【呪術×結界】成長した利守が呪術高専に入学する話 作:駒由李
pixivより転載
墨村守美子は、一時期我が家に滞在していたことがある。
何をしていたかは知らない。知らされていない。この年の時点で知ろうと思えばできたが、敢えてしようと思わなかった。ただ、出逢った当初のたった一言で悟った失恋を未練がましく引き摺って、隙あらば彼女について回った。周りからどう見られたものか知ったことか、というほどについて回った。それでも彼女自身についての子細を知ることはできなかった。ただ、長い黒髪がざらざらと靡いている、その後ろ姿ばかりが目に焼き付いている。
その中で、辛うじて訊けたことがある。
「俺が上の子と同い年っつってたけどさ、どんな子なの?」
そう尋ねると、彼女は珍しく振り返ってくれた。
その笑みがひどく穏やかだったことを、よく憶えている。
「優しい子よ。みんな。きっと、真ん中の子も優しいし、下の子もきっと優しい子になる」
彼女は言った。
「私に似なかったの。夫に似たの。それが、嬉しいわ」
という、昔の想い出の夢を見た。
(懐かしいな~)
という気分に浸るには、少しばかり胸が痛くなる記憶だ。そんなことを思いながらソファに腰掛ける。授業まではまだ時間がある。少しばかり睡眠不足だ。それを補填しようと、目隠しの下の瞼を下ろす。高いソファだから座り心地がよくて、そして眠り心地も良い。何度か試したからよく知っている。誰もいないことを良いことにうとうととやってきた眠気に身を任せようとしたときだった。
「やっぱ五条先生って最強だよなー」
どうやら自身の噂話らしい。悠仁の声だ。わいわいと騒いでいる。気配からして4人。あとは恵と野薔薇と、……利守だろう。
(参ったな。今日はちょっと利守と会いたくない気分)
しかし仮にも教鞭を執っている身の上、そういうわけにもいかないだろう。できるだけ平静を装って今日は顔を作ることにして、会話に耳を傾ける。恐らく向こうからはこちらが見えないのだろう。段々と近付いてくる会話は、2割が賞賛で8割が悪口だった。うーん、好かれていない。「っていうかあいつのことよく知らないんだけど」ともっと寂しいことも言われた。野薔薇、もう少し僕のことを知ろうとして。そう思いつつ、そう言えば利守の声がしないことに気付いた。興味がないのだろうか。恵でさえ悪口の方には参加しているのに。そう思っていた矢先、「でもさ」と、利守の声がした。耳を傾ける。
利守の声は静かだった。いつかの彼女のように。
「確かに五条先生は最強だよ。でもね」
彼は言った。
「大概の人には、腕は2本しかついてないんだよ」
その言葉で、あぁ、と得心した。
優しい、とはこういうことか。
(確かに、彼女からは絶対にこんな言葉は聞けなかっただろうな)
ほんの短い付き合いながら、彼女の子細は知らずとも、為人は何となく把握していた。
だから、そこで断絶を味わう。利守は、彼女ではない。髪質や眉毛が似ていても、彼女にはなれない。
彼女の代わりは、この世のどこにもないのだ。あの、最強と成ってしまった自分と張り合えるほどの「最強」の彼女の代わりは、どこにも。
なぜなら利守は優しいから。人のどうしようもない弱さを、恐らく身を以て知っているから。
(あの人にはもう逢えないんだな)
自身はそのまま眠ろうかとも思ったが、気が変わった。ソファを飛び降りると、気配を消して1年カルテットの背中から襲いかかった。悲鳴を上げられたが知るものか。
ふと、目を覚ます。
辺りは髑髏や骨だらけ。真っ暗だ。どこかに光源があるのか、骨があることと、自分の体は見える。あぁ、そういえば獄門彊に閉じこめられたんだっけ。そう思い出しながら、背筋を伸ばしつつ今し方見た夢を思い出す。この箱の中でも夢は見るらしい。そう思いながらぼんやりと思い出す。
『大概の人には、腕は2本しかついてないんだよ』
「僕にとってはひとりで、腕2本でどうにかした方が1番早かったんだけど。それでも『全員』助けることはできなかったなぁ」
周りに人がいないし、どうせ外に声が漏れないだろうことを知りながら独りごちる。
「宿儺だって腕が4本もあっても結局倒されて、辛うじて封印されてるし。成る程、利守の言葉は至言だ。僕ひとりが全てを守るには、この腕は短すぎるし、少なすぎるんだ」
自身は嘆息した。
「守美子さん。あなたの息子さんにも間違いなく苦労をかけるね。だから謝っておくよ。――きっと、ここから出られるのは、僕が自死したときだ。それ以外は……外にいる面子に頼むしかない。恐らくこの獄門彊とやらは結界術の類だから、一応専門家の利守には一等苦労をかけるかも知れない」
骨の山に凭れて、腕を組んだ。
「まったく、『腕は2本しかない』のにね。やることが多すぎるよ」
そして、自身は改めて言った。
「……ま、なんとかなるか。期待してるよ、皆」
外では、術師たちが渋谷で奔走していた。ハロウィンの夜。
了