【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
pixivより転載
「烏森の封印」後、頻繁に遊びに来るようになった七郎から聞いたことがある。母の話を。兄弟の中で1番接する機会のなかった母のことを。
――母の血を感じる日が来ることは、想定していなかった。
「ばか、な……」
恵の体を乗っ取った、宿儺の断末魔。すれ違いざまのその声を、僕は振り返らずに聞いた。――首を飛ばしたはずだが、声が出せるとはさすが特級呪霊だ。ごとりと、スイカほどの大きさのものが落ちる音がする。ごろごろと転がって来たそれが、足元に当たった。
そこでようやく振り返る。宿儺の生首が、僕の足元に転がっていた。向こうには胴体が倒れている。心臓がまだ動いているのか、断面からは流血が止まらなかった。僕はそれをぼんやり眺めて、それからしゃがみ込んだ。
宿儺が、驚愕の表情を刻み込んだ顔。すぅ、と顔の紋様が消えていった。あぁ、宿儺が去ったのか。僕はそれを理解して、そして、顔を持ち上げた。ずしりと、ボーリングの玉のような重さが伝わってくる。
両面宿儺に乗っ取られていた身体――伏黒恵は、死んで自身を取り戻した。
僕が殺したのだ。板状に研ぎ澄ました結界で、首を刎ねて。
僕は恵の頭を持ち上げたまま、彼に語り掛ける。もう聞こえていないだろうことをわかっていながら。
「恵」
僕は言う。
「精いっぱい抵抗してくれて、有難う。おかげで宿儺を倒せた。僕みたいなミソッカス結界師が宿儺を倒せたのは、恵のおかげだよ。……本当に有難う」
そして僕は、その頭を胴体の方へと持って行き、地面に置いた。
「結」
その遺体を囲う。
「さよなら、恵」
そして、滅した。
……残ったのは、ただの血。僕がぼんやり眺めていると、遠くから声が聞こえてくる。僕たちの戦闘に追い付いてきた虎杖たちだろう。僕は流れてくる風に髪が靡くのを感じながら察する。
呪術師は呪いで殺さないと呪霊化すると聞いている。そして、虎杖が宿儺を宿したまま復活したことを考えると、恵の遺体は「始末」しないといけないと判断した。解剖に回されるはずだっただろうが、こうした方が結局はいいのだろうと考えてのことだ。
――真希に言われた。「恵はお前が殺せ」と。そのときの僕は、恵を殺せた場合、どうなるだろうと思った。想像がつかなかった。
そして、今の僕の目はからからに乾いており、体のどこも震えることなく、手足は温かいままだった。
僕は、いつかの七郎の言葉を思い出す。
『君のお母さんはね、“心が揺れたことがない”って言っていたよ』
その言葉は、恐らく真実だ。なぜなら、息子の僕が――最も母と接することのなかった三男が、同じ状況になっている。母の血だ。
大切な友人をその手にかけて、僕はカケラも動揺していなかった。そんな自分に驚き、そして、これからの人生に思いをはせた。僕は人を愛せないだろう。
虎杖たちの声が、もうそこにあった。僕がそのときなぜか思い出したのは、
『悲しみを声に立てなさい。口に出さない悲しみは荷の勝ち過ぎた心臓にささやいてそれを破裂させる』
というシェイクスピアの言葉だった。
「お父さんってどうしていつも笑わないの?」
「……笑顔は、昔置いて来たんだ」
了