龍雅の従兄弟、雷暴金皇(らいばく こう)は朝より彼の帰りを待っていた。
叔父と他愛ない話しをしてる際に黒結家の長女、黒結銀羽(くろき しらは)が来て彼女も交え話を続けた。
街から離れた森の中に佇む豪邸。
黒結家と書かれたその屋敷は街でも……否日本でも有数の権力を司る者達が住まう家である。
今日この豪邸に客人が来ていた。
「叔父様。まだ龍雅の奴は帰って来ないのか?」
気品溢れる顔とは裏腹に黒く金色の線が走るジャージを着た少年はカップ片手に紅茶を嗜みソファに腰掛けながら少年の叔父……龍雅の父に問う。
「すまんなぁ。金皇(こう)君。昨日『帰りは明日になる』とメールはあったんだが……あいつも年頃だからなぁ」
父、龍一は困惑そうな顔を浮かべ触ってるパソコンから目を離さず答えた。
彼の瞳孔に株の動きのグラフが反射して見える。
家にいると言うのに仕事熱心な叔父だ。
「ふっ、好きな女でも抱いたか」
「あの孤高主義で堅物な兄さんが?」
嫌味ったらしい笑みを浮かべ少女が話に混ざる。
「銀羽(しらは)。久しぶりだな」
「久しぶりね。金皇」
薔薇のように赤い双眸が金皇に向けられる。
龍雅の双子の妹黒結銀羽。
兄とはまた違う高校に進み龍雅と同じく高い成績を維持してるらしい。
龍雅と同じ高校に進まなかったのは「兄さんと顔を合わすのは家だけで充分だわ」とのこと。
当初両親も頭を悩ませたそうだがトップを持続させてるのを見て安堵したそうな。
高飛車で掴みどころがない面があるが、金皇は昔から彼女とはよく話があう。
「あんなイカれた兄貴の女なんだからさぞイカれてるに決まってるわ。どっちが先にプロポーズしたのかしら?」
黒いドレスに身を包んだ少女は頬に手をあてがう。
「イカれてようが、清純だろうが、愛は愛だ。無闇に人が口を出すことではあるまい」
「ふーん、そんなもんかしら。こっちは醜男なんて願い下げだけど」
こらこら、と龍一が声をあげる。
「金皇君の言う通りだ。愛の在り方は人其々なんだぞ銀羽。見下すような言い方はやめなさい」
「はーい。分かったわよ。でも言っておくわお父様―――」
一見父の言葉に賛同する様子を見せたが、すぐに嗜虐的な表情を浮かべる。
「愛に教科書なんてないけどね」
父の顔を一瞥すると銀羽は部屋から出ていった。
「ハァ……」
龍一のため息が漏れる。
「あんな勝ち気で嫁の貰い手がつくのだろうか……」
フッ、と鼻で笑いながら金皇はカップをテーブルに置いた。
「逆だろう叔父様。銀羽に婿入りする男が居るかだろう」
「それもそうだな」
室内に笑い声が響き渡る。
「ふん。言ってくれるもんだわ」
壁を通り抜け聞こえる金皇の嫌みと二人の笑い声に顔をしかめる。
自分の性格がいいなんて決して言えないが自分にだって決める道があるのだ。
それは兄である龍雅と同じ頂天。
兄と目標が被ってしまうのは嫌だが、黒結家に生まれた以上それが宿命。
どの分野の頂天に立つかはまだ分からないがその為に銀羽は日々の自己研鑽を怠らない。
ただ、と思わず声が漏れる。
何かこの終わりのない道にメリハリをつけ楽しくさせるような出来事(イベント)は起こらないかしら?。
ゲームや劇と同じである。
単調な展開では飽きてしまうが、心を満たすような展開が極度とまでは行かなくても何度かあれば心はもっと楽しめる。
「ふん、そんなイベントが軽々しく起こるわけもないか……考えすぎね。勉強でも―――」
「あるよ。貴女の退屈を満たしてくれるイベントが」
「……は?」
驚愕した。
白いドレスを着た少女が突然廊下に立っていたのだ。
年は自分より一個下ぐらいに見える。
白いドレスに加え透き通るような白い髪、自分のように赤い双眸を除き驚くほど白で統一されていた。
一瞬動揺したものの銀羽は直ぐ様落ち着きを取り戻す。
「貴女誰よ?。迷子って年頃でもなさそうだし、不法侵入?。目をつむってあげるから早く帰りなさいな」
「いいの?退屈を満たさなくて」
背を向け部屋に戻ろうとする銀羽の足が止まる。
そう言えば守衛は何をしていたのだろうか?。
こんなことで一々使用人を呼び騒ぐのも面倒くさい。
……何よりこの少女は自分の考えを読んでいる。
「気持ち悪い子だこと。貴女本当に人間なの?」
軽蔑するような視線を向けるが少女は特に表情を崩さない。
「さぁ何だろうね?。貴女の部屋に連れてってくれたらもっとお話ししてあげるけど?」
ここまであやふやなことを喋る者もそうそういないだろう。
ある意味銀羽は人生に於いて貴重な体験をしてるかもしれなかった。
「フフッ、面白いわ。良いわついて来なさい。聞いてあげる貴女の話を」
「ありがとう。大丈夫退屈なんてさせないんだから」
銀羽の後を少女は追う。
………………
「龍……昨日は凄く良かった」
「あぁ。月曜日また学校でな」
互いに何事もなかったように装ってはいるものの、龍雅の頭の中は愛の寝言のことで埋め尽くされている。
シャワールームに行った時、この女は何かを言った。
よく聞き取りは出来なかったが、ニュアンスがまるで龍雅の独り言に答えるようなものだった。
『……るよ、……龍に……愛……らい』
もしこの言葉の本来の意味が俺の推測通りであれば―――。
「龍、怖い顔してどうしたの?」
「何でもない。少し考え事をしただけだ……またな。愛」
「待って龍」
「なん……」
言い切る前に愛の柔らかい唇が龍雅の唇に当たった。
「待たね、龍!」
少し笑いながら、駆けて遠退いていく愛をしばらく見守る。
「やってくれる」
あいつが何と言ったか答えを出すのはまだ先にしておこう。
だがあの犬(愛)が油断ならないのは確実だ。
努々、手綱を離さないようにしなければな……。
警戒と少しの嬉しさを胸にしながら帰路についた。