オイカッツォ:将来結婚する予定とかある?
サンラク:うん
オイカッツォ:えっ
サンラク:えっ
オイカッツォ:あるの?
サンラク:え、あるだろ?
オイカッツォ:いや、俺はない……てか全く想像つかないんだけど
サンラク:マジか
オイカッツォ:逆にマジか
サンラク:いや、当然社会人としてそれなりになってからとは思ってるけど
オイカッツォ:ふーん
サンラク:お前は家庭持ちたくないの?
オイカッツォ:別にそういうわけじゃないけど
サンラク:なんだよ
オイカッツォ:結婚に楽郎ほどの価値は見出だせない
サンラク:そうか
そうか、って…………え、終わり?
結婚なんかより今の関係の方が価値があると思ってるの、俺だけ?
俺は、ダイニングテーブルに放置していた食器をキッチンに運んで洗う。ぼんやりと食器を拭いていると、手に取り損ねた皿が、床に落ちて割れた。慌てて破片を拾い集め……そのまましゃがみ込んでしまう。
体の方はゲームにログイン中ずっと休息状態にあったため、普通に歩けるほどに回復していたはずだが、どうしても立つことができない。
思いの外ショックが大きくて自分でも驚いている。
あいつ、高校生のくせにもうライフプラン立ててんのかよ。だったら俺の存在って邪魔なだけじゃん。……あー、まだ学生だからいいのか。なら俺のタイムリミットは、楽郎が社会人になるまで……いや、結婚に至るまでの交際期間も含めれば、遅かれ早かれ向こうに彼女ができるまでってことか……。
あーあ。軽々しく興味本位で聞かなきゃ、ふられるまでは楽しく過ごせたのにな……。って、いやいや。そもそも付き合ってすらないだろ。やばい、俺完全に勘違い野郎じゃん。セフレの分際でどんだけ執着してんだ。そんなにあいつを手放すのが嫌かよ……。
腹の底から深い溜め息が漏れる。
「……ダッサ……」
……
…………
………………
第二ラウンド終盤、俺は対戦相手と向かい合うと、ラフに両手を広げてみせた。
「来いよ」
相手は怪訝そうに俺の様子を窺っている。
「そのキャラ攻撃特化だから……そうだな。君の最大火力に耐え切れば僕の勝ち、耐え切れなければ君の勝ち。これでどう?」
「……何を企んでいる」
「まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるけどね……」
当然だ。ここまで彼は、まともに〝格闘ゲーム〟をプレイできていないのだから。
「ギャラクシア・ヒーローズ:カオス」は、実際にプレイした楽郎やペンシルゴンから〝シミュレーションゲーム〟や〝タワーオフェンス〟などと評される、かなり変則的なアクションゲームだ。悪役のヴィランが街で暴れ、正義のヒーローが駆けつけて街を救う。そういう〝遊び〟だ。
彼のように格闘要素にこだわっていては、勝てるものも勝てない。対戦相手の性質を事前に把握していた俺は、これまでのラウンドを通して、なんとか格闘対決に持ち込もうとする相手の策略をことごとく握り潰し、悪辣なヴィランとして存分に暴れまわってきた。
「このままだと君、見せ場もなく負けちゃうでしょ。チャンスをあげるよ。果たして一撃でどこまで僕の体力を削れるか……
その言葉を受けて、彼の目に微かな希望が宿る。
「……敵に情けをかけると、後悔することになるぜ」
よほど欲求不満だったのだろう。構えをとるその顔は獰猛な色を隠しきれていない。
いいね。実に敵らしいじゃないか。君、ヒーローだけど。
「ねえまだぁ? 随分のろまだね」
相手は雄叫びをあげながら技を発動した。俺は、相手の挙動を観察して技を特定する。何の捻りもない、指定通りの超必殺技だ。
そしてヒーローとヴィランが接触する……間際、俺は難なくそれを躱した。同時に、がら空きになったボディに渾身の超必殺を叩き込む。強烈なカウンターを受けた巨体が物凄い速度で遥か後方へと吹っ飛び、ビルに激突した。
しばらくして、崩れ落ちたビルの中から、何やら喚き散らす怒声が聞こえ始めた。興奮しすぎて何をしゃべっているのかさっぱり分からないが、ところどころ放送できないような罵詈雑言が聞き取れる。
……こいつ魔境見てやがるな。
俺、避けないと言った覚えはないんだけどね。
瓦礫の下から這い出てきたボロ雑巾のようなヒーローは、なんとか体勢を整えると、
俺は再び両手を広げ、微笑みながら言い放った。
「来いよ」
対戦相手は咆吼を迸らせて俺に突撃してくる。大きく振りかぶったところで俺の蹴りが相手の脛を強打し、前方へと投げ出された巨駆は、舗装されたアスファルトを削りながら道路の反対側へと転がっていく。フェイントすらない怒りに任せた大振りの攻撃など、避ける必要もない。
俺はすぐさま接近しつつ飛び上がって宙で前転し、背中から地面に叩きつけられたヒーローの顔面目掛けて、容赦なく勢いを乗せた踵を振り下ろした。そのまま胸の上に跨がり、拳で滅多打ちにする。一打一打に渾身の力を込める。
ゲームだというのに、相手は頭を庇って身を丸め、ひたすら打撃に耐えている。このキャラの性能ならば普通に反撃からの脱出が可能なのだが、フルダイブVRであるが故に、彼自身の恐怖心がそれを許さない。
若いながらも格ゲー界ではそれなりの戦績を残している相手なのだが、ここに至るまでに少々心を折りすぎてしまったようだ。
俺は、戦意を喪失したヒーローの顔面を鷲掴みし、燃えていないのが不思議なほど破損して燃料の漏れ出たガソリンスタンドへと引き摺って行った。そして、やにわに距離を取ると、終始こちらに向けて発砲していた警察官NPCに急接近して銃を奪い取り、咥えタバコの警察官NPCを引っ掴んでガソリンスタンドへと投げ飛ばしながら発砲する。
ド派手な爆発と共に、俺の勝利が確定した。
「情けは人の為ならず、って言うだろ?」
………………
「終始笑顔の、見事なヴィランプレイでしたね! 特に終盤はあまりの凄まじさに鳥肌が立ってしまいました!」
試合後のインタビューで、俺は苦笑してみせる。
「彼の背後にケイオースキューブが出現したので、あの場ではああするしかなかったですね。キューブを取りに動くと、確実にバレて先を越されてしまいますから」
まあそれも事実ではあるが、あのまま完封してしまってはあまりにも呆気ない。格闘を望んでいたのは俺も同じだ。対戦相手を思いっきり殴るために、わざと超必殺を使うタイミングを前にずらしたのだ。紛うことなき八つ当たりである。正直すまないと思っている。
サンラク:なんかあった?
オイカッツォ:え、何が?
サンラク:いや、なんとなく
オイカッツォ:別に何もないけど
サンラク:そうか?
オイカッツォ:なに急に
サンラク:いや。優勝おめでとう
オイカッツォ:ああ、観てくれてたんだ。ありがとう
サンラク:近いうち会えるか?
オイカッツォ:うーん……
オイカッツォ:まだちょっと予定が立て込んでるから、またこっちから連絡する
サンラク:……分かった
このやり取りも三度目になる。
テレビの画面越しに俺の変化を察するくらいだ。会えば確実にバレる。まだ楽郎の前でこの執着心を隠し通せる自信がない。かといって、このまま引き延ばしても怪しまれるだけだ。
「どうするかな~……」
いっそこのまま自然消滅に持ってくか? どうせ別れるなら傷が浅い方がいい。今ならまだ、ただのゲーム仲間に戻れるだろう。少なくとも向こうは──。
……
…………
………………
重い足取りでマンション前まで帰ってきた俺は、軽くパニックになっていた。
「な、え、どうしたの?」
「……忙しいのに悪い。少しだけでも話せればと思って」
マンション前のアプローチにしゃがみ込んでいた楽郎が立ち上がる。想定外の不意討ちに、心臓がバクバクと鳴って変な汗が出てきた。
「あ、あ~、な、なるほどね~」
「…………やっぱ、迷惑だったか?」
「いやいやいや……」
「……………………」
楽郎の視線を受け止められずに目を逸らす。とてもじゃないが、今は顔を見られそうにない。
「……あ~、それで、話って?」
「……………………」
先を促してみるものの、楽郎は言葉を発しない。
沈黙に堪え切れなくなって楽郎の顔を一瞥した俺は、あまりの衝撃に、そのまま凝視してしまった。
楽郎が、口を真一文字に引き結んで、ぐっと何かを
「…………えっ、え?? ど、どうした? 大丈夫か?」
俺が声をかけた途端、楽郎の目からぽろぽろと涙が零れ落ち、俺はあたふたと狼狽してハンカチを探す。
あ、あれ、おかしいな……いつもどこに入れてたっけ?? なんかこれ身に覚えのある光景だな……いや、そんなことはどうでもいい。あ、あった……って今散々確認してたとこに入ってんじゃん!
俺はハンカチを取り出すと、黙って涙を流し続ける楽郎の目元や頬を拭う。眉間にしわを寄せ、口元は震えて歪み、どうみても立派な泣き顔と化している。後ろを人が通ったらしく、何やらひそひそと囁き合う声が聞こえるけど、どうでもいい。
てか今何時だ? 俺、打ち上げの帰りなんだけど。こいつ、何時間ここで待ってたんだよ……。
「俺の部屋まで歩ける?」
俺は、頷く楽郎の手を引き、カードリーダーにICカードを翳してオートロックを解除すると、マンションのエントランスへと入って行った。
………………
「落ち着いた?」
「……ありがと」
「………………」
「………………」
う~ん、参った……。どうしよう?
楽郎はコーヒーカップを手に、ちょこんとソファに座っている。俺はセンターテーブルに自分のカップを置くと、楽郎の隣に腰かけた。
「とりあえず、ここに来た理由を聞いてもいい?」
「……俺を避ける理由を、聞こうと思って……」
「……いや、……なるほど……」
避けているわけじゃない、と言おうとして、言えなかった。実際俺は楽郎を避けていたし、楽郎自身もそう感じている。
「いくつか思い当たる理由を考えてみたけど……どれが正解が分かんなくて……」
「え……例えば?」
楽郎はテーブルにカップを置き、指をひとつずつ折って挙げていく。
「……セックスがしつこすぎた、セックスを求めすぎた、実はイラマに幻滅してた、結婚の話をした、そもそも男が無理だった、男はイケるけど〝俺〟が無理だった、性格の不一致、価値観の相違、生理的に無理だった、ニオイが」
「ちょちょちょ、ストップストップ!」
一体いくつ挙げる気だよ。
「……正解出た?」
「いや、まあ出た……けど」
「……マジか……」
楽郎が両腿に肘をつき、頭を抱える。
「え、どれ……?」
体勢をそのままに、祈るように両手を合わせて口元を覆いながら、楽郎が恐る恐る訊ねる。
「……結婚の話」
「えっ、あーそっちかぁぁぁ……やっぱ重かったよなぁ……」
ん?
「重い?」
「そりゃ重いよな……セックスした翌日、なんならその日だもんな。浮かれ過ぎにも程があるわ……」
「???」
「……?」
二人の間に困惑の空気が流れる。
「そういう話じゃないのか……?」
「え、いや、そもそも結婚の話を出したのって俺だし……」
「うん、だから、なんか結婚に関する雑談の導入だったんだろ? 適当に流しておけば良かったものを、結婚する気満々で答えりゃ、ドン引きされて当然だよな……」
ん? 何がどうなっているんだ?
「……将来的には、楽郎が彼女を作って結婚する、って話だよね……?」
「は? 彼女? 何の話?」
「え、だって結婚って……」
「???」
「???」
「……なんで俺とお前の結婚の話で、いきなり彼女が出てくるんだよ」
「……ファッ!?!?」
「えっ、なに?」
え、待って待ってどういうこと?
「……もしかして、ずっと俺との結婚の話をしてたのか……?」
「…………逆にそれ以外ある?」
俺は慌てて携帯端末を取り出すと、数週間前のチャットを読み直した。
「え、じゃあこれは? 俺が、結婚に楽郎ほどの価値は見出だせない、って送った時の、超冷ややかな返事!」
「冷ややか? 慧が結婚に俺が思ってるほどの価値を感じてないなら、無理に結婚迫ったところで意味ないだろ」
「はあ? こっちはてっきり楽郎が将来女性と結婚する腹積もりでいると思ってたから、俺は結婚そのものよりも楽郎の方が価値がある……と……」
「………………」
「………………」
楽郎は呆然となり、俺は熱くなる顔を伏せた。隣から、盛大な溜め息が聞こえてきた。楽郎がソファに座ったまま前のめりになって脱力し、肘をついた片手で頭を支えている。
「俺……もう完全にふられたと思った……」
「いや、それ俺のセリフなんだけど……」
「だってお前、ここ数週間ずっと塩対応だったし、会いたいっつっても断られるし、いざ会いに来たらマジで迷惑そうな顔するし!」
「う……それは本気で悪かったと思ってる」
「……もうこれ絶対冷められてると思って、死ぬほど理由考えたんだぞ……」
「本当にごめん……俺が勝手に勘違いして取り乱してただけです……」
「ハァ……そもそも、なんで俺の結婚相手が女だと思ったんだよ?」
「……俺との同性婚なんて、拒絶されて当然だと思ってたから……
「なんで拒絶されて当然なんだよ?」
「……だってネット界隈の格好の餌食じゃん」
「ああ……だから結婚したくないのか?」
日本の法律で同性婚が認められるようになったのは、今から十数年前だ。昔は高齢者ほど同性婚に対する反対意見が多かったというが、当時賛成意見が大多数を占めていた世代が今では高齢者となっており、世代交代を経て集団重視の世相から個人尊重の世相へと、大きく移り変わった時代の流れが見て取れる。
俺が学生だった頃も校内に同性カップルはそれなりにいたし、街中でも普通に見かける。同性婚をしたカップルが養子を迎え入れたという話も聞く。
また、異性愛者でも同性と性的関係を持ったことがあると公言する人は珍しくなく、経験の豊かさを示すステータスのひとつとして語られることもあるくらいだ。
ただし、それはあくまでも一般人の話である。
事実婚は広く普及しているものの、同性婚となると日本ではまだまだ前例が少なく、ある程度知名度のある人物が同性婚しようものなら瞬く間にネットニュースやワイドショーで取り上げられ、連日世間を賑わせる。
結婚相手のプロフィールを晒したり、結婚相手の親族にインタビューしに行ったりと、プライバシーもへったくれもない。
同性愛ネタで俺を脅そうとする輩もいるくらいだ。その辺は今後の課題となるだろう。
「……俺も、楽郎となら結婚したいと思うよ。でも、楽郎を世間の好奇の目に曝すような真似だけは、絶対にしたくない」
「……………………ふぐぅ」
「……えっ、泣いてんの?」
「俺めっちゃ愛されてんじゃん……」
「えっ!?」
「……なんでそこでお前が驚くんだよ」
「俺、楽郎のこと愛してんの!?」
「…………あ、違うならいいです……」
「いやちょっと待って」
俺、楽郎のこと愛してんの!?
「これ、執着だと思ってたんだけど……」
「……これって?」
「楽郎の幸せが異性婚にあったとしても、俺は手放したくない、とか……」
「……そんな風に思ってくれてたんだ……」
「君、意外と涙脆いの?」
「……今ちょっと
「あぁ……」
分かる。俺もそんな感じだった……。
「でも、そっかぁ……。俺、楽郎のことが好きなのか……」
「……それ反則……」
俺は、両手で顔を覆ってはにかんでいる楽郎をしみじみと眺めた。
可愛すぎかよ……。あーやばい。心臓壊れそう。マジか……俺、本当に楽郎が好きなんだ……。
「楽郎」
「……はい」
「好きだよ」
「………………俺も好き」
「じゃあ、俺と付き合ってくれる?」
「……むしろまだ付き合っていなかったことに衝撃を受けているんだが……。こんな俺でよければ、末永くよろしくお願いします」
「よし。じゃ、シャワー浴びて寝るか」
「……あのさ、ホントに俺のこと好き?」
「好きだよ?」
「絶対、俺の方が慧のこと好きだわ……」
俺は、肩を落とす楽郎を横目で見ながら、今にも破裂しそうな心臓の音と、紅潮した頬を誤魔化すように立ち上がった。
いいんだよ、今はこれくらいで。
どうせ、俺はもう楽郎から離れられない。これから先、俺はこいつのことを、とめどなく好きになっていくだろう。今ならそれが分かる。いつか、俺たちの関係が全世界に発信されたとしても、決して揺るがない。そんな関係を築いていきたいと、心からそう思った。
第一章・完結。
次回から第二章、正式なお付き合いスタート。