【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
今回の件は呪術師の力を借りないといけない。
より正確に言うと、この件で呪術師界隈と繋がりを強くしておきたい。それが本音だ。
そういう空気を察知してくれたらしい。こちらの要請で、東京高専から派遣されてきたのは呪術師最強だった。
作戦実行部隊の夜行代表として墨村正守は彼と会い、笑顔で握手を交わしたとき。察した。
奇遇なことに、呪術師最強――五条悟も、同時に察した。
(こいつとは絶対に仲良くなれない)
さて、この頃の裏会――正確には夜行には、しばしば墨村家末弟の利守が顔を出していた。目的は単純。強くなりたいからだった。
正確には呪術師になるための下準備というところだ。
雪村・墨村両家は烏森の番人という役目を終えた。長男は覇久魔の裏会に幹部として詰めているし、本来跡継ぎである次男は雪村家に婿入りしそうだ。そこで、家督が利守に回ってきた。それで彼なりに色々調べた結果、結界師としての能力を活かしつつ喰っていける仕事。それが呪術師だった。
しかし呪術師になるにも下準備がいる。家伝の術以外にも知るべき見るべきことがある。だからせめて呪術師になるための学校に入る前に、できるだけの情報と実力をつけておきたかった。
そんな彼に、降って湧いたのが五条悟だった。
「は、2人きりで?」
急に呼び出されたその席で、利守は正守の隣に座りながらぽかんと口を開けていた。その中で、目隠しをした白髪に黒尽くめの男――五条は、へらへらと笑いながら手を広げる。
「そーそ、その子、聴けば呪術師志望なんでしょ? 未来の教え子……まぁここは西日本だから京都高専に行くかも知れないけどそれはそれとして、とにかく未来の後進のためにも、呪術師としての実力を見せておいて損はないと思うんですよ」
「でもウチの夜行の者も同行させたいんですが」
「うーんとね、はっきり言っちゃうと」
五条は笑顔で言った。
「足手まとい」
「――言ってくれますね」
「あの……夜行の人たちで足手まといなら、僕はもっと足手まといだと思うんですけど」
ばちばちと火花を散らす大人たち。当時中学生だった利守は、それでも話し合いを心懸けようと懸命に話しかけた。それに、顔を向けた五条は、種類の違う笑みを見せてくる。たぶんこちらは慈愛とかそういう類のものだ、と利守が思っていると、「君は特別だよ」と五条は言う。
「君は結界師だね」
「みそっかすですけどね」
「みそっかす大いに結構。他にも伸ばせる才能があるかも知れない。それはともかく、結界師なら最低限『異空間』に対する耐性が強い。領域展開についてこられる可能性がある。お兄さんは既に技術を確立させてしまっているようだけど、君は未完成のようだ。だから君についてきて欲しい。教えられることがあるからね」
「……まぁ、サポートぐらいならできますから、それでよければ」
この場合サポートというのは、肉弾戦で戦う夜行の面子の足場を作ったり式神を飛ばしたりなどだ。それに対し、「違うよ、利守君」と、五条は顔を近づけて言った。パーソナルスペースが狭いらしい。
「ついてきて欲しい、と言ったんだよ。正確には僕から離れないように。だいじょーぶ、僕は最強だから。特級呪霊のひとつや2つちょちょいのちょいだから」
そう言って、五条は利守の腰に手を回した。片手に担ぐ。利守は中学に入った時点で170cmを超えていたし体重もそれなりに重かったのだが(実父の手料理を成長期らしくたくさん食べて過ごしていたので)、本当に苦もなく担がれてしまった。慌てて「せめて草履を履かせてください」と宣う。そこで漸く降ろしてもらった利守は草履の紐を結びながら、頭上の会話を聞いた。
「待ってください、今からですか」
「時間をかける理由もないでしょう。昼間っから出てるんでしょその呪霊は。夜間に力をつけるものと明らかに違う。特級……とまではいかなくとも1級はいってるでしょうね。とっとと片付けるに限ります。ほら、準備できたかな」
「あ、はい――わっと?! ちょっと待って、どこにいるか把握してるんですか!?」
「んー、大丈夫。何となくわかるから、そこまでトぶよー」
「ちょっと、五条さん!」
正守が障子にしがみつく。そのときには、利守も五条も姿を消していた。
正守は歯噛みする。
「勝手をしやがって……!」
――実際、気が合わないどころの話ではなかった。
そもそも、正守からすれば、呪術師御三家のひとつ・五条家の息子。選ばれた天才。最強。それだけで印象が悪い。既に烏森は事実上無いとわかっていても、選ばれなかったというトラウマは心身に刻まれている。
さらに、五条は訊いてきたのだ。飽くまで笑顔を保ちながら。
『そうそう、お宅のご母堂の墨村守美子さん。僕が小さい頃お世話になったんですけど、お元気です?』
(しらばっくれたことを)
どうせ五条家のことだ。守美子が3年前に失踪届を出されたことなど調べがついているはず。わからなかったのは、なぜわざわざ守美子のことを尋ねてきたかだ。
今はもう力を失ったとはいえ烏森に興味を持つモノはいる。烏森の弱体化に伴い、守美子は失踪届を出された。そこに関連を見出すモノは少なくはない。しかし五条家は既に強い力を持っている。ましてや呪術師最強を輩出しているのだ。たとえ烏森の全盛期だったとしても、あそこに用はないはずだ。ならばなぜ。刃鳥に声をかけられるまで、障子を開いたままの正守は、そこに突っ立っていた。
正守は知らない。五条があのような態度を取った理由など。
一方、利守は恐慌状態に陥れられていた。
「ごごご五条さん、これ」
「うーん、特級だったか。しかも領域展開してきたかぁ」
周りは天井の高い洞窟。天井からは氷柱が垂れており、足元は膝まで浸かるほどの川が流れている。うっかりすると足が取られそうだ。その中で、利守は喚く。
「どうするんですかこれ! 逃げられるんですか!?」
「逃げるのはまぁまず無理かな。領域展開には、同じ領域展開をぶつけるのが王道だね。ただ、まぁ、領域外に逃げる手段もあるけど大抵無理だからおすすめはできないかな」
言いながら、五条は目隠しを降ろす。そして、指を形作った。
「『無量空処』」
そのひと言で、領域は塗り替えられた。
宇宙が拡がる。全てを見た。全てを感じた。全てを聴いた――あとは、無。それを、今回の特級呪霊は味わった。動けなくなる呪霊。それを目にしながら、片手に利守を抱えた五条は呪霊の背後から近寄る。
「さて。特に聴き出したい情報もないし。君には死んでもらおうkうわっ」
「――!」
利守は、五条の腕を振り払った。地面らしきものに転がる。そして腰を抜かしたようにぺたぺたと壁を探して回った。
全てを見た。全てを感じた。全てを聴いた――それは、空間支配系能力者である結界師の利守も同様だった。なまじ素養があったために、利守はそれらを全て具に感じ取ってしまった。不幸中の幸い、処理落ちするほどではなく、こうして身動きが取れる。利守は必死だった。必死で、この場から逃げたいと思った。正確には、この恐ろしい空間を展開した五条から――
「どこに行くんだい、利守君」
その声すら恐ろしく、利守はふと触れた「切れ目」に手を突っ込んだ。
体が抜け落ちる。そこはどこかの森の上空だった。
「! うわ!」
慌てて結界を張る。しかし加減を間違えて、クッション素材にできずただの板になった。いてて、と呻く利守。その結界の上に、靴が下りてきた。その上に男の体が生えていた。男はしゃがみ込んだ――男は五条悟だった。五条は、どうやらあの領域から出て来たらしい。目隠しを元通りにして、にやにやと笑っている。
「へぇ、君おもしろいね。みそっかす、って言ってたのに僕の領域の割れ目を見つけるなんてね」
「く、腐っても結界師なので……」
「――お母さんに髪質と眉毛以外似てないな、と思ったけど。その辺の才能はやっぱりお母さん似なところもあるのかな?」
「へ?」
なぜ母の話が彼の口から出るのだう。それに、母の話は今の墨村雪村両家の間では禁句だ。口籠もっていると、「まぁいいや」と五条は立ち上がった。
「戻るよ」
「あ、はい」
言いながら結界を切り、這いずり出る。そしてそのまま再び抱えられ――思った。
かなり醜態をさらしたな、と。以降利守は五条悟という男に対して苦手意識を持つようになる。
それでも気にはなった。なぜ五条は守美子のことを気にしているのだろうと。
物心ついたときから、自分が強いと知っていた。体面上は保護されるべき子ども――それを抜きにしても、そこらの大人は「雑魚」だと思っていた。
あの日、幼さゆえの過ち。即ち、特級呪霊に隙を突かれた。あ、と思う間もなく、呪霊の手はこちらに伸びてきて――
それが、弾かれた。
見上げる。ざらりとした、長い黒髪。薙刀のようなものを持っていた。そして、僅かに化粧の香りがした。それが不思議と不快ではなかった。黒い着物を着たその人物――女性は、特級呪霊とされたはずの「それ」を、透明な箱のようなもので包むと、
「滅」
ただそのひと言で、潰してしまった。
あとには残穢もない。あの特級呪霊は、あの箱の中で潰されて消えてしまったのだ。
無様に尻餅を搗いていた自身は、ぽかんと見上げる。「悟様!」と使用人たちが慌ただしく声をかけてくる。その間に、女性は振り向いた。
それで心を奪われた。
「大丈夫かしら、坊や。悟くん、と言ったかしら。この家の子は。私の上の子と同い年ね」
そのひと言で失恋を悟った。
という、美しいというには残酷な恋の想い出を抱えてこの年まで五条は生きてきた。
あれから何年も経って、五条も成長し、あれが初恋なのだろうと判断を下した。どちらかといえば憧憬が強かったかも知れない。圧倒的な強さに対する憧れ。五条が呪術師最強と言われても、あれに敵う気がしないと彼は思う。彼女には膨大な呪力量もあったし、調べれば、結界師とは空間支配系能力者。領域展開をしても結界師ならば、本来悪手の「領域外に逃げる」という手段を容易く取れる。今日見た、自称みそっかすの利守でさえそうだったから、守美子ならば容易く抜け出せるだろうと五条は思った。そもそも領域展開すらさせないに違いない。
五条家の力を使って、守美子のことは調べた。ストーカーだと誹らば誹れ。彼女が10年ほど彷徨っているのを、五条家はその行方を掴むのも一苦労した。そして最後に彼女が消息を絶ったのが覇久魔だった。
その直後の烏森の極端な弱体化。調べによると、そこの墨村家の正統継承者――つまり守美子の次男は、常々言っていたという。「烏森の封印」を。弱体化は封印ではないだろうか? そして、守美子は「家族」に犠牲にされたのではないか? 烏森の封印のために。五条はそう思えてならなかった。それまで放浪生活を送っていた守美子のことを、この事件のすぐあとに失踪届を出したのが怪しい。まるでもう、帰ってこないことをわかっているかのように。
そう、ここまで語っていればわかるだろう。五条は守美子のことをまだ想っていた。その行方を案じ続けるほどに。大人になった今ならば、略奪愛も考えたほどに。
けれど守美子はいない。恐らく、この世から消えてしまったのだろう。五条はそれを悟っている。それでも、諦めきれなかった。
どうにか彼女を救えないか。ずっと、そう考えている。
(そのためにはこの子を東京側に引き入れたいな)
抱えた利守少年のことを、五条は考えていた。
そう言ったら、あの、守美子の面影が濃い、しかし何となく気に食わない性格の男はどんな顔をするだろう。少しだけワクワクした。
「え、もう戻ってきた……は? 終わった? しかもなんですって? 利守を東京高専に入れたい? 京都じゃなくて? いやそれ本人に訊いてください」
「正兄?!」
結局その後、五条の思惑通りに東京高専に入学することになるのは後日のことだ。
End.