【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
▼呪術25巻読んだんですが、それはそれとしてこの話は書いておきたかった
pixivより転載
「真界?」
それは真夏の記憶。山深い夜行の本拠地にて、呪術高専と裏会の交流事業の一環である「課外授業」が行われていたときだ。伏黒や釘崎が他の夜行の者と手合わせしている中、利守は休憩をとっていた。そのときに、隣に座って来た長兄――正守が告げて来た言葉がそれだった。
「そう。話は聞いてるだろう? 俺には至れない境地、良守が至った境地だ」
「正兄に無理なら僕にも無理だよ」
「まぁ話を聞け。……そちらでどうなるかわからないが、どうにも呪術師側はきな臭い。裏会としては交流を図らざるを得ない相手ではあるが……万が一のときもある。お前は埋葬機関の技術を会得したようだが、結界師としての技術も積んでおくんだぞ。特に真界は結界師としての境地だ。どういう術かは知ってるか」
問われて、利守は少し悩んでから答える。
「世界の初期化」
「そういうことだな。存在を取捨選択することもできる。……『烏森の封印』にも使われたことだ。尤もあれは規格外の魂蔵持ちがいたからできたことでもあるが」
「つまり、単独だと多少出力が弱まると」
「そういうことだ。……俺の使う絶界はお勧めしない。特に思春期のお前にはな」
利守は物言いたげに正守を見たが、結局は何も言わなかった。
そうして利守は、「真界」と言う方法を憶えておいたのだ。
それが墨村正守を大いに傷付けることになるとは、このとき誰も思わなかったのだ。
「真界ってやつが、恵を救えるって言う確証は確かなんだな」
――11月。
五条の復活を契機ににわかに騒ぐ呪術師界隈の片隅で、利守は真希にそう尋ねられた。
五条の復活を前に、利守が「やれるかも知れない」と呪術師たちに告げたそれは、結界師ならではの方法だった。
真界――それは世界の初期化。存在の取捨選択。間流結界師特有の領域展開と言っていい。密かに研鑽を積んできたと言うそれは、実際にやってみせた結果、呪術師側から信用を買った。
ただ、真希は尋ねる。
「お前のその真界とやらは、宿儺にも通用するものなんだな」
「――僕たち間流結界師の使う真界は、概念に干渉すると言っても過言ではありません。そこに存在すれば、選んで捨てれば消える。そういうものです」
「……信用していいんだな」
「やだな、真希先輩」
利守は微笑む。
「僕は嘘は吐きませんよ」
「嘘吐きの常套句だ」
「とにかく、任せてください。――五条先生がどうにかできなかったら、僕がどうにかします」
そう言って利守は歩み去ろうとする。その背中に、真希は声をかけた。
「利守」
「何でしょう」
「ひとりが死んで、ひとりが助かる。そんなやり方だけはするなよ」
その言葉に、利守は笑って、答えなかった。
果たして禪院真希の憂慮は、杞憂で終わらなかったのである。
伏黒は、数か月ぶりに自分の身体が自分の意識の支配下に戻ったことに気付いた。空気が冷たい。今は冬だろうか。いや、温もりがある。
――数か月ぶりに見る友人が、彼を抱き締めていた。
「利守」
彼の名を呼んだ声は、掠れていた。
利守は、伏黒の身体から上半身だけを離し――にっこりと笑った。
「お帰り、恵」
その笑顔に、違和感を覚える。
伏黒は思い返す。宿儺に体を乗っ取られていた間のことを。津美紀を殺した。利守のことだけを気がかりに、なんとか魂が沈められるのを防いでいた。宿儺は利守のことを甘く見ているようだったが、伏黒にとっては利守はまた唯一無二の存在だった。
そんな彼が、他の面子と共に伏黒宿儺に襲い掛かって来た。襲い掛かって来たと、思ったのだ。
不意に懐に飛び込み、彼を抱き締め――
「真界」
ひと言呟いた瞬間、伏黒は自分の体の中の大いなる異物が声なき悲鳴を上げて消滅したのを感じたのだ。それが両面宿儺と言う特級呪物の完全なる消滅だと知ったのは、このあとのことだ。
利守は、笑ったまま言った。
「よかった」
その口から、血を吐いた。
「これで死ねる」
途端、利守の身体が頽れた。
――寒風と匂いで気付く。
自身の手は、利守の腹を切り裂いて埋もれていた――
伏黒は、友人を手にかけたのだ。
地面の上に倒れ、腹から血を流す利守に、伏黒は必死で縋りつく。
「おい、馬鹿、なんで……!」
「これしか方法がなかったんだ」
血を吐きながら、利守は言う。周りから人が駆けつけてくる。それに構えるほど、今の伏黒にも利守にも余裕はない。
「僕の真界は、良兄ほどの出力はない。さらに両面宿儺と言う強すぎる存在を確実にかき消すには、懐に飛び込んで抱き着いて真界を発動させるしかなかった。いわば、超濃縮真界だ」
伏黒には、真界というものがなんなのかわからない。ただ、服を脱いで、利守の腹の傷を押さえようとする。血が止まらない、血が――
「いいんだよ、恵」
利守は血塗れの顔で微笑んだ。死に瀕し、漂白された表情。周りから人が集まって来る中、利守は言った。
「僕は10歳のあの日。――母が帰ってこなかったあの日。感じたんだ。あぁ、死に損なったなって。結界師として用済みの僕は、これしか……」
「もう喋るな」
「喋らせてよ。どうせ、最期だ」
利守は言った。
「これは遺言。墨村良守に、真界で宿儺の指の最後の1本を消させて。――彼にはそれができる」
「利守」
「それじゃ、恵。死に損なった僕より、お前が生きるべき人間だ」
利守は笑った。
「幸せになってね」
そして、彼は事切れた。
――あとには、伏黒の慟哭。
「ふざけんなよ……津美紀を殺して、お前を殺して。俺がどう幸せになれって言うんだ……!」
それに応える者は、いなかった。誰ひとりとして、いなかった。
それは両面宿儺が事実上いなくなった日。
呪術師としてではなく、結界師として死んだ少年の命日。
了