「まなかさんは、俺の質問に何でも答えてしまう」
命令が終わると、まなかさんは「あれ?」と眉をひそめて怪訝そうな顔に戻る。櫻井もそうだったが、やはり停止状態から戻る時には本人にしかわからない違和感があるんだろう。時間が飛んだと表現出来る程の間、意識がないからな。
「まなかさん、ここには何をしに来たんですか?」
「ええと……はい、カバンを置きに来ました」
まなかさんは先程と変わらない優しげな表情で、そう答えた。なんだかあまりにも当たり前のように返事をしたので、もしかして催眠必要なかったかとすら思ってしまう。
「はぁ、カバンですか……?」
そういえば妙なところに置いてあるなと視線を向ける。白い革製でちょっぴり高そうなそれは、しっかりとした素材らしく簡単に自立していた。
どうしてカバンを置きに来たんだ? 意味がわからない。
「カバンには何が入っているんですか?」
「カメラと聞きました。何でも証拠を掴んで真田様を警察に捕まえさせる、とか」
「……」
思わず顔が引き攣る。おいおいとんでもないカバンじゃないか。
「外には花城様が控えていて、私が何か身体を触られたりすれば助けを呼ぶ手筈となっています。外から警察を呼びながら花城さんが」
「……突撃してくるのか。その中にカメラがあるなら証拠もばっちりだしな」
まぁ何の罪に問われるのかは知らんが、嫌がる女の子に無理やりって場面を撮られれば、それなりにヤバそうだ。防犯カメラの映像とかじゃないし、どうやってこの場面を撮ったのかと問い詰められた時どう答えるのか知らないが。
……まぁ、さっき停止状態の時に誘惑に負けておっぱい揉んじゃったし、ここは事を荒立てないようにまなかさんも催眠するしかないか。
「まなかさん」
心の中で櫻井に罪悪感を覚えながら、それでも欲望を抑えきれなかった。
即ち、神崎まなかを俺のものにする……一時的にね。
「……」
すぅー、と目の光を失う彼女に、俺は命令を入力する。
「まなかさん、あなたは俺の奴隷で、命令された事は喜んで実行する人です」
そんな事を囁きながら、まなかさんのカバンを引き寄せて中を見る。
側面に張り付いたスマホと、それに接続されたイヤホンマイクがあった。スマホ取り出せば、動画撮影モードである。
俺は苦笑いしながら、スマホの録画を停止させる。一昔前ならこんな盗撮には小型のビデオカメラでも使われたのかとしれないが、今はスマホ一つさえあればこんな事が出来る。そこらへんの小学生でも盗撮出来るって事だ。
証拠品にするみたいな事言ってたけど、一歩間違えれば向こうがまず犯罪じゃないか? 正義は勝つ的な感じで俺の方が悪いって感じになるのか? てかそこまで花城は考えてるのか?
どうにも金持ちだし馬鹿なんだろみたいな偏見が拭えない。
「……これ動画ファイル何処に保存されてんだ?」
「ご主人様、わたくしが。幸い、そのタイプならば扱った事があります」
「……こいつ何も命令してないのにご主人様とか言ってきやがった。怖いわ、後で命令消しとくか」
スマホを手渡しながら、この後の事を考える。
まなかさんには花城に俺が悪いやつじゃなかったと伝えてもらおう。あとは櫻井とは良好な関係を築いているので邪魔をするなとか。
それが済み次第、まなかさんと連絡を取り、催眠を解除してあげよう。彼女は何も悪くないからね。
……ワンチャンこのまま俺の奴隷のままでも良いかなー、と思わなくもないが。そこはまぁ、櫻井がいるし、あんまり被害者増やすのもよろしくないと思うからな。
「ご主人様、消去が終わりました。この後はどうしますか?」
「……とりあえず連絡先交換していい? 別に悪用とかしないからさ」
「もちろんです、ご主人様。それに必要であれば悪用してくださっても結構です」
「ごめんノリで言ったけど悪用とか仕方わかんないから安心して」
互いに自分のスマホを起動すると、連絡先に追加する。
後は時間を見て彼女を帰すだけだ。改めて考えると超展開過ぎるわ、いきなりグラビアアイドルが訪ねてくるなんて。
花城の指示らしいが、櫻井に見られたからだろうか。俺が神崎まなかの事を検索している瞬間を。だとしてもこんなにあっさり彼女を連れてくるなんて、金持ちって頭おかしいんだな。
「まなかさん、えーと、適当に時間経ったら……うん、てか、帰りたくなったら帰っていいよ」
リアルで彼女を見れたのは嬉しいが、正直これ以上は同じ空間にいると襲い掛かりそうで辛い。
まなかさんはパチクリと目を開くと、おずおずと切り出した。
「では、わたくしはこのままご主人様のお部屋に居てもよろしいのですか?」
「え、なんでそうなった?」
「帰りたくなったらと、仰られたので、そうなのかなと……」
何言ってんだこいつ。遠回しに帰りたくないって言ってんのか。
「いやいや、帰りなよ。お父さんとか、心配するよ、この時間だもん」
「……父も母も、私どころではないでしょう」
真顔でそう言われると、返答に困る。ご両親は超絶忙しい仕事人間なんだろうか。
なんにしても、これ以上ここに居られるとチンポがイライラしてたまらないので、出て行って欲しい。あー、櫻井に会いたい。櫻井にめちゃくちゃチンポシゴいて欲しい。クソ、明日まで待てねぇよ。
「とにかく今は帰ってよ」と有無を言わさず命令する。
「はい、ご用があればいつでも連絡してください、ご主人様」
「花城の件が終わったら一度連絡するよ。家は近い? 俺のせいでもあるし、遠いなら迎えに……」
「いえ、ご安心ください。何処だろうとご主人様の元に駆けつけます」
「そうなんだ、分かった……一応花城には、俺との会話は秘密にしてくれよ?」
「分かっています。ご主人様の事はとても素晴らしい人格者でしたと念を押しておきます♡」
「いや、そこまで言わなくて良いから……まぁいいや、じゃ、そんな感じで」
「はい、失礼します」
まなかさんはカバンを持って立ち上がると玄関に向かった。
彼女の後ろ姿を眺めながら、相変わらず性格系に触れそうな命令を入力するとキャラがブレブレになるなぁと他人事のように思った。彼女は別段自分が妙な言動をしている事に気がついてはいないようだが。
とはいえ彼女の場合、早ければ明日にでも俺が催眠を解くだろう。人として最低の行為をしている自覚はあるが、それほど心は痛まなかった。
ーーーーーーー
「……何もなかったのね」
顔面に残念という二文字を浮かばせて、花城加奈子は神崎まなかからカバンを受け取った。
「ええ、ご主……さ、真田様は素晴らしい方でした。これなら花城様のご友人も安心だと思います」
「……そう、だけどちょっと信じられないわね。動画は見させて貰うわよ」
「どうぞ」
加奈子はカバンを開き、中からわざわざこのためだけに用意したらしいスマホを取り出した。
「……?」
手に取って数秒、加奈子は何故と首を傾げた。ちらりとまなかが覗き見れば、画面は電卓よろしく並べられたゼロから九までの数字。
「……」
当然、録画中だと思っていた加奈子は、何故スリープ状態だったのか不思議に思っているのだろう。ここで違和感を持たれても、結局のところ動画は削除されているのでこれ以上彼女に情報が入る訳では無いだが。
「……撮れて、ないわね」
「そうですか……けれど、特筆して何か起こったという事は無かったですよ?」
「……まぁいいわ。ハナからこっちは当てにしてなかったから」
彼女はカバンの底をゴソゴソ漁り始めると、どうやって入っていたのかビデオカメラを取り出した。
まなかの背筋が凍る。
「そ、それは……?」
「ん? 貴方には言ってなかったけど、一応スマホだけだと心配だからこれも録画しておいたのよ。貴方には予め録画していると伝えたのだし、これくらいは構わないでしょう?」
「いえ、あの、え、えぇ……困りますぅ……」
消え入るような声で、まなかは叫んだ。加奈子は聞こえなかったのか気にした様子もなく、ビデオカメラで今しがた撮影された動画を見始めた。
『〜〜あ、サインとかってオーケーですか?』
「何こいつ、普通じゃない……てっきり貴方の事見た瞬間に襲いかかってくるかと思ったのに……』
「で、ですから、何も無かったんですよ! こ、これ以上見ても何もありませんから……!!」
まなかは必死に視聴を止めようとしたが、加奈子はよほど集中して見ているのか全く視線を外さなかった。
ばるんばるんと乳房を揺らして、まなかはオロオロと右往左往するだけだった。
『まなかさん』
そして、真田の声が一際強く響いた。
「……なに、これ」
加奈子が信じられないと口元を覆った。
画面には、さも当然のようにまなかの乳房を触る真田の姿があった。
最初は困惑していた様子で画面を見ていた加奈子だが、やがて隣に居るまなかと画面の中のまながを見比べると、ビデオカメラを取り落として青い顔で震えだした。
「ご、ごめんなさい……まさか、貴方も被害に……わ、わたし、そんなつもりじゃ……!!」
「ええ……」
加奈子は心底怯えた様子で、ただ後悔を口にした。
「こんなことになるなんて……ごめんなさい、私心の何処かで美津子さえ助かればそれで良いと思ってた……本当に、なんて謝っていいのか……」
「いえ、そんな。私はそれが仕事みたいな物ですし……」
実際綺麗事だけではない職であるため、まなかの言葉には謎の説得力が生まれてしまった。
いや、悠長にしている時間はない。早く証拠を消さないと、真田が危うい。
そんな事を考えた直後、加奈子はゆっくりとビデオカメラを拾った。
そして、キュルキュルと真田が乳房を揉むシーンをリプレイすら。
「でもこれ、貴方全く抵抗していないわよね……どうして……? 怖かったの……?」
「そこは、記憶があやふやですね……そういえばどうして……?」
真田の命令は二つ。
まなかは質問に答えなければならない。
まなかは奴隷であり、命令されたことには喜んで従う事。
これら二つを命令された時の記憶は無い。つまり、こうして乳房を揉ませている記憶は、今のまなかには無いのだ。
要領を得ないまなかの返答に、加奈子は眉根を寄せる。
そして、その数秒後、信じられないような顔で硬直する。
「まさか、本当に催眠……?」