亡国機業は壊滅しました。 作:張三李四
「マドカちゃん、…………この人だかりは、なぁに?」
マキが学習室へ向かう途中だった。
寮の一室を少女たちの群れが取り囲み、動向をうかがっている。
みな、早めの夕食を終えているのか、誰もが寝間着姿だった。
テテテテ、とマドカが小走りになって群れをかき分けていく。部屋は1025号室だ。
「すみません。これは何の集まりなんですか?」
マドカが人だかりの一人話しかけた。
「ここは、なんと、織斑一夏くんの部屋なんだよっ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「礼はいらないぜっ」
マドカがマキの元に戻る。「みんな男子が気になって仕方ないって、言ってましたよ?」
確かに興奮冷めやらぬ、と言った顔つきばかりだ。マキはいつになく落ち着いていた。
「人様の生活を覗くのは良くないよ。学習室に行こう?」
「…………え? 頭がおかしくなってない?」
マキの様子にマドカが目を剥く。マドカの暴言を聞き流せるほど、心は穏やかなのだ。
(ふふふ…………気持ちよかったなあ、篠ノ之さん。今まで我慢していたのがバカみたい………………)
日本に帰国し、鷺ノ宮が自宅に下宿してからはずっと勉強漬けだった。鷺ノ宮はマキの眼球白濁について調べており、片瞳が濁らないよう特製のトローチを作っていた。だが、トローチは予防にはなっても、今日のように濁ってからでは意味をなさない。
(篠ノ之さん、絶対、男つくって遊んでたと思う…………じゃなかったら、あんなに感じちゃったりしないもん…………)
そこまで考え、マドカを見やる。視線に気づいた彼女は、少し引き気味に後ずさった。
「なんとか印さん…………変な気持ちになってませんか? こっちは、変な気持ちじゃないので、触ったら通報しますよ?」
「マドカちゃん。もしお金を払うとして、いくらだったら許せる?」
普段なら口にできない内容だが、今は明鏡止水の境地にあった。思っていたことをそのまま口にしていた。
「じゃあ、十万円」意味はお断り価格だ。
「あーーーーーー……………………」もちろん、マキはそんな大金を持っていなかった。
群衆がざわめく。マキの視線が扉に向く。
(篠ノ之さんだ!)
篠ノ之箒は1025号室で寝泊まりしていたのだ。つまり、室内には彼女の知り合いがいるということだ。だが、織斑一夏と篠ノ之箒の接点がどこかにあっただろうか。もしかしたら、あったかもしれないが、疲れ切っていて気づかなかった。
少女たちを一瞥し、「ふう…………」とため息をつく。
特に何かを話すわけでもなく、箒はドアノブを握った。
「うっ、わわわわわっ! すまんっ! ごめんなさい!」
扉を開けると、一夏の頭が見えた。彼は酷くあわてた様子で謝りながら足を滑らせ、そのまま後ろに倒れてしまった。
「ッ痛ッテテテテ…………」
一夏は受け身をしたとはいえ、腹に衝撃が走ったようだ。咳き込んでから、ゆっくりと目蓋を開け、固まった。
一夏は何度も瞬きする。箒の太ももの中心、布地があるはずの場所には、艶やかな黒毛が茂っていた。
「え、何も、
箒が顔を紅潮させてスカートを押さえ、一拍おいて飛び退いた。
「い、い、いちか…………見た?」
一夏は首を縦に振りかけ、思い直したのか左右にブンブン振った。
「見てないぞ。見てない。俺は、何も見ていない! 天地神明に誓って、見ていない!!」
「………………では、なぜ、お前がこの部屋から出てきた………………もしや」
箒は最悪の想像をしたのか、
一夏は殺意の波動を感じとり、上半身だけ起こした態勢で後ずさる。
「はっ、はっ、はっ」一夏が後ろを振り向き、何度も首を縦に振る。
「…………認めたな」箒がスゴイ表情になっていて、一夏は振り返ることができない。
マキたち群衆も箒の表情がわからない。ただ、憤怒に駆られているのは確かだ。
1025号室の扉の奥から、白く長い足、ガーターベルトが見えた。編み込んだ金髪をたなびかせ、ぶっきらぼうな言葉が飛んだ。
「ハハっ、コントかっつーの」声の主は制服の胸元と大きく開き、黒いレースの
自分のスタイルへの自信が満ちあふれた、その姿に少女たちは耳を傾けてしまう。
「ウケるわー。だからオメーは、詰めが甘いんだよ。隙だらけッつったろ」
「え?」「先輩?」「ここ、一年棟だよ、どうして?」
少女たちが口々に言う。思いあたった名前を誰かが呟く。「ダリル・ケイシー」
「ア?」女がギロリと威圧するように睨む。
「…………ダリル、…………」奥から楚々とした声が響く。
薄いブルーのワンピースを羽織った少女は、両瞳を閉じたまま壁を伝いながら廊下に出た。
「黒タグの…………」
言葉が伝染する。彼女の姿形は織斑一夏に次いで有名だった。
「チッ!!」ダリルが苦りきった顔で舌打つ。
ワンピースの少女が一夏を助け起こした。
彼女は見えていないにも拘わらず、箒のほうを向いて、片瞳を開ける。光を失った、鈍い
「事情、を…………聞きましょう。…………」
「お、俺も、今日から寮生活なんだ。1025号室に住むんだよ……」
「…………本当に?」
「まさか、同じ部屋に、女の子が、いるなんて、思うわけないだろっ」
「女の子? …………まあ、確かに」箒は歯切れの悪い様子だ。
「はいはいはい、終わった。終わった。誤解は解けた。オレは帰るからな。……つか、オレはテメーのメイドじゃねーんだ。もうちっと着替えやすいやつにしろよ。ケッ、オレばっかテキトーに扱いやがって」
不機嫌を隠そうともせず、ダリル・ケイシーが人混みを割って去って行った。
「…………みなさま。織斑一夏さんは、わたし、クロエ・クロニクル、の、ルームメイトです。篠ノ之箒様は、この部屋に、勝手に居座って、寝泊まりしているのです。…………箒様が怒る道理はありません…………」
箒はきまずい様子で押し黙った。
頭を振りながら、群衆へと向き直る。マキの顔を見つけて睨みつけた。
(ヒイッ!!)
あわててお守り代わりのスマートフォンを掲げる。
「解散。悪かった。私の誤解だった。さっさと帰れー」
箒がクロエを室内に押し込み、扉を閉める。少女たちが帰り始めたので、マキも早足で学習室へと向かった。
↓
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翌日、マキはマドカと一緒に朝食を摂っていた。
ビュッフェ形式の食べ放題だ。和食中心のマキと違い、マドカはパンとサラダだった。
「IS学園は食事がいいって、聞いてたんだよー」
マドカが足をぶらつかせる。マキはもう一切れのパンに手を伸ばす。手の甲をはたかれて傷ついた顔になった。
「欲しかったら、あっち。手癖悪いよ?」
「ごめんなさぁい。調子に乗りました……」
マキは一晩明けても昨日の余韻に浸っていた。
周囲を確かめ、箒の姿を探す。箒は一夏とクロエ・クロニクルと一緒に朝食を摂っていて、隙をみせないよう気をつけているようだ。
「で、昨日、予習したの?」マドカが本題に入る。
「したよ。マドカちゃんこそ、したの?」
「決まってんじゃん。私、飛び級した、天才だよ?」
マドカが自慢げに胸を張る。ブラをつけていないので、ブラウスに二つのポッチが屹立した。
味噌汁をすすった。鷺ノ宮が遅れてくるはずだったが、まだ姿を見せない。
(鷺ノ宮アユムは朝弱くないはずなんだけど…………)
もの思いにふける。むしろ、朝が弱いのはマキ本人だった。鷺ノ宮は企業代表だけあって、社会人だった。献身的で勉強熱心だ。…………あくまで、マキの主観ではあったが。
「ねえ、ねえ」
マドカが聞いてきた。
「アレ、見てよ」マドカが顎をしゃくる。
導かれるまま、視線を移す。セシリア・オルコットがメイドに傅かれて、優雅に朝食を摂っていたのだ。
「あの空間だけ、空気が違うよ…………」
セシリアは朝の紅茶を愉しみながら、コックリ、コックリ、と頭を揺らしている。
「熱っ…………」
セシリアは周囲の注意が自分に向いていないことを確かめ、紅茶の入った器を置いた。
「チェルシー、熱すぎますわ」
「適温です。ダメならフーフーしてさしあげます」主人を甘やかすダメなメイドだった。
「いいえ、それは、さすがに周囲の注目を集めてしまいますわ」
「でしたら、冷めるのをお待ちになってください」
「そうしますわ、チェルシー」
セシリアはそう言うやいなや、もう一度紅茶に口つけたが、まだ熱いらしく舌を出した。
結局、鷺ノ宮は食堂に現れなかった。制服に着替えて登校し、授業に臨んだ。
(ううううううぅ、…………頭があ、頭があ…………)
授業の内容が脳の許容量を超えていた。抽象化された数式が脳内を飛び交っている。消化不良のあまり、マキは机に突っ伏した。
呻くうちに始業のベルが鳴った。三限目。詰め込み教育が始まった。
突っ伏したまま横を向く。セシリア・オルコットがうつらうつらと船を漕いでいる。
四限目。脳が火を噴いた。
「織斑」
授業が始まるなり、織斑先生が一夏に声をかけた。
「済まないが、お前のISは搬入がギリギリになる」
「へ? IS?」
教室がざわめく。「ISだ……」「ISが来る」「すごっ」
「特別に専用機を用意した。
「それって…………」「VIP待遇うううう」「いいなあ、専用機、いいなあ」
「お前の存在は日本国が認めた。…………とはいえ、データ収集目的での専用機だ。相川、教科書六ページを音読しろ」
「は、はいっ」
相川清香が教科書を持ち上げて朗読した。言い終えて席に就くと、生徒のひとりが挙手した。
「せんせー、アイツってもしかして、篠ノ之博士ですかー?」織斑先生と篠ノ之博士が同郷であることは有名な話である。
「そうだ」
「じゃあっ、篠ノ之博士が設計したISってことですよね。スゴイ!! ………………
生徒が箒に首を向けた。
「じゃあ、篠ノ之さんは、関係者ってことですか?」
「そうなる」
「うそっ、有名人…………ISも…………」
「先生」箒が言った。
織斑先生が意図をくみ取って首肯する。
「篠ノ之は篠ノ之束博士の妹だ。そして、現在の《シノノノ》の最高責任者でもある」
「え? まだ高校生」
「姉はいま、
「なるほどっ。おめでとうございますっ。いつご出産?」
「
マドカが不敵な表情でつぶやく。「ふふーん。つまり、篠ノ之箒は、オバさん…………」
「聞こえているぞ」「んんん? 何か言いましたっけ?」
(マドカちゃん…………
再び横を向くと、セシリア・オルコットが爆睡していた。
次話、「セシリア・オルコット《5》」投稿まで少々お待ちください。