【千年戦争アイギス】アンナさんとモーティマが色々あってイチャイチャする話 作:のぶた
漸く長いチュートリアルが終わって、ボチボチエロに入っていきたい。
──……長く使われていない草木の生え茂った道を、剣を振りかき分けながら進む王子。その背中を見やりながら、アンナはぼんやりと昔の事を考えていた。
両親が国の関係者ということもあり、アンナは幼い頃から王城に出入りする事が多かった。そんな彼女が子供の頃、城で出会った寡黙な男の子。前髪は長く瞳が隠れており、内気な雰囲気を感じさせる……けれどもなぜか、同時に強い意志も感じさせる。不思議な魅力を持った男の子。
勉強は家庭教師に教わり、学校などとは無縁の生活だったアンナにとって、同年代の男の子とこのような場で出会えた事は珍しく、それは王子にとっても同じであり二人はすぐに仲良くなった。中庭で花の冠を作ったり、かくれんぼをして遊んだり……二人にとって年の近い相手と遊ぶ時間はとても貴重で、掛け替えのない時間であった。
しばらくし、アンナは遊んでいた相手が王子と知ることとなる。まさか、あんなに寡黙な子が……と少しの驚きはあったが、納得もした。彼が王子だと知って以来、アンナ将来王子の役に立ちたいと政務についてを学んでいった。
勉強し、彼との立場の違いを弁えてからは、王子に対し自分がどれだけ失礼な事をしていたかにも気づいた。段々と距離を置くようになり、会う事も少なくなっていったが……それでも、王子の役に立ちたいと思う気持ちは変わる事はなく、アンナは熱心に勉強へと打ち込んだ。
王子が政権を継ぐのはずっとずっと先の事である。自身が政務官として王子の傍でお仕えする頃には、きっと王子は素敵な人を傍に置いているに違いない……そう思い、この胸の内を伝える日などきっと来ないだろうと、そう思っていたものだが──。
(まさか、こうして王子の傍にいられる日がくるなんて……思いもよりませんでしたね……)
──森の中、自身の手を引き先を進む王子の背中を、アンナはジっと見つめる。そんな視線に気づいたのか、王子が振り返り、アンナを見つめ返してくる。『どうかしたのか?』と言わんばかりに首を傾け、垂れた前髪の奥から、真っすぐな視線がアンナを見つめていた。
「い、いえなんでもありません!」
そんな王子の視線に、アンナは思わず気恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。
(こんな事態だというのに、私はなんと不純な事を考えて……)
今はこのような事を考えている事態ではない。一刻も早く、王子を女神様の神殿へと案内しなければ。アンナはブンブンとかぶりを振り邪な考えを払うと、王子の案内へと再び集中する。
「すみません、先を行かせてしまって……あ、そこを右です」
先ほど意気揚々と王子の手を引き歩み出したのもつかの間、獣に襲われかけたアンナは、あえなく王子に守られる格好となった。不意の魔物の襲撃にこそ後れを取ったものの、王子にも幼いころから剣技を学び、その心得はある。獣程度であればどういということもなく、それからは王子が先を行き、アンナは道を示す役回りである。確かに武や魔法の心得のない彼女では、不意に襲われた時にはどうしようもなく、彼女の身に何かあれば王子を案内する事も出来なくなってしまうが……。
(せめてもう少しくらい、頼りになる女だと思ってもらいたかったのですが……)
などと考えてしまう。それに守るべき対象である王子を先に行かせる事に不安も大きい、せめて他にも仲間がいてくれれば……そんな事を思っていると、背面の方からガサゴソと茂みをかけわけてくる音に気付く。真っすぐに、自分達の辿った後を追いかけるように、複数の気配が、アンナ達の元へと迫ってきていた。
王子がアンナを後ろに庇うように剣を構える。辺りに緊張が奔り、ゴクリと唾をのむ音が聞こえ……
「……王子、ご無事ですか!」
茂みの奥から現れたのは、王国の鎧を着た兵士だった。
「……あぁ、ご無事でよかった! 王子が女神様の神殿に向かっているとの話を聞き、急ぎ駆けつけてまいりました! 合流できて、本当に良かった……」
王子の顔を見ると同時に、先陣を進んでいた兵士の緊張した顔がゆるりと綻び、笑顔が溢れる。目尻にはうっすらと涙すら浮かんでいる。王子が無事であったことに、心の底から安堵した表情だった。そして、王子の後ろにいたアンナに気づくと
「貴女も無事だったのですね! 良かった、合流できたのですね……」
そう言った兵の顔に、アンナは見覚えがあった。王子と合流する前、何人かの兵に王子と供に女神の森へ向かうと伝えていたことを思い出す。生き残っている者がいれば、そちらへ向かうようにと……。
アンナと王子は二人で顔を見合わせ、ホっと安堵する。生き残りが自分達二人だけではない事は、大きな安心となった。先を進む仲間が増えたこともそうだが……自分達以外にも城の生き残りがいてくれた事が、何よりも嬉しかった。きっと他にも城を逃れたものはいるはずだ。生き残ってさえいれば、またどこかで会う事も出来るだろう。
心強い仲間が増えた事で、先へと進む勇気と希望が二人の胸に灯る。先に進もうとする足に、力が籠り軽くなる。女神の神殿への道のりは、もう1日と言った所だろうか。二人では不安の大きかった道のりだが。
(よかった……なんとかなりそうですね)
確証はないが、不思議な安心感にアンナは包まれる。それと同時に。
(もう少し、二人きりでいたかった……などは、少し安心しすぎかもしれませんね……ふふ♪)
少し邪な事を考える自分を反省しながら、再開に喜ぶ王子たちを、アンナはやんわりと微笑み見つめていた。
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──……それからしばらくして。
「まずは、仲間を集めよ……ですか」
女神の神殿の出口へと向かう道すがら、アンナは先ほど『女神アイギス』から伝えられた事を反芻するように呟いた。
城の生き残りと合流し女神の神殿に辿り着いたアンナたちは、神殿を通じ女神アイギスの神託を受けることに成功した……そこで、長い時により魔物を封印していた女神の力が弱まり、魔物たちが世に解き放たれてしまったこと、魔物たち全てを改めて封印すること程の力は今の女神にはなく、魔物たちに対抗するには、王子に協力してくれる仲間を集める必要があるとの事を伝え聞き、同時に僅かではあるが女神の加護を得る事となった。
女神の加護を授かった王子は、『神聖結晶』という神の力を秘めた結晶を女神アイギスに捧げる事で、王子に協力してくれる者のいる地の神託をうけることができ、上手くすれば仲間となるものを召喚する事さえできるという。
「ほんと凄かったんですよー。目の前がブワーって光ったかと思ったら、いきなり皆さんの目の前で! もし水浴びしてる所だったら大変でしたねー!」
等と明るくピョコピョコと猫耳を揺らすのは、実際に神聖結晶によりこの地に召喚された獣人の少女、バシラである。
「えっと、バシラさん……でしたか? その、大丈夫なのですか。急にこのように召喚されて……ご家族の方などは」
自身とそう歳は変わらないか、その言動ゆえ少し幼くも見える少女に、アンナが心配そうに尋ねる。
「別に構いませんよ! 元から一人旅をしてる最中でしたし、弓の腕には自信があります! 人々の為に戦うんですよね? 召喚されてる時に、そういったのが頭に入ってきて、なんとなーく状況は判ってるつもりですっ! ……それに」
バシラがチラリと王子を見やる。
「王子、思った通りとても素敵そうな方です! 私頑張りますので、王子も一緒に頑張りましょう!」
そう言い王子の片腕に抱き着くと、頬をスリスリと擦り付けている。まさに猫のような仕草。自由で無邪気さを感じさせるその仕草が、アンナは羨ましくも感じた。自分も、あんな風に素直になれれば……等と考え。
(って、また私は何を考えて……!)
首を振り邪念を払う。幼い頃から憧れた相手との旅路に、アンナの心には度々浮ついた気持ちが生まれてしまう……。
(王国の為に尽くすと決めた身です。公私はキッパリと分けて行かないと……)
……そう反省しながらも、王子の腕にガシリとしがみ付いて歩くバシラの様子を、アンナは羨ましそうに見つめていた。
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女神の神殿から出た王子たちを、外で警備をしていた兵士が待ちわびていたように声をかけた。
「王子、おかえりなさいませ! 如何でしたか……と、そちらの方は……?」
「あ、はじめましてー! わたしバシラって言います! よろしくお願いしますっ!」
神殿に入る際にはいなかった者の存在に、兵士は疑問を浮かべ尋ねる。バシラの事を踏まえ王子たちは状況を伝えた。女神の力が弱まり魔物が復活した事、それに対抗すべく各地を回り仲間を集めに向かう事……そして、可能であれば、兵の皆にその協力を願いたいと、王子が頭を下げる。王国が魔物に占拠された今、対価を支払う事は当分出来そうになく、彼らに返せるもの等持ち合わせていないが……。
「あ、頭を上げてください王子! ……我々は国に忠誠を誓った身。報酬などは無用です。王子を守りぬく事こそ、我々の使命。必ずや、王国を奴等の手から取り返しましょう!」
そう意気込む兵の面々に、アンナたちは安堵する。対価も支払えない今、このまま協力を続けてくれるか不安もあったが……いらぬ心配であったようだ。
「……けっ、なーにが使命だ。そんなもん、何の信頼もできやしねーだろうに」
そんな彼らに冷ややかな言葉が投げかけられた。アンナたちが声のするほうを見れば、何人かの男たちが、身体をロープでグルグルに巻かれ地面に胡坐をかいて座りこんでいた。
ひときわ目立つのは、座ったままでも目立つ大きな男だった。獣の骨で作られた装飾品をかぶり、上半身は肩に金属を纏わせた程度でほぼ半裸、布のズボンと動きやすさを重視した格好をしている。お腹周りこそややボヨンとだらしなさを感じるものの、太い二の腕などは丸太のように太く筋肉質で、筋肉の鎧を着ているような、強靭な身体つきをしている。白髪に白髭を長く生やした、熊のような大男であった。
大男から比べれば体つきは劣るものの、似たような恰好の者が3人程。あわせて4人がロープで捕らえられている。アンナはふと、この辺りで山賊が目撃されていたという話を思い出した。
(恐らく、彼らがこの辺りで目撃されていた山賊の方々なのでしょう……)
王子たちが彼らを捕らえたのは、先ほど女神様の神殿に入る前の事。神殿に到着した直後、同じく神殿から出てきた彼らと出くわし、戦闘を行う事となった。
なんとか死者を出すことなく抑える事こそできたものの、目の前の大男一人抑えるのに兵の数人がかりでやっとといった所であった。彼を捕らえた事で、彼の仲間たちが投降したのは救いであった。あのまま戦いを続けていれば、きっとどちらかに死者が出ていたであろう。
女神の元へと急いでこともあり、先ほどは捕らえるだけで碌な話も出来なかったが……ロープで拘束され、ふてくされるようにしている大男に、アンナが声をかける。
「えっと……あなたが山賊の大将さん……で良かったのでしょうか? まずはお名前をお尋ねしても」
大男の部下らしき連中が大将と呼んでいたのを思い出し、まずは名前を聞こうとしたのだが。アンナが言い終わる前に。
「あぁん? 人に名前を聞く前に、まずはてめぇの名前を名乗ったらどうなんでぇ。王国の人間ってな、どうにも礼儀ってもんがなってねーんだな!」
話を遮りまくしたてるその物言いに(礼儀がなってないのは……)とアンナは言い返しそうになったが、グっと堪えた。男の態度に遠まわしに訪ねて行っても埒があかなそうなので、てっとり早く彼らの目的を訪ねる事にする。
「……私はアンナと申します。あなた方は、どうしてこのような所に?」
大体の察しこそついていたが、一応アンナが聞いてみると。
「けっ、見りゃわかんだろ。この辺りに人気のねー神殿があるって聞いて、金目のもんでもねーかと漁りにきたんだよ……ま、神殿の中は何もなかったけどな。ったく、とんだくたびれ損じゃねーか。どうしてくれんだ!」
と、捕えられているというのに強気な態度を崩さない大男。同じく捕らえられた男たちが「そーだそーだ!」などとその言葉に追随する。その言動一つ一つがあまりにも無礼極まりない。
(話に聞いたことはありましたが……山賊を生業とする方々は、本当に野蛮な方ばかりなのですね……はぁ)
アンナはつい眩暈を覚え、こめかみを抑える。
アンナがこれまで出会ってきたのは、国にかかわる役人やその子息ばかり。立ち居振る舞いをしっかりと学び育った社交の場にいた彼らとは違い、目の前の者たちのその言動はあまりにも粗野で乱暴で、自分とは違う世界に生きていることをヒシヒシと感じてしまう。
「貴様ら、立場を弁えろ!」
ロープの横で男を見張っていた兵の一人が剣を鞘から抜くと、捕らえていた男の一人に切っ先を向けたが……
「おい、テメェッ! 俺様の手下に傷一つつけてみやがれ! ただじゃすまさねぇぞッ!!」
突如大男が激昂し、剣をつきつけた者に吠え掛かる。今にもロープをちぎり食いついきそうなその獣のような勢いに、大男は捕えられたままだというのに、剣を突き付けた兵がついたじろいでしまう。
「た、大将……ッ!」
その様子を見た手下と思わしき男が、ジーンと感動したように目尻に涙を浮かべていた。
(……人望はあるようですね)
その風貌や言動から乱暴なイメージしかなかったが、仲間を思う気持ちは確かなものなようだ。彼を大将と慕う男達からの信頼の厚さは伺えた。
(しかし、彼らをどうしたものでしょう……)
アンナは思案する。捕らえたのは良いが、果たしてこれからどうするべきか。本来なら王国にでも連れて行きしかるべき処罰を与えるべきではあるが、王国が魔物の手に落ちた今、彼らを連れて行く場所がない。今後の旅に彼らを連行するのも、食糧や監視の手間もあり現実的ではない……しかし、この場に放置すれば、王国とそう距離のないここでは魔物や獣に襲われてしまうかもしれない……などと思案していると、遠くから駆けよってくる兵士の姿が、王子たちの目に入った。
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「で、伝令!」
全力でここまで走ってきたのだろう。額から汗をダラダラと流しぜぇぜぇと息をつく兵士の、次の言葉を一同がジっと待つ。
「ま、魔物が……魔物の群れが、こちらに向かっているとの事!」
(…………ッ!)
その言葉を聞き、アンナの身体が強張る。それはアンナだけでなく周りの兵も同じようで、緊張した表情の面持ちへと変わった事が見て取れた。
王国での凄惨な光景を思い出すと、アンナは息が詰まり、足が震えそうになってくる。あの状況では麻痺してしまっていた恐怖心が、一度落ち着いてしまった事で再び蘇り心を支配してしまう……けれども。
「王子を……王子をお守りするぞ!」
兵の一人が強く剣を掲げた。
「おぉ! 魔物などに遅れをとってなるものか! 皆の者、続けぇ!」
それに同調するように何人もの兵が声を上げ、我先にと魔物が来ると言う方向へと駆け出していった。
「私の出番ですねー! 王子、お任せください!」
先ほど仲間になったばかりのバシラすら、意気揚々と魔物の迫る方向へと走っていく。そして──
「王子! どこへ向かおうとしているのです、どうか王子は此方でお待ちを!」
──戦場に向かおうとする王子を、一人の兵が説得を試みている。けれども、王子はふるふると首を横に振り、その言葉を全く聞き入れようとはしない。そして兵を真っすぐに見つめる……その強い決意の眼差しに、説得は出来ないと判断したのか。
「……我々が全力でお守りします。ですがどうか、危なくなったらその身を第一に考え退くと、約束してください」
コクリと力強く頷く…………そして、王子すらも、兵と共に駆け出していってしまった。
アンナはそんな彼らをじっと見つめ、思う。
(鎧も剣も既にボロボロな彼らが戦おうとしているのに、私一人ここで震えてるわけには……私にも、何か出来る事が……せめて王子のお傍に……!)
そう思い王子に続こうとしたアンナだったが、彼女の動きは傍にいた兵士に制止された。
「アンナ様はどうか神殿の中へ。神聖結晶の力で僅かとはいえ力を取り戻した今であれば、女神様の加護の恩恵がきっとあるはずです。魔物との戦いにおいて、アンナ様まで守り切れるかは判りません……貴女に何かあれば、きっと王子が悲しみますので」
悲しくも告げられるその言葉。
「王子は我々の命に代えても守り抜きますので、貴女はどうか、王子のご無事を祈っておいてください」
戦えないアンナを気遣っての言葉ではあるが……その言葉は、アンナの胸に深くズキリと突き刺さった。けれどもそれは事実でしかない。この場において必要なのは、剣や弓や魔法といった戦うための術。政務を行うための学など、微塵の役に立つはずもない。
「わかりました……」
アンナは王子の元に向かおうとした足を止め、そう応える。自分の無力さが腹立たしいが、そう思った所で何か変わるわけでもない。自分に今できる事は、戦う彼らの足を引っ張らない事だけだ。
「……では、行ってまいります。どうか王子の帰りをお待ちください」
そう告げた兵士は、背中を向け戦地へと駆けていく。彼らの誰もがその身を、命を賭し、王子を守り抜く覚悟を秘めている事が判る。だというのに、自分の安い命を賭けた所で、彼らの負担が増えるだけだ。その事にアンナは悔しさを堪えた。気付けば、強く握りしめた掌が赤く充血している。せめて王子の……彼らの無事を祈ろうと、両手を握り祈りを込めた……そんな中、不意に
「お、お頭ぁ! お、オレらどうなっちまうんですかっ!?」
「う、うるせぇ! も、もう少し待ってりゃ、きっと残りの手下の連中が……!」
「けど軍の連中、それまで持ちますかね、見たところ、相当にボロボロですぜ……」
その場の緊張を壊すような軽薄な声と野太い声が、その祈りを遮った。思えばこの場にはアンナ以外にも数人、取り残された人間がいたのを思い出す。
「ま、まだ死にたくないですよぉ!」
「ぐ、ぐぬぬぅ……ッ!」
アンナはどうしたものかとうなる山賊の頭領を見やり。少し逡巡したが……。
(まったく……仕方、ありませんね)
ふぅ、と息をつき取り残された者……先ほど捕らえた山賊たちの傍へといき、ロープの結び目へと手をかける。相当に強く結ばれている為か、ビクともしないが、何とかほどこうと力を込める。荒いロープを強く握ったことでアンナの手に痛みが走るが、それでも何とか解こうと四苦八苦していると。
「……なんのつもりでぇ」
山賊の大将が、そう声をかけてきた。
「このままここにいては、危険ですので……」
当然アンナは王子や皆の事は信じている。けれども攻めいる魔物たち全てを討伐できるとは限らない。戦線を抜けた魔物たちがここに来れば、捕えられた状態の彼らではなぶり殺しにされるだけだろう。いくら山賊とは言え、そうなってしまっては寝覚めが悪い。
(しかし、私の力では流石に……どうしようも……)
「…………」
荒いロープをほどこうとしているうちに、アンナの手にはうっすらと血が滲んでしまっている。そんなアンナを山賊はジっと見つめていたが、しばらくして見兼ねたのか。
「おいアンタ、あっちにある俺らの武器……アレ持ってきやがれ」
山賊の頭領の野太い声。捕まっているというのに上から目線な態度にアンナは少しムっとしたが、顎で示した先には彼らが持っていた武器が纏められていた。アンナの身体程もある大斧……は流石に持ってくることもできないので、小型のナイフを見つけななんとかロープを切ると、山賊を拘束していたロープがハラハラと解け、彼らが自由の身となる。
ロープがほどけた事で自由になった山賊たちは立ち上がり、その一人がアンナに駆け寄りその手を握ると。
「た、助かりやしたぜ! 姉さん! この御恩は一生忘れやせん!!」
ぶんぶんと手を上下に振り、感謝の意を伝えてくる。
「あ、姉さん……?」
命が助かった事で軽薄にハシャぐ山賊の一人。その勢いに、アンナは少し気圧されてしまう。
「てめぇはまた……あんま調子に乗ってんじゃねぇ!」
ゴツンと、山賊の大将の大きなゲンコツが、軽薄な男に振り下ろされた。
「あいたぁっ!?」
そんな場にそぐわない軽薄なやり取りに。
(まったく、緊張感のかけらもありませんね……ふふっ)
思わずアンナの口元に笑みがこぼれる。このような事をしている場合じゃないというのに……そんな笑ったアンナを、山賊の大将が見やる。立ち上がった山賊の大将の顔はアンナの顔よりも二つ分程高い位置にある。白髭をボサボサに生やした顔が、アンナを見下ろすように真っすぐ見つめていた。
──そこで、不意にアンナは気付く。先ほどまでは全く頭が回っていなかったが……これは、相当危険な状況なのではないだろうか。全ての兵が戦線に向かった今、この場にはアンナの身を守る兵士の一人すら残ってはいなかった。山賊は女子供を浚い、奴隷のように売り払うとも聞く。彼らがその気になれば……そう思い、その身を強張らせるが……
(……それが良いのかもしれませんね)
アンナの身体から、何かを諦めるようにストンと力が抜ける。
自身が王子の傍にいたところで、大して王子の役に立つこともない。それどころか、今日のように皆に守られる日が続くかもしれない。だとすれば、足手まといな自分は彼らとは一緒にいない方がよいのではないか。それが最も良いのではないか……などと、アンナの思考が悪い方向へと進んでいってしまう……ふと、山賊の大将が、丸太のような大腕を頭上に掲げる。アンナの身体がビクリと震えるが。
「ちっ……借りができちまったな」
掲げた掌を頭の後ろに回し、ボリボリと頭を掻いただけであった。ひとまずは自分に手を出すつもりはなさそうだと思い、アンナはホっと胸をなでおろすが。
(……それでも良いなどと考えていた癖に、いざとなれば結局このありさまですか)
等と、アンナは自分の覚悟の弱さを自嘲せざる追えなかった。
「ギャッ! ギャッ!」
──不意に不快な鳴き声が耳へと届く。声のした方向を見れば、前線を抜けてきたと思わしき小鬼……ゴブリンと呼ばれる魔物が、真っすぐアンナ達の元へと向かってきている事に気づいた。戦えない女子供を真っ先に狙うつもりなのだろう、その足は真っすぐとアンナの方向へと向かっている。
「ったく、アンタは下がってろ!」
アンナの前に、大きな影が立ちはだかった。接近してきたゴブリンの棍棒を、山賊の大将が丸太のような腕を盾に受け止める。身長は50センチほどのゴブリンだが、魔物と呼ばれる彼らはその体躯に見合わぬ力を持っていると聞く。小さな体だというのに、その攻撃の勢いはすさまじく、受け止めた大きな体がズシリと後ろに押される程だ。
「た、大将、こいつを!」
ゴブリンの攻撃を受け止めた男の元へと、手下の二人が大斧を引きずり駆け寄る。アンナの身体程もある大斧だが、それを片手で掴み頭上高くに持ち上げると──
「おらぁッ!」
──と、縦に一閃。ゴブリンはそのたった一撃で左右にキレイに分断され、そして黒い霧のように霧散した。魔物たちの身体は特殊な構造をしており、倒れる際には魔力となり霧散すると聞いたことがあるのを、アンナ思い出した。けれど、そんなことよりも……。
(凄い……)
その豪快な一撃に、思わずアンナは見入ってしまう。もともと数人がかりでやっと捕らる事が出来た相手だ、強い事は知っている……つもりだった。しかし、これほどの戦いぶりが出来る相手に、死者もなく捕らえる事が出来たのが不思議でならない……というか、捕えた時は、もっと当たりそうにもない大振りするばかりの印象を受けたのだが。
「本当は結構強かったんですね……」
ボソリと、つい思った言葉がそのままアンナの口をついた。
「あぁん!?」
ギロリとにらむような目つきに、アンナは思わず失言だったと口を押える……けれど不思議と、恐怖などはあまり感じなかった。これまでのやり取りで、はじめの印象程に悪い人間ではないのかも、などと、なんとなくそう思いかけていた。実際こうして身を挺してまで自分を庇ってくれたわけで……。
「すみません、不快にさせてしまいましたか……ただ、これ程の力がありながら、あんなに呆気なく捕まった事が不思議で……正直、攻撃を当てられない印象ばかりあったので……あ、す、すみません!」
ついスラスラと、思った事を口に出してしまう。普段ならもっと言葉を選び会話をするものだが、不思議と男相手にはあまり気を遣う事なく言葉が出てきてしまう。細かい事を気にしなさそうな男の豪胆な性格が、そうさせるのかもしれない。
男は気を悪くした様子も特になく。
「ったく……まぁ俺らは物は奪うが、殺しも攫いもしねーからな。多少痛めつけてとんずらすつもりだったが……まぁ、それで捕まってちゃ世話ねぇけどな!」
そのまま大口を開けてガハハと笑う。山賊とはいえ、そこには様々な流儀があるようだ。
「それにまぁ、いざとなりゃ……おい、テメェら!」
彼が号令のように声をあげると。
「「「「へいッ!」」」」
神殿の周囲の森からゾロゾロと、山賊の仲間と思しき者たちが現れた……どうやら捕まっていた者たち以外にも仲間がいたようだ。その数はザっと、20人以上。もしこの全員を相手にしていたならば、山賊と王子たちの立場はきっと逆になっていただろう。
「ったくオメェら遅ぇんだよ。一体どこで何してやがった」
自身の窮地に駆け付けるのが遅かった手下に対し、山賊の大将がそう悪態をつくが。
「……っていわれましてもお頭ぁ。その辺で食えそうなもん探してこいっつったの、お頭ですぜ。別に集まる時間を決めてもなかったですし、戻ったらなんか王国の兵団みたいなのいましたし、そっから当りに散った仲間たちを集めてってやってたら、そうすぐにというわけには……」
なんとなしに言い返されると。
「ぐ……う、うるせぇ。俺様が来いと思ったら、すぐに来やがれ!」
まるで子供のように言い返す。
「そ、そんなぁー! お頭、それはあんまりですぜぇー!」
その後もギャーギャーと子供のような言い合いをする山賊達の空気にあてられ、緊張をはらんだ空気が緩んでいく。先ほどまでアンナを纏っていたドンヨリとした絶望的な空気も、気付けばあまり感じなくなった。
……けれども、戦いが終わったわけではない。遠くから聞こえる剣戟の音、戦いの声に、アンナは改めて気付かされる。いまだ戦いは続いているのだ。そして、ふと思う。
(彼らが、手を貸してくれれば……)
この状況を切り抜ける事が出来るかもしれないと。
王国に携わるものとして、それは良い判断とは呼べないだろう。規律ある王国の者として、山賊の力をあてにしようなど……けれどもこの絶望的な状況に、僅かに光が見えたのは確かだ。今はそれが何であれ縋りたいと、アンナはそう思えた。
(けれども……彼らに支払えるものなど持ち合わせては……)
山賊の彼らに頼み事をする以上、相応の対価が必要となるだろう……けれども、着の身着のままに王国を追われた自分では、彼らと交渉できるようなものなど、当然持ち合わせていない。王国を取り戻す事が出来ればなんとかなるかもしれないが、そんな確証のないもので、彼らが納得してくれるだろうか。交渉の余地はあるかもしれないが……もし……それでダメだったりしたら……。
(私に……出来ることと言えば……)
アンナは胸の上に手を置き、ギュっと、固く握り力を込める。
(王国の為に……王子の為にこの身を捧げると……誓ったじゃありませんか……)
そう決意したというのに、いざとなると身体が震えてしまう。本当に情けない話だ。
ソレを口にして良い物かとしばし迷うアンナだが、遠くから聞こえる悲鳴のような声に、ハっとする。
──戦いは今も続いている。考えたくはないが、もし今の悲鳴が王子のものであったりすれば……アンナが最も恐れる事は自身の身よりも、王子を失ってしまう事だった。
(迷う事など、ありませんでしたね)
王子を失う事に比べれば、どんな事にも耐えられる。アンナはそう思った。
(ごめんなさい……)
心の中で謝罪の言葉を浮かべる。それは王子に向けてだろうか。それとも、幼かった、王子に想いを寄せていた自分にだろうか……決意を固め、ゆっくりと口を開いた。
「あの……山賊の大将さん……少し、お話があります」
目の前で仲間たちとじゃれあっていた山賊の大将を真っすぐに見つめ、アンナは声をかけた。「あん。なんでぇ?」と声をかけられた男はそちらを見る。
一体どう話したものか……悩むアンナだが、そもそも山賊の男の名前すら知らない事に気付いた。毎回山賊の大将さん等と呼ぶのも、面倒だ……。
「あの……ひとまずお名前をお伺いしても良いでしょうか?」
先ほども一度やったやり取りだが、自身を真っすぐに見つめるアンナの赤いルビーのような瞳に、男は今度は茶化すような真似はせず
「俺様はモーティマだ。こいつら山賊の頭をやってる……で、話ってなんでぇ」
モーティマはそう名乗り返した。