【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
▼五条→守美子はこの話(https://syosetu.org/novel/243522/5.html)、七郎→守美子(と伏黒×利守)はこの話(https://syosetu.org/novel/243522/4.html)から来てます これらの話の利守が先天性女体化した結果、扇家v.s.五条家(v.s.禪院家傍流の伏黒)という勢力図になってしまいました
事態は風雲急を告げていた。
異能者界最大手のひとつの扇家と、呪術師界御三家のひとつの五条家が真っ向から対立しようとしていたのだ。
別にお互いの縄張りを荒らしたとか、どちらかの手の者を殺したなどということではない。事は単純。
即ち、嫁取り合戦である。
西日本のとある地方にある烏森。そこにある旧家・墨村家の居間にて、熾烈な争いの火蓋が切って落とされた――
「娘さんをください」
「娘さんをください」
「かぶせてくんな」
「そちらこそ」
熾烈な争いというには、少々幼稚だったが。否――だからこそ事態は深刻だった。墨村家現当主である繁守は髭の下で小さく嘆息した。婿養子の修史は、繁守の左隣で睨み合う2人の男を見ておどおどしている。肝心要の「娘さん」は、呆れた様子で、繁守の右隣で男たちを見遣っている。この場に彼女の兄たちがいたらさらに事態は拗れただろうとも繁守は思った。何せ年の離れた妹を可愛がっているので。
さて、問題はこの2人の婿候補だ。
片や扇家の若き当主、扇七郎。白い歯が光る好青年だ。今日は髪をオールバックにしており、整った顔を惜しみなく晒している。仕立ての良いスーツを着ていた。片や東京呪術高専教師にして五条家の息子、五条悟。今日は普段は隠している神秘的な青い目を惜しみなく晒している。同じく見るからに高そうなスーツを着ていた。両者共に己の顔面偏差値が武器になることをよくよく把握していた。修史は今日はなんだか眩しいな、老眼かな、と思っていた。
この2人は、この日、ほぼ同時に墨村家を訪ねてきた。両者共に事前にアポイントメントは取っていたものの、訪問してくること自体がサプライズだった。何せ両者共に繁守の孫娘・利守の結婚の申し込みをしてきたのだ。扇家の方は墨村家の固定電話に、五条家の方は利守のスマートフォンに直接。繁守が事の次第に気付きどちらかの期日を延ばしてもらおう、そう慌てていた矢先に2人は同時訪問してきた。
実のところ示し合わせていたようだ。繁守は何となくそう気付いた。互いに驚いたふりをしていたが、明らかに演技だった。恐らく抜け駆けを牽制し合った結果だろう。大人げない。実に大人げない。五条悟など自身の1番上の孫と同い年ではないか、と繁守は呆れた。尤もそれだけ必死に利守を求めているとも言えるだろうが――。
気になるのは、肝心要の利守の態度だ。横目で覗うと、ひたすら呆れているように見える。2人に対して熱の籠もった視線など一切送っていない。我が孫娘ながら、この色男たちを前にして欠片も動揺しない辺り胆力がある。もっともそれは片方は幼い頃から家に遊びに来ていて見慣れたのと、片方は母校の教師として見慣れたのもあるかも知れない。あるいは、その胆力は娘の守美子譲りなのかも知れないが――そう思った矢先に、それまでひたすら睨み合っていた2人のうち、五条の方が口火を切った。
「娘さんのことは絶対大切にします。鳥篭に入れるみたいに大事にします。娘さんをかなしませたり傷付けてきたりするようなのは片端から排除します。ですからどうか娘さんをください!」
「鳥篭って表現はどうかと思いますよ、先生」
利守が、席についてはじめて言葉を発した。それに五条は忽ち相好を崩す。
「先生じゃなくて悟さんって呼んで欲しいな、君は卒業したんだし」
「わかりました五条先生」
「まるで話を聴いてくれない」
「それじゃ駄目ですよ、五条さん」
やれやれ、と言わんばかりに七郎が頭を振る。セットしただろう髪が少し揺れた。整髪料の香りがしたが、この場にいた人間はそれを不快と思わなかった。イケメンパワーである。恐ろしいことにそれは同じイケメンの五条にも効いていた。そもそも顔立ちの趣が違う。鼻梁の立った彫りの深い、大人の男性らしい顔立ちの七郎。対して30代を迎えながらなお若々しい、寧ろ幼い、それでいて完璧に整った顔立ちの五条。整髪料の香りは大人びている七郎にはエッセンスに過ぎない。五条は恐らく自身にはあまり似合わないことを悟っていたのだろう、今日の髪型はやや整えているぐらいでいつも通りだ。それでも十二分に彼の魅力を引き立てていたが。
七郎は、一度息を吐いてから、穏やかに且つ熱をこめて語り出す。
「僕の立場上、娘さんに負担をかけてしまうかも知れません。ですが僕は娘さんを幸せにしたいんです。お願いします。娘さんをください」
「負担をかけてくること宣言してくるのって印象悪いよ、七郎さん」
「嘘は吐けなくて……」
「ふむ……」
繁守は自らの髭を撫でる。表現はやや物騒なところはあるものの、どちらも真剣なことは伝わる。これはどちらかに孫娘をやらねばならないだろうか――そう考えた先で、隣で利守が大きな大きな溜息を吐いた。あまりに大きくて蝋燭の火が3本ぐらいは同時に消せそうだった。嘘だ。少し誇張した。見れば、利守はやれやれと言わんばかりに両手を広げて頭を振っている。
「2人とも、本当のことを言ってくださいよ」
「本当って……本音だよ」
「僕も掛け値なしの本音だ」
「嘘吐き」
利守は眉間を顰めた。
「2人とも、ウチのお母さんのことが忘れられないから僕を代用品にしようとしてるんでしょ? わかってるよ」
居間が凍り付いた。特に、繁守の左側が。瞬間冷凍だ。最新の冷凍庫も吃驚だ。
途端に黙り込んだ2人に、利守は淡々と言う。
「七郎さんは言ってたよね。僕を男の子と思い込んでた頃。『君が女の子だったらお嫁に来てもらったのにね。君は守美子さんに少し似てるから』って」
「…………言ったね」
「五条先生も言ったよね。『髪質と眉毛以外は似てないな、と思ったけど。その辺の才能はやっぱりお母さん似なところもあるのかな?』って」
「よく憶えてたね……」
「……君たち……」
繁守の隣で修史が震えている。これは恐怖ではない。怒りだ。誰だってそうだろう。自分の妻に横恋慕をしてきた上に、あまつさえかわいい娘をその妻の代用品として欲する婿候補。修史を怒らせてはいけない、墨村家の不文律に抵触しそうだ。繁守が修史を宥めようとした先で、五条が言う。
「――確かに、守美子さんに想いを寄せていたことは否定しません。でもそれは飽くまで切欠です。今は、娘さんをひとりの女性として見ています。だからどうか――」
「それは僕も同じです。守美子さんに憧れていました。でも、それが切欠で娘さんと交流を持つようになって……それで惹かれたんです。どうかわかってください」
「待て、僕の方が彼女のことを想ってる」
「僕の方が彼女と付き合いが長い」
「ほんの1年ぐらいの差じゃんか! 僕は4年この子を見ていて」
そこで、不自然に言い合いが止まる。そして同時に立ち上がった。見上げる繁守たち。彼らは見た。七郎と五条の目に不吉な光が宿っていたことに。
「……話し合いじゃキリがない。表出よう。決着つけようぜ」
「風使いに喧嘩売る度胸は買いますよ」
「ちょっと待て、昼間から、しかもウチの敷地内で喧嘩をはじめる気か?!」
あぁ、正守と良守を同席させなかったのは悪手だった。あの2人ならこの2人を止められるだろうに。老いた体で風使い最強と呪術師最強を止められるか、否止めなければ、この2人はお互いにお互いを殺害するか、殺害を禁じた場合周囲に被害が拡がるばかり――繁守が、自身も膝を立て掛けたときだった。
呼び鈴が鳴った。
「あ、僕が出る」
険悪な雰囲気などものともせず、利守は身軽にその場を去る。七郎と五条は睨み合ったままだった。しかし、その膠着状態が解ける人物が現れる。
「すいません、遅れました」
涼やかな声が、場を鎮静化した。そしてそれは、七郎と五条が最も恐れていた人物の来訪だった。2人は廊下から顔を出してきた人物を見た。
黒いスーツに、黒髪が諸処ぴんぴんと跳ねた黒髪の青年。髪型はどこか墨村家次男を彷彿とさせる。スーツはごく平均的な価格だろうと思う。それでも、繁守の目には新鮮に映った。
何より印象的だったのは、彼を連れてきた利守の目が凪いでいたことだ。落ち着いている。先程まで七郎や五条に向けていた目と明らかに違う。
彼は立ち尽くしたままの七郎と五条を怪訝そうに見遣りながらも、彼らの横に正座した。そして開口一番、遅れたことへの謝罪――実は彼もまた、七郎たちと同じ時間帯に来る予定だった。しかし「新幹線が一時的に停まって」遅れてしまったという。その「新幹線が停まって」の辺りで七郎が僅かに視線を逸らしたのを繁守は見た。あ、絶対何かやったな。風使いなら脱線事故も起こせるだろう。そこまでするか、と思うと同時に、繁守はこの青年へ興味が湧いた。面識のほぼないはずの七郎がそこまで警戒する相手。果たしてどんな人物か。
青年は折り目正しく頭を下げる。
「はじめまして。伏黒恵と言います。お嬢さんの利守さんとは高専で同級生でした」
「あぁ……恵くんだね。利守から時々話は聴いてたよ。仲が良い友達ができたって」
そこではじめて修史が嬉しそうに言った。
「入学してからしばらく経ってから他にもお友達ができたと聴いたけど、恵くんのことが1番名前が挙がっててね」
「ちょっと父さん、もういいからそれは」
ここで七郎と五条は察しつつあった。あ、これまずい。
伏黒は言った。
「はい、お嬢さんとは親しくして頂いていて……お付き合いもさせてもらっています」
「え、そうだったの?」
「うん、まぁ……だから今日挨拶に来てもらったんだけど……」
「ちょっと扇くん?!」
「だってここまで早く来るとは思わなくて」
五条と七郎が何やら小声で会話を交わす。それに構わず、伏黒は座布団から下りる。
「それで、今日は保護者の方々にお願いに来ました」
伏黒は正座のまま、深々とお辞儀した。
「お嬢さんと――利守さんと結婚させてください」
「恵……」
七郎と五条はまずい、と思った。明らかに利守の態度がこれまでと違う。
しかし時既に遅し。修史が、伏黒に穏やかに尋ねた。
「ウチの娘と、どうして結婚したいと思ったのかな」
「――最初は、2人でいると居心地がいいと、そう思ったんです」
伏黒は語る。
「高専に入学して2ヶ月ほど2人きりで……それで仲良くなったからかな、と思ったんです。でも、その後、仲間ができて……彼らも背中を預けられる相手ですが、利守さんとはまた別の居心地の良さでした。それは、利守さんの為人によるものだと気付いたんです」
伏黒は言う。決意した様子で。
「俺は、利守さんと家族になりたい。そう願っているんです。ですから、どうかお嬢さんと結婚を――」
「うん、じゃあ、恵くん。君に娘を任せようか」
繁守は修史と頷き合い、そして答えた。狼狽えたのは七郎と五条だ。
「!?」
「待ってください、僕らの話も――」
「聴いた上で訊きたいんだけどね、七郎くん。五条さん」
修史は言った。
「君たちは『娘さんをください』と言った。恵くんは『結婚させてください』と言った。娘をモノ扱いではなくヒト扱いしてくれる人に、娘は任せたいと思います。あと1番誠実そうだし。利守、いいね?」
「正直1番ホッとしてる。恵、宜しく」
「あぁ。――悪いな、扇さん。五条先生」
嫌みたらしくもなく、伏黒は笑んだ。それで、七郎と五条は完全なる敗北を悟ったのだ。
このあと「伏黒利守」か「墨村恵」になるかでちょっと揉めたのと、七郎と五条が場末の居酒屋で一緒に飲んだくれたのち「ふられ仲間」として仲良くなってしまい図らずも扇家と五条家が和親条約を結ぶことになるのは後日のことだ。
了