※この作品はR-18です。

カドラプル・スタンド   作:デポジットカンチョー

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晩酌の二口目は異世界召喚と共に

 ある秋の夜の事。大学の課題を終えた雲積木(くもつみき)捧(ささげ)は夕飯を手早く済まし終えると、故郷で買い溜めておいた地酒の四合瓶をそそくさと開けて、趣味の晩酌を始めようとしていた。

 

「ん……」

 

きりきりと音を立てて、軽い金属の蓋が外れると、人差し指一つ分ほどの小さな瓶の口からふんわりと甘酸っぱい独特の芳香が漂ってくる。さらりとして癖が無く、腰の強さよりも爽やかさが先立つ故郷の槽前酒(ふなまえざけ)の香りに捧(ささげ)は思わず目を細めた。

 とくとくと音を立ててビードロの猪口に注げば、何処までも透明なそれは薄青色の酒器に染まり、掌にすっぽりと収まる程度ながら忽ちに部屋一面を満たす程の存在感を放つ。

 

「……」

 

お酒、特に日本酒は好きだが、延々と香りや雰囲気を楽しむ程上品な人間でもない捧(ささげ)は早速楽しみにしていた日本酒に口を付けた。

 

「♪~」

 

一息に飲み干した米酒は、ひんやりと舌に降り立つと、仄かな甘みと共に雪解け水の様にさらりと流れて後にはぽかぽかとした春の様な温かみを残していく。まるで、これからの四季の移り変わりを暗示するような掌の上の酒器という壮大な世界に、捧(ささげ)は思わずほぅと大きなため息を吐いたのだった。

 

「……」

 

と、そこ迄考えたところで余韻もそこそこに、さっさと次の一杯に手が伸びてしまう捧(ささげ)は矢張り風流とは程遠い人間なのだった。

 

「……ん?」

 

そして、それ(・・)は現れた。

 お猪口に口を付け、さあ待望の二口目をと冷酒が唇に触れた瞬間、唐突に捧(ささげ)の視界を白い円が覆ったのだった。一瞬、一口だけで酔払ったのかと自分を疑い掛けた捧(ささげ)だったが、全身に酔いの微睡は襲っておらず、むしろかぁっとなった喉の熱で視界は普段よりも冴えているくらいだった。

 やがて、その一瞬とも永遠とも思えた光が消えた先には、

 

「……」

 

黒いまわしを締めた細身の女性が俯きがちに白い全身の肌を晒して、捧(ささげ)の前で蹲踞の体勢を取っていたのだった。

 

「………………は?」

 

一瞬、状況が理解できず、長い絶句の末に捧(ささげ)の口から出てきたのは、そんな、唯々混乱を表現する事しか出来ない一文字の疑問符だけだった。

 先の白光だけでも想定外。まして、消光と共に現れた光景が自室ではなく、ほぼ全裸の女性という時点で捧(ささげ)の理解すら飛び越えてしまっている。

 

「コウカ・ダイリ、合格! 次!」

 

「え? え?」

 

未だに混乱の最中に居る捧(ささげ)の前、まわし一丁の雪肌の彼女の後ろで、野太い男性の声が響く中、立ち上がった目の前のまわし姿の女性が「来てくれ」と呟いて手を引っ張って来る。細身の体の割に強い力で引かれた捧(ささげ)は思わず抵抗を忘れて、言われるがままに立ち上がった。旋毛の辺りで括られた、しっとりとした艶を放つ彼女の黒髪を視界に入れながら、それでも手放さなかった猪口を捧(ささげ)はぺちゃりと舐めたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 お互い、名乗る事も、また、それ以前に言葉を交わすこともなく通されたのは、今では日本でも中々目にすることのない、障子張りの一室だった。

 するりと音もなく開け放たれた飾り気のない一室は、時代劇で見るような行灯の灯が灯り、そして、何故か中央に一枚の布団が敷かれていた。

 

「……」

 

気持ちを落ち着けるために、一先ず一杯呷った捧(ささげ)だったが、正直、状況が状況だけにそれなりに飲みなれた美酒のはずが、さっぱり味を解する事も出来なかった。

 それでも、気付けにはそれなりに役立ったのか、軽く舌を焦がしたそれに気を入れ直すのと、今まで自分の手を引いていた彼女、まわし姿の白い背中の女性が、徐にしっとりとまとまった髷の尾をしなやかに揺らしてこちらを振り返ってきた。

 先の一瞬は全裸の上半身に気を取られて、この部屋に辿り着くまでの間は白い肩の背中と揺れる墨髪しか見えなかった為に気付かなかったが、やや伏し目がちにこちらを見返してくる彼女の顔は捧(ささげ)の人生の中でも率直に言って一番の美人と言ってよかった。

 切れ長な両目は流麗で、長めのまつ毛と女性にしてはやや彫りの深い目元をしていた。しかし、男性の様な攻撃的な印象は抱かせず、雪の様に白い肌や昨今の日本人では珍しい墨の様な手入れの行き届いた長髪、日本画などで目にする様な切り揃えられた公家眉に、形の良い鼻に乗せられた横丸の眼鏡も相まって、むしろ、非常に奥ゆかしく清楚な印象を抱かせてくる。但し、素肌とは一転して血色の良い口元は上唇が少しふっくらとしていて、何となく捧(ささげ)には彼女が物言いたげな様に思えた気がした。

 

「……」

 

だからだろう。内心、問いたいことは百も二百もあった筈の捧(ささげ)は、彼女の表情を見た瞬間に一先ず彼女の言葉を待つ気になっていた。

 暫し時間が流れた末に、目の前の彼女の方も捧(ささげ)の意図に気が付いたのか、意を決した様子で上目遣い気味にこちらを見上げながら、徐に唇を開いたのだった。

 

「僕はホウ。……ただの、ホウって言うんだ……けど。おにーさんの名前は?」

 

果たして彼女、ホウの口から出てきたのは楚々とした可憐な風貌とは裏腹に、年頃の女性にしてはかなり深みのある低い声と、貞淑な雰囲気とは真反対の、粗野というか、飄々とした雰囲気の自己紹介だった。

 

「雲積木(くもつみき)……捧(ささげ)だけど」

 

若干の虚を突かれた思いを抱きながら、捧(ささげ)は一先ず猪口を下ろして名前を名乗る。すると、それを聞いた彼女が「クモツミキ、ササゲ……」と小さく反芻した音が薄暗い小さな室内にやけに大きく響いた気がした。

 

「クモツミキ……さんが名前で良いのかな、おにーさん?」

 

「んーん。雲積木(くもつみき)は苗字だね。名前は捧(ささげ)」

 

「ま、呼び方はお好みでどうぞ」と付け足した捧(ささげ)に、少し迷った様にこくりと頷いたホウは「じゃあ、僕もお好きに」と呟いた。

 

「じゃあ、ホウちゃん」

 

「何……かな」

 

その言葉に頷いた捧(ささげ)が呼び掛けると、ホウは一瞬動きを止めてから、直ぐにこくりと頷き、幾分確りとした視線を投げ返した。やや身構えた姿勢を見る限り、捧(ささげ)から何かしらの疑問を投げかけられることを想定しているのだろう。

 

「取り敢えず、一杯どう?」

 

「……え?」

 

が、捧(ささげ)が差し出したのは疑問符でも困惑でもなく、手に握ったビードロの酒器とそこに並々と注がれた日本酒だった。

 捧(ささげ)の想定外の行動に目を白黒させるホウだったが、その行動が多少なりとも友好的な意味合いを持つことは何となく理解できたのか、直ぐに「ありがと、おにーさん」と頷くと、白いテーピングの巻かれた五指でそれを受け取り、ぐいっと捧(ささげ)の愛酒を飲み干した。矢張り、話し方や声音同様、容貌とは真反対の豪快な仕草だった。

 差し出した捧(ささげ)もそれを感じたのか「うん、良い飲みっぷりだね」とへらりと笑った。

 

「ん、大分酒精が強いね」

 

「飲み口は良いんだけどね」

 

後口の熱さにそんな感想を漏らすホウに、捧(ささげ)は「やっぱり、日本酒だよね」と頷く。酒の力というものだろうか、二人の間にどことなく和やかな雰囲気が漂った。自分でも手酌でもう一杯呷りながら、捧(ささげ)が「んで」と首を傾げる。

 

「ぼくが今ここに居る理由とかその辺、ホウちゃんは知っているって事で良いのかな?」

 

捧(ささげ)の問いは半ば予想したものだったのか、ホウは直ぐに首肯を返してくる。その仕草に沿って、まとまりの良いしっとりとした髷がゆらりと仄暗い室内でしなやかに揺れた。

 

(ふーん……)

 

但し、その仕草の内に、一瞬、ほんの一瞬だけ負い目……の様な何か、若干の気が引けた様な感情が流れたのを捧(ささげ)は見逃さなかった。

 

「それ、教えてもらっても?」

 

とはいえ、それを突いても今のところ何の益も無いとあっさり割り切り、それ以前にこの目の前の状況が現実であることには一切の疑念すら持たず、酔っ払い(捧)はまわし一丁の女の子に、そう尋ねたのだった。

 

「ん。分かったよ、おにーさん」

 

捧(ささげ)の問いに、こくりと首を縦に振ったホウは「でも、その前に」と足元の分厚い布団を指差し、

 

「取り合えず、座って話さない?」

 

と言ったのだった。

 ホウの言葉に捧(ささげ)が同意を返すと、彼女は豪快な仕草でたっぷり綿の入った布団に腰を下ろす。その所作に引かれて豊かな胸元がたっぷんと揺れる中、どっかりと胡坐をかく姿が妙に馴染んでいた。捧(ささげ)もそんな彼女に倣って布団の上に胡坐をかくと、さらに軽く一杯で唇を潤した。

 

「まず、おにーさんの最初の疑問なんだけど、ここはおにーさんの住んでいる世界とは完全な別世界だと思って欲しいんだ」

 

「ん。りょーかい」

 

意を決したように告げたホウの言葉に捧(ささげ)はあっさりと頷く。その余りにも頓着しない様子に、ホウの方は流石に「えっと……」と言葉に詰まった様子を見せる。

 

「大丈夫大丈夫。理解できてるから。ここ、日本、いや、地球じゃないんでしょ? 夢かなとか思ったけど……ほら、ちゃんと痛いし」

 

そんな、ホウの様子に自分の頬を引っ張ってへらへらと笑う捧(ささげ)。話がすんなりと済むとも、相手が酔払っているとも思っていなかったらしいホウは「調子狂うな」と眉間を抑えたのだった。

 

「で、何で?」

 

「!?」

 

が、そんな、煩悶ともつかないホウの懊悩を引き裂く様に、捧(ささげ)の言葉少なな疑問が投げ掛けられる。一瞬前の軽薄な口調とは裏腹に、妙に落ち着いた声音を唐突に投げかけられて、ホウはビクッとなで肩を跳ねさせて捧(ささげ)を振り返る。そこでは晩酌を進めながら、酔っ払い(捧)が妙に虚ろな、或いは冷めた光を両の目に湛えていたのだった。

 

「……僕達が」

 

「?」

 

「僕達が……おにーさん達を召喚したから……かな」

 

そんな、捧(ささげ)の視線に肝を射すくめられた訳ではないのだろうが、ホウは実に言い辛そうにしながら、捧(ささげ)の疑問符への答え、即ち「この状況は自分達のせいだ」と告げたのだった。

 

「ふーん……」

 

その答えを予想していたのかいなかったのか、捧(ささげ)はホウの言葉に困惑するでも反発するでもなく、一言だけ漏らして、ぺちゃりとお猪口の縁を舐め取った。

 

「目的は?」

 

但し、再び言葉少なな問いが投げ掛けられる頃には、既に捧(ささげ)の表情からはへらへらとした軽薄な笑みは影も形も無くなっていたのだった。

 

「……魔物退治」

 

「魔物退治?」

 

「うん、魔物退治……って言って、おにーさん信じる?」

 

果たして、ホウの口から出た耳慣れない言葉に捧(ささげ)は「はて?」と首を傾げる。そんな捧(ささげ)の様子を見てか、ホウは伺う様に捧(ささげ)に信疑を問うた。

 

「信じないと話も進まないし一旦信じるけど、何、異世界の人間を召喚して、勇者と名付けて魔王と戦わせるみたいな事を考えてるの?」

 

そんな、ホウのしこりを、捧(ささげ)はあっさりと仮定として受け入れ、その上で湧いた疑問を投げ掛ける。即ち、「自分を使い捨ての奴隷兵士として連れてきたのか?」と。

 

「違うよ(・・・)」

 

が、そんな捧(ささげ)の疑念に対し、初めてホウは首を横に振った。

 

「戦うのは僕達(・・・・・・)」

 

そして、ぱんっと前まわしを叩くと、幾分か強い口調で言う。

 

「僕達、力士だよ」

 

と。

 容姿に似合わないその言葉とその恰好の符合に、若干捧(ささげ)は酌をする手を止める。前まわしを打ったホウの仕草に「ああ、やっぱり力士なんだ」と妙に納得しながらも「じゃあ、ぼくは何で呼ばれたんだろ?」と首を傾げる。

 

「おにーさん達を喚んだのは僕達力士の化粧まわし(・・・・・)としてだよ」

 

その、捧(ささげ)の疑問に真直ぐに、特別綾を付けずに答えたホウの言葉に、しかし、捧(ささげ)の疑問符は更に増えることになる。

 

「は? 化粧まわし?」

 

勿論、その言葉の意味を知らない訳ではない。が、どう見ても捧(ささげ)は人間というか生物であり、対する化粧まわしとは目の前にいる力士(ホウ)が儀礼の際に身に着ける無機物の事だ。つまり、

 

「ホウちゃんはぼくが化粧まわしに見える視覚を持っているって事か」

 

「いや、そうじゃないからね?」

 

捧(ささげ)の言葉をホウは真顔で否定した。

 

「この世界……僕達の世界ではおにーさんみたいに異世界から喚ばれた人達は化粧まわしに変身する力を持つんだ」

 

「また、変な能力だなおい」

 

そして、その真面目な表情から出てきた荒唐無稽な言葉に、捧(ささげ)の方も思わず真顔になったのだった。

 

「っていうか、化粧まわしって……」

 

聞いたこともない、いや、それ以前に化粧まわしになって何の意味があるのか。首を捻る捧(ささげ)に、ホウが「勿論」と付け足す。

 

「おにーさん達異世界の人達が変身した化粧まわしはただの化粧まわしなんかじゃなくて、僕達力士に特別な力を与えてくれるんだ」

 

「成る程」

 

そのホウの注釈に捧(ささげ)は納得と共に頷く。

 ホウの口振りから推測するのであれば捧(ささげ)の様な異世界人が成った化粧まわしでなければ、何かしらの事情で特別な力を使えないらしい。この世界にとって魔物というものがどの程度脅威なのかは分からなかったが、態々召喚なんて行動を取るという事を含めれば辻褄は合う話だと思えた。

 

「じゃあ、最後に一つ」

 

そこ迄思案をした上で、捧(ささげ)は極めて即物的な、そして、それ以上に捧(ささげ)にとっては現実的な質問を切り出す。

 

「今までの説明は全て恫喝っていう認識で合っているかな?」

 

極めて直接的かつ、攻撃的な問いに一瞬ホウの切れ長の両目が僅かばかりではあるが丸く成り掛ける。

 

「え、いや、おにーさん?」

 

流石に、こんなにも唐突に挑戦にも似た質問を投げ掛けられるとは思わなかったらしく、ホウの方が言葉に詰まった様子で疑問符を浮かべる。そんな、ホウの疑問に答える様に、捧(ささげ)は「いやさ」と言葉を続けながら、また一杯、大分少なくなった米酒を酒器に注ぎ込む。

 

「ぼくは今、現在進行形で君達に見ず知らずの地に呼ばれていて、生活基盤が存在しないんだよね。お金の価値どころか、何を食べられて何を食べられないのかすら分からない訳で。この状況で生活基盤を盾に命令されたら絶対に断れないよなーって」

 

「う……」

 

言葉に詰まるホウに視線を向けず、捧(ささげ)は並々と盛った酒器に、舐める様に口をつける。

 

「しかも、ホウちゃんの言う魔物っていうのがどの程度危険な物なのかも分からない中で、その辺を説明する気はないでしょ? もし魔物の実物を見せたら、魔物と人間とを天秤に掛けて、人間と戦う可能性があるくらいには危険なはず」

 

「でないと、こんなリスキーな人間を呼んでくる理由が存在しないし」と捧(ささげ)は首を傾げた。

 

「……」

 

捧(ささげ)の言葉に、二の句を継げなくなり押し黙るホウが答えだった。

 

「で、実際どうなの? ぼく、お為ごかしとか嫌いなんだよね。嘘くさい善意よりは正直な悪意の方がマシって思うくらいには。どっちも敵だけどさ」

 

そう言って、けらけらと笑った捧(ささげ)が再び晩酌を再開する。先のゆったりとしたペースと飲み口とは正反対の、荒っぽいやけにも見える呷り方だった。

 やがて、捧(ささげ)の寝酒が底をつきかけた頃、じっと隣でその様子を眺めていたホウが不意に身動ぎし、そして、捧(ささげ)の方に大きく身を乗り出してきたのだった。

 

「? どうかした?」

 

「……」

 

首を傾げる捧(ささげ)に、無言のままホウはぎゅっと下唇を噛んで俯く。妙に長い無言が二人の間に流れ、瓶の口から小さな酒器に落ちた雫の音がやけに大きく室内に広がった。と、

 

「ぁ……ぃぃ……」

 

酒精で熱を持った捧(ささげ)の耳に、不意に小さくくぐもった、そんな声が届いた。

 その声に、一瞬「ん?」と首を傾げる。空耳か、はたまた酔いが回り過ぎたかと思った捧(ささげ)だったが、次第に大きくなる音に、それが現実である事を理解する。

 

(そういえば、"達"って言ってたっけ)

 

同時に、先のホウの説明に得心する捧(ささげ)。あの言い方から察するに、彼女達から見た別世界の存在というのは結構な人数が居るのかもしれなかった。そして、推測ではあるが自分と同じ様な境遇の人間が近くに居て、別室からは喘ぎ声。更に、目の前にはまわし一丁で乳房を曝け出し、何か決心した様子で身を乗り出してくる力士の女の子。つまるところ、

 

「ハニートラップって奴か」

 

生活基盤が一種の恫喝の種なら、目の前の彼女は懐柔の種なのだろう。

 ホウの美貌と身を乗り出した際にゆっさりと揺れた乳房に気を取られながら、捧(ささげ)ははてさてと算盤を弾く。現状、生活基盤を持たず、実質生殺与奪の権利を握られている状態で一人騒いでも何の得にもならないどころか、彼女にも彼女の上(・)にもさしたる痛打は与えられないだろう。やるなら、せめてそれなりの力を得てからでなければ話にならない。結局、捧(ささげ)は目の前に差し出された毒団子を食うしかないのだ。投げ出された飴玉にしゃぶりつかなかったら、危険分子として目を付けられかねないという面もある。

 そこまで考えたところで、捧(ささげ)は空になった酒器と酒瓶を投げ出した。畳の上を転がった緑色の瓶がそのまま部屋を仕切る襖にこつりとぶつかる。

 捧(ささげ)が見詰め返すと、ホウが僅かに俯いたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 室内に響く、くぐもった吐息の音に耳を澄ませながら、捧(ささげ)はさざ波の様にやって来る快感に僅かに目を細めた。既に衣服は脱ぎ捨て、ホウに身を委ねていたが、この手管が意外な程に巧みだったのだ。いや、その表現はやや正確ではない。正しくは歪で巧み(・・・・)という表現になるだろうか。

 そも、ホウがハニートラップを任されている人間なのだとしたら、性行為に巧みというのは別段おかしな話ではない。処女を守らせるために破瓜を経験していない可能性や、実際の交合で稚拙な面が出る可能性はあるものの、こういった前戯が下手ではそもそも色仕掛けは成立しないのだから。

 が、今のホウの性技はそんな捧(ささげ)の予想とは状況を異にしていた。

 初めはキスからでも入るのかと思った捧(ささげ)だったが、身を乗り出してきたホウはそういった口での愛撫などには掛からず、代わりに服を脱いだ捧(ささげ)の背に回り、そのぶるんと実った乳房をぎゅっと抱き着く様にして押し付けてきたのだった。

 確かに、身体的特徴を考えれば、最も男性をそそらせるのはそこだろうが、意のままに繰れる舌や手ではなく、それ(胸)を選ぶ辺りに、捧(ささげ)は若干の違和感を覚えた。

 次いで始められたのは手による男性器への愛撫で、これが妙に荒っぽい。が、性行為への嫌悪感からくる荒っぽさとはまた違っていて、雑に機械的な動きではなく、むしろ巧みな程に捧(ささげ)の感じるところを強く刺激して止まなかった。

 

「ん……」

 

先の誘い方も含め、妙にぎこちなさや拙さが目立ったにも拘らず、やけに巧みなホウの手淫は捧(ささげ)の昂りを察したのかぴたりと動きを止めて捧(ささげ)の前に回ると、ぐっと両膝を開いて相撲で言う所の立会いの体勢になる。

 

「……その」

 

腰ほどまである長髷を揺らし、恐る恐るといった風に見返るホウの視線が捧(ささげ)の両目と重なる。漆黒色の立てまわしが臀裂にきゅっと食い込んだ傷一つない白いお尻を差し出しながら、ホウは「好きに使って良いよ」と囁く様な声音で告げてきたのだった。

 

「んー……」

 

その言葉に、徐に手を伸ばして雪の様な臀部に触れると、爪先と両拳でカエルの様に敷布団に座ったホウがピクリと白い肩を揺らした。彼女の白い肌の手触りは初雪の様にさらさらとしていて、時折強く揉むとふにゃりと指が沈みながら、途中で強い肉感に押され、両掌に強い存在感を見せてくる。

 耳を赤く染めてフルフルと愛撫に耐えるホウの背中を眺めながら、一頻り感触を楽しんだ捧(ささげ)は、その純白の背中にのしかかるようにして、彼女の細い体へと抱き掛かった。

 

「あっ!?」

 

同時に、強く揉まれた乳の感触に、細身の女力士は小さく悲鳴を上げた。

 そんな、女力士の反応を楽しみながら、すっとまわしの前、彼女の前袋を摩(さす)る捧(ささげ)。分厚いまわしの布地に遮られ、さして刺激も無い筈のそれに、しかし、ホウは意外な程に過敏な反応を示し、ぶんぶんと首を横に振ったのだった。

 時折、立てまわし越しに臀裂に男根を擦り付けながら、しばしそうしてむつみ合っていた捧(ささげ)は、いよいよ昂りのまま、ホウが唯一纏っていたまわしに手を掛け、臀裂を封印するそれをぐいと横にずらしたのだった。

 果たして漆黒の鎧の奥から現れた柔肉は彼女の肌同様薄い色をしていて、一目で処女のそれだと見て取れた。だが、まわしとの間でねっとりと引く透明な糸を見れば、その楚々とした秘裂が見た目以上に淫靡なそれである事を何よりも雄弁に物語っていた。

 それを確かめると、捧(ささげ)は己のそこを宛がい、そして、一切の躊躇なくホウの処女を貫いたのだった。

 

「んっ!? ……くぅ……」

 

その瞬間、切れ長の両目を大きく見開いたホウの悲鳴がその白く細い喉を僅かに震わせる。同時に、布団に突いた両拳をぎゅっと固めて、意外に長い犬歯を剥き出しにしながら歯を食いしばった。そして、その様子をじっと眺めていた捧(ささげ)は、

 

 

 

 

「ホウちゃんって……本当に女の子?」

 

 

 

 

先程から湧いては消えていた疑念を、とうとう確信をもって口にしたのだった。

 

「!?」

 

捧(ささげ)の言葉に、一心に破瓜の痛みと快楽を耐えていたはずのホウがバッと音を立てて振り返る。その両目はそれまでの複雑な感情が入り混じり続けていたはずのそれから、驚愕ただ一色に染まっていた。

 

「なん……」

 

「え、まさか本当に?」

 

絶句し、それでも必死に口を開こうとするホウの姿に、確信を持ちながらも何処か自身の考えを否定していた捧(ささげ)は流石に面食らった様に首を傾げた。

 片や驚愕、片や呆然といった態で見つめ合った二人。先に口を開いたのは観念とも諦念ともつかない表情になったホウの方だった。

 

「おにーさん……正解」

 

そして、捧(ささげ)の疑問に丸を付けると、

 

「僕は……男だよ」

 

楚々とした美少女には似合わない、卑屈で皮肉気な笑みを口元に浮かべたのだった。

 流石に、そのまま交合を続ける気にもならず、身体を離しあった捧(ささげ)とホウは再び性行為前と同様に向かい合う様にして胡坐をかいた。そして、ふぅと呼吸を整えると、今の今まで破瓜を味わったばかりのホウが「力士はさ……」と徐に口を開いたのだった。

 

「表向き志願制ってされてるんだけど、数合わせの為に実質的な平民の徴兵が行われてるんだ」

 

「ま、だろうね」

 

ホウのその言葉に捧(ささげ)も納得する。国の危機なんて言えば大ごとにも思えるが、それに対して平民の動きが鈍いなんてのは別に古今東西この国に限った話ではない。まして、特別な力を持つ一種の"英雄"が必要となる話ともなれば、名誉よりも命を取って、逃げる平民の方が多いのは当然とも言えた。

 

「けど、そんなことばっかりやってたら、平民に対して示しがつかないだろ?」

 

「それも、そうだろうね」

 

白いなで肩を竦めるホウに、捧(ささげ)も首肯を返す。

 

「だから、貴族からも何人かがくじ引きで自分の係累から年若い女性を力士として出すことになってるんだけど、それが当たったのが僕の両親だったんだ」

 

そう言って、嗤ったホウは自嘲するように「いや、元(・)両親かな」と続けた。

 

「僕の実家には妹が居て、本来ならこの妹を力士として出すことになる筈だったんだけど、これが僕とは違って桁違いに優秀でさ、十を超える頃にはもう領内の政治に口を出して、家臣の中にも自分の親派を作るくらい出来星だったんだ」

 

「……」

 

「だから、今回の件があった時、その親は慌てたんだよね。僕なら兎も角、あれを失う訳にはいかないって、僕なら全然問題ないのに……ってさ」

 

「だから?」

 

「うん」

 

捧(ささげ)の確認に、ホウはこくりと頷く。

 

「出来の良かったあれを手元に残すために、あいつらは僕とあれの精神を入れ替えて、あれの身体に入った僕の魂を突き出すことに決めたんだ」

 

自身の肉親を"あれ"と吐き捨てたホウの鋭い両目に、仄暗い愉悦が混じったのを見て、捧(ささげ)はホウの言葉が概ね真実であることを理解した。

 

(となると、さっきのコウカ・ダイリっていうのは妹さん(体の持ち主)の名前かな?)

 

 自身の身の上を、怨念混じりに吐き出したホウが少し疲れた様に「ふぅ……」と溜息を吐いて「それでさ」と、顔を上げた。

 

「おにーさんはどうする?」

 

その問いかけに、捧(ささげ)は「どうするって?」と首を傾げる。

 

「このまま、僕と最後までセックスするのか、それとも僕以外に誰か呼ぶのかって話」

 

「え、チェンジ出来るの?」

 

「うん」

 

内心、この色仕掛けが少なからず力士と化粧まわしを共依存状態にする意味合いもあると思っていたこともあり、別の第三者に枕営業を引き継げるという話に捧(ささげ)は若干驚いたのだった。

 

「え、じゃあ、何で一回受け入れたのさ」

 

同時に、自分だったら絶対にしないだろう行動に僅かに目を丸くする。それに対するホウの答えは「必要だからさ」だった。

 

「確かに男だって好みはあるし、喚んだ力士よりも別の女性とセックスしたいって場合もあるだろうけどさ、基本的には召喚した力士との性行為を推奨しているんだよ。やっぱり、土壇場で力士と化粧まわしの息が合ってないっていうのは国としても困る話だしさ」

 

「関取の力は力士と化粧まわしの乗算って言われているしね」と付け足し、ホウはまた軽く肩を竦めた。

 

「一応、僕が言うのもなんだけど、客観的に男としての意見を述べるなら、これは顔も良かったから、特に理由もなく化粧まわしの人が交換を要求したなんて報告しても説得力が無いんだよね」

 

「ああ、それは確かにありそう」

 

ホウの説明に、捧(ささげ)は得心がいったように頷く。目元がはっきりした美貌に、ややアンバランスながら肉付きの良い口元は確かに情欲をそそられるし、肉体も均整がとれていながら、出るところは出ていて、それでいて可憐にも見えるあたり、これを拒否する男性は相当珍しい部類だろう。

 

「後の半分は義理立て……いや、贖罪かな」

 

「贖罪ね」

 

「うん」

 

捧(ささげ)の言葉にホウが頷く。

 

「おにーさんが言った通り、この召喚は結局のところ、攫ってきた人を奴隷兵士にして使い潰すだけだからね。いくら戦うのが僕達力士であっても、元々の生活を奪っている事実は何も変わらないし、それを盾に異世界の人を従わせているのもまごう事無き事実だから……さ」

 

「流石に、ここまで顔の良い花魁は中々抱けないし、僕からのせめてもの……ね」と締めて、ホウはもう一度皮肉気に口角を持ち上げた。

 

「と、いっても、中身は正真正銘の男だからさ、おにーさんが忌避感を覚えるのも当然だと思うし」

 

「見破られなかったら最後までやってたんだけどね」とホウは肩を竦める。

 そんなホウの言葉に納得半分、苦笑半分に頷きながら、「で、どうする?」というその視線に、捧(ささげ)は「結論を言うとね」と答えを切り出す。

 

「全く問題ないんだよね」

 

果たして、その答えは「このままで」の一言だった。

 

「本気で?」

 

そんな捧(ささげ)の答えが予想外だったのか、切れ長の両目を僅かに見開くホウ。それに対して捧(ささげ)は実にあっさりと首肯を返す。

 

「ホウちゃん……ホウくん? の言う通り、今の顔は普通に美人だし、加えて言うならぼくもほんの少し前、具体的にはホウくんに入れる直前までは童貞だったからね。正直、がっつり刷り込みをされちゃった感はあるよね」

 

そう言って、肩を竦める捧(ささげ)の表情と、未だに怒張治まる様子のない股間を見比べて、ホウは納得したように「あー……」と頭を掻く。

 

「男なんてそんなものだよね」

 

「まあ、確かにな」

 

この辺の感覚は、自分も男だったから理解できるのか、捧(ささげ)の言葉にも直ぐに同意を返す。

 

「むしろ、ホウくんのせいで、大分性癖が歪められた事の方が男としては大問題な件について」

 

「それは本気でごめんなさい」

 

そして、からかうように、捧(ささげ)が片目を瞑ると、くくっと喉を鳴らしたホウくんにががばりと頭を下げる。そして、二人がどちらともなしに苦笑を浮かべると、室内には何となく穏やかな空気が流れる。

 

「という訳で、続けても良いならゴンドラ最後まで遠慮なくやっちゃうけど、ホウくんの方は大丈夫?」

 

一応、最後にもう一回だけ確かめると。「勿論」と頷いたホウが眼鏡越しにはっきりと意思を乗せた視線を投げ返してくる。

 

「僕はおにーさんの相手をする義理も義務も責任もあるし、何だったらおにーさんならそう悪くもないかなって」

 

「滅茶苦茶するわけでも、僕を無闇に傷付ける訳でもないしさ」と続けた言葉の裏には、何となく血縁者(元家族)の姿がある気がしたが、捧(ささげ)はそれには言及せずに、ホウが「だから、おにーさんが嫌じゃなかったら、たっぷり楽しんでよ」と差し出した白い裸体をビードロの酒器に触れるように丁寧に抱き寄せた。

 

「あ、でも」

 

ど、そこで、ホウが思い出したように声を上げる。

 

「一つだけ希望を聞いて貰えるなら、正面からは勘弁してもらえると有難いかな。その……やっぱり、色々とさ」

 

申し訳なさそうに呟くホウの言葉に、直ぐに理解が及んだ捧(ささげ)は得心混じりに「あー……」と声を漏らす。

 

「了解。確かにきついよね。ホウくん、身体は女の子だけど、心の方は男の子な訳だし」

 

女性と違い、身体は兎も角、精神は同性のホウの気持ちは同じ男性として手に取るように分かる。いくら、自分で納得しているとはいえ、真正面から男とキスをするのは、肉体的には負担が無くとも、精神的にはセックスよりもハードルが高いのは捧(ささげ)も同じだった。

 

「じゃあ、さっきの体勢になって」

 

「りょーかい」

 

頷いた捧(ささげ)の言葉に了承を返すと、再びホウは布団に拳を突いて相撲の立合いの姿勢になる。向けられた背中と臀部は相変わらず雪原の様だったが、先程とは違い仄かに朱が差して、お尻の谷間に食い込んだまわしの奥からは、染み出した愛液がつんと淫靡な匂いを漂わせている。

 

「じゃ、いくよ?」

 

ホウが再びこくんと頷くのを確かめると、捧(ささげ)は再びホウの愛液に濡れた立てまわしを引き、剥き出しになった秘所を最奥まで犯したのだった。

 

「っ!? くっ……」

 

挿入した瞬間、その感触にびくっと小さな肩を震わせたホウがふるふると全身を強張らせて、その感触に歯を食い縛る。一瞬、破瓜の痛みがぶり返したのかとも思った捧(ささげ)だったが、その両耳が朱に染まり、自身のそれにまとわりつく柔肉が明らかに最初の交合と違い柔らかくなっている事に、ホウの反応が痛みではなく快楽に依るものである事を察する。

 

「ん……」

 

そうなれば、後は躊躇う事もなく、捧(ささげ)はゆっくりと腰を動かし始める。

 

「んっ……くっ……」

 

ぎゅっと夜具を握り、時折嫌々をするように首を振るホウの仕草に情欲を掻き立てられた捧(ささげ)は、その衝動のままにふるふると震えているホウの乳頭に手を伸ばした。

 

「ふぁ!?」

 

その不意討ちに、ホウが可愛く、それこそ女の子のような悲鳴を上げた。

 

「……」

 

女の子のような(・・・・・・・)。その感想に思わず捧(ささげ)が手を止めると、ホウ自身もその自覚があったのか、バッと振り返った視線が重なった。けれど、それ以上に羞恥が勝ったのか、直ぐに前に向き直ったホウは耳どころか首筋までを真っ赤にして、きゅっと俯いたのだった。

 

「……な、何だよおにーさん!」

 

そして、そんな気恥ずかしさを誤魔化すように、怒ったように声を上げるホウ。そんなホウに少し首を傾げた捧(ささげ)は「……ホウくんさ」と、その背中に覆い被さる様にして形の良い耳朶を吐息でなぞる。

 

「可愛いよね」

 

「んなっ!?」

 

その感想はホウを貶める意図も無ければ、嘘偽りもない正直な感想だったが、言われたホウからしてみれば男としての沽券に拘わる言葉だった。

 捧(ささげ)自身も、口にした瞬間に、それを理解したのか、血相を変えて振り返ったホウに申し訳なさそうに「ごめん」と頭を掻いた。

 

「んくっ!?」

 

直後、股座を襲った強烈な快感に、今度は捧(ささげ)の方が悲鳴を上げる。それまでやわやわとペニス舐め回すように優しく包み込んでいた粘肉が不意に捧(ささげ)の精液を搾り取る様にぎゅっと収縮したのだった。

 

「おにーさんもカワイイじゃん」

 

突然の快楽の波に、ブルブルと両足を震わせて何とか暴発を耐える捧(ささげ)。そんな、捧(ささげ)の姿をからかうように、直前の快感の犯人、ホウがにやっとシニカルな笑みを浮かべた。

 

「ひうっ!?」

 

「くっ!?」

 

そんな、ホウの態度に対抗心を燃やされた捧(ささげ)が内心で「コノヤロウ」と呟いて、むくむくと大きくなったホウの乳首を指で押し潰すようにして転がす。堪らずホウが悲鳴を上げるのを満足げに聞いた捧(ささげ)だったが、直ぐさまホウの柔肉がうねり、捧(ささげ)の方も耐えきれずに声を上げる。

 最早、初めてのセックスの甘い色は無くなり、二人の間にあったのは、お互いの身体を使ってふざけあってるような、そんな遊戯のような性行為だった。

 

「ふあっ!?」

 

「っつう!?」

 

捧(ささげ)がホウの弱いところを探り当てれば、ホウが捧(ささげ)の好む刺激を見付けて締め上げる。そんな、意地の張り合いにも似た性交は、しかし、互いが一切引くこともなく海楽を与えあった結果、唐突に終わりを告げることになる。

 

「ホウ……くん!?」

 

「おにー……さん!」

 

結末はどちらからだったか、快楽の応酬に次ぐ応酬の末、不意に投げ合った快楽が二人の許容量を越えたのだった。

 それは、まるで酒を注がれ過ぎた酒器のように分限を越え、一気に外に溢れ出ていく。

 

「ん、くぅぅ……!!」

 

「ぐっ!?」

 

くぐもった吐息と共に、捧(ささげ)がホウの胎に精を吐き出すと、その熱に不意を討たれたホウが「ふあっ、ああっ!?」と悲鳴をあげて、黒いまわしの前袋をぐっしょりと濡らす。

 やがて、びくびくと痙攣を繰り返していた捧(ささげ)とホウの二人はどさりと布団の上に横たわり、どちらともなしに、顔を見合わせて苦笑を浮かべ合ったのだった。

 

「……どうだった?」

 

やがて、思い出したように、そう尋ねた捧(ささげ)の言葉に、一瞬、きょとんとした顔になったホウは直ぐににやっと口許をあげ、

 

「さいこーだったよ」

 

と、笑ったのだった。

 

「そか」

 

その表情は、女性経験の乏しい捧(ささげ)の感想ではあったが、

 

「なら、良かった」

 

今まで見てきたどんな女性よりも、可憐で可愛らしく見えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 一通りの性行為を終えて、どちらともなしに肩を並べ合った捧(ささげ)とホウは、木目の天井を見上げながら、どちらともなしにとりとめもない会話を続けていた。

 

「僕は……さ」

 

そして、互いの話のネタも尽きた頃、不意に此までとは違う真剣な声音でホウがぽつりと呟いた。

 

「妹や実家に目にもの見せてやりたいんだ」

 

その一言が闇夜に溶けると、ホウは堰を切ったように言葉を紡いで止まらなかった。

 

「今更、家に戻りたいとも、貴族の当主に成りたいとも思わないけど、あいつらを後悔させて絶望させてやりたい。あいつらが僕に縋って来るところを蹴落として、ざまーみろって言ってやりたい」

 

その口から出た怨念と、それ以上に感じる屈辱に、捧(ささげ)はじっと思案する。或いは、その憎悪は自分にも向いているのかとも思ったが、そんな色は不思議と欠片も見当たらなかった。

 

「君も、どん詰まりか……」

 

やがて、そう納得した捧(ささげ)は、それならばと自分の胸の内を告げる。

 

「ぼくも、ホウくんの国が嫌いなんだけどさ。それこそ、全員死んでも別に良いやってくらいに」

 

人の日常を奪って、更に人身御供を差し出して、その上で猿を回すように飴と鞭で好きに使おうとする姿には吐き気すら感じる。

 

「機会があれば、ぼくは躊躇しないけど、それでも良い?」

 

それはつまり、取り返しのつかない状況になっても良いのかという、根本的な問いだった。

 果たして、そんな、捧(ささげ)の悪魔の契約に、ホウは、この世界の力士は、

 

「うん」

 

あっさりと首を縦に振ったのだった。

 

「……」

 

その切れ長の視線を眺め、そして、その内に嘘偽りが欠片もないことを確かめた捧(ささげ)は「そっか」と頷く。

 

「じゃあ、それまで宜しく……かな?」

 

そして、疑問符混じりにそう告げると、

 

「うん」

 

此からの相方、いや、むしろ共犯者であるホウは心底楽しそうに、にっこりと笑ったのだった。

 

 

 

 

 




進行中のシリーズ放って何やってんだ案件です。ごめんなさい。
けど、まわし系ヒロイン書きたかったんや!
後、むらっとしていると、何故か本編進まないんですorz

取り合えず、楽しんでいただけましたら幸いです!
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