの唇にかぶりつく。
ベッドの横にある棚に手を伸ばし、そこに入っているものを手で探る。取り出したそれを、すでに緩く立ち始めていた己のモノへ、俺は装着した。
このあと涙を舐める描写などがあったはずなのですが、見つからなかったので供養。