もっと早く書けるようになりたい……
つたない文章ですが楽しんでいただけたら幸いです。
それではどうぞ!
勿論、地中から這い出てきたわけではない。
小さい山間の村で生まれた。
昔話に出て来るような何も無い村では無い。
ある程度近代化された小さな農村である。人口はもはや限界集落一歩手前まで迫っているし、水道は無く井戸であり、ガスは無く、薪などで火を起こすし、電気だけはなぜか太陽光発電システムがあった。
真には父母が居ない。
そのため祖父に育てられた。
大自然に囲まれ、超少子化の村では真は宝物のように大事に大切に村民全員で見守っていた。
真には記憶が無い。
正確に言えば三歳から記憶が始まった。それ以前の記憶は一切無い。
そんな彼は周りに一人も同世代の子供が居ないため、遊び相手は基本、山である。
小さい子供が山道でうずくまっている。
別にお腹が痛いわけではない。ただ地面をじっと見ていた。
視線の先には黒い小さな行列が動いていた。
「アリさんどこに行くの~?」
自身と比べても遙かに小さいアリに話しかける真。
「そ~なんだ~がんばってね!」
独り言をアリに話しかけるように言うと、その場から離れた。
三歳とは思えない程の早さで山道を下っていく。
しばらくして川の河川敷に出た。
そこで今度は川の中を観察する。
じっと見る、見続けた。
何分経ったか、ピクリとも動かない真の側に巨大な陰が近づいていた。
そんなことに気がつくはずもなく真は動かない。
陰は真の横で止まった。
「あっくまさん!こんにちは!」
陰は熊であった。
山の主と評するには十分な巨体の持ち主。発情期でもなければ巣ごもりの季節でもない。しかしそれでも野生の熊なのだ。飼い慣らされた熊でも死亡事故が起きてしまうのに、純粋な野生の大熊が襲おうとすれば一瞬で命を刈り取られるだろう。
だが熊はそうしなかった。
真に顔を向けると、鼻をピクリと動かし小さく鳴いた。
「えっ?じいちゃんがよんでるの?」
「バウ」
「わかった!くまさんまたね」
手を振りながら真は去って行った。それを見送った熊は、川に入っていき獲物を探す。
齢九十歳。
その老人は自称している。
九十歳と言えばもう少しで一世紀生きていることになるが、人間そんなに長生きすると身体にガタが来るものである。
腰が痛い、肩が上がらない、ご飯が余り食べれない、物忘れが激しい、怪我が治りにくい、持病が増えていく……などなど多くのものが体力が無い身体にのしかかる。
しかし例外もまた存在する。
鉞を振り下ろし薪を量産していくその様は、自称九十歳には見えない。鍛え上げられた身体には細かな傷が入っていたが老人とは思えない肌の潤いがそれらを帳消しにしていた。
髪は白髪一色、口元に蓄えられた髭も同じく白い。それ以外で言えば男の全盛期の身体であった。
この中途半端に近代化出来ていない村ではなく、普通の村ならば、テレビが取材にきて取り上げるレベルの身体であった。
その身体の持ち主の名は、
武の祖父である。
「ふむ、今日はこの辺で良いか」
「多聞さんは今日も元気だねぇ~」
「わしらもそんだけ身体が元気だったら苦労かけねえのになぁ」
「なに、鍛え方が違うからな」
老いた村人たちの手伝いをして手際よく薪を積み上げていく。村人の大体は腰が曲がっているため薪を割るのも積み上げるのも一苦労なので多聞が村を回りながら老人たちの世話をするのが日課である。
いわゆる老老介護のような状態であったが、幸い村人の中にボケている人間はいない。
「あ、そうだ今晩、見慣れない人が来ると思うが儂の客人だから警戒しなくて良いからな」
「あら客とは珍しいねぇ」
「また教え子が来るのかね?」
「まあそんなところだ」
その後、世間話をした後、多聞は帰路についた。
真と多聞の家は二階建てで少し小さなものであったが二人暮らしには十分な広さであった。
「ただいまー!」
「お帰り、真」
真が元気よく戸を開けると釜戸でご飯を炊いている多聞が出迎えた。
「お風呂も焚けているから先に入ってきなさい」
「わかった!」
ドタドタと走りながら風呂場に向かう真、それを優しい目で見送る多聞。
その目には愛情、それと別の感情が宿っていた。
風呂から上がり、夕食をとり、真を寝室で寝かしつけた多聞は、壁に立てかけている時計を見る。
時刻は後数分で零時を指そうとしていた。
「そろそろか」
そう呟き、居間でその時を待つ。
秒針の音が響き渡る中、お茶をすすりながら客人を待つ。
零時を過ぎ、十分程たった。
戸を叩く音がした。
湯飲みを置き、立ち上がり、戸を開ける。
そこには金髪で黒いスーツに革靴、片手にはワインボトルという山村にはまるで相応しくない出で立ちをした、若い男がいた。
「…………髪色変えたのか?あと顔が前よりブサイクになってるぞ」
「久しぶりあって第一声がそれか……まあ良い」
「あ、声はあんまり変えてないんだな」
「……」
多聞の言葉になんとも言えない表情になった客人ではあったが、気を取り直して居間へ腰を下ろした。
「せっかく人間界でもまともなワインを持ってきてやったんだぞ?余り可笑しな事を言うと飲ませんぞ」
「ワインは好きじゃ無いから別に良いぞ」
「……」
「あとワイングラスは無いから湯飲みで良いか?湯飲みで良いな」
「…………」
せっかくのお土産を台無しにされた客人の表情は、怒りではなく、屈辱でもなく、涙目になっていた。
容赦なく湯飲みにワインを注ぐ多聞を涙目に成ながら見ているのだった。
「いや、嫌いなのにお前も飲むのか」
「好きじゃ無いとは言った。嫌いとは言ってない。せっかく土産を貰ったんだ飲まなきゃ失礼だろ」
「では次からはせめてワイングラスを用意してくれ……」
乾杯もせずに飲み始める多聞に、もはや何も言わず倣って飲み始める客人。
しばらくは言葉を交わすことなく、無言で飲み進める二人。
「…………」
「…………」
「……最近はどうだ?うまくやってるか?」
「部下に任せてるさ。私が表立って出ることはないよ」
「アイツらか、まだ喧嘩してるのか?」
「たまにだな、昔と比べたらただのじゃれ合いだ」
「アイツらも成長するんだな」
昔なじみの顔を思い出しながら、思わず頬を緩める多聞。
「人間と同じで魔族も変わらないと思っていたぞ」
「また心にもないことを言うな……私はともかくアイツらが聞いたらしい大声で否定するぞ」
「そうしたら、殴って黙らせるさ」
「昔と違って強くなってるぞ?」
「そうか……俺より強いか?」
その言葉に男は肩をすくめて否定する。
「それはないな。うん、絶対に無い」
「俺はもう歳だぞ?この身体も至る所にガタが来ているし」
「それでもだ、まだまだ貴方には勝てないよ」
「非常に残念だがもうお前を殺し続ける力はない」
「本当に?」
物騒なことを言いつつも二人の間には穏やかな空気が流れていた。
昔話に花を咲かせながらワインを飲み続け、いつの間にか日の出前の時間に差し迫っていた。
「もうこんな時間か……楽しい時は、アッという間に流れるな」
「なあにまた来るさ。今度はグラスを用意してくれよ?」
「考えておこう」
そそくさと帰る用意を調えた男は、玄関の戸に手を掛けて立ち止まる。
「…………なあ多聞、一つ聞いて良いか?」
「なんだ?」
「やはり“我々”の元へ来ないか?その方が貴方も安心して余生を過ごせるはずだ。孫と平和に暮らし続ける、それも人の人生の一つだろう?」
男は振り向かずに多聞に語り続ける。
「貴方は頑張った、人で有る身で“我々”を超えていき己の夢を果たそうとした。しかし……死んではどうにもならんだろう」
男の声には悲しみの感情が混じっていた。
多聞は少し悲しそうに答える。
「魔族、しかも吸血鬼のお前に言われるとはな……人はいずれ死ぬ。遅かれ早かれ命あるものはそれが定めだろう?それはお前も例外じゃない。たった一人で追い続けた夢だったがこの歳になっても果たせそうに無い…………だがな、この“俺”がただで死ぬと思うか?」
先程と一転して獰猛な笑みとなる。
「種は蒔きに蒔きまくった!その種もつぼみができつつある!後は咲くの待つだけだ!そしてその花の護り手も、すくすく成長しているし俺がみっちり教えている。たとえ俺がこの世から消えても俺の夢は叶うだろうさ」
自信たっぷりに言う多聞に、男は背中を向けたまま笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら、私は何も言わない。まぁ……他の連中が何を言うのかわからないが、孫が育ちきる前に貴方が死んでしまったら、面倒ぐらいみてやろう」
急に真顔になって多聞は男に言った。
「……お前に子育てできんの?娘ほぼ放置してなかったけ?」
「今は違うから!ちゃんとコミュニケーションしてるから!」
「なら良いが……しんみりした話をしたが、じゃあまた暇なら遊びに来い、今度は真が起きてる時間にな」
「では今度はお菓子でも持ってこよう。あと玩具も」
「ああ、期待してるよ」
最後はお互い笑顔になり、男は戸を開けた。
「またな遊佐多聞」
「またねエドウィン・ブラック」
多聞の友、エドウィン・ブラックは朝日に照らされる田舎道を堂々と歩いて行った。
「あ、エドウィン、その変装似合ってないから辞めた方が良いぞ!」
「大声で言うな!傷つく!」
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