午前2時……その悲劇は起きていた。
帰宅した龍雅は訪れている金皇の存在に頭を痛くする。
金皇が龍雅の家に訪れた日の午前2時……。
日本……静岡県……某所……。
「や、やめてくれぇ!!」
「化け物だわ。この子は!!」
初老の夫婦は今自分たちを襲ってる恐怖に悲鳴をあげる。
「うっふっふっふ……」
世界的に有名な画伯、須藤慎太郎の家で一人の少年が暴れているのだ。
……もっとも。
「何故怖がるのです?。須藤画伯。貴方も私の美しい作品群の一員になれると言うのに……喜んで下さいよ」
暴れてる当人にその自覚はなく芸術を描いてると言う認識だが。
『キュエエエエ……』
漆黒の毛に身を包み、30m近くある黒い化け物が怖がる須藤画伯と須藤夫人の前で威嚇するように呻き声をあげながら尖った尻尾をシュルシュルと叩きつける。
「ハァハァ……」
芸術の完成を前に興奮し息が切れ切れになる。
「こ、こんな化け物まで従えて……」
「化け物。ですって?……何とあわれな!」
少年の態度が急変する。
「この美しいナルガクルガを侮辱するとは私の芸術を侮辱すると同義!……死に値する」
「貴様、気を違えているのか……?」
「私が、何故です?。私はアートを描こうとしてるに過ぎません」
須藤画伯の問いに「この人は何故こんなことを聞くんだろう?」と言った感じで答えた。
「ですが少しがっかりしました。世界的に有名な貴方なら私の芸術も理解して下さると思ったのに……須藤画伯貴方も言われたことはありませんか?。天才は凡人には理解されないと……?。どうやら貴方も凡人のようです。しかし!私の素材にはピッタリだ!」
少年は嬉しそうに笑みを浮かべ、顔を手で覆うと黒い化け物に向かい叫んだ。
「ナルガクルガ!。貴方のその黒き美しい刃翼でこの醜い素材にメスを入れるのです!」
『ウァァァ!』
それは正に一瞬の出来事だった。
二人は悲鳴をあげる間もなく刃翼を構えたナルガクルガが跳躍すると、2つの球体がゴトリと床に落ち噴水に沸き出た鮮血が周囲を真っ赤に染め上げた。
「フフフ……完成まであと少しです。待っていなさい世の愚民達。私の芸術(アート)を教えて差し上げますよ」
床に散らばった血をべったりと手にくっつける。
「手こそが絵の具、指こそが筆です」
…………
龍雅が家に帰ってきたのは午前7時30分だった。
「坊っちゃま、お帰りなさいませ」
家の門の前に立つと詰所にいる守衛が言葉を掛け門を開ける。
「ありがとう。西原。いつもすまないな」
「私めは当然の業務を行ってる迄です」
ピッ、と機械音が鳴ると黒い門が開かれていく。
この守衛、西原は龍雅が産まれるずっと前からこの職務に努めており、黒結家の門番とも言える存在だ。
齢80近いのに青い警備服と警帽をかぶり猫背になることもなくピンと立ってハキハキと喋る。
そして誰が何時何分に黒結家の門を通ったかパソコンに管理までしている。
仕事が生き甲斐とはこういうことを言うのだろう。
「坊っちゃま。今日は早朝から坊っちゃまにお会いにお客様がおなりになられてます」
「俺に会いに?。誰だ?」
「従兄弟の雷爆金皇様でございます」
「金皇か……」
客人名を聞き思わずしかめっ面をする。
また自慢話しやら下らない話をされるのは目に見えているからだ。
奴とは小さい頃から、乗馬したり、遊びあった仲ではあるがその性格をどうにも好きにはなれないでいた。
かといって何も対応しないのでは自分の、否、黒結家の品位に関わる。
「話して来るか往年の従兄弟と。教えてくれてありがとう西原」
「御武運を」
諦め龍雅は家の中へと続く廊下を歩いていった。
応接間に入ると金皇の嬉々とした声が響いた。
「久しぶりだなぁ!。龍雅よ!会いたかったぞ」
此方は対して会いたくもなかったがな。
氷魅夜だったら読まれてたか?。
一人考え心でふと笑う。
「あぁ、久しぶりだ。何でまた俺の家に……?」
「水くさいことを言うな。互いに高校3年生。来年、否、あと少しで大学生だ。曲がりなりにも俺も黒結家の縁族。頂天であれば大学も目指す場所は同じだろう?」
「ふん、一緒になるかも知れないから早めに面会わせに来たと言うのか。自信家なお前らしい」
金皇らしい理由だ。
「だが世界は広いぞ龍雅。国内の大学だけで満足してたらとても世界とは戦えない。それはお前も分かってるだろう」
「そうだな」
東大ですら、世界の大学ランキングでは36位とか。
「高みを目指す者として国内で満足しちゃ終わりと言うわけだな」
「ハハハ!流石、龍雅。分かってるではないか!」
お前が海外にまで付いてくる可能性に少々うんざりするがな。
心の中ではこんなことを思い浮かべても特に龍雅は表情を変えない。
「盛り上がってるわね。金皇。龍雅」
「銀羽」
背後から双子の妹が喋り掛けてきた。
「二人共。勉強なんかよりも楽しく……エキサイティングなイベントを見つけたわよ」
「イベントだと?」
「ほう!勉強よりもか!面白い!。人間同じ事ばかりやってては飽きるからな。気晴らしも必要だ」
乗り気の金皇とは対照的に龍雅は眉を潜めた。
「本当に楽しいのか?」
「楽しいわよ。彼女の話によれば自分達が策略や体力を使い与えられた駒で敵を蹴落としてくそうだもの。やだ。言ってるだけでワクワクしちゃう」
「ふん、ゲームの話か」
下らんと言わんばかりに部屋に向かおうとする龍雅を「待ちなさいよ」と銀羽が止める。
「ゲームはゲームでも相手の力、ないしは命までも掛けた最高のゲームになるかも知れないのよ?超人的な力を得てね」
命を掛けたゲーム?。
超人的な力を得る?。
銀羽は頭がおかしくなったのか?。
「話にならん話だ」
「あれ?龍雅ったらもしかしてゲームをするのが怖いの?」
もしや現実逃避でもしてるのかと懐疑しだした龍雅に銀羽は絶対このイベントを兄にも体験させようと挑発染みた言葉を発する。
「……貴様、今何と言った?」
銀羽に背を向けたまま龍雅は聞き返す。
「ゲームが怖いのって言ったの!。今度は聞こえたかしら?お兄様!」
後ろを見ないで放ったコンパスの針が銀羽の頬を掠めた。
鞄から筆記箱を出しそこからまたコンパスを出して投擲するまで2秒にも満たなかった。
コンパスはそのまま飾ってあった西洋の貴婦人の絵の目に刺さった。
鮮やかな手付きだな。と従兄弟は笑う。
「少しそのうるさい口を閉じろ。この愚妹が……。この俺がゲームが怖いだと?」
「だって命を懸けたゲームなんて兄さんにはハードルが高いと思ったんだもの。死んじゃったら意味ないもんねぇ?」
銀羽は全く龍雅に動じていない。
寧ろ……兄がその気になりかけてることを喜び歓迎していた。
ぺろりと流れる血を舐める。
龍雅を乗せるのに私の頬に少し傷が付くだけで済むなんて、安い買い物だわ。
頬に手を寄せフッと笑う。
「命を落とすことを怖がり頂天が目指せるか。貴様に乗せられたのは癪だがいいだろう……参加するぞそのゲームに!そしてそのゲームでも頂天を目指してやる!」
腕を組み意気込みを顕にした。
「俺も当然参加する。遊びは楽しまなければ」
「ふん、好きにしろ」
「良かった。これで二人共参加するのが確定ね。ルーツ!。この二人にもルールを説明して頂戴」
『わかった』
突如、虚空から声がしたと思うと白いドレスを着た少女が現れた。
「おぉ……!」
「どんな呪いだ?」
流石にこれには驚くしかない。
「龍雅、金皇。銀羽との話で貴方達の意志は聞かせてもらったよ。これから話すね。最強の玉座を目指すゲーム……『プリマ・ツァーリゲーム』のことを」
少女はゆっくりと口を動かした。