「ここか……?」
電車乗って一駅。言われた通りの道順を進むと大きなマンションが目に入った。
都心には程近いが、それでも都会という訳でもない街になんでこんなモノが、と。そう思うほど高そうなマンションだった。
まるで金持ちの子供のわがままで建てられたような、そんな立地。
「行きましょう、真田様」
セレブな雰囲気にすっかり気圧された俺を横目に、まなかさんが先陣を切る。慣れているのだろうか。
ちょっぴり感謝しつつ、櫻井に言われた番号を入力し、中から櫻井に開けてもらう。
自動ドアを進んで、エレベータに乗り、最上階に。
……なんでこんなところにいるんだ、櫻井。
「真田様の恋人はお金持ちなのですね」
「へ? いや、そんなことはないけど……」
「そうなのですか? しかしこのビルに住んでいるとなると……あ、花城様のご自宅かもしれませんね」
「あー、そうか。確かにな、納得だわ」
「ふふ、お役に立てたようで何よりです♡」
そう言ってこれ見よがしに爆乳を揺すって見せる彼女。
俺は無視して彼女の言葉を考える。
なんでこんなマンションに居るのかと思ったが、花城の家なら納得だ。今日話をつけておくと言っていたし、案外和解したのかもしれない。
勿論昨日の感じだと花城がそう簡単に頷くようには思えないが、まぁそこは俺も何かしてやるべきだろう。ようは花城が俺を櫻井の恋人に適していると思ってくれれば良いのだろう。何か俺にもできる事があるかもしれない。
父親を忘れたいというなら、喜んで引き受けよう。
それ以外に俺に出来そうなことは分からないが……ま、最悪花城を催眠する事で誤魔化せる。そこは肉便器にされないだけありがたいと思ってくれ。
或いはこんな力を持った俺が他の女なんて要らないと思わせるくらいの魅力に満ちた櫻井を、友として持っていた事に感謝するんだな。
「お邪魔します」
広々とした玄関に足を踏み入れる。
どう見ても玄関だけで俺の家よりでかい気がする。まぁ良いけど。
まなかさんと二人、溢れ出る金持ちオーラにビビりながら櫻井の姿を探す。広すぎて落ち着かない。怖い。
玄関から続く扉を開けると、これまた広々としたリビングに出た。何人座れるんだってくらいデカいL.字のソファに、それと見劣りしない位これまたデカいテレビ。
周囲の調度品も数は多くないがそれぞれが高級感たっぷりだ。
豪邸。そう言っても良いだろう。
不思議と緊張した。
「あ、真田君、こっちこっち」
奥の部屋からひょっこりと櫻井が顔を出す。
制服姿なところを見ると、学校終わりに直接花城に会いに来たのだろう。
俺は安堵の息を吐いて、彼女に近づく。彼女のいる部屋に足を踏み入れる。
「なぁ、聞いてくれ櫻井。実は──」
俺は最後まで喋り切る前に、言葉を失った。
寝室。そのベッドの上で手足をガムテープで縛られている花城を見て、俺は何も言えなくなった。
「……ん?」
一度櫻井の方を見てから、もう一度ベッドを見る。
そこにはぐったりと気を失った花城が。
仰向けで、ぎゅっと目を閉じた、花城加奈子が。
乳首もおまんこも何もかもさらけ出した全裸で、気絶していた。
櫻井は何でもないような顔で、「どうしたの?」と優しく尋ねてくる。
……え、何これ。
ーーーーーーー
ひとます、花城の事は後で聞くとして。
俺は櫻井に電話した理由を話した。
急にまなかさんの胸にハートマークが浮かぶようになり、どうすれば良いのか分からなくなったと。正直に伝えた。
「ふーん、ハートねぇ……真田君、私のは見えないの?」
「え、あ、そういえば……んー、どうやって見るんだ?」
大きなリビングに二人で座りながら、話し合う。ちなみにまなかさんには花城を見てもらっていた。
俺は櫻井を脚の上に乗せて、対面座位のような形で向かい合っていた。櫻井は俺にGカップの巨乳を押し付けながら、興味深そうに俺の目を見つめていた。
櫻井のハートなら是非とも見たいなという事で、何度か瞬きをしてみる。
「うーん、ダメだ。やっぱり、見えな──」
何回やってもダメで、まなかさんだけなのかもしれない。
そう思い始めた直後、視界が桃色に染まった。
「うおっ……」
厨二的に言うなら、視界を奪われた。
部屋の様子や、目の前にいた櫻井の顔すら見えない。
全てがピンク色。
びくりと仰け反って、慌てて首を左右に振る。
俺の意思に従うように、再び視界が戻ってくる。
……どう言う事だ?
「……どうしたの?」
「いや、何も見えなくなって。おかしいな……」
「なるほど……もしかしたら、そのちっちゃなハートじゃ足りなかったのかも……♡」
「え」
どういうことだ。
櫻井の俺への感情はあの胸のハートじゃ容量不足ってことか?
それじゃあ俺は何を見たんだ。ハートの形すら見えないとなると、冗談抜きでこの部屋中にでも広がってないと説明がつかない。
じゃないと視界いっぱいがあんなに真っピンクにならないはずだ。
……このバカ広い部屋を覆い尽くす?
思わず櫻井の瞳を見るが、そこには底知れない俺への感情が詰まっているだけだった。
一瞬馬鹿な、と考えてしまったが──櫻井なら、十分ありそうなのが恐ろしい。
相変わらず櫻井の愛が重いな。
俺はひとまずそれで納得する事にした。てか、問題はそこじゃないのだ。
「それで、これって何だと思う?」
「分かんない」
「ちょっ、え……?」
櫻井があっさりとお手上げ宣言をするので、俺は目が点になった。
そんな、櫻井ならわかると思ったのに……
「あはは」
そんな彼女は俺の狼狽えた様子がよほど面白いのか、ケタケタと笑っていた。
「くふ、ふふ……ん、ごめんね、笑っちゃって」
「……いや、いいけど……本当に分からないのか?」
「……うーん、そもそも真田君が催眠する条件すら分かってないしね」
俺はギョッとした。
「え? 命令を思い浮かべて、性的興奮……じゃないのか?」
櫻井は眼鏡の位置を正して、微笑んだ。
「全部仮説だよ。真田君の話を聞いてる限りだと、私の仮説は矛盾だらけだった。だから、そうすれば催眠状態に持っていけるって認識に真田君の意識を改変したの」
あまりにも当然のように言うものだから、俺は言葉を出すことも出来ず、沈黙した。
意識を、改変……?
ダメだ、彼女が何を言ってるのかまるで分からない。
櫻井の目が、眼鏡越しにあやしく輝く。
いつもの優しそうな笑みを浮かべた彼女とは違う。何処か冷たくて、蠱惑的な未知の視線。
背筋が凍る。
「ね、考えてみて。真田君がどうして神崎さんのハートが見えるようになったのか」
「……い、いや、まるで分からない」
「本当? 何か彼女に対して思ったんじゃない? どうして自分にこんなに近づいてくるのか、とか?」
「確かにそれは思った気がするが……」
それがハートを見えるようになるのと何が関係あるんだろう。
まだまだ櫻井の思考についていけない。
櫻井は俺の間抜け顔を見て、愛おしそうにクスクスと笑った。額に口付けすると、ぺろぺろと俺の顔を舐めてくる。
「ちゅ……れろぉ……♡ んっ……でね、多分だけど真田君のその能力が、どうにかしてその願いを叶えようとしたんだよ。神崎さんの好感度を見えるようになることで、彼女の嘘を見抜こうとしたんだね」
「……それなら彼女の言葉が嘘かどうかだけ教えてくれよ。どういう事なんだマジで、頭こんがらがる」
「それは真田君が最初にその力を催眠能力だって認識しちゃったからじゃないかな。真田君がその力を定義しちゃったんだよ」
櫻井の口から出るのは、理解出来そうで理解出来ない日本語ばかり。俺は不安になる。
櫻井は子犬がじゃれつくように俺の身体に顔を押し付けていた。すんすんと首元の匂いを嗅いでは、嬉しそうに顔を緩める。
「櫻井、マジで何を言ってるのか分からない。俺が定義? お前、この能力の何を知ってるんだ?」
「んーん、何も知らないよ。そうなんじゃないかなぁーって、全部予想してるだけ♡」
俺は狐につままれたような気分だった。
助けを求めた最愛の彼女が、意味わからん宗教にハマってたみたいな、そんな気分だった。
櫻井、お前、どうしちまったんだ。
置いてけぼりの俺を尻目に、櫻井は
「自己催眠による成長。真田君は神崎さんの潜在的恐怖を払拭しようとして、虚実を見抜こうとした。そして彼女の好感度を視覚化し、それによって真田君の思考を実現しようとしたんだね」
「……よせ、よしてくれ、櫻井。もういい。どうでもいい。俺は……俺はお前に会いたかっただけなんだ。それはもういい」
俺は耳を塞ぐように彼女を強く抱きしめた。
Gカップの胸の谷間に顔を埋め、何もかも忘れようと目を閉じた。
わからない。櫻井が何を言ってるのかわからない。
本当はこんな力どうでもいいんだ。
彼女がそばに居れば、他はどうでもいい。
櫻井が、小さく「あ」と声を漏らした。
「……ご、ごめん。真田君がその能力の事詳しく知りたいのかと思って、ちょっと張り切っちゃった」
「……うん」
俺は制服越しの巨乳に頬擦りしながら、彼女の温もりをただ感じていた。
ボリュームたっぷりのおっぱいに埋もれながら、駄々っ子のように首を振って、櫻井に何かを訴えていた。
「真田君……♡」
櫻井は赤子でも撫でるみたいにして俺の後頭部に優しく手を置いた。
俺は吐息を漏らして、息苦しい乳房の海で呼吸を続けた。
もうどうだっていい。
櫻井がおかしくなるくらいなら、能力なんてどうでもいい。
櫻井さえそばに居てくれれば、俺はそれ以上求めない。