【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
▼Q.無限はどうしたの? A.結界師の結界術なので有効打撃でした
自身の立場の危うさは知っている。知っていたつもりだった。6年前に新体制を発足したフレッシュな組織と、いつその「新体制」が来るかわからないと怯えている組織。それを考えれば、当然の処置だろう、と思う。
(けれど露骨すぎるだろう……!)
特級呪霊が出た、それに今は1年生しか対応できない――覚悟を決めた矢先に廊下を出たとき、見知らぬ人影を見た。それを見送って教室に戻り、席に着き、そして立ち上がろうとして――椅子から崩れ落ちてしまった。
「虎杖、そっち持て。硝子さんのところに連れて行く」
「うわ熱高っ、なに急すぎない? 朝から具合悪かったの?」
教室で倒れた自分を、虎杖と伏黒が2人がかりでどこかへと運んでいく。ふわふわとした夢見心地だったが、状況が状況だ。急がなければ、こんなことをしている場合じゃない――そう思いながらも連れ込まれた矢先で、はじめて会う黒髪に泣き黒子の美女に診察された。結果、「呪い」と言われた。
「ヨーロッパの呪術の類だね。ガンド、と呼ばれる呪いだ。人に向けて指を指すとその人を病を起こす呪える、単純なようで難しい呪いだな。極めると人に物理攻撃ができるぐらいになるらしいが……誰がかけたかはわからないが、これは地道に治すしかない」
「というと」
「大人しく寮で寝てろ。その若さなら明日には熱が引いてるだろ」
そうして放り出された自身は、虎杖と伏黒に肩を貸してもらいながら男子寮に戻った。「こんなときにごめん」と何度も謝る自身に、虎杖は「そういうこともあるって!」と陽気に笑って、伏黒は「呪いをかけた方が悪い」と至極クールだ。自身をベッドに寝かせた2人は、そのまま立ち去ろうとしたが、ずかずかと男子寮に上がり込んできた釘崎が段ボール箱を持ってきた。
中には冷えピタシート、おかゆのレトルト。その他看病セット。
ぽかんとする自身に、釘崎は「これでひとりでもしっかり治しなさいよ」と指を立てる。それに、熱に浮かされながらも力なく肯いた。頭に冷○ピタシートを貼りながら、あとでレンジでお粥を温めようと決める。出された解熱薬はそれからだ。鼻がぴすぴすと詰まる中、半ば意地で3人に笑った。
「生きて還ってきてね」
「不吉なこと言うなよ墨村」
「そうよ、帰ってこないわけがないじゃないの」
「……お前には寮の留守を頼むぞ」
そう言って、3人は部屋を出て行った。
ベッドから下りて、箱の中のレトルトの粥を取り出す。皿はどこだっただろうかと思いながら、自身はふらつきながら彷徨った。
車のエンジン音が、寮の外から聞こえてきた。あれが3人を、特級呪霊のいる場所へと送り届ける地獄の片道切符なのだろう。どうか無事でいて欲しい。本来なら任務に当たるはずの五条が不在だというのも不安に拍車をかける。自身がガンドを受けてまで押し止められた理由は、いくつか考えられたから。
ひとつは、結界師という空間支配系能力者がいては敵の不利になる。
ひとつは、裏会からの大事な人質に特級呪霊をぶつけて何かがあればいけない。
ひとつは、これは最悪の事態だが――「宿儺の器」に目的があるということ。それには理論上で言えば封印ができる結界師がいてはまずいということ。
そのどれもが、さらに他の最悪の事態の糸を引いているようだった。
(本当に無事でいてくれよ、恵、虎杖、釘崎さん)
祈りは届かなかった。
男子寮に帰ってきたのは、ボコボコの伏黒。ただひとりだった。
解熱剤のお陰で体が楽になった。パジャマのまま玄関まで下りてきた自分の前で、伏黒の顔は晴れない。それに、息を飲む。
「釘崎さんは、無事」
絞り出した声は、存外掠れていた。
「あちらは病院行きになったが無事だ」
「そう」
そして、自身は訊かねばならなかった。
この2週間――そう、たった2週間だ――生活を共にして、それなりに仲良くなった。彼は、どこに。
「虎杖は」
「死んだ」
「……そう」
最悪の事態が起きてしまった。息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
そして、自分の肩を叩いた。
怪訝そうにする伏黒に、自身はできるだけ優しく微笑んだ。
「肩、貸すよ」
「――いや、いい」
断る、その声が伏黒本人にとっては、存外掠れていた。
「……仲間が死ぬのは、はじめてじゃない。同級生ははじめてだが」
それでも利守は言った。
「でも、人の死には慣れることなんてないんだよ。それはただ麻痺しているだけ」
肩を叩きながら、自身は微笑んだ。今度こそ、もっと優しく。
「ねぇ、恵」
「何だ」
「僕が辛いんだ。『また』、僕の知らないところで人が『死んだ』。直面したお前らに比べれば遙かにマシなんだろうけど……でも、寂しい。恵、今は僕に寄り添ってくれないか」
そう言って、再び肩を叩いた。
それを見て、伏黒は俯いたまま顔をくしゃっと潰し――利守の肩に顔を預けた。撫でた髪は、案の定硬かった。
利守の自室のベッドを背もたれに、2人は座る。2年生は出払っているらしい。ひどく静かだ。今なお肩に凭れる伏黒に、自身は軽く頭を叩き続ける。かれこれ1時間はこうしているだろうか。テレビも点けていないから本当に静かだ。校舎も寮も山間にあるせいで、この静けさはかえって落ち着かない。現に、こうして1時間も伏黒は顔を上げないのだから。これは、何かで気を逸らさないと――利守自身が心の整理をつけながらも、そう思った矢先。ぽつり、1時間ぶりに伏黒は呟いた。
「何か、話をしてくれないか」
「話」
「何でもいい」
あぁ、これは相当弱っている。無理もない。聴いた話では、そもそも虎杖を生かすように五条に頼んだのは伏黒だと聞いている。それが、たったの2週間で。
それを思いながら、利守は考える。そして、思い出したことがあった。
「それじゃ……僕自身の話じゃなくて悪いんだけどね。僕の出身の烏森の土地に関わって起きた事件だ」
ぽつり、ぽつりと語り出す。
「当時は次兄と隣のお姉さんが正統継承者として、霊地である烏森を夜間に見回ってたんだけど……そのうち政情不安定になって、裏会から人員が派遣されてきた。その人は志々尾さんって言った。まだ中学生ぐらいだった」
「ししお」
「格好いい名字だよね。それで、志々尾さんは次兄と反発し合いながらも段々仲良くなっていった。お姉さんとも。……志々尾さんは色々あって一匹狼めいたところがあって、それでも次兄たちと仲良くなっていってた。1度なんかウチに食事を摂りに来たこともある。寡黙そうな、でも優しそうな人だったよ」
頭をぽんぽんと叩きながら、利守は続ける。
「でもね、彼は殺された」
ひゅ、と伏黒が息を飲む音がした。それに構わず、利守は語る。
「仕事の最中だった。烏森が、烏森を狙った勢力に襲撃されて……志々尾さんは死んでしまった」
利守は、語る。
「でもね、その死に顔は、とても安らかだったそうだよ」
「……なんで」
伏黒は思わず強い語気で尋ねる。
「未練が残ってなかったから、だろうね」
それに対し、利守はどこか他人事のように言う。
「烏森は望むものの望む通りにするところ。死に逝くモノが望むならその死に手を貸す。そういうところだったそうだよ。だから、志々尾さんは穏やかに死ねた」
利守は話す。
「それ以降もね、知らないところで死んだ人がたくさんいた。それは兄たちの知り合いだったり、……僕の家族だったり。そんなものなんだな、って、僕は悟った」
「何を」
「人って言うのはね、恵」
利守は伏黒の頭を強く掴んだ。
「何をどう思っても、あっさりいなくなっちゃうもんなんだよ。だから、悔いが残らないように精いっぱい今を生きるしかないんだ。それは自分にも、誰か他の人にも言える。呪術師は後悔して死ぬものらしいけど……裏会から派遣された身としてはね、そういう悔いはできるだけ残さないように、って伝えたいんだ。だって」
「だって……?」
利守は言った。
「少なくとも、残されたモノが辛くないでしょ」
「――」
「いっぱい悔いが残ったね、恵」
頭を強めに撫でながら、利守は言う。
「悔いが残らないように、1日1日を精いっぱい生きよう。まだまだ弱い僕らにできるのは、それぐらいだよ」
伏黒の答えはなかった。ただ、肩に押し付けられた頭の力が強くなった。
窓の外。雨は、止まない。
結局翌朝には伏黒はいつも通りで。だから利守は何も語らなかった。
伏黒は、きっと自分なりに整理をつけたのだろう。そう思いながら、この2週間の、あの明るい少年に心中で哀悼の意を示した。
なお9月に入り、すっかり心の整理もついた頃。交流会にて故人であるはずの虎杖悠仁がまさかの復活を果たし、瞬時にこの事態が五条悟の仕業だと悟った利守が反射で五条の頬を結界術で張り飛ばしたのは余談である。
「へぶっ! いきなり何すんの利守?!」
「煩いです、どうせこの事態はあんたの仕業でしょう。虎杖が死んだと見せかけられた間に虎杖を最悪上層部に殺されないように最低限鍛えておいたんでしょう。そして短い付き合いですが夜蛾学長の仕業とは思えません。よって上層部に楯突いていると聞いているあんたの仕業でしょう」
「瞬時にそこまで考えられる君は賢いね! えらい!」
「褒めてもなにも出ませんよ。あぁ、なんならあんたを縛り上げれば内臓ぐらい出してもらえますかね」
「待って待って拷問反対ラブアンドピース!」
End.