ㅤ煮えたぎるマグマの直中から輪郭を取り戻し、冷えてヒトの形になったあと。私はまずマスターベーションをすることにしてる。
「んっ……ふっ……」
ㅤボロ屋敷の屋根裏の、まだ赤黒い血のシミが残ったまんまのベッドの上で、ひとり股ぐらおっ広げながら小陰唇を擦る姿なんざ、他人に見せる気にはなれない……否。他人、っていうか正しくは生者というものを想定することじたい、ない。
「んぃ……っ!」
ㅤ自戒をこめて、濡れそぼる突起に爪を立てる……そうだ、これは儀式だ。“私が生きている”確認のための、儀式だ。
ㅤ快楽のさざ波に身を打たせるさなか、椅子のうえで事切れた魔術師を見遣る。耳から流れた血の跡を。仰向けに傾げた蒼白の顔を。うつろに呆けた眼差しを。
「ざまぁ、みろ……っ」
ㅤ別に、死体そのものを見てサカる性質じゃない。重要なのは関係性だ。つまり、目の前に死者がいて、私が生きているということ。死を彼岸へと断絶し、嘲笑うこと。それが私のオカズと言えば、そうなるだろう。
ㅤ混濁する記憶のなか、男の鼓膜を貫通した私の一部の感覚を想起しながら中指を腟に撫でつけ、愛液を集めながら徐々に挿入する。この新しいカラダでは、まだ処女だ。いきなり激しいコトは出来ない。
「……………………」
────私は、擬似的な不死者だ。時計塔地下のでっかい竜の死体のなかで生まれて育ち、ある日それが身に付いた。
ㅤあの日の採掘はちょっと深いところまで潜っていた。それまで十層あたりで訓練を積まされていた私が、三十層を探索するチームに入れられたからだ。私の身体能力と礼装の運用技術などが相応のレベルに達したということもあるが、実際には生まれ持った感応能力による治療……兼、慰安婦としての扱いが主だった。そういう手ほどきは前から“隊長”にされていたし、今回が本格的な任務だと知らされてもいた。竜の静脈が張り巡らされた領域の、比較的安定した地点に敷設された結界に大小のテントが張られ、そのうちの小さなほうが私の仕事場になった。
ㅤ以前から見知った男、あるいは女の見知らぬ表情と息遣い。決してモノのようではなく、たしかに私は人として、仲間として扱われてはいたけれど。唇を重ね、肌を重ね、血を分かち、精を受けるたびに、本能的な違和が膨張した。
「私も採掘させて欲しい」
ㅤそう申し出たのは建前だった。班長を含むチームといくぶんの口論を経ながらも、女性メンバーの助言のおかげで認められた。
「まぁ、狭いテントで待ちぼうけってのも退屈だよな?」
ㅤ班長はぶっきらぼうに笑いながら、私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。今思えば、こちらの本音を暗に汲んだうえでの配慮だったのだろうが……正直、虫酸が走った。
「悪かったな」
ㅤ無意識に、睨み付けていたらしい。男は私の頭から手を離し、ばつが悪そうに目をそらした。テントのなか、私が股から血を流していても腰を打ち付けてきた人間とは思えないほど臆病な仕草だった。
「……お人好しぶるんじゃねーよ。クソが」
ㅤ意識が現在に揺り戻される。股はすっかり乾いて乗り気がしない。まだきちんと絶頂出来ていないのに。
────今はもう、誰にも身体を譲らない。この肉体は私のものだ。この肉体が選択する刺激のすべては自分が主導権を握る。だから、私にセックスはあり得ない。おそらく、この先ずっと。
ㅤベッドから身を起こす。背中から鱗みたいにペリペリと血糊が剥がれてゆく。象徴みたいに。
ㅤ床に置かれた鞄からシガレット・ケースとジッポを出す。巻かれているのはただのマリファナ。化学的にも魔術的にもそれ以上の過激なブツは混ぜていない天然モノの先端をハサミで切り取り、火を点ける。
……そう。私は三十層の探索に出た。チームに支給された標準的な魔術礼装一式を装備して、目眩く様相を変える迷宮のなかへと足を踏み入れた。
ㅤ鬱蒼と繁る密林内部、暴れる巨大な石像を相手に班長が多重の結界を張り、獣性魔術を駆使するメンバーを中心に攻撃を加えた結果、精霊根(これが、そいつの急所にして希少な触媒だ)をきわめて理想的な形で獲得出来たことで、その日の任務を完了した。私は簡易的な血液の譲渡による即席の治療を担当していたが、状況の厳しさにしては奇跡的に目立った損害が出なかった。
「ちくしょー、今夜はテント使えねぇかー!」
ㅤ冗談めいて嘯く男を傍らの女が小突き、一同に笑いが起きた。私も雰囲気に乗って笑おうとしたが、引きつったように口許を歪めることしか出来ず、
「えっ」
ㅤ道中、唐突に開いた“孔”を、滑落した。
「────────っ!!」
ㅤあまりの速度と加圧に声すら出せないまま、どれほどの距離を“飛んで”いたのか、私は突如出現した花園の上で、破裂した。
ㅤその時、私は死んだと思う。もし、意識が途切れる寸前、唇に感じたぬめりを噛まなければ。舌上に、その血が滴らなければ。
“おや、これはとんだ珍客だ! 潰れた果実みたいに、ぺっちゃんこ!”
ㅤ視界は機能しなかったが、耳はその、人ならざる声を覚えている。
“うんうん、でもこれは運がいいねぇ。英雄王の秘薬盗んだはじまりの蛇、その親戚をパクっといくとは。せっかく掴まえて遊ぼうとしてたのに!”
ㅤけらけらと、人の生き死にを笑うそいつに腹が立つのは、今になってからだ。
“おめでとう、可哀想に! もう君は簡単に死ねないだろう! あと、今回の取り替えっ子はお預け!”
ㅤ鉱物よりもなお薄らいだ意識がいよいよ消失する時、私は重力をも失った。
“それではごきげんよう、はじめまして!”
ㅤ次に目覚めたとき、私は異世界にいた……今は現実にほかならない、この地上世界に。
「……………………んんっ!」
ㅤ効いてきた。葉巻を灰皿に置いて、多幸感のなか身をよじる。愛液泡立つ腟内を二本指でかき混ぜ、乳首をつねり、離し、つねる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
ㅤ犬のように這いつくばる。鼻先に法政科の屍が匂う。襞が擦れて高まってゆく。快楽の座。生きてる。魔術師の犬。死んでる。殺した。生きてる。殺された。でも生きてる。生きてる。生きてる。私、私私私私私の自我は連続してる。断絶はない。記憶は維持してる。大丈夫。自慰してる。軽くイく。もっともっともっともっとその先、その先、にある、強度。実感。底抜けに晴れた底の花園を這いつくばるように、蛇。あは、私、蛇挿れられてる、みたい。
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
ㅤ絶頂した。だらんとベロ出して、椅子のあいつと変わんない顔、してる。でも、逆。
「い、きてる」
ㅤそう。私は蛇。脱ぐのは皮じゃなくて、肉の。だから、骨の、ひとかけらでもあれば、私、続いていける。
ㅤ枕のほうで、振動する。ケータイだわ、これ。
「ふぁい」
ㅤ電話に出る。番号は非通知。きっと魔術的にも隠蔽されてる。
『やぁ、殺されたかな?』
「生きてるよ、殺すぞ馬鹿野郎」
『まぁまぁ、お金は弾むから……囮、ありがとう。やっぱり彼らは嗅ぎ付けたね』
「狙いは私だったみたいだけど? トカゲの尻尾掴もうとしたら本体だったって感じかな。遅かったけど」
『とりあえず片付けてくれて助かったよ。ほら、私ってば虫も殺せないから』
「狸がよく言うわ」
ㅤあは、と思わず笑ってしまう。この得体の知れない人でなしが何者かはともかく。
(ぜってー最後はコイツ殺す)
ㅤ私に、生きる餌をくれることに感謝してる。
『まぁ、そんなわけで今回はここまで。また何かあったら連絡するから、それまで自由にしてて』
「はい、さよーなら」
ㅤ適当に相槌を打ち、電話を切る。私は裸のままコートだけ着込んで鞄を持ち、靴を履く。とりあえず、ここに居続けるのは面倒だから。
「……じゃあね」
ㅤ部屋を出る前、もう形も残らないランチューに、手を振った。自分以外が死ぬのを悲しいと、久々に感じた。