亡国機業は壊滅しました。 作:張三李四
「おはよう。遅れずに来たな」
1025号室の扉を開け、緊張した面持ちで制服に身を包むティナ・ハミルトンが立っていた。
ティナを連れて室内に引き返す。織斑一夏は朝食のため食堂に行っていていない。部屋に衝立が置いてあって、ベッドの側でふたりの上級生が屈んで作業している。
「おはようございますー。今日からアルバイトすることになったハミルトンです☆」
ダリルが手を止めずに一瞥する。
「おっす、新入り。オレはダリル・ケイシーってんだ。フォルテを手伝ってやれ」
「左にいるのがサファイア先輩だ」「よろしく」
「よろしくお願いしまーす」
ティナがサファイアが抱えている段ボール箱を支えた。
「来週以降、先輩方の仕事はティナに引き継ぎます。仕事を教えてやってください」
「仕事ったって、朝はこいつの着替えしかねーぞ。服着せる順番を覚えろ」
「…………っす」サファイアが頷く。
「は、はーい。…………重っ」ティナは指示された荷物を取り出し、あまりの重量感に呻いた。
「そういうこった。重いんだー」
箒は並べられた器具を装着順に並べていく。
携帯式投影モニターや収納用の細い筒、妙に重いヒール入り靴。徽章入りアクセサリなどなど。
それらを包み隠すようなワンピースドレス風の制服。
「よっと、終わり。しめて二十分ほど。どうだ、簡単だろ?」
「着付けが面倒そー」「面倒なんだ」箒がぼやきに応じる。
「…………ありごとう、ございます…………。ティナさんも、これから、よろしくお願いし、ますね…………」
クロエがティナの顔に向けて微笑む。
本当に見られているような気がしてティナがドキッとする。
「クロエに関する制限事項だが、基本、守秘義務契約を守りさえすればいい。あとは、両眼を直視しないこと。もし見てしまったら真っ先に私に言え」
箒はクロエにも釘を刺す。
「クロエはティナを両瞳で見ないこと。わかっているな」
「重々、承知しております…………」
クロエは深々と頭を下げた。
「っよお、新入り。バイト代はどうせ端金、なんだろ? 可哀想になあ」ダリルがなれなれしくティナの肩に手を回す。
「え…………こんくらい?」指を二本立てた。
ダリルとサファイアは具体的な金額と待遇を聞いて地団駄を踏んだ。
↓
↓
↓
昼休みになり、箒たちはダリル、サファイアに先導されて学食にいた。
ダリルはテーブル席にひとり、先んじて食事を摂っていた二年生を
「うわぁ…………」
一夏がダリルから目を背ける。
各々席に就いたが、様々な事情からダリル、フォルテ、クロエ、箒、ティナ、一夏の順になった。一夏を狙っていた生徒たちは、皆ダリルに目をつけられたくなくて近づけずにいた。
「ほ、箒。奥の先輩は…………」
箒が上級生を簡単に紹介した。
「で、この子は」
「わたし、ティナ・ハミルトン。よろー☆ 一年二組。織斑一夏くんだね☆」
「…………よ、よろしく」
一夏は差し出された手を握り返した。上下にブンブン振られて、少し引き気味だ。
「織斑くん。どこ出身?」
「電車で一時間くらいのところ。寮生活したほうが通学が楽なんだよ」
「そうなんだねー。一夏くん、可愛い顔してるよねー。姉ちゃんが好きそー☆ 姉ちゃんに紹介したげよっか。姉ちゃん、ものすっごい美人だし、年下好きだから喜ぶしー」
「い、いや、また今度で」
「残ねーん」
(昨日も同じようなことを聞いた気がする…………お姉さん、いたんだな…………)
箒は食事を摂りながら、隣のティナの話しぶりを聞いていた。
ティナが話を区切る。食べ物を咀嚼したのを機に、一夏が訊ねた。
「あの、先輩方はISを持っているんですよね」入学式の日、ダリルがISに搭乗していたのを目にしての発言だった。
「あ、どした?」
「さっき、織斑先生からISが、専用機が届くって聞いたんですが、初めて乗るときに気をつけることとかないですか?」
「え? 初めて?」
サファイアが思わず呻いた。ダリルが念のため確認する。
「入学前に専用機への搭乗訓練、やらなかったのか??」
一夏は何度も目を瞬かせた。どうやら言葉の意味をわかっていないようだ。
「おい、もっぷ……違うか、もっぴー」
「…………」箒はクロエの肩越しに本気でダリルを睨む。
「……じゃない、篠ノ之。セシリア・オルコットとのドンパチはいつだ?」
「来週の月曜。直前にISが届くとか」
「ダメじゃね?」
「ダメですね」本音を吐露する。
「アーーーー…………」
ティナと一夏以外が顔を伏せて沈黙してしまった。
「え、どういうことなんだ…………俺、ヤバいのか」
「…………大丈夫だ」
不安がる一夏を、箒は直視する。
「ISを動かすのは『
「お、おぅ」
一夏は半信半疑で頷いた。
放課後、箒は一夏を連れて剣道場に来ていた。ダリルがクロエ、フォルテ、ティナを連れ、遅れて到着する。
ティナは持っていた紙袋を壁際に置き、木箱に挿してあった竹刀を取って振り回した。
「ヴオンッ、ヴオンっ、ぶおんぶおんぶおんっ」ライトセイバーのつもりらしい。
「ティナ。気が済んだら戻しておけ」
箒は紺の袴姿で、一夏は上下ジャージで裸足だ。箒は予め選んでおいた竹刀を一夏に渡す。
一夏は正眼に構えながら、脱力して無構えの箒を見据える。
「勝負勘って言ったよな」
箒が頷く。
「打ち込んでこい。太刀筋を見る」
「ISと何の関係が…………」
「いいからやれ」言って、振り向き、ティナの相手をするダリルを注意した。「先輩、調子に乗らない!」「へーい」
箒は竹刀を青眼に構えた。
一夏は打ち込み、しかし、いとも簡単にいなされてしまった。
「マジメに」「これが今の俺なんだって」
仕切り直してもう一度打ち込む。
箒は防御しながら一夏の踏み込みを見ていた。
(踏み込んでからが遅くなっていないか?)
筋肉の動きもちぐはぐだ。あたかも、しばらく動かしていなかったかのような気がした。
箒は半身ずらし、籠手を打つ直前で寸止めする。
「大体わかった。一夏、竹刀を持つのはいつ以来だ」
「あー……、一年くらい、かな? 受験勉強とか、許可を得て夕刊配達とかだな」
「一週間で経験者とやりあうのは無理だ。諦めろ」
箒は一夏の肩に手を置いた。
「おい、『魂!』とか言ってただろ。諦めるのは、早すぎるだろっ!!」
「無理なものは無理だな。希望を持たせるのは酷だからな。今からでも遅くない、辞退しろ」
箒は涼しい目を向けた。
「一週間でどうにかできるから、ここに連れてきたんだろ? だったら、教えてくれ、俺は努力する」
「待て。教えるみたいな流れだが、確認しておく。ISに乗った経験はどれくらいだ」
「入試でうっかり訓練機? に、乗った一回きりだ!」
「よし。諦めろ」
「待てよ! 何で諦めるんだよっ」
「こういうのは時間をかけるべきだ。何年もあるんだ、地道にやるべきだぞ」
「箒だって、去年の全中に出てただろ……」
「大会後に入学直前まで搭乗訓練をしていた。一夏…………IS戦闘の触りだけでもやってみようか」
箒はため息を吐きながらティナを呼び寄せ、紙袋を持ってくるように頼んだ。
受け取った紙袋からアイマスクを取り出した。
「三本勝負だ。手を抜くなよ」
「おう。だけど……」
箒は自らアイマスクをしてみせる。青眼に構え、言葉を継いだ。
「一本でも打ち込めたら『何でも』言うことを聞くというのはどうだ。逆に、私が三本すべて打ち込めたら私の言うことを『何でも』言うことを聞くというのは」
「その申し出、俺にすごく有利じゃないか…………じゃ、極上定食おごれよ」
ティナが「あれ、美味しいよねー」という声を上げる。
「その意気だ」
箒はゆっくり息を整え、チ、チ、チ、と舌を打った。
「?」
一夏が正眼に構え、打ち込む。が、すべて半身をずらして回避されて逆に打ち込みを許した。三本とも測ったように寸止めだった。
「…………ということだ。対IS戦は目隠ししていても、肉眼か、それ以上に
「嘘だろ…………」
「では、約束通り『何でも』言うことを聞いてもらおう」
「特上定食でも、極上定食でも、マッサージでも何でも言ってくれ」
「…………………………わかった」
箒は何かを言いかけ、何度も飲み込んでからようやく腹を決める。顔を赤らめ、一夏が逃げぬよう両肩をがっちり掴んで告げた。
「一夏」
「おう」
「今から、一夏は、私の
「聞こえないぞー」野次が飛ぶ。
「
次話、『織斑一夏と箒《5》』投稿まで少々お待ちください。