※この作品はR-18です。

亡国機業は壊滅しました。   作:張三李四

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セシリア・オルコット《2》

 

「はひゅっ?」

 

 マキは自分の顔を指差した。美少女は棒の包みを取り去り、鞘を抜いた。現れた刀身が窓からの光で鈍く煌(きら)めいた。

 

「斬り殺されるだけの理由があること、貴様は、もちろん理解しているだろうな? 理解していなければ、三つ数えてやるから、思い起こして来世で省(かえり)みろ!! ひとぉーーーーつ」

 

 怒気をはらんだ美少女の容貌はむちゃくちゃ恐ろしい。マキは助命嘆願すべくマドカを見つめたが、当人は微笑むだけで何もしてくれない。

 

「ふたぁーーーーつ」

 

 脳裏に走馬灯がよぎった。眼前の美少女に対して酷いことをしたのは変えようのない事実だ。反省するか、もしくは開き直るか。どちらにしても死は免れない。

 

「はひゅっ、はひゅっ、はひゅっ…………」

 

 言葉を紡ごうにも極度の恐怖で言葉にならない。死の恐怖で身体が震え始め、緊張のあまりお腹が痛くなった。

 

「みっーーーーーーつ。…………死ネ」

 

 渾身の気合いが発せられ、刀身が打ち下ろされる。

 目を瞑ることすら叶わず、ただ、見開かれたマキの片瞳が白濁していくのみだった。

 ゴツッ、ガチャリ、という音が立て続けに鳴る。マキの前髪が数本、ハラリと落ちる。太刀の波紋がはっきりと分かるほどの近さだった。

 美少女の目玉が背後の影を確かめた。

 黒いスラックスを穿いた細い長身。丸襟のブラウスの上から緑色のサマーニットを重ね着ている。赤茶色に染めた髪を後ろに束ね、切れ長の瞳が細められている。

 その手には黒い九七式手槍(拳銃)が握られ、銃口を美少女の後頭部に押しつけていた。

 

「武器を捨てろ。そいつにはまだ使い途(みち)が残っている。まだ殺すな」

「はひゅ、はひゅ、はひゅ、はひゅ、…………」

 

 助かった、と言いたいのだが言葉がうまくでなかった。

 美少女の目玉がマドカに向く。マドカが首を傾げると、太刀を再び鞘へ収めた。荷物を余ったベッドへ乱暴に擲(なげう)ち、「部屋を替えてもらう」と言い捨て、青いタグを握りしめて出て行ってしまった。

 

「…………いっちゃったぁ」マドカが手を頭の後ろに組みながら言った。

「はひゅ、はひゅ、はひゅ、はひゅ、…………はひゅ…………はひゅ……」

 

 マキは胸に手をあてる。心臓の動悸が激しく、冷や汗が止まらなくなっていた。

 

「今の、篠ノ之箒か」助けてくれた女性が扉を見つめている。

「そ。あ(・)の(・)、篠ノ之ほーき」

 

 マドカが自分のベッドに跳び乗る。

 

「でサー、その拳銃。ホンモノ?」

「これか?」女性はおどけた笑みを浮かべ、マキに向けて引き金を絞った。

「……………………ちべたい」

 

 銃口から射出された水が顔にかかる。マキはようやく我に返った。

 

「たすかったぁー。鷺ノ宮さん、ありがとぉ」

 

 彼女は鷺ノ宮(さぎのみや)アユム。御印マキの教師役として企業から派遣された女だった。

 

「鷺ノ宮? そんな名前だったっけ?」

「通り名は。親が外国人でね」

 

 鷺ノ宮がマキを立たせ、旅行カバンから赤いタグを外し、デニムに付け替える。

 

「…………なんで?」マキが鷺ノ宮に理由を訊ねる。

「荷物を置いたら見学に行きたいって、昨日自分で言っていただろう。タグが学生証の代わりだから落とさないよう身に着けておくんだ」

「あぁ……昨晩、そんなこと口にしてたね」

 

 鷺ノ宮は首紐に赤いタグを結わえている。

 いつの間にか近づいてきたマドカが彼女の胸元をのぞきこむ。

 

「わっ赤タグじゃん。IS持ってきたの? まさか、重装騎馬(カタクラフト)???」

「…………知ってたか」鷺ノ宮が嘆息する。

「だって有名だよ。わーーっ、今年はすごいのが来るって聞いてたけど、わーーっ」

 

 マドカは一人で盛り上がったあと、急に黙ってマキを見つめる。

 

「え? 何とか印さんも赤タグ、だよね。……なんで?」

「悪いかぁっ」

 

 大声を放ったあと、ハンドタオルで顔を拭き、弓道の道具を風呂敷に手早くまとめる。

 鷺ノ宮の手を引き、扉の前に立つ。後ろを振り返って声をかける。

 

「マドカちゃん。一緒に来る? 見学ーー」

「いくいくー。暇だもんっ」

 

 昇降口で靴を履き替え、学生寮の外に出る。桜並木を抜けると、IS学園の正門があった。

 女性の警備員にタグを見せ、見学だと伝える。来客用入口と弓道場への道を聞き、三人で連れだって離れた。

 風が強く吹いている。桜吹雪が舞い、どこからか舞い流れてきた露が滴りおちた。

 

「つめたいっ」マキが頬の水滴を拭った。

「雨?」

 

 鷺ノ宮が宙を見上げたが、雨雲はどこにもなかった。すぐにマドカを睨んだが、彼女はキョトンとしている。

 校舎の裏に回って弓道場はすぐに見つかった。袴姿の女子高校生が談笑していて、マキたちを見つけて歩み寄ってきた。

 

「君たち、見学?」

「そうです。わたし、入部希望なんです。ふたりは付き添い」

「本当? さっきも入部希望の新一年生が来ててね、中を見学してもらってるけど、君たちも見る?」

「いいんですか?」

「もちもちー」

 

 マキが案内されるまま道場に上がる。鷺ノ宮は落ち着きがないマドカの手を引っぱってついてきた。

 

「今年は豊作じゃん」部長と描かれた編み笠を手に持つ少女が言った。

「ちがうって、この子だけー」マキを指差す。

「よろしくおねがいしまーす」

 

 先客がいた。ロングの黒髪をグレーのヘアピンで止めた、私服姿の少女だった。スカートのポケットに、ストラップと一緒に結わえられた白タグが見える。

 胸当てをつけて矢をつがえているところだった。

 部長は彼女にひと言断ってから離れ、マキのデニムに目を止めた。赤タグを見つけて、一瞬目を丸くした。

 

「名前は? 経験者?」

「御印マキと言います。弓道は中学の部活道でやってました。あのー、部は何人くらいいるんですか?」

「全部で七人。五年生がひとり、三年生が三人、二年生が三人。籠手を持ってる? 今日はわたしらだけだから特別に射(う)ってもいいよ」

「……いいんですか?」

「弓は…………マキちゃんは何キロ使ってた?」

「ええっと、ここには、何キロまであるんですか?」マキは立てかけてある弓の群れを見やった。

「一番弱いのが八キロ、一番強いので十八キロ。点五刻みで一張ずつあるよ」

「じゃあ、十六キロを使います」

「…………重いよ?」

 

 マキは笑ってうなずく。

 風呂敷を解いて準備をしながら、鷺ノ宮を呼んだ。

 

「頼みがあるんだけどぉ」

 

 風呂敷内のポーチからレーザー距離計を取り出して渡す。

 髪をまとめ、弓籠手と胸当てをつけ、練習用の矢を借りる。

 射場に立つと、先客である新一年生が弓を正面から打ち起こす。

 

(一〇キロくらい?)

 

 矢が弓なりになって飛んでいった。

 的に刺さるまで眺めてから、マキは一矢目を番えた。

 

「お、斜め打ち起こし。珍しー」部長が皆に聞こえるように呟く。

 

 マキの射法は会の時間がほとんどない。照準の調整を必要としていないからだ。一射目は安土に刺さった。目測で立ち位置を調整し、さらに視線を後ろにずらして、床に置かれたレーザー距離計と爪先の位置を合わせる。

 

(これぐらい?)

 

 二射目を番(つが)える。放つ。ドスン、と的に当たった。

 矢を番え、当てる動作を六回繰り返す。

 

「完っ全っな、当(あ)て射(しゃ)だねー」部長が呆れ交じりに笑う。

 

 当て射とは的中率を優先し、射法の型を無視したやり方だ。マキの場合、会だけでなく、射法八節の残心の時間も他の者より短い。

 マキはそう言われることに慣れていたので笑って返した。

 

「よく言われまーす」

 

 弓道場を辞して校舎へ向かう。

 校舎内はよく磨かれ、新品のようだった。通っていた中学校と比べ、あまりにも設備が整いすぎており、マキは驚くしかなかった。

 天井に油絵風の絵が描かれており、しばらく立ち止まっていたが、急にマドカの声がしなくなった。

 目移りするたびに跳ね回ってマドカは両膝を閉じてモジモジとしている。

 

「おしっこ?」マキが言いやる。

「トイレ行きたい」マドカが頬を赤らめ、小声で答えた。

 

 前を歩いていた鷺ノ宮が「おーい」と呼ぶ声がした。

 指差した場所へと目を移せば、WCとある。

 マドカが小走りになって駆け出す。鷺ノ宮も一緒になってお手洗いに消えたので、マキは壁にもたれかかって待つことにした。

 

(赤タグかー。みんなチラチラ見てくるだもんなー)

 

 タグの色は入学時点での新入生の立場と価値を示していた。白、銀、青、赤、黒の五種類ある。

 白は一般入試合格者だ。学科/実技/面接を経ている。

 銀は一般入試で優秀な成績を修めた者だ。超難関かつ超難しい試験を突破した、エリートだ。新入生のほとんどは白か銀のどちらかになる。

 青は代表候補生内定者。入試は学科が免除され、実技確認のみである。また専用機保有が確定しているが、何らかの理由で納入遅延を起こしている場合も青になる。

 赤は専用機保有者。入学式の時点で学園内に専用機を保有している者、という意味だ。この場合、入試は存在せず、書類にサインするだけで入学できる。

 最後に黒。条件付きで入学が認められた者、という意味だ。障害等により介助が必要で、身体障害者手帳を有する場合が該当する、らしい。

 

(わたしの場合だと、一般入試は突破不可能だったんだなぁー。『E(門前払い)』だから)

 

 IS適性はものすごく重要だ、とブリスベンで耳にたこが出来るくらい聞かされた。どうして動かせるんだ、ともセットで聞いた。滞在の最後のほうでは剥離剤(リムーバー)なる道具を用いて「何か」を引き剥がそうとしたが、失敗に終わっている。

 

(学科やばいよー。アユムに教わってたけど、腹を切って自害するまでやらないと退学だぞって脅されるくらいの成績ぃ…………)

 

 不安すぎて涙が出てくる。困難な障害が多すぎるのだ。

 

「はうううううっ…………」

 

 本当に頭を抱えようと、両手を顔の高さまで持ち上げる。

 だが、このとき、マキは異常に気がついた。

 先ほどまで、空間しかなかった場所から突然、女が出現した。

 

(ふぁぁぁぁあああ、ち、痴女がガガガガ)

 

 全裸の女はマキの前で腰をくねらせ、ブルネットの髪を掻き上げる。

 腰を下ろし、膝をM字に折って、見せつけるように手指を股間に這わせた。踊りながら腰を振ってみせ、激しく淫核(クリトリス)を擦って見せた。

 マキは目を丸くしながら震える手をデニムのポケットへと忍ばせた。スマートフォンのスイッチをたたく。

 

(ふ、ふ、ふ、不審者! もとい、変態がいるうううう!!!)

 

 全裸のブルネット女は寝そべり、脚を広げて、両膝の刺青(タトゥー)をこれでもかと強調した。

 

「オ、お、お、お、お」

 

 女は淫核(クリトリス)をこねくりまわして、舌を出しながら天井の絵画を見つめて気を遣った。

 盛大に潮を噴き出す。あまりにも勢いが強かったために、呆然と立ち尽くていたマキの衣服に降り注いだ。

 

「痴女が! 変態が! 廊下に!」

 

 全裸の女は、気を遣った余韻もそこそこに立ち上がると、高笑いを残して全速力で走り去る。そして、あたかも光学迷彩を起動させたかのように徐々に透明になっていき、景色のなかへと溶け込んでいった。

 

「すごいよっ! ここのトイレ、個室! 広い! ………………うわわっ!」マドカが一本立ちになって鷺ノ宮に寄りかかった。

 

 マキの足下に水たまりができていた。先ほどの女が遺した、うれしくない置き土産である。

 

「い、今、変態が」マキは震えながら説明しようとした。

「どんな?」

「全裸の、草薙素子が、目の前で公開オナニーして、高笑いしながら光学迷彩で逃げたんだよー。頭おかしいこと言ってると思うだろうけど、本当なんだよっ」

「………………漏らしちゃったの、ごまかしてない? 服、ちょっと濡れてるよね?」

「違ぁぁぁうーーーー! ホントなんだって!」

 

 

 




次話、『セシリア・オルコット《3》』投稿まで少々お待ちください。
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