「結局、何がしたかったの貴方」
二人並んで帰宅し、さて午後は悠々自適のズル休み生活……と思っていたのだが、何故か花城がわざわざ放課後を使ってまで俺の家に来た。
何しにきたんだよ、昨日のことよ、もう済んだだろ、まだ気になることがあるの。
……と、そんな挨拶もそこそこに、彼女は本題を切り出してきた。
昨日は確か、花城がずいぶん楽しそうに父親相手にはしゃいでいたため、俺達は早々にご帰宅した。
どうやらその後も随分お楽しみだったらしく、いつも真顔かダウナーっぽい表情の花城が珍しく活き活きとしていた。彼女は父親の影にもう怯えなくて良くなったのだ、この顔を見れただけでも俺は満足だった。
……花城は、櫻井に負けず劣らずの美人だし。うん。大満足。
ちなみに花城の胸に浮いてるハートも、ちょっとだけピンクのインクが溜まってた。本当にちょっとだけで、まなかさんと比べると圧倒的に少ない。ほっといたら勝手に蒸発してしまうような雫がニ、三滴レベルの溜まり方。少しだけ心を開いてくれたんだろう。
話を戻そう。花城はわざわざ櫻井を使ってまで自宅に侵入してきた俺の目的が分からなくてそれを確かめたいらしい。父親への催眠が俺の目的ではないことはとっくに見抜いているようだった。
なるほど、櫻井の親友だけあって、頭は良いらしい。どいつもこいつも頭の回りが早くて羨ましいこった。
ちなみに今俺の家の中にいるのは、俺、花城、まなかさんだ。櫻井は明日が学校休みということもあり、家から宿泊セットを持ってくると言って一時帰宅している。俺のサボり休みについてもちゃんと連絡済みで、彼女は「頑張ってね♡」というメッセージと共に朝っぱらからスケベ過ぎる自撮りを送ってきたりした。制服の着替え途中なのか、鏡の前で前を開けっ放しにして乳丸出しだ。後で目の前でやってもらおう。
と、櫻井のスケベ自撮りは置いといて。親友ですら躊躇なく気絶させる櫻井がいないのである。花城との話し合いは随分スムーズに進むと思ったのだが……
「真田様、まなかのおっぱいは気持ち良いですか……♡♡」
何故かご奉仕モードになったまなかさんが、俺の背中に抱きついておっぱいを押し当ててきていた。
ほんと、何考えているのか分からない人だ。無駄にチンポがイラついて仕方ないんだが、突き放すと物凄く泣きそうな顔で見つめてくるのでお手上げだ。
……やっぱり午前中のアレが、彼女に最後の一線を越えさせてしまったんだろうか。辛うじて0.1くらいあった遠慮が0になった気がする。
しょうがない。もう最悪犯しまくってやろうと決意する。
「聞いてるの?」
「ん、あ、ああ、なんだっけ?」
花城はまなかさんをもはや見ない振り。俺も見習って、話を進める事にする。
「だから、結局真田って何で私の家に来たの? 私の催眠が目的……でもなかったのよね? だって名前呼ぶだけで催眠出来るなら、美津子まで使う必要はないし」
「まぁ、そうだな。お前目当てじゃないよ」
隠す事でもないので正直に白状すると、花城は変な顔で頷いた。俺も頷き返す。
「……俺は櫻井に会いたかっただけなんだ。そしたら、お前の家にいて、会いに行ったらお前は気絶してるし、もう訳わからん状態だった」
照れ隠しのつもりで鼻の頭を掻きながら昨日の事を話すと、花城が「それよ」と食いついてきた。
「それよ、それ。じゃあ一体貴方は何のつもりで……ん、あれ? ちょっと待ちなさいよ……え、スタンガンって貴方の指示じゃないの?」
誰がそんな物騒な指示だすんだよ。
「違うって。そんなものあるなんて事すら知らなかった。俺が櫻井に相談したのは、花城って奴に別れろって言われたんだけどどうすりゃ良い? ってことだけだ」
「それだけ……? 命令したのはそれだけなの? じゃあ貴方はただ、美津子に会いにきただけなの?」
「そ」
花城の表情を窺いながら、耳元の辺りをくんくんと嗅いでくるまなかさんの頭を押しのける。
まなかさんは一度引くと、再度俺の腰に手を回してギュッと抱きついて、うなじに鼻頭を押し付けて、またくんくんし始めた。冗談みたいな爆乳の感触がまたしても背中に広がって……こいつノーブラじゃねーか。
いい加減マジで股間が窮屈になってきたが、なんだか花城がやけに俺の話を信じてくれるので今のうちにある程度の打ち解けておきたい。まなかさんを相手にしている場合じゃなかった。
「じゃあ全部、美津子の独断……?」
「だな」
頷いておく。
もっとも、櫻井には俺の催眠が三つ掛かっている。それらが作用して今回の事件が起こったならば、間接的に俺の責任にはなる。なるけど、今は黙っておく。ややこしくしたくねーんだ。
花城は尚も信じられないのか、疑惑の目を俺に向けてくる。とはいえそこまで本格的疑っている訳でもなく、ただ俺の口から答えが聞きたい様子だった。
「本当に?」
「マジ」
「正直に」
「大真面目」
「……」
俺の言葉を聞き暫く呆けた顔をしていた花城だが、やがて何が面白くなったのか口元を手で隠すと、肩を震わせて笑っていた。
「ん、ふふ……何よそれ……」
一体俺が櫻井の背後からどんな極悪非道な命令を飛ばしていると思っていたのか。少し気になる。
「そんなの、おかしいでしょ……私が馬鹿みたいじゃない……ふ、ふふ……」
目を細くして、声を抑えながら花城は笑っていた。
美しい顔立ちだ。モデル顔負け。
俺は美少女の笑顔にただ見惚れてしまって、思考を止めてぼーっとしてしまう。
もったいないな。笑えばこんなに綺麗な子なのに。
櫻井と話す時はいつもこうなのだろうか。ちょっと信じられない。
人当たりが悪いからか、はたまた学長の娘だからか。花城は学校では嫌われ者だ。確か学長の娘だって威張り散らしていると聞いた事もある。しかもルックスはとんでもないから男受けは良くて、それがまた女子陣の反感を買っていた。
俺も御多分に洩れず、噂話をかじり聞いて性格の悪い奴なのかもしれないとは思っていた。が、関わり合いにならない以上どうでも良かった。
しかしこの美人を前にしてどうでもいいってのは、男として生を受けた以上無理だ。
もう一度言おう。
花城は美人だった。
櫻井一筋の俺が、ぐらりと傾くくらいに。
「……」
……いやいや。
いやいや、何考えてんだ俺。櫻井さえ居れば十分だろう。
危ない思考に陥りかけた自分を拾い上げる。午前中のまなかさんの件もそうだが、本当に俺は櫻井と添い遂げるつもりだった。
俺は流されやすい。相手側もやる気満々って感じだと、多分簡単に靡いてしまう。でも、花城は別に俺への好意がある訳でもなく、俺に対しての思い違いがいっぺんに解けたって感じなので。
だから、多分、そうはならないだろう。
うん、マジで。
自分に言い聞かせながら、話を続ける。
「まぁ、そんな訳でさ。お前をどうこうしようって気はないんだ……本当のところはこの後ろの人もノータッチで生きていくつもりだったし」
「美津子に聞いたわよ、神崎さんには催眠を使ってないのに付き纏われてるって」
「あ、知ってたのか……え、知っててこれ無視してたの?」
隙あらば俺の股間に手を伸ばしてくる彼女の細腕を捕まえると、「これ」として見せつける。
花城はくすりとまた笑った。
「むしろそれを知らなかったら、この部屋に来た途端やっぱりクソ野郎じゃないのってキレてたわね」
「自分の意思でこれだから、無視したの?」
「そうよ。催眠使わずにそれなら、私も何も言えないもの」
「……今更だけど、俺達の言葉全部信じすぎじゃないか?」
さっきから話していると、まるで昨日までの態度とは打って変わって話しやすい。一周回って信用出来ないくらいだ。
本当はまた俺をハメる手段でも講じているんじゃないか。そう思ってしまうほど凄まじく素直だ。
花城はまたも笑った。よく笑うな。ドキッとするからやめてくれ。
「ま、貴方は信じても良いかなって。そう思えるくらいにはなったの」
「俺お前に信用されるようなことした?」
「それは内緒」
「あっそう……ま。良いけど」
とにかく俺と花城のわだかまりは溶けたんだろうか。
先日の見下すような冷たい視線に比べると、幾分か態度も含めて軟化した気がする。
……この勢いで、櫻井と俺の仲も認めてくれないだろうか。今だったら、サクッと許してくれそうじゃん?
「ん……?」
そこでスマホが振動した。
液晶画面には櫻井からのメッセージで、『お父さんの記憶を消してあげて』と一言。この分だと、花城が今日家に来たのも櫻井入れ知恵だろうか。
ちらりと花城を見ると、向こうも同じタイミングでスマホを眺めていた。
もしかして、と思って声をかける。
「櫻井?」
「ええ。貴方もそうなのね」
「なんか、お前の親父さんの記憶を消してくれって昨日からしつこくて」
「……まぁ、随分小さい頃から相談相手になってもらっていたし、時間と共にどんどん美津子の中でその部分が大きくなっちゃったのかもね」
「小さい頃からって、お前いつから──」
──犯されてたんだ。
そう二の句を継ごうとして、急にまなかさんの手が俺の口を塞いだ。
背後で、静かに首を振る気配がする。
……配慮が足りなかったか。
俺はまなかさんに頷き、手を離してもらう。
「ごめん」
「いいのよ。それで、どうするの?」
「へ? ど、どうするって、何が? 記憶か?」
そんな、「今日はラーメンにしますか?」みたいなノリで催眠の事聞いてくんなよ。分かってんのか、俺が催眠したらどんな命令だって通っちゃうんだぞ。危機感足りてねぇ過ぎるだろ。
「ええ、私としてはどっちでも良いのだけれど……美津子の気持ちをふいにはしたくないの。だから、貴方に任せるわ」
「任せるって……」
ほんと、冗談抜きで俺が睡眠段階になって「ふははー、肉便器になれー!」とか命令したらどうするつもりなんだろう。
催眠の強力さは彼女も身を以て知っているはずなのに、なんだかヤケに軽いというか。
「そんなに悩まなくても……あ、貴方の好きにしなさい」
「……す、好きに、ですか」
そんな殺し文句あるか?
こんなの、俺に催眠してくれって言ってるようなものじゃないか。
……い、いや、でも、櫻井の親友だし、えーっと、その。
と、俺が慌ててる間にも花城は準備完了とばかりに瞳を閉じて、俺の言葉を待っていた。
「えーと──花城」
「……」
一先ず停止状態に持って行く。
この雰囲気で催眠しないとは、言い出しづらかった。
……ま、まぁ、お父さんの記憶消すだけだし。
「……」
美麗な顔立ちが空間に固定されたように動かなくなる。
後は父親の記憶をなくすだけ。
「……っ」
唾を飲み込んで、彼女を正面から見つめる。
美少女だ。海外の血が色濃く出たナイスバディの発育に、威圧感すら感じてしまうような美貌。後一、二年も経てばかなりのイケメンじゃないと並び立つのは難しくなりそうな、ダイヤの原石。
その胸の中心には、俺が簡単にピンク色に染め上げられる、ガラスのハートが浮いてて。
それを、それを……好きにしてくれって。
いや、もちろん分かってるけど。
俺は父親の記憶を消してやらなきゃならない。
分かってるけど、これは、この状況は。男として。
「……」