非エロ回。どうしても長くなりすぎてしまう…。
その紅は、ひどく目に焼き付いた。
鮮血が舞う。肩口から袈裟懸けに刻まれた裂傷からボタボタと命の雫を滴り落とす彼は、ごぽりと口元から血を噴き出して。呆然とする私を見て、困ったようにけれど心底安堵したように笑いながら――戦闘の余波で割り砕かれた地表から覗いた水路に落ちていった。
『ぁ』
『あ、あああ。ああああああああ――――!!!! やだ、やだ、チェイムくん!!』
すべて、頭のなかから抜け落ちた。刃の飛び出した仕込み杖を振り抜いた体勢の獣人を全力の重力波で吹き飛ばした私は蒼白になって大穴の開いた道路の下を覗き込む。
勢いの強い水流は消えていった彼の姿を伺わせることを許さない。生死不明……けれど、あの傷と出血では恐らく――……。
『くっ、きひ……ハハハハハハハ!! あの忌々しいガキもようやく死んだか。死んだか! アレには随分と頭を悩まされたものだったが散々暴れ回ってくれた怪物も最期はあっけないものだったなあ!』
気味の悪い高笑いが響いた。
瓦礫のなかから現れた獣人は全身を覆う体毛をこれまでの戦闘で負った傷から流れる血で朱く染めながらも消耗の気配を見せぬ余裕の表情でで転がる仕込み杖を拾い上げる。
『命なんて所詮そんなものだ』
『笑わないでください』
『お前の両親も、アイツも同じだ。弱ければ搾取され、貪られ、死んでいく。それは自然の摂理だ、そうだろう? あれだけの力があればもっとやりようがあったろうに、弱者を守るために戦うためにその力を使い潰して――無意味に、無価値に、命を落とす。……あぁ、滑稽だなぁ?』
『……命を笑わないでっ』
大きな振動が彼らの対峙する戦場を揺らす。
ビルのひとつが冗談のように浮き上げられビルに叩きつけられていた。数キロも離れてない距離で発生した衝撃と震動に獣人の集団を取りまとめる首魁はゲラゲラと笑う。
『ありゃあウチの若いのの仕業かあ? 派手にやるねえ。避難は完了したっつう話だが……あそこで俺の配下と戦ってた女どもはどうなったかねえ、ビルのなかで挽き肉にでもなってるかあ? ヒャハハハッ』
『っ――、笑うなぁああああああ!!』
そこからは、無我夢中だった。
隔絶した身体能力の差も戦闘経験の差も気にせず、重力を纏った拳が砕けるまでひたすら殴った。限界まで酷使した身体を強引に重力で操りながら戦った。自慢の複合兵装も相手の仕込み杖を道連れに砕かれ、最後に残ったハルバードも鋭い爪によって持ち手を叩き切られて。
重力を収束、指向性を持たせ放出する弾丸で何度も身を削られ深い傷を負っても、獣人の首魁は、大切なひとたちの仇はなお止まらなかった。磁力を用いて転がっていた蛇腹剣を手繰り寄せた私の胸の中心をめがけ鋭い爪が閃いて――刃を振り抜いた私と、交錯する。
『ふ……ふふ、はは――』
どさりと、男が……私の両親を殺し、多くのひとを傷つけ、妹を嬲りものにしてきた仇が崩れ落ちる。
交錯の瞬間、正確に心臓を貫こうとしていた獣人の爪。それから私を守ってくれたのは――チェイムくんのくれた、ペンダントだった。
『か、勝った……けれど』
動かなくなった仇と、未だ黒煙をあげる破壊された街並み、そして恋人の消えていった道路の大穴を途方に暮れた表情で見比べペタンと尻もちをつく。
仇は打ち破った。けれど、その代償に支払ったものは――あまりにも、大きすぎた。
「……ぅあ」
「……ん、んぅ……重い……」
目覚めた金髪の少女を待ち受けていたのはずっしりとした重量感をもつ柔肉の塊だった。
ぎゅー、と同じベッドで眠っていた自分を抱きしめながら「んぁ……かがりくん、そんなおっぱい吸っちゃぁ……♡」などと寝言を囁く褐色の少女にちょっと息苦しくなりながら妹を押しのけ身を起こした鐘楼ノエルは、窓から差し込む陽射しに目を細め背を弓なりに伸ばすと自室の机をその碧い瞳で見つめ小さく呟く。
「……夢、かぁ」
机に置かれたのは、銀色の鎖に繋げられた半ばから砕け欠けたブレスレット――。
大切な仲間で、そして恋人だった少年は。未だに、発見されていない。
獣の宴。かつて、そう呼ばれる組織があった。
高い身体能力を獣人たちによって構成された犯罪者集団。彼らの振るう暴力に屈服した様々な有力者を利用して勢力を拡大、弱肉強食を合言葉に悪事を働く彼らは様々な背景をもつ怪人や悪党のなかでは比較的テンプレートなものでありながら持ち前のフィジカルや幹部たちの持つ異能をもって誰も止められぬ暴虐を敷く非常に凶悪なグループだった。
集団の首魁たる獣人、ミダス・ズェヴェーリの持つ異能は己
新たなる『資源』を求め試験的に多くの能力者が招致されたこの都市の掌握に乗り出した彼らが、かつて獣人たちによって家族を食い物にされた少女が所属する組織によって壊滅に追い込まれたのは、果たして何の皮肉か。
鐘楼ノエル、鐘楼琴音の所属する組織AXOSは多くの損害を払いながらも『獣の宴』に所属する多くの獣人たちの撃破・捕縛に成功。ノエルの両親の仇も、彼によって率いられた集団も打ち破った変身ヒロイングラビティーノエルや彼女の仲間たちには多くの賞賛や感謝の声が届くも――それを受け取ることのできる者も、ノエルと彼女の妹しかいなくなっていた。
「……」
――ピッ。 ――ピッ。 ――ピッ。 ――ピッ。
無機質に鳴り響く電子音。汚れ一つない白いベッドに寝かされている小さな少女を、沈痛な顔で見守るノエルの姿があった。
遊んでいるときや旅行に仲間たちと共にいったときは年相応に輝いて周囲を見回していたオアシスカラーの髪と同じ色の瞳は閉じられている。
元来の白さをいっそう青白く感じさせる肌色からは感じ取ることのできる生気も薄かった。点滴に繋がれ口元に取り付けられた呼吸器の内側で浅い呼吸を繰り返す彼女を見守るノエルは、気落ちしたように目を伏せる。
彼女の名はパトラ・トキサキ。
今も行方の知れぬノエルの恋人……チェイム・トキサキの妹だった。
「――随分と辛気臭いツラしてんじゃん、ノエル。わざわざ見舞いに来てもらったのにそんな顔されちゃパトラちゃんも喜ばないと思うよ」
「師匠……し、師匠?」
松葉杖を突く音とともに、開かれた病室の扉から足を踏み入れた人影。投げかけられた声に息を呑んで振り返った少女は、師と仰ぐ女性の姿を見るとぎょっと目を見開いた。
「……み、ミイラみたいになってる……。よくそれで病室出られましたね……?」
頭のてっぺんから爪先、薄青の病衣から覗く肌にまで白い包帯で雁字搦めにされた師の姿にえー……。とたじろいだ少女に向けられる包帯の隙間からのぞいた琥珀の瞳が愉快そうに細められた。
鴇崎卯月。両親を獣人に襲われ途方に暮れていたノエルと琴音に接触し、戦うことを望んだ少女たちに戦い方を教えた恩師。ミイラじみた包帯の巻かれ方をした彼女は――獣人によってビルとビルで押し潰されつい先日まで面会謝絶の重傷を負っていた筈の彼女は、長椅子に座ってベッドで眠るパトラを見守っていたノエルの隣に座ると包帯の内側でからからと笑った。
「なに、お医者さんたちが過剰すぎるのさ。連中真顔でオレのベッドに拘束具つけようかとか検討してるんだぜ、怖いったらありゃしない」
「師匠なにしたんですか……? 脱走とかしちゃダメですからね、絶対安静だってきつく言われてるんでしょう? ……え、師匠ほんとに脱走したんですか、ひじりさんに怒られますよ?」
「してないよ! ……廊下で行き倒れてただけだし……いいじゃん別にぃ、散歩くらいさぁ!」
「駄目じゃないですか、その散歩もできないくらいの大怪我だから絶対安静言い渡されてるんですからね?!」
当人の男勝りな気質もあってか、病室に缶詰の生活はどうしても合わないのか。露骨に不満そうにする卯月の様子に困り顔をして眉尻を寄せるノエルはあきれたように息を吐いた。
「というか本当に病室出てきて大丈夫なんですか、もし無断なら早く戻りましょう? 先生たちには私も一緒に謝ってあげますから」
「愛弟子からの扱いに徘徊老人に対するそれを感じて滅茶苦茶ショックなんだが」
「これでも心配してるんですよ! ちゃんと受け取って身を休めてください!」
包帯にぐるぐる巻きにされた身を揺らしおーいおいおいと嘆き悲しむ様を訴える卯月に頬を膨らませた金髪の少女。
ぴたりと動きを止めた師は。包帯の奥で、苦笑を滲ませたようだった。
「心配、ね。それに関しては、俺も思うところがないではないぞ」
「――ノエル、最近休めてるか?」
「……」
己が勢力を広げるべくこの街に現れた獣人との戦いは、多くの者に傷を残した。
それは卯月によって設立された民間警備会社の名を掲げ密かに活動する特殊組織AXOSの面々もまた例外ではない。
任務先で単身獣人の首魁に遭遇、敗北し囚われた琴音には苛烈な暴力と凌辱、それに伴った癒えぬトラウマを。
獣人の集団を相手取った防衛線を展開した卯月には、ただでさえ高い身体能力に加え異能を操ることで圧倒的な物量攻撃を為した獣人との戦いの過程でビルを叩きつけられ瀕死の重傷を負い。斃れた卯月を庇い獣人の集団の攻撃を受け止めたパトラもまた、深い傷を負い――今もなお、目を覚まさない。
卯月、パトラに瀕死の重傷を負わせた獣人たちを一掃した彼女たちの組織AXOS最強の一角、
今、この街を守るために戦うことのできるAXOSの構成員は――ノエルと、獣人との戦いで負った傷を癒した琴音だけだった。
「ついこの間だって、稲妻を操っていたとかいう異能者の率いた集団に手酷くヤられたばかりなんだろう。今日この病院に来たのだってオレたちの見舞いに来たってだけではないんじゃないのか?」
「……」
「……避妊薬は、一応飲んでたんですけれどね」
ぽつりと、パトラの眠るベッドを見つめながら呟く少女。
膝上で固く握りしめられた手は、その心中の荒ぶりを示すかのように小さく震えていた。
「……ドクターには、琴音ちゃんと一緒に診察にくるようにって言われています。あの悪党たちを捕まえたあとはきちんと洗浄して貰いましたけれど……それでも、定期的に診て貰わないと心配なことも多いですから」
「そっか」
「どちらかというと私より、琴音ちゃんの方がちょっと重症かなっていう感じです。獣人たちに敗けて捕まっていたときのトラウマも、罫理くん……この病院の防衛線も維持してくれていた琴音ちゃんの彼氏のサポートのおかげで少しは改善されたみたいですけれど、電気男に敗けたときは、街なかに連れ出されて衆目の前で犯されたのもあって相当堪えたみたいで。最近は1人だと寝れないくらいに魘されて、よく一緒に眠ってます」
「……そうだよなあ。きっついよなあ」
――ごめんな。オレが戦えなくって。
そう、包帯の奥から絞り出しそうになって。そこで口を噤んだ卯月は、目の前の少女に対してかけるべき言葉はそんなものじゃないだろうと首を振ると、ノエルの碧い瞳を見つめ語り掛ける。
「良いか、ノエル。……チェイム、幽衣、オレ、パトラの脱落した今、この街は非常に不安定な状態だ」
獣人の犯罪集団「獣の宴」、その首魁であるミダスと彼の率いるの撃破、捕縛――。その対価はあまりに大きく、この都市において活躍するヒロインの多くが所属するAXOSは、その戦力の大半が喪われたことで事実上の機能停止に近い状況に陥っている。
元々この街は全世界でその存在を認知されるようになった異能者の保護、研究を目的として設立、その目的に賛同した多くの異能者を招致してきた特殊性をもち都市内の治安は非常に不安定だ。
時には理さえも歪めうる力をもった個人、
都市においてその役割を担っていたのが、卯月によって設立された組織AXOS――。都市の防衛をはじめとする多くの任務をこなしていく過程でノエルや琴音も含めた所属するヒロインの経験した複数度の黒星がその痴態とともに拡散されるなどの著しく信を損ないかねない事態に陥ることがままありながらも、警察や軍では対応しきれない数々の事件を終息へと導いてき彼女たちが一定の越権も許容され活動してきたのは良くも悪くもその武力が最も評価されていたからだ。
そんなAXOSの事実上の壊滅は、都市の内外からこれまで身を潜めていた脅威を呼び寄せることにも繋がりうる――、いや、既にそれは起こりつつあるのだと、重力を用い戦ってきた金髪の少女に戦い方を教えてきた師は語った。
「チェイムが、幽衣が、オレがいるからと身を潜めていた悪党ども。……前回、ノエルたちの戦った電撃使いも、それとは無関係ではないだろうな。動機だって『獣の宴』の獣人どもとそう大差ないだろうさ……、多くの能力者がいるこの街は、何らかの悪事を企む連中にとっては格好の
だから――。
包帯の奥で目を細めた卯月は。彼女の立ち上げた組織AXOSがたった1人しかいなかった頃から都市を守り続けてきた先達としての目線をもって、ノエルに告げる。
「現状は、最悪だ。このタイミングで今戦える最大の戦力である鐘楼ノエル、鐘楼琴音が喪われれば、この街に未来はない――。だから今は、活動を控えておけ」
「……本当に、良いのかな」
「卯月さんに言われてたこと?」
唇からこぼれた呟きを拾いとった琴音の問いにノエルは頷く。
病院での診察を終え帰路につく2人。妹と連れ立って街路を歩く少女は、その碧い瞳を曇らせ俯いて自らの師に言われた言葉を反芻していた。
『AXOSは、一時的に活動を停止する。俺か幽衣、それに――。いや、そのどちらかが復帰するまでの間の措置だ。それまでは市民や外部の組織からの出動要請も断ることになるだろうな。ノエルも琴音も、今は休息をとるといい』
不安定な情勢にあるこの都市において蠕動する悪を見逃してでも、保身と休養、そして新たなる敵に対応する姿勢を整えることに集中する――。この街を守る勢力のひとつでありながらも、その戦力が事実上の壊滅状態にあるなか下された判断は、合理的でありながらも素直に受け入れるにも抵抗を感じさせる内容となっていた。
「休むのも、組織の体制を立て直さなきゃいけないのは当然のことなんだけど……それで誰かを守るために戦うのも止めなきゃならないのはなんだか……」
「悔しい?」
「……うん」
仕方ないと頭で理解しつつも胸中を占める無力感とやりきれなさ。沈痛な表情で目を伏せたノエルに、悩むようにうーんと眉を顰め考え込んだ琴音はあっけらかんと口にした。
「なら、戦ってもいいんじゃないかな」
「――え?」
「だって、お姉ちゃんは目の前で誰かが悪い奴に傷つけられるのが我慢できないから卯月さんの忠告だって納得しきれないんでしょ? わかるよそういうの、私だって同じだし。――だから、戦おうよ。私たちと同じ傷を誰かが負うことのないように」
なんてことのないようにそういって笑った妹に、かつての血の記憶を思い出す。
獣人によって両親が襲われたあの日、ノエルには何もできなかった。
もし彼らが気まぐれを起こし、立ち竦んでいた金髪の少女や、隣で震えていた琴音を攫うか傷つけるか、殺そうとしていたとしても。あのときのノエルに、家族を庇って助けようとすることができたかと問われれば自信はない。実力も、精神も、獣人たちに立ち塞がれるようなものを当時の少女は何も持ち合わせていなかった。
それはきっと、琴音も同じなのだろう。
だからあの日、家族を喪った少女たちは。どうしようもない悪に蹂躙され生まれる犠牲を少しでも減らすために、自分たちの居場所をもう二度と奪われないようにと。あの獣人たちのような悪党を前にしても屈することなく戦えるようにと、己の力を高め掌握すべく鍛錬を重ねてきたのだ。
「勿論、皆が離脱してる不安定な状況で、この街の守りがある程度固まるまでは無茶しちゃいけないってのは当然のことだけどさ。それで目の前の悪事から目を逸らすってのもおかしな話じゃない? だから、戦わなきゃいけないと思ったら戦っちゃおう。……大丈夫、お姉ちゃんだけじゃ危なっかしいかもだけど私だっているんだから!」
卯月さんだって警告こそしてるけれどお姉ちゃんが戦いたいっていうのなら尊重してサポートしてくれるわよと笑顔で口にした褐色の少女に、ノエルもまた激励に応えるように微笑みを浮かべた。
「ふふっ、なら琴音ちゃんの足りないところは私がカバーするからねっ。防御力の低さが課題だから、それをサポートできるようにアマツカミを参考にした強化装甲を――」
「あんまり浪漫に走って不便なもの渡すのはやめてよー?」
胸のなかに微かに燻る、戦うことに対する不安。それを誤魔化すようにして妹とおしゃべりをするノエルは、自分たちに待ち受ける未来を知らない。
二度と負けはないと。自分の、自分たちの強さに確固たる信を置くには、少女たちは黒星を重ね過ぎていた――。それでも、この先どんなものが待ち受けていようとも家族と、仲間とならどんな困難も乗り切れるのだと信じようとしていて。
その願いが呆気なく踏み躙られるのだということを、少女は未だ知らず。けれども、もし伝えられたとしてもノエルが諦めることはなかっただろう。
それが、例え惨たる末路に辿り着くものだったとしても。