姫華の好物の匂いは彼女が眠るリビングにまで届いた。
「うーん‥‥」
ソファでぐっすり眠る姫華の鼻が『好物』の匂いを嗅ぎ、寝ぼけ眼を擦りながら彼女は目を醒ました。
「これ絶対あれの匂いだぁ!」
満面の笑みを浮かべソファから降りると匂いを辿り彼女はその匂いが強くなる方へと走っていく。
匂いの在り処に辿り着くと、母と祖母がキッチンで料理をしてる最中だった。
「あ、お義母様。あの子が来ましたわ。匂いで思わず起きたみたいです」
咲姫は苦笑しながら「ゆっくり眠れた?」と姫華に問うと「うん!」と姫華は答えた。
「良かった姫華ちゃん嬉しそうでお母さんから聞いたわ。姫華ちゃんカレー好きなんだって?」
「うん!大好きだよ!お母さん!お婆ちゃん!カレー作ってくれてありがとう!」
姫華は嬉しそうにお辞儀して咲姫と淑子にお礼を伝えた。
初めて自分をお婆ちゃんと呼んでくれた事に淑子は嬉しくなったが‥‥‥その直後に姫華は急にシュンとした顔になる。
「どうしたの具合でも悪くなっちゃったかな?」
淑子が訪ねると、「違うの‥」と姫華は首を横に振る。
「さっきはあんな失礼な態度取っちゃってごめんなさいお婆ちゃん‥‥」
泣きながらまた姫華は頭を下げる。
幼心に怒られるかもしれないと姫華は下を向いていたが、祖母は怒らず優しく笑いながら頭を撫で、姫華をギュウと抱き締めた。
「大丈夫だよ。気にしなくて。今姫華ちゃんが謝ってくれたからもう姫華ちゃんはその事気にしなくて大丈夫」
「おば‥ぁ‥ちゃん‥‥。わぁぁぁぁぁぁぁんん!」
幼いながらに抱いた罪悪感を祖母が受け止め、許してくれたのを肌で感じ彼女は泣いた。
「泣かなくて大丈夫よ」
「ありがとう‥‥お婆ちゃん」
背中を擦りながら淑子は言う。
「じゃあ、もう少しでカレーが出来るから一緒に混ぜようか姫華ちゃん」
「うん!」
バンダナを結ばれ椅子に乗りながら淑子と姫華は一緒にお玉を握りカレーを混ぜた。
「美味しくなーれ♪。美味しくなーれ♪」
「あらぁ、素敵な言葉ね。何処で覚えたの?」
「テレビで踊ってるお兄さんやお姉さんから覚えたんだよ!。ジュリ、この言葉好きなの!料理が美味しくなるから!お婆ちゃんも一緒に言って!」
「いいわよ。美味しくなーれ♪美味しくなーれ♪」
「ジュリとお婆ちゃんが美味しくなーれって言ったからこのカレー凄く美味しくなるね!」
「そうねぇ。姫華ちゃん」
「ふぅ‥‥‥。姫華とお義母様が仲良くなって良かったわ」
義母と楽しく接する愛娘の様子を見て咲姫は、ホッと胸を撫で下ろす。
夢中になってる2人の邪魔をするのを悪いと思った咲姫は華月を呼びに向かった。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ここに居たのね」
「あぁ、咲姫か。こんな姿。姫華に見せたくないからな」
彼は自室で椅子に座って机に向かいパソコンのキーボードを走らせていた。
恐らく電話が終わってからずっとこうしてたのだろう。
「商談先も無茶言いやがる。本日中にパソコンメールに添付された書類の確認をしてくださいだとさ。今日が何曜日か分かってないみたいだ」
「ふふ。そうみたいね。あなた。お茶でも淹れる?」
「いや大丈夫さ。この仕事よりお袋と姫華が仲良くなれたかの方が心配だよ。ちょっとした事で不仲になって孫が祖母を嫌うなんてこのご時世珍しくないからな。逆もまた然りだけど」
ポンと咲姫は華月の両肩に手を置いた。
「それなら心配ないわあなた。一緒にカレーライスを作って凄く仲良くなったから」
咲姫の一言に華月のキーボードを動かす手が止まった。
「本当か?」
パソコンから目を離し信じらないと言った様子で咲姫の顔を見つめた。
「えぇ」
「はははっ。流石お袋だ。叶わねぇなぁ。しかも俺の大好物のカレーライスと来たか」
華月は少年のような仕草で頭をかいた。
「もうすぐ出来るわ。だからあなたを呼びに来たのよ」
「あぁ。行くとも。どれ!一旦仕事脳を切り替え、童心に戻りお袋のカレーを咲姫や姫華と一緒に食うか!」
「クスッ‥‥そうねあなた」
子供のようにはしゃぐ彼に思わず咲姫は笑ってしまった。
2人で肩を並べながら、キッチンに向かうともう既に淑子と姫華はカレーライスが4つ並べられた席に座って2人を待っていた。
「わぁ!本当にママとパパが来たぁ!。お婆ちゃんが『言った通り』だね」
「そりゃそうよ。パパは仕事より姫華ちゃんの事の方が大事なんだから。良かったわねぇ。これでカレーライスを皆で食べられるね」
「うん!」
「お義母様。すみません配膳までして頂いて‥‥ありがとうございます」
感謝する手前、咲姫は、「まただわ」と心の中で思っていた。
「いいのよ。さぁ咲姫さん、華月、座って一緒に食べましょう」
「あぁ」
「はい」
平静を装うが、内心咲姫は義母に恐れを抱いていた。
結婚して、氷魅夜家に嫁ぎ義母に会ってから何度も何度もまるで他の人間の動きを『予測』したかのような言動や行動を取ることがあったのだ。気になって咲姫も思わず「お義母様は未来が読めるのですか?」と訪ねたくなったがその度に身が竦み結局聞けずじまいだった。
「久々に食ったのもあってすげぇうめぇ!なぁ姫華!」
「うん!」
「あらよかった皆で作った甲斐があったわねぇ。咲姫さんは?」
「勿論。美味しいですわお義母様」
「そう‥‥‥なんだか優れない顔をしていたようだったけど、ならいいわ」
咲姫の不穏が解けないながらも、会話が弾みながら楽しく晩餐は終わった。
淑子と一緒に食器を洗ってる最中、淑子の口から咲姫にあることが告げられた