祖母と孫の二度目の別れは唐突に訪れた……。
吹雪が弱くなり雲の割れ目から陽光が照らされた瞬間1つの影が舞い降りた。
「素敵な御婦人に素敵なお孫さん。まるで物語に出てくるキャラクターみたいね」
陽に煌めくダイヤモンドダストの中からその声の主は姿を現した。
「まぁ‥‥‥」
淑子は声がした方を見て思わず驚く。
白いドレスを身に纏い汚れを感じさせない美しい真っ白な髪の毛、肌の色も常人より遥かに白く、赤い双眸を持った少女がそこにいた。
何より目を奪われたのは背中から生えるその純白の双翼だ。
天使と言う言葉すらその少女の神秘性には相応しくないような気がした。
「貴女は何者?」
「難しい問いだわ。まぁ人間ではないのだけれどね」
淑子の目の前に降り立つと、白いドレスの少女は姫華の頬に触った。
「これは面白い状態ね。この子の心に眠る貴女への思いが氷牙竜ベリオロスの勾玉の世界に貴女を呼び起こした」
「ベリオロス‥‥?。聞いた事のない単語ね」
「貴女がいた世界の生物じゃないからね。あそこにいる生物達もそう‥‥」
「あのマンモスみたいな動物のことかしら?」
「えぇ。ポポって言うのよ。こっちの世界の人間達の家畜になったり、そのお肉は絶品として知られてるの」
少女の説明に淑子は興味深く「まぁ。そうなの」と相槌をうった。
もう死んでしまった身だが今、姫華と居る世界に産まれたら淑子もその絶品を味わえていたのかもと想像する。
「ふっ、しかし人間の
「‥‥そんなに私に会いたかったなんて、私はいい孫を持ったわね」
姫華の頬に雫が落ちた。
それを見ていた白いドレスの少女は姫華の頬から手を離し、どこか悲壮を匂わせる表情で口を開いた。
「水を差すようで悪いけどこれは一時的なもの。遅かれ早かれ――――――――
『貴女の魂はこの世界から消失する』
「そうなの‥‥‥。悲しいわね」
「この子の信念が魂の流れを操れたとしても極一時的なものよ。貴女の魂はあるべき場所へと回帰するわ」
また孫と別れなければならない事実が淑子の心に重く伸し掛かった。
途端に後悔の念が止めどなく溢れる水のように押し寄せる。
それに拍車をかけるように。
「うぅぅぅ‥‥‥ん‥‥‥」
姫華が寝起き声をあげた、そろそろ起きるのだろう。
目を覚ましかける姫華に悲しい顔を見せまいと淑子は涙を拭う。
「ここは‥‥」
姫華が目を開けると白銀の世界が広がっていた。
何処までも続く銀世界はまるで無限に広がってるかのように思える。
「やっと目を覚ましたわね。姫華」
「お婆ちゃん!」
亡くなった祖母を見て今までの記憶が一気に戻る。
「私寝てたんだね」
「えぇ。もうグッスリとね」
「嘘‥‥。やだ恥ずかしい」
頬を赤らめ、ゆっくり淑子の元から姫華は離れた。
「そんなことないわよ。久し振りに貴女を抱っこ出来て幸せだったもの。姫華の成長も感じられてねぇ」
「でも恥ずかしいよ………ところで貴女は誰なの?」
祖母と触れ合う孫の顔つきから一変して白いドレスの少女を警戒する顔つきになった。
「私に勘付かないとはまだベリオロスの勾玉と完全に適合していないようね。氷魅夜姫華」
「言ってる意味が分からないわ」
「直に分かるわ。じゃあ私はこれで消えるから精々、祖母と孫で最後の時間を楽しむことね」
「待って……!きゃあ!」
姫華が止める前に白いドレスの少女は赤い雷に包まれ姿を消した。
「っ!なんなのあの娘……最後の時間って?」
「姫華。取り敢えず私の横にお座り。少し話をしましょう」
「お…ばあ…ちゃん?」
祖母の顔は物凄く澄んでいて穏やかな表情だった……今までこんな祖母の顔を見たことがない。
言われるがまま姫華は淑子の横に座る。
「あの白い子の話によるとねぇ。私もうすぐ消えちゃうみたいなの」
「嘘っ……そんな」
せっかく会えた祖母がまた消える………?。
祖母の発言がずっしり重たく姫華の心に伸し掛かる。
またお婆ちゃんと別れなきゃいけないってこと…?
もっと話したい事がたくさんあるのに、たくさん有りすぎて何から話していいか分からないのに。
「嫌だよ………お婆ちゃん……」
両目から涙を流し姫華は悲痛の声を出した。
普段彼女を知る人物から見たら今の泣いている姫華の姿なぞ想像もつかないだろう。
例えば同じ生徒会の真柄である龍雅が見ても多少驚くかもしれない。
「ほらほら泣かないの」と淑子は姫華の涙を指で拭った。
姫華の祖母として、自分も愛する孫との別れを懸命に抑え顔に笑みを作って。
泣き止まぬ姫華の両肩に手を置きゆっくり話し掛けた。
「姫華。貴女は充分に強い子だから大丈夫。私が一つ心残りがあるとすれば……貴女が氷魅夜家に代々伝わる『先読み』の力を上手く扱えているのかと言うところね」
「深層心理から相手がどう動くか予測する手段だよね……。最近も同級生の子を一人予測したわ」
『あまりぞんざいに扱っては彼女が可哀想よ。その代価を支払う時になるとき傷付くのは愛ちゃんだけではすまないわ』
自分が龍雅に掛けた言葉が頭に浮かんだ。
だがとても祖母レベルで先読み出来るかどうかと言ったらまだまだだ…。
望月迅の凶行も見抜けず奴の思うがままに大切な人達の命が奪われてしまった。
上手く先読み出来ていれば回避出来、壊留や他の店員の方々も生きていたかもしれないのに。
「相当悔しい事があったみたいね姫華。大切な人達を失ったような深い喪失を貴女から感じるわ…」
気付けば姫華は地に付く両手を震わせていた。
「……うん。私がお婆ちゃん並に先読みする力があれば防げてたかもしれない悲劇があったの。罪のない人達が皆死んだ。私の無力さを呪いたいよ」
「どんなに辛く苦しくても人間は前に進まなきゃいけないのよ姫華。時には立ち止まっても構わないし回り道してもいい。だけどね、進む意志をなくさない限り貴女は幾らでも強くなれるわ」
力強く語る淑子の体が透け始めた。
「お婆ちゃん!」
「もう余り時間はないみたいね。最後に貴女に先読みをより完璧にするためのアドバイスを送るわ」
過去に咲姫に教え、今度は自分の孫に直接教えるのに淑子は何か因果を感じた。
今まで姫華は自分の母親である咲姫からしか先読みの事を習っていない。
姫華に取って氷魅夜家の血筋を持つものから教えて貰うのは初めてだ。
「相手の心を限界まで刮目しなさい。そうすれば自ずと貴女の先読みの力も上がっていくわ」
「限界まで……。今迄よりもずっと相手の心を視るということね」
「そう。大丈夫。貴女は必ず出来るわ姫華。私の愛する大切な孫なのだから」
祖母の姿が更に薄くなる、もう消える寸前なのだろう……。
「お…ばあ…ちゃん」
「姫華…」
頬に触れる淑子の手には僅かながらまだ感触がある。
「強く生きて。先に天国で待ってるからね」
その言葉を最後に祖母は完全に消えた。
『グォォォォォォォォォォォッ!』
同時に咆哮と共にベリオロスが現れ、氷魅夜姫華は勾玉使いとして覚醒した。
お婆ちゃん。私絶対強くなるよベリオロスと一緒に………。