「……!」
花城が目を覚ましたのは、それから更に一時間後だった。
ビクゥッって効果音が付くぐらい大袈裟に目を覚ますと、続いて手と足を縛られた上で更に櫻井とまなかさんに押さえつけられている事に気がつく。
「へ……なん、で……?」
花城は気だるそうに周囲を見回す。まだスタンガンの後遺症的なのが抜けていないのだろうか、気分はあまり良くなさそうだ。
……普通に考えたら気分良い訳ないわな、すまん。
父親の件も聞いちゃったし、なんも悪いことしてないのにスタンガンで気絶させられたりと、なんだか今日一日でかなり花城の事が可哀想になってきた。
お返しと言ってはおかしいかもしれないが、助けてやるからな。
「おはようございます、花城さん♡」
「え、か、神崎さん、何これ……?」
「真田様のご命令ですので♡♡」
「えー、と……?」
暫くぼんやりとした面持ちで辺りを眺める花城。なまじ目が半開きのせいか、いつものようなキツイ印象は受けなかった。美人は徳というべきか、寧ろ可愛らしさすらある。
……だが、それも俺の姿を視界に収めるまでの話だった。
ベッドの横で椅子に腰掛ける俺を見て、花城はキッと
「真田……!」
親の仇のような目で、俺を睨みつけてくる。
全裸で、乳首も丸出しなのに、恥じるどころかむしろゴミを見るような目で俺を睨んでくる。
……あ、やば、上に布団でも掛けておけば良かった。素っ裸で放置してたと思われたら余計に嫌われそう。
まぁもともと嫌われてそうだし、今更か。
一応気になるので何度か瞬きして彼女のハートを見ると、ものの見事に冷え切っていた。ピンク色の欠片もないほど、俺のことが大嫌いみたいだ。
当然だろう。しょうがない。俺だって逆の立場ならそうなる。
「なんのつもり?」
いきなり怒鳴り散らしてくるのかと思いきや、花城は意外にも冷静だった。例え手足が縛られていようとも殴りかかって来そうなやつだと思って二人に抑えてもらったんだが、必要なさそうだ。
二人に視線で合図すると、櫻井もまなかさんも頷いて彼女を解放した。
花城は即座に両手を下ろして胸と股間部を隠した。下の方は確かに隠れてはいるのだが、乳房の方は血筋の関係でかなりのボインちゃんなので乳首を隠そうともドスケベに変形するだけだった。二の腕と胸板に挟まれて、横乳がむにゅんと顔を出す。
下手なAVのパケ写よりいやらしかった。口には出さないけど。
「……美津子まで使って、何がしたいの? 催眠するならすれば良いじゃない、二人の様子を見る限り抵抗しても無駄だって分かってるんだから」
花城はそれに気がつく筈もなく、俺に対しての罵倒を始めた。
俺は黙って受け入れる。
「……」
「それとも何? 私が嫌がって泣き喚くとでも? 馬ッ鹿じゃないの、あんたの思い通りになんて絶対にならないから」
「……」
「神崎さんまで使って、結局何もかも催眠任せ。本当、最低」
「……」
「……何よ、なんとか言いなさいよ」
無言で見つめられると流石に不安になったのか、花城は少しだけ落ち着いた。
こんな状態で、文句の一つや2つ言いたくなるのは当然だろう。そう思っていたからこそ、俺は何も言い返さなかった。
思った通りというか、そうすると花城は俺の出方を窺うように口を閉ざした。
この場に味方は誰もいない。そして目の前には不気味な男。
不安になるのは当然だ。
俺はそれを見てゆっくり頷くと、一言。
「お前の父親の記憶、消してやるよ」
「は?」
その一言で、花城の表情が凄まじく険しくなった。もう思い出したくもないと訴えかけるような、そんな表情だった。
そして、ゆっくりと櫻井やまなかさんに目をやると、怒りとも驚きとも違う、真剣な表情で俺を再度睨みつけた。
「……今更信じられると思う? そう言って神崎さんみたいにあの状態にされたらゲームオーバー、でしょ? 乗るわけないじゃない」
「お前が言ったんだろ、消してくれって」
「ええそうね。あの時はよく考えもせずに言ったわ。けれど貴方のモノになるくらいなら結構よ」
「……そうか」
停止状態になれば何を催眠されても本人には分からない。
加えてこの場には正常な判断を下せる第三者が居ないので、花城からしてみれば絶対に催眠させてやるものか、という感じだろう。
……花城が嫌がろうが何しようが、実の所名前を呼んだだけで一発で催眠出来るので無駄な抵抗ではある。話が逸れてしまうので今は何も言わないが。
「大体、そんなことして貴方に何のメリットがあるの。言っておくけど私は絶対美津子の恋人として認めないわよ。貴方最低最悪な事をしたのよ、それを──」
「花城」
予め、花城が拒否するのは分かっていた。櫻井からも、説得は無理だろうと言われた。
だから、俺はひとまず彼女を催眠するのは後回しにした。
櫻井に授けられた次の手を打つ。
「それじゃあ、お前の父親を催眠してやる」
「……」
先程まで散々俺への恨み辛みを
開いた口をゆっくり閉ざして、静かに目を見開いた。
「お父様を……?」
それは彼女にとって正しく予想外の言葉だったのだろう。分かりやすく困惑し、そして驚愕していた。
「ああ。命令はお前が考えてもいい。俺はそれに従う」
「ちょ、ちょっと待ちなさい……」
「復讐する機会だぞ、何かないのか」
「待ちなさいってば!」
花城は何もかも信じられないような顔でヒステリックに叫んだ。
俺は黙った。
「そんな……、いえ、でも……」
花城は俯いて、ぶつぶつと独り言を繰り返す。
ああなるのも無理はないだろう。ただでさえ催眠能力者なんて訳の分からない存在が現れて、その上で自分の父親をどうにかするチャンスが巡ってきたのだ。
あまりに、非現実的過ぎる。
冷静で居る方が難しい。
「……っ!」
花城は暫くぶつぶつと考え込んでいたが、急にさっきの勢いを取り戻したかのようにガバッと顔を上げた。
「──やっぱり貴方にメリットがないわ。何を考えているのか分からない、お断りよ!」
「……」
メリットはあげようと思えば幾らでも上がれるのだが。お前の家、金持ちだし。
そんなことを思いつつ何か言い返そうとして、俺は結局何も言わなかった。
うーん、百パーセント善意なんだが、果たしてどう伝えれば良いのか。
ーーーーーーー
「……」
心なしか気落ちした真田が、何とも言えない表情を浮かべた。思い通りになってやるかと、憤然とした怒りを燃やし続ける。
大体、そっちからアクションをしてくる事自体が怪しいのだ。正直何を言われても周りに女を侍らせたいようにしか思えない。
そんな奴の言葉を信用できるはずがない。
「加奈子」
と、反骨精神にも似た感情を抱いた瞬間、私は自分の身体が総毛立つのを感じ取った。
私の頭の上に座っている美津子が、真顔で私を見下ろしていた。
これ以上、彼の機嫌を損ねるなと、無言の圧力を掛けてくる。
無機質な、冷たい瞳と目があった。
彼女の手には先程私に使ったであろうスタンガンが握られていた。
……ああ、本当にこの子は私の知っている美津子では無くなってしまったんだろう。
聡明で、可憐で、なのにちょっぴり抜けているところがある彼女は消えてしまったのだろう。
そう思うと胸がキュッと詰まった。
歯を食いしばらないと、涙がこぼれそうだった。
もう元の彼女とは二度と会えない。
それはとても悲しい事だった。
「……」
それもこれも全てあの男の仕業。
私は
真田ショウジ。
男は私を催眠で操り人形にする訳でもなく、虎視眈々と何かを狙っていた。
目的は分かっている。私の身体だ。美津子まで使って私を気絶させたのがその証拠だ。
もっとも、事が始まる前に私が目覚めてしまったようだが。それともそこまで度胸はなかったのか。或いは何か私を辱めるための策を実行中なのか。今となっては分からないが、一つ言えるのはこいつは卑怯者だという事。
こいつは美津子だけでは飽き足らず、神崎さんに加えて私まで手込めにしようとしている。それも意図を読まれないように、女のコレクションを増やそうと画策して、である。
最低だ。どうしてこんな男に催眠なんていう凶悪な超能力が備わってしまったのか。
男なんて、こんな奴ばっかり。
神は相変わらず不平等だ。
……とはいえ現状、催眠されていないところを見ると、そう簡単に催眠出来ないのかもしれないという希望も生まれてくる。さもなければ、すぐさま私の自由意志は奪われているだろう。
逆に、私をいつでも催眠出来る状態にありながら催眠していないとしたら、そっちの方がお手上げだ。考えが読めなすぎる。即詰みの状態で、ゆっくり泳がされているだけなのだから。
真田ショウジ。私は彼のことを何も知らないが故に、何から何まで行動が読めなかった。
「……花城、こんなことを言ってもお前は信じないと思うが、俺はお前を催眠しに来たんじゃない。櫻井と俺を放っておいて欲しいだけなんだ」
「それでスタンガンとは恐れ入るわね」
「いや、それは櫻井が勝手に……まぁいいや。お前だってまなかさんを使っただろ? それでおあいこにしようぜ」
「おあいこですね♡」
「……何がおあいこよ」
神崎さんの訳の分からない合いの手に鼻を鳴らす。
そっちはもう犯罪じゃない。
思わず美津子を見上げた。
「んふ……かっこいいなぁ、真田君……♡♡」
唯一の親友は、うっとりした様子で真面目腐った真田を見つめて、もじもじしていた。
その手には、お父様が『お遊び』用に買ったスタンガン。どうにも私の反応が良かったらしく最初は痺れる程度だったのに、今では人ひとり失神させるレベルだ。
美津子に見つかった時、冗談めかして護身用だなんだと言い逃れたが……まさかここに来てあんな些細な出来事が自分を苦しめるなんて思いもしなかった。お父様に任せて適当に『お遊び道具』を管理させていたツケが来た。隠し場所を変えておくべきだった。
──いいえ、話が逸れたわね。
つまり、真田は美津子を使って私を気絶させ、そして部屋に無許可で立ち入った。不法侵入だ。
勝機はこれしかない。油断しているのか何かを狙っているのか知らないが、彼に悟られずに警察に通報すれば、或いは。
そんな時、ふとチャイムが鳴った。
最高のタイミングでこの家に誰か来た。
天からの助けだ。これで助かる。
私はほくそ笑んだ。
「……あ」
しかし直後に気がつく。
今日が私──花城加奈子にとってどんな意味を持つ日だったのかを。
『加奈子、私だ』
父の声だった。
鳥肌が立つ。
心がざわつき、おぞましい気分になる。
「……父親か? 仕事帰り……にしては、その、早くないか?」
「ううん、加奈子は一人暮らしのはず……ねぇ、加奈子、お父さんこんな時間に『何しに』来たの?」
美津子は何もかもお見通しと言わんばかりの目で私を見下ろす。
一々口に出す必要はあるのかと思ったが、美津子はチラチラと真田の方を見ていた。
……彼がいる以上、余計に口に出したくはなかった。あんなクソ野郎でも、異性に対して私が父親に何をされているのか話すのは嫌だった。
けれども仕方ない。逆らえば美津子がその手に持った凶器をまた使うとも限らない。
私は正直に答えた。
「……今日は父親が私を抱きにくる日よ。月に一、二回あるの」
別に白状したところでどうにかなる訳でもない。状況が改善される訳でもない。
諦めていた。私は。
これは受け入れなければならないものだと、そう自分に言い聞かせていた。
「……は?」
だから私は、彼が怒っていると理解するまで時間が掛かった。
当事者の自分が受け入れているのだから、他人がどうこう言うような事ではないと思っていた。
ましてや彼は催眠能力で私をどうにかしようとした奴で、身体目当てのクソ野郎。尚のこと私個人なんてどうでも良いのだろうと勝手に考えていた。
「真田──?」
違った。
その時私は人が本当に怒る瞬間を初めて見た。
ギュッと拳を握って、奥歯を噛み締めて。
真田は、確かに怒っていた。
この部屋の中で、誰よりも、私よりも、怒っていた。
そう感じさせるほど、先程の態度とは一変した表情を見せていた。
それが私の困惑を加速させた。
「月一で犯しにくる父親って……そんなの、親子じゃねぇだろ」
悔しそうに呟く真田の顔が、何故か酷く心に刺さった。