櫻井が何を考えているのか分からないが、俺と花城は櫻井にはめられて街中に立ち尽くしていた。
お互いが、櫻井と二人きりで遊ぶものだとばかり思っていたから、なんとも不思議な空気感だった。
気まずい空気が続く……が、そんな空気を破ったのは花城だった。
「──真田が良いなら、ちょっとだけ付き合ってよ」
「え?」
彼女が変なことを言うものだから、俺は素っ頓狂な声を出した。裏返って、しかも空気混じりの発音とも言えない声。
向こうは気にも止めず、ちょっぴり唇を突き出して小首を傾げた。
「ダメ?」
「……あ、ああ……良いぜ」
解散の流れにしないのか。
いや、てかそれはどうでも良くて。そんな事よりもっと気になることがあって。
いまだに信じられない様なものを見る気分で、花城を見つめる。
彼女の胸の中心には、先週顕現した俺の能力が、くっきりとピンクのハートマークを表示していた。
紛れもなく、ピンクのハートマークである。
……なんで?
「一先ず、何処かで落ち着きましょう。この辺りは美津子と何度か来たことがあるから大体は分かるわ、着いてきて」
「ん、おう」
そう言うと花城はテクテクと先を歩いて行ってしまう。
俺はそんな彼女の後ろ姿をぼーぜんと眺めながら、首を傾げていた。
「……最後に会った時は、本当に少しだけインクが溜まってたけど、ほんと、ちょっとだった筈」
……それがほっとくだけであの量になるのか?
まるで誰かに継ぎ足しされたような、とにかくとんでもない「愛のインク」の増え方だ。
よーく思い出そうとして目を瞑る。あの日、まなかさんを支えると誓って、家に帰ったら花城が居たあの日だ。
あの時、花城の「好感度ハート」はどうだった。
……いや、やっぱりあの時会った瞬間に確認した。その時はこんなじゃなかった。
一体どういうことだ。
……櫻井が何かしたのか? ただの人間にこんな事が出来るとは思えないが。
何となく、寝ている花城に対して延々と耳元で俺の名前を呼んで催眠しようとする櫻井の姿が浮かぶ。
……そんな馬鹿な事ないか。やっぱり櫻井じゃないな。
そうなると、マジで何なんだ?
「……? 真田、どうしたの?」
「いや、なんでもない。今行く」
俺が動かないのを見て、彼女は心配そうな面持ちで振り返った。
首を振り、早歩きで彼女に近づく。
「ん。行きましょう」
花城は隣に並び立った俺を見ると満足そうに頷いて──それからぎゅっと俺の手を握った。
「いっ──!?」
「……!」
花城は俺の身体が硬直したのを良いことに、無理やり手を開かせるとわざわざ指を絡ませて恋人繋ぎにしてくる。
「えっ……!? ええっ……!!?」
思わず手と彼女の顔を何度も見るが、花城は相変わらずの真顔──いや違った、ほんのり頬が赤い。しかも小さく震えている。
なんなんだよ、ほんとに……
「っ……!」
そのまま足早に歩き出す花城。
俺は引っ張られるようにして、後を追いかける。
一体何が起こってるんだ。
ーーーーーーー
ボディタッチの多い女の子ってどう思う?
しかも垂涎モノのナイスバディで、同い年で、顔も綺麗で、髪も金髪のサラッサラで。
おまけに今日は何故かとても優しい。
「疲れた? 今日は暑いものね、何処かで休憩する?」
「コーヒー代くらい出すわよ。真田にはそれ以上に私の人生を救ってもらったんだから……これじゃ足りないくらい」
「そうね、もう少し時間ある? 映画でも見に行きましょう……ふふ、美津子のオススメだし、外れないと思うわよ」
俺はそんな女の子が居たら、自分の意思なんてこんなに簡単に消し飛ぶのかと思い知った。
とにかく、花城加奈子という女の子は魅力的だった。
笑顔が、気遣いが、会話が。
彼女の全てが、俺にとって心地よかった。
同時に、真っ当な恋愛って、こういう事なんだろうなと感じてしまう。
知り合って、認め合って、すれ違いもあったけど、わだかまりが解けて、仲良くなって。
これが、デートかと、そう思ってしまう。
催眠とか、そういうのじゃなくて。
ごくごく自然な青春。
心が温かくなるようなコミュニケーション。
……本当に俺、櫻井に酷いことしてたんだな。
これをふっ飛ばして、毎日身体ばっかり求めて。彼女を催眠で何もかも思い通りにしようとして。
最低だ、俺……まぁ別に今更櫻井を解放しようとは思わないけど。
でも、デートぐらいしようかなって。そう思った。すごい上から目線でそう思った。いや冷静に考えると今日は櫻井とデートするつもりだったんだけどね。
まぁ、細かいことは良いか。
「中々面白かったわね」
「最後あんなにバトル物になるなら前半のビックリ要素とか要らなかっただろ……」
「あはは、真田はびっくりして飛び跳ねてたものね」
「いや、3Dであれはビビるだろ……」
なんでも櫻井のオススメらしい映画の感想を言い合いながら、ゆっくりと駅に向かう。
もう解散だろうという気がしていた。
元々櫻井に騙された二人組で、ノープランで今まで遊んでいた。
それが段々緊張が溶けて、話してみると凄く気が合うって分かって。
お互い楽しくなって。
気がつけば日没が近づいてきていて。
ここらでお別れの時間が迫っていた。空気ですぐにわかった。
──まだ、別れたくないな。
櫻井にベタ惚れの俺にしては珍しく、他の女の子に興味を持っていた。
まなかさんのように美少女だけど全くこっちの話を聞いてくれないとか、櫻井みたいに催眠で雁字搦めになって挙句スタンガンなんてやり過ぎた行動に出る訳でもない。
生きた、生身の女の子。同級生の。
俺は一人の異性として、今日一日で痛いくらい花城を意識してしまっていた。
……我ながら、単純というか、何というか。
でも仕方ないだろう。何もかもはじめての事なんだから。
とっくに童貞を捨てたのに、俺はまだまだ初心で、童貞と大差なかった。
「──それでね、美津子ったらなんて言ったと思う?」
「さぁな、あいつの言動は時々ぶっ飛ぶからな」
「私ならバレずに殺せるよって。あの子、私が相談したら、なんの迷いもなくあのクソ親父殺そうとしてたのよ」
「一年の頃だったら櫻井がそんな事言う訳無いだろって思っただろうけど、最近考え違いだって気がついたよ」
「あの子、結構過激よね。その辺り分かってたから、段々と真田が悪いんじゃなくて美津子が暴走してるんだなって気が付いたの。それに真田は優しいから」
櫻井が思い切った行動に出るのは、今に始まった事じゃないらしい。
思わず笑ってしまった。
俺は最後の一言にちょっぴり照れて鼻の頭を掻きながら、なんとか会話を繋げる。
「……そう思ってくれるのはありがたいが、催眠能力なんて怖くないか?」
「だって名前を呼ばれたらアレになるんでしょう? そんなの防ぎようがないし、考えるだけ無駄よ……それに、真田の事は信頼してるから……」
「ん、最後なんて?」
「ふふ、絶対聴こえてたでしょ。言われて嬉しかったの?」
「……照れ隠しだよ、分かれよ」
「分かった上で言ってるの」
心地良い会話に身を委ねる。
そうして彼女は、感情豊かに笑う。
そんな彼女の笑顔に惹かれつつ、それでも心のどこかにはいつも櫻井を浮かべていた。
そうしないと、何処か人としてダメな方向に向かいそうになっていたから。
もう落ちてはいけない所に脚を踏み入れそうになっていたから。
しっかりと自制しているつもりだった。
彼女の次の言葉を聞くまでは。
「真田──まだ時間ある? 良かったらもう少し話さない? 私の家で」
俺は展開の早さに、言葉を失った。
何を言ってるのか分からなくて、震えた。
でもそれ以上に、すぐに頷きそうになってる自分に震えた。
やめろ、何をしようとしてるんだ。
あの日、花城に催眠しないと決めただろう。何のために、あの日彼女をそのまま返したんだ。
櫻井を置いて、花城を抱くなんていうことにしたくないからだろう。
櫻井以外に、俺のせいで、誰かの人生を狂わせたくなかったからだろう。
やめろ、断れ。
そんな思いとは裏腹に、俺の身体はあっさりと花城の言葉に頷いた。
「お邪魔するよ」
何言ってんだこの馬鹿。
そう思いつつも、徐々に股間に熱が籠り始めていた。
俺の中の下世話な悪魔が、人として最低な事を考え始めていた。