亡国機業は壊滅しました。 作:張三李四
「よ、ヨメ???」
宣言の直後、一夏は耳を疑い、明らかに困惑した。
箒は決死の覚悟という表情で何度も同じ言葉を繰り返していたのだから、言い間違えたという可能性はない。
「そ、そうだ!
一夏はあらためて確認する。
「まるまるは俺の嫁とかいう、嫁?」
身動きしようも両肩をがっちり掴まれている。
箒は大きく頷いてから手を離した。
「え?」
だが、解放されたのもつかの間、今度は両手で顔面を固定する。
「ティナ! 先輩! みんなにアイマスクを配ってくれ」
箒はアイマスクがクロエ以外の全員の手に渡るのを確認し、ダリルが一夏にアイマスクをつけさせて視界を奪った。
「なんで目隠し!?」
「こういうことだ……!」
顔面を固定したまま、箒は自ら顔を近づけた。頬を赤らめたまま、少し潤んだ瞳になる。首をわずかに傾げ、鼻同士がぶつからないように気をつけながら一夏の唇を奪った。
「…………!?」
一夏はさらなる混乱に突き落とされた。唇から伝わる弾力、熱っぽく湿り気を帯びた唾液、仄かに香る汗の匂い。
密着した胸からは、トクントクン、という鼓動が伝わってくる。
「っ…………、
箒は唇を離して、言いやった。顔面は両手で固定したままであり、一夏は視界を奪われたままだ。
「い、いまっ! き、キスしたよなっ、俺と、箒が!!」
「そうだ!
「と、当然なのか……?」
一夏は生暖かな唇の感触を思い出すように、舌で自らの唇を舐めた。初めての感触だった。一夏は誰かと付き合うことを夢想していたが、何となく、高校生になってから、社会に出てから、という気持ちがあった。それゆえ、女子とキスをする妄想をしたことはあっても、時間をかけて手順を踏むものと思っていたのだ。現実は混乱のなかにあり、心の整理などつかぬ状況だった。
「いいか! 本来は数ヶ月かけてISに受け入れられやすい身体作りを行っていくのが常だが、今回は時間が限られている。そこで! 面倒な手順を飛ばして最速で
「努力するとは、言ったが…………」
「よし! 努力しろ! いいか、一夏は私の
「ま、待ってくれ…………箒は俺の…………?」
「だ・ん・な・さ・ま・だ!! 何も考えずに私のあとに続け! 箒は俺の旦那様。箒は俺の旦那様。ほら、繰り返し!」
「…………………………箒は俺の旦那様」
「声が小さい!!」
「…………………………箒は俺の旦那様」
「もっと!!」
「…………………………箒は俺の旦那様。なあ、これ、何の意味が」
箒がダリルに耳を寄せるように身振りで示す。ダリルのニヤけ顔を無視して、「一夏が逃げないようにお願いします」と言った。
「…………重要なことだ!!」箒は深呼吸してから声を張った。
なおも疑問を投げかけようとした一夏は、突如として身体を羽交い締めにされた。背中に柔らかい感触を押しつけられて戸惑い、腰と膝のあたりにも弾力を感じて混乱する。
「しっかり掴んでおけ!」
羽交い締めにしたのはダリルで、腰にしがみついたのはティナだった。
箒の合図でフォルテがふたりの両眼がしっかり塞がっていることを確かめ、フォルテ自身も目を覆った。
箒もアイマスクをつけ、手を離して場を譲る。
「箒! 箒! どこにいった! 締めを解くように言ってくれ!」
「クロエ」
「…………
クロエが目蓋を開ける。彼女の周囲に投影モニターが出現し、無数の文字が流れ去っていく。
一夏の両頬に手を添え、親指でアイマスクをずらしていく。
彼の瞳が、クロエの鈍い金色の瞳を目にし、瞬きすることを忘れてしまったかのように見開かれる。光が失われているのに、光っているように、
クロエは、声を発することなく、唇の形を変えた。
黒鍵:ワールド・パージ
蕩けるそうなほどの美声だ。これほど、心に染み渡る、美しい声を聞いたことがない。
脳に直接響くような、その声に一夏は耳を傾けざるをえなかった。現実を書き換える言葉に陶然とし、虚空に踊る文字に胸を熱く焦がした。
浮遊感を覚え、うつらうつらとしながら目を開けると、真っ青な空の下で、白いワンピースを着た少女が水遊びに耽る姿を眺めている自分の背中がある。少女が笑顔で話しかけると、潮風が帽子を飛ばして盗んでいく。手を伸ばしても間に合わず、少女の呆気にとられる瞳を、ただ眺めているだけだった。
「あれ?」
一夏が目を瞬かせた。クロエは既に目を閉じている。
「俺、気を失ってた? 何か、夢を見ていたような気がしたんだけど」
「…………ああ、気を失ってた」
箒が紙袋にアイマスクをしまっている。今度はマスクを配り始め、一夏の分はなかった。
「マスク? 花粉症?」
「そんなところだ。喜べ一夏、すでに一手順目をクリアしたぞ」
「…………何かしたっけ…………!?」
一夏が頬を赤らめて唇を触った。
「あのさ、箒…………おれたち、キス、したのか?」「ああ、間違いなく」
「本当かよ…………」
信じられないという顔つきだ。上級生を見やると目元がにやついている。
「繰り返すけど、なんでマスク?」
一夏が訊ねたとき、ダリルが持っていたスプレーを彼の顔に吹きかけた。
「うわっ」思わず目をつむった。
箒は顔をこする一夏を尻目に、紙袋から数点の薄手の手袋と、医療用ゴムサックの入った包み、銀色のチューブを取り出す。ダリルから返してもらったスプレーに蓋をし、紙袋にしまった。
ようやく目を開けられるようになった一夏へ近づき、訊ねた。
「一夏は私の
「箒は俺の旦那様…………え?」
一夏はすんなり言えてしまったことに驚く。そして、妙に胸がうずいて、下半身に痛みを覚えた。チラ、と箒を盗み見る。箒は気づいた様子はなく、ほっと一息ついたとき、上級生が一瞬視界に入った。
唇の形が、どことなく嘲っているように思えた。見透かされているな、と思った時、箒の声がした。
「ティナは私の後ろにいろ。マスクは外すなよ」「りょーかーい」
箒は距離を詰め、一夏を壁際に追いやってしまった。
「一夏…………」「箒……?」
箒はもう一度、唇を重ねてきた。情熱的な恋人たちのキス。
だが、箒は口づけをしながら、自由な手でダリルたちにサインを送る。
「よしきた」ダリルの声だ。
「…………わ!!?」
ジャージのズボンを一気にズリ下ろされていた。一夏は口を離そうとしたら、箒がさらに唇を押しつける。
「やめっ! ほ、箒? まだ、早いって! ってか、ズボン、ズボンっ! 返してくれっ!!」
箒の唇から逃げながら、どうにか声を上げる。下半身が異様に熱っぽいことに気づいて黙り込んでしまった。
痛みを覚えるほどに硬くなっている。しかも、クロエ以外の女子に『見られている』。
「冷たっ…………!」
臀部にゴムっぽい感触があった。続いて、股間にゴムのような感触。薄手なので手の温もりがある。
「うぁ…………やめっ…………」
箒を見たとき、一夏の目の前が真っ暗になった。アイマスクで覆われており、両手首を掴まれて腰の後ろに持ってこさせられる。
「紙袋に結束バンドがある。プラスチックのやつを出してくれ」「ほーい」
ガサコソ、と紙袋を漁る音。「何をする気なんだよっ」
「これ?」「そうだ」箒が指示を出す。
手にプラスチックの感触。ギュギュッと音がして、親指同士が結束された。
時間切れにつき、本日はここまで。
次話、『織斑一夏と箒《6》【織斑一夏】』投稿まで少々お待ちください。