亡国機業は壊滅しました。 作:張三李四
「わたくしのお願い、聞いてくれますわね?」
セシリアが言った。SHRが終わった直後で、鷺ノ宮が手早く荷物をまとめているところだった。
(なんだかんだ言って同室だし、声をかけやすいのかなぁ…………)
屋上での一件で、セシリアは鷺ノ宮に気を許したのではないか。マキは荷物をカバンにまとめて、放課後の行動計画を確かめる。今日こそは弓道場に行こうと考えていたのだ。
「御社の所属パイロットにマナー講座を
鷺ノ宮は顔をしかめた。
「いま、無償で、と言ったろう。それに、元はと言えば、オルコットの失態が原因だ」
「鷺ノ宮さん。あなたに選択肢はありませんの。その証拠に………………」
セシリアがスマートフォンを取り出し、鷺ノ宮にだけ確認できるよう画面を見せつけた。鷺ノ宮の視線が下がって凝視する。目蓋を閉じ、今度はセシリアを見上げた。
「…………承知した。どうすればいい?」
「御印さんも一緒に来てくださいまし」
自分の名が話題に出た気がして、マキは鷺ノ宮に首を向けた。
「呼ばれた気がしたんだけど…………」
セシリアがスマートフォンをしまいながらマキの元に向かう。
邪気のない笑顔で告げた。
「御印さん。申し訳ないのですけれど、放課後、ご一緒しましょう」
「え? 今日は部活に行くんだけど…………」
鷺ノ宮の表情を窺う。彼女には予定を伝えてあったはずだ。
しかし、顎で従うように促される。
「えぇーー。直前で予定変更とかやめてよぅ」
だが、IS学園の生徒はISを優先する、という不文律があった。
マキはカバンを持って、国津に手を合わせた。
「ごめん。行けなくなった」「いいよ、いいよ。そっちを優先して」
マキはセシリアについてくるよう言われて、歩き続けた。第三アリーナに寄って、セシリアがロッカーからナップサックを取り出して渡された。
「今から向かう場所でナップサックを開けてくださいまし。その場所に到着するまで開けてはなりません」
「…………怪しい」マキが注意に構わず開けようとした。
セシリアが無言でスマートフォンを取り出す。
「御印さん。中身を確かめる前に、こちらの画面を確認してくださいませんか?」
「んー…………!?」
マキの
画面には、布仏本音を犯した夜の姿が映し出されていた。
マキはスマートフォンを奪おうと手を伸ばしたが、空振りだった。
「ですから、わたくしの指示には従わなければなりません」
「何で…………」
「わたくしからのお願いがあります。御印さんや鷺ノ宮さんにも悪くない話だと思いますわ」
「じゃぁ、ここで言ってよ…………」
「ここでは、ダメなのです。わたくし、良い場所を知っていますの。だから、その場所に着いてからお教えしますわ」
セシリアが酔いしれるような口調で告げる。
「御印。従え」
釈然としないままセシリアと後を追う。
「公園のコンビニ…………?」
セシリアはマキたちをコンビニに案内していた。そこで、マキに一万円を渡した。
「そのお金で2Lの水を4本。手ぬぐいはあるだけ、ガムテープを1巻買ってきてください」
「う、………………うん」
セシリアは笑みを絶やさなかった。不可解な指示に釈然としないまま、言われたとおりの商品を買った。
「では、参りましょう」
セシリアが案内したのは、コンビニから五分ほど歩いた場所にある、ガラス張り、一階建ての建物だった。入口と思しき場所の前に立つと、引き戸がスライドして開いた。マキたちはセシリアの後に従って中に入った。
扉が閉まる。マキは踵を返して、引き戸を触り、押したり引いてみたりしたが、動かなかった。
「ダメだぁ、出られない。密室だよぅ…………」
「ここは…………?」
鷺ノ宮はナップサックを足下に置いてから訊ねた。
「貸し会議室ですわ。ちょっとしたコワーキングスペースとして使えるようと、わたくしが出資して造らせましたの」
セシリアは慣れた様子で納戸を開けた。「買った荷物はこちらに」
マキが袋ごと渡す。納戸に購入物を並べ、セシリアはマキを見やった。マキは両手を大きく挙げて外に向けて手を振っていた。
「あぁ…………助けを求めようとしても無駄ですわよ。ガラスに調光フィルムを貼って施工しています。今、この建物は外から中が見えないようになっていますわ。あと、壊そうとしても無駄です。耐衝撃防弾ガラスですから」
セシリアは直立したまま告げた。
マキはスマートフォンを取り出し、助けを求めようとした。
「圏外になってる…………Wi-Fiもダメ…………なんで」
「企業秘密ですわ。わたくしが軍産複合体の前社長令嬢だということ、ゆめゆめお忘れ無きよう。電波妨害程度のこと、容易くできますの」
「オルコットさん…………何が目的なのぉ…………」
マキの瞳に恐怖が浮かび上がる。
「わたくし、悪いことをしようと思いまして。おふたりには、その悪いことを手伝っていただきたいのです」
「わるいこと…………?」
「そう。悪いこと。IS学園を爆破しようとか、おふたりの身体に爆弾を埋めこんだりとかではありませんわ。安心なさってください」
「安心ができない。オルコット、お前のやっていることは
「おお怖い。鷺ノ宮さん、とても怖い顔をしていますわよ。人でも殺しそうな雰囲気ですわね…………いいえ、《
セシリアは後ろ髪をたくし上げる。手を離し、髪がばらける。セシリアは笑みを浮かべたまま、リボンを解き、制服を脱ぎ始めた。衣擦れの音がして、イヤーカフスを外し、全ての衣服から解放された。
「全て、外しましたわ。これで多少なりとも安心しましたか?」
「ISまでも…………」
「え、IS?」「耳のカフスだ。待機形態だった」
セシリアはナップサックを開け、中からISスーツと思しき服を取り出す。着用し、指先を擦り合わせた。
「わたくし、幼い頃からずっと、悪いことがしたくてたまりませんでしたの」
言って、ナップサックを開けるように指示する。
マキと鷺ノ宮は無言で従う。中は、セシリアが身に着けたようなISスーツと思しき服だった。
「服を脱いで着用なさってください。着終わったら、首の後ろを指で叩いてください」
マキは半信半疑のままISスーツような服へ着替えた。首の後ろをたたくと、背筋に電気が走ったような感覚に襲われた。
「なに、これぇ…………」
壁の一面が鏡面に変化する。鏡に映っていたのは、少女ふたりではなく、髭を生やし、作業着姿の労働者風の男二人だった。
セシリアが首の後ろをたたく。瞬く間に服が代わり、ブルーのワンピースドレスに変化した。
「首の後ろをたたくと、こうやって衣服が変化しますわ」
もう一度たたいた。今度は、全裸の女だった。
「あーーーー! 光学迷彩の」マキは全裸の女に見覚えがあった。
入学式前日、見学で訪れた校舎でマキの前で全裸オナニーを疲労した痴女だ。
「戻しますわ」
ブルーのワンピースドレスに変わった。
「この装備、光学迷彩…………」
「軍用のISスーツです。これ一着で数千万ほどしますわ」
「ぅぅ…………す、数千…………」
「わたくしのポケットマネーで開発していますの。軍事用、ということになっていますが、よりコストを下げて民生用として売れないか、と考えています」
「で、悪いこととは? なぜ私はこんな労働者風情に」
「悪いことのためですわ。…………ところで、おふたり、入学式から今日まで、わたくしがどのように見えましたか?」
「寝てた。あと織斑くんに喧嘩売ってた」マキが即答する。
「部屋にいなかった。メイドさんとしか顔を合わせなかった」
「そうなのです。今回の留学に、とても期待していました。幼い頃よりずっと大人たちの監視下にあり、息苦しかったのです。大きくなれば羽目を外せると思っていましたが、両親の遺言で、わたくしが成人したら、社長の職を譲るよう取り決めが叔父を含む役員となされていました。わたくし、長い間、才色兼備でかつ清楚な深層の令嬢として、自分を偽って過ごしてきました。だからこそ、学生だけの寮生活に憧れていたのです」
「それでそれで?」マキが相づちを打つ。
「恋愛こそ学生の本分ですわ。しかし、恋愛の果ては
セシリアはナップサックのなかから封書を取り出す。
「織斑一夏さんに喧嘩を吹っかけたのは、これが恋愛のきっかけになるだろうという予感があったからです」
「でも、すごかったよ」放送禁止用語連発だった。
「やりすぎなくらいやれば、激高し、わたくしに喰ってかかるだろうと思ったのです。怒りに駆られて、部屋に押しかけ直談判しに来るだろうと、興奮して眠れませんでした」
「あーーーー…………」
「だというのに、篠ノ之さんに略奪されてしまいましたわ。ミスを自覚したわたくしは、本来の目的である悪いことに立ち返ることにしたのです」
「さっきから悪いこと、悪いことって」
「恋、愛、性。恋愛は長期戦ですが、性ならば短期決戦が望めます。このスーツを使って迫り、強引に一夏さんを物にするという手も考えましたが、わたくし、リスクは取れませんでした。性の行き着く果ては妊娠、出産です。かといって、性への興味は尽きません。どうすれば良いのか、自問自答しながら走ったのです。運動すれば煩悩が振り払えるかと考えました…………しかし、わたくしは出会ってしまいました」
セシリアはじっとマキを見た。脱ぎ捨てた制服からスマートフォンを取り出し、動画を再生した。
「…………お前」鷺ノ宮がマキを睨む。
動画は本音の喘ぎ声とマキの囁き声を捉えていた。
『大丈夫、おとこのこじゃないよ、
もう一度再生され、マキは乾いた笑い声をあげていた。
「このスーツが光学迷彩機能を有すことはご存じですわね。火曜日の夜、わたくし、見た目は全裸で、光学迷彩で公園を走っていましたの。驚きましたわ。クラスメイトがいきなりいたし始めたのですから」
「………………んまぁ、あのとき、ね…………」
「悪いことをしている、倫理観に欠けることをしていると思っていましたのに…………御印マキさん、あなたは、ほとんど面識のないクラスメイトを野外で犯し、和姦に持ち込むという、犯罪まがいのことをしでかしていたのです。…………わたくし、コレだ、と思いましたわ」
「犯罪まがい、じゃないぞー。御印は、息を吸って吐くように、欲望のままに動くやつだ。理性が溶けていて見境がない」「アユムーーーー違うって、わたしだって我慢してるよっ!!!」
何度か手をたたく音がした。マキと鷺ノ宮の会話が中断する。
「長くなりましたが、わたくしからの提案です」
セシリアはふたりの注意が向いたのを確かめ、ニコリと笑ってみせながら封書を差し出した。
「ロールプレイ、ですわ。わたくしに
次話、『セシリア・オルコット《12》』投稿まで少々お待ちください。