「はぁ‥。つまらない。やはりあの小娘では姫華のお相手は務まらないようですねぇ」
建設中のビルの剥き出しになった鉄鋼に迅は腰掛けていた。
片脚を組み顔を乗せ一方の足をだらんと下ろして。
芸術と言う物は万人が認めざるを得ない甘美な魅力があるからこそ惹きつけられますが、イカれて感情も失った人間が働き蟻のように走る姿は全く持って美しくなくつまらない、所詮は壊れたマリオット‥‥。
私としたことが‥‥舞台を整えられなかったとは‥‥‥。
「ふふふ、アドリブが必要ですねこの劇に。まぁ何れにせよこの劇のフィナーレは私無しでは飾れない」
2人を見つめながら迅は立った。
「お、おい君!そんな所に立っちゃいかん!」
定年間際か定年を迎えても尚働いてるような白髪が混じった初老の男性が迅に注意を促した。
モンスターの勾玉について知識がない老人からすれば迅は自殺志願者かスリルを求める危ない若者にしか見えないから至極当然の行為とも言える。
降りてきなさいと発言する前に男性の首は蹴り上げたサッカーボールのように宙に浮いた。
間髪入れず迅は自分が切断して分離した男性の首を刃翼を異常な速度で動かし粉微塵にした。
「エキストラは黙っていなさい」
男性の首があった場所を冷たい目で僅かに見た後迅は目を煌々と赤く滾らせ姿を消した。
「私も遊戯に混ざらなくてはなりませんねぇ。劇を壮大にする為に」
変わりにお一人退場しますがね。
‥‥‥‥‥‥‥‥
「ハァハァ!」
背後を振り返るが壊瑠と自分との距離は悠に100mは開いていた。
息を切らしながら目の前にある錆び付いた扉を叩き開ける。
入った瞬間彼女の鼻に雨上がりのアスファルトのような匂いが漂う、内部は壊れたり落書きされた機具が点在していた。
‥‥‥どうやら、廃工場の中に入ったみたいね。
これで関係ない人々が自分達の追逃劇に巻き込まれずに済むと一先ず安堵する。
しかしまだ姫華が絶対的に不利と言う事実に変わりはない。
隠れられる場所はないか肺と足に激痛を伴いながら姫華は廃工場の中を見渡す。
時間はあまりない。
作業机、機具、または別の場所‥‥‥‥それなりに身を潜められる所はありそうだ。
「反撃する手立ては‥‥」
いくら恐怖がなくなりどんな行動が出来ると言っても壊瑠が人間である事に変わりはない。
感情がなくなったから不老不死になったわけでもないし怪我をしないわけでもない。
人間なら倒す手段はある。
どう戦うか考える姫華の目にある物が写った。
「ステンレス製のトンカチ‥‥‥全力で振るえば女の私でも壊瑠の頭蓋骨や足くらいは折ることが出来るかしら?」
壊瑠を傷付けたくないがもし彼女が正気に戻らないときは戦うしかない。
ともあれ素手で対抗するよりは武器があった方がマシだ。
今のあの子なら足の骨を折っても手で這って追ってきそうだけど。
扉の前で足音が止まった。
咄嗟に姫華は作業机の下に隠れた。
鼓動が止まらない‥‥。
やがて重い音を立てドアが開いた。
無意識に顔を強張らせトンカチを強く握り締める。
追跡者の足音が工場内に響く。
「じ‥‥‥ゅ‥‥‥りあぁ‥‥‥‥ど‥‥こに‥‥‥い、るの?‥‥‥じ‥‥ゅ‥‥‥りあ‥‥‥」
壊れたカセットテープが再生されたように途切れ途切れな声が姫華の耳に届く。
だがその声音には邪気も敵意も悪意も感じなかった。
感情が喪失してる筈なのにただただ仲良く歳頃の会話が出来るいつもの友達の暖かい声に聞こえた‥‥‥‥。
『姫華!今日も頑張ろうね!』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ!」
元気な壊瑠の姿を思い浮かべ目がぼやける。
音も出さずにただただ涙が頬を伝う。
これ程彼女の自分を探す声に応えてあげたいと思ったのは初めてだ‥‥。
応えられないのが本当にもどかしい。
あの男さえ‥‥‥‥現れなければこんな事にはならなかったのに、お客さん達も死なず私達は今日も他愛のない楽しい会話をしてあの子と帰っていたのに‥‥‥‥。
「その表情では私の事を殺したいほど憎んでいるようですね」
音も前触れもなく目の前に全てを奪った元凶が立ち尽くしていた‥‥‥左手に切り傷がつけられ目や鼻が潰された壊瑠の首を持って。
「あぁ‥‥‥‥‥‥壊瑠‥‥‥‥‥」
強大な絶望感と恐怖感に押し潰されそうになる‥‥弱々しく姫華は変わり果てた友人の姿に大粒の涙を流した。
迅は感嘆に身体を震わせる。
「あぁ‥‥‥その泣き顔美しい。最後に壊瑠はいい仕事をしましたね。
「ふざけないで‥‥!何が
泣きながらも姫華の目には莫大な憎悪が宿っていた。
「ハッ、力無き者は支配されるのです。ふふふ。全くあなたの表情は私を幸福にさせる」
迅の目が赤く光る。
「今度は私が直接様々な表情を拝むとしましょう!‥‥そして動かなくなったらあなたを絵にし美しいまま私の記憶に留めます」
ここで動かず殺されるのもありかしらと姫華の頭に過ぎった。
でもそれじゃ、壊瑠や店長‥‥他の皆に何だか申し訳ない気がした。
こんな奴にすぐ殺されたら癪だわ。
壊瑠‥‥私もうちょっとだけ頑張ってみる。
私もすぐそっちに行くからね待っててね。
「なぁに心配することはありませんよ。私に殺され絵にされるあなたは幸せだと思いなさい」
「はぁ?アンタ馬鹿じゃないの?御高説ぶって芸術家気取り?―――――――
『この人殺しが』
姫華の頬を何かが掠った。
これでこいつは彼処にいたお客さん達を殺したんだわ‥‥‥。
「少々減らず口が過ぎましたね姫華、徹底的にいたぶり我が物としましょう」
「死んでもごめんだわ」
姫華はまた走り出した‥‥生きる事など鼻から考えてない。
最後にあの男を苛立たせる事が出来て良かった彼女なりの必死の抵抗だ。
あの男の性格からして恐らく私は死んだ方がマシと思えるような酷い目に合わされるかもしれない‥‥‥でも早かれ遅かれどうせ行き先は死。
私が何処まで走れるか見てて壊瑠。
姫華は哀しき決意を胸に灯した。