結論を言うと、俺の高校生生活は全く変化無かった。
そもそも櫻井とは席が近くて、それにクラス委員も一緒にやってる仲だ。ただでさえ喋る機会があるので、俺たちが親密に話していても誰も気にも止めなかった。
みんなの目を盗んで櫻井はキスしようとしたり股の間をまさぐってきたが、そこはまぁ俺も休み時間におっぱい揉んだりしてたのでおあいこだろう。
「そういえば金曜の課題どうなったんだ?」
「ああ、あれね。すぐ解けたから日曜日にみんなに送ったよ。見てないの?」
「……櫻井をどうにかするのに必死だったからな」
俺は目を背けながら、やっぱ頭良いんだなコイツと何となく嫌な気分になった。劣等感ってやつ。
……そういうのには慣れてるから、それ以上は考えないようにした。
それから放課後まで、至ってまじめに過ごした。
「……早く櫻井を抱きたい」
帰り道、櫻井と隣歩きで駅に向かいながら、そんなことを思った。
今朝はもう発散しまくった後なので週一でも良くね、とか言ってたけど、お互い猿みたいな性欲モンスターなのにそれで満足する筈もなかった。
櫻井も激しく頷いた。その視線は明らかに俺の股間に向かっている。
「ヤリ部屋作ろうか♡」
「いやお前清楚な顔でとんでもないこと言うなオイ」
ギョッとして彼女の顔を見ると、櫻井は真剣な面持ちでうーんと考え出した。
「やっぱりここは定番の保健室かな?」
「お前普段どんな本読んでんだよ……てか保健室をどうするって?」
「先生を催眠するの」とノータイムで返される。自分の性欲のためにさも当然のように他人を催眠しようとする櫻井に俺はドン引きだった。
「私達の早退とか、体調不良とか、そういうの催眠で認めさせれば、授業中でもヤリ放題だよ!」
「私ったら名案ね、みたいな顔で言われても……つーか、保健室の先生ババアじゃん。乳もないし。俺興奮しないぞ。催眠不可、よって無理」
俺は櫻井みたいなのがタイプなんだと言うと、櫻井は顔を真っ赤にして俯いた。
しかしヤリ部屋か。櫻井がしょっちゅう俺の家に来られない以上、校内にセックス出来る部屋を作るのは賛成だった。今だって抱きたくてたまらない。
ラブホなんて、なんか怖くて入りたくないし。金銭的な面でも、俺の家で済ませられるならそれで良いだろう。
いっそ学校中の奴らを催眠出来たらと思わなくもないが、そんなに効果範囲広くない上に、男には興奮出来ないせいで無条件で催眠が無効化される。中々難しい問題だ。
今からでも櫻井の親父さんを頑張って催眠してみるか? 櫻井がこんだけ美人って事は母親もかなり綺麗なんだろうし、催眠した母親と一緒に二人で協力してもらって俺を興奮させてくれれば、ワンチャン父親も催眠出来るんちゃうか。
……我ながらアホなことを考えるな。なんだか櫻井に思考が毒されてきた気がする。
良いんだ、俺は。櫻井がそばにいるならそれで。多くは望まない。
ーーーーーーー
「どうだったの、彼氏さんとは」
その少女を一言で表すなら、女王様だろうか。
吊り目がちなその瞳は欧米人の血を引いているのか、ガラス玉のように美しい碧眼がはめ込まれていた。
彫りの深い顔立ちや、腰まで伸びた緩いウェーブのブロンドヘアーは日本人とは思えない雰囲気を表している。
けれど要所要所に見える日本人らしい顔のパーツは、彼女が血の混ざり合ったハーフである事を示していた。お陰で彼女は日本人が好みそうな、アニメの中に出てくる外国人の美少女のような顔立ちに見えてしまう。
総じて美しく、総じて可憐。女性が見れば羨ましがるような肌艶の頬を撫でながら、二年生になってクラスの変わってしまった友人の声を聞く。
電話越しの彼女の声は、かなり興奮した様子だ。
『それがね、結婚するのは確定とか言われちゃったの……!!』
「え……」
少女は自身の聞き間違いを疑いながら、ポツポツと制服のボタンを外した。
そんな事を適当に言う奴に、彼女は惚れてしまったのだろうか。今からでも別れるように説得した方が良いのか。
若干心配になりながら、首と肩で携帯を押さえる。
フリーになった手で床の上に脱ぎ捨てながら、部屋に入った。
「冗談でしょ……?」
器用に片手でブラジャーも外すと、現れたのは豊かな双丘。お腹の上に影が出来るほどの大きさの乳房が、たわわに実っていた。
「美津子、そいつ頭おかしいよ」
『そんな事ないよ、真田君、凄く良い人だから』
ぴた、と歩く足が止まる。大理石で作られた部屋の地面が、ひどく冷たく感じた。
「……待って待って、彼氏って真田なの?」
びっくりして聞き返すと、相手から頷くような声が聞こえた。
少女の顔に、疑惑の色が張り付いた。視線は記憶を遡るように天井に向かい、何度も首をかしげる。
「真田って、私達が一年の時、同じクラスだったわよね……?」
『うん、その真田君で合ってるよ。どうして?』
「……そんな考え無しの言葉、言う奴とは思えない」
少なくとも、少女が思い浮かべる「真田」とやらは結婚しようなんて言わないし、そもそも女性に告白なんてしないと考えていた。
彼は自分と同じで、人のご機嫌を窺う事にひどく神経質だった。自分の思いは絶対に明かさないし、また他人の思いも絶対に背負わない。そんな人間だと、理解していた。
恐らく、彼の心情を理解出来るのは少女だけだと思っていた。その逆で、少女の心情を理解出来るのも、また彼だけだと。そんな風に考えていた。
「……まぁ、美津子みたいな女の子が彼女になったら、そりゃ男なんてそうなるかしらね」
すぐに頭の中の真田の記憶を消去する。少女の頭の中で、「真田」はどうでもいい記憶になった。
彼はまともな人間だと思っていた。興味もあった。が、今この瞬間それらは消し飛んだ。もうどうでもいい。ましてや親友の恋人となれば、なおさら興味を持つのはご法度だが、輪をかけて興味を失った。
だから単に、大切な親友の身を案じているのだ。
「美津子、初めての彼氏で浮かれるのは分かるけど。そいつ馬鹿よ。早めに別れなさい。間違っても大事な初めてなんてあげちゃダメよ」
『あ、もうそれは開通しちゃったから手遅れだよ』
「っ……!?」
ポトっと携帯を手から落とす。どうにも今日は耳の調子が悪いようで、何度も聞き間違える。
「ごめんなさい、美津子。聞き間違いだと思うのだけど、念の為確認させてもらうわ。貴方、まだヴァージンよね?」
『ううん、もう違うよ。真田君がね、優しく痛くないように破ってくれたの。それでもちょっぴり痛かったんだけど、真田君私に早く気持ち良くなって欲しかったみたいで、もうとんでもなくおっきなおちんちんでズボズボ……』
途中からすっかり聞く気が失せて、少女は脱力してその場に座り込んだ。高級マンションのひんやりした床に嫌気がさしながら、なんとか震えた声で電話を続ける。
「み、美津子、貴方、なんて事を……私が言えた義理じゃないけど、もっと身体を大事にしなさいよ……美津子みたいな良い女が、下半身でしか物を考えてない馬鹿にあっさりヴァージンあげるなんて、信じられない……」
『そんな事ないよ。真田君、とっても素敵な人だもの』
「あぁ……」
目眩がするような言葉に、少女は眉間を押さえた。なんだろう、彼女はアレなのだろうか。噂に聞くダメ男製造機という奴なのだろうか。ダメな男に尽くしたくなる家庭的な女なのだろうか。
ちゃんと私が男を見る目を鍛えてやらなかったから。絶望にも似た気分が、目の前を真っ暗に包む。
『それに催眠だってあるのに、全然私に使ってこないし……もっと拘束しても良いのに……』
「催眠……? なに、それ、ぷ、プレイの一環なの……? 今私、貴方の処女喪失にご両親の分まで悲しんでる最中なのだけれど、もしかして高度なノロケ話を展開なさってる……?」
身体目当ての上に電波と来た。事故物件もいいとこだ。どうして神様は彼女にこんな酷い試練を与えるのか。
『ううん、違うの。本当に真田君は催眠が掛けれるんだよ』
へー、そうなの。
全く興味無いが、彼女がそういうのなら、真田の中ではそんな力がある設定なのだろう。健気にも付き合ってあげている美津子には、不憫過ぎて涙が出てくる。
「良いのよ美津子。私にまでそんなロールプレイしなくて……私、何でも悩みなら聞いてあげるわ……」
『あはは、違うのよ加奈子……本当に真田君は催眠能力があるんだから……』
「美津子……?」
てっきりゴメンゴメンと謝ってくるものだとばかり思っていたが、返答は少女の予想とかけ離れていた。
彼女が少女にまで嘘をつき続ける必要はどこにもない。とにかく早く別れさせないととは考えてはいたが、向こうも向こうで初の彼氏がちょっとおかしな奴だという認識くらいはあるだろう。催眠なんて、ほぼ頭おかしいと証明しているようなものじゃないか。
なのに何故、彼女は尚も催眠能力があるなんて言い張るのだろう。
『気になる? 気になるよね……会いたくならない? 真田君に』
「……美津子、変なクスリでも飲まされたわね。早く警察に行きなさい、私も真田ならある意味用事が出来たわ。お父様にでも協力してもらって刑務所に送ってあげる。リベンジポルノってやつよ、意味違うけど」
『真田君なら、そのお父様も消してくれるよ?』
「ッ……」
息をのむとは、まさにこれだろう。少女は心臓を握りつぶされたような胸の痛みに、大きな乳房の上から胸を押さえた。
電話越しの声が、頭の中でぐるぐると反響する。
お父様を消せる? そんな馬鹿な。そんな人間、日本にいるわけない。
電話の向こうで、くすくすと笑い声が聞こえた。
『ねぇ、加奈子。真田君に会ってみたいでしょう……?』