アプリで予約したアトラクションの時間がくるまでの間、俺たちは他のアトラクションに並んでいた。
「……ていうか、シルヴィはそのぬいぐるみずっと持ち歩くの?」
「Ah、これ、実はバックパックなの!」
そういうと、シルヴィはぬいぐるみの背中に収納されていたショルダーベルトを出して背負い、こちらに背を見せた。
楽郎が感心する。
「へえ、よく出来てるな」
「
……完全にお子様スタイルだけどいいのか?
後ろからの撮影音に振り向くと、メグが携帯端末でシルヴィを立て続けに撮っていた。そして真剣な顔つきで頷き、賛辞を呈する。
「最高よ」
「ありがと!」
「慧はカチューシャとか着けないのか?」
「着けるわけないだろ。逆になんでその質問をした?」
「
「可愛さは求めてないから」
「俺は割と求めてるけど?」
「私も求めてるわよ?」
「アタリマエよね?」
「君らいい加減にしろ! 俺は男だ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、も、もちろん分かってるわよ!?」
「すまん、誰か何か言うだろうと思って」
「性別なんて気にする必要ないわ、ケイ」
「こ、こいつら……」
シルヴィが、カチューシャをしている若い男性グループを指さす。
「ホラ見て! あの男の子たちも着けてるわ!」
「あ、そうだ。試しにこれを着けてみたらどうかしら?」
「よし任せろ」
「俺の意思……」
メグのベロア素材の白いウサ耳カチューシャを俺の頭に装着する楽郎に、もの言いたげな視線を送るが、華麗にスルーされた。
三人揃って、俺の姿をまじまじと見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「いやなんか言えよ!」
全員が無言で携帯端末を取り出し、シャッター音が連発する。
これだけ集まって、まともなやつは一人もいないのか……。
「あ、慧の目が死んだ」
「Kawaiiiiii!!」
「大丈夫、似合ってるわよ!?」
「シルヴィ……さん、俺にもそれ貸してくれ」
「OK!」
楽郎は、シルヴィから受け取ったふわふわの黒いネコ耳カチューシャを、自分の頭に装着した。
え、Kawaii……。
俺は無言で携帯端末を取り出して楽郎を連写する。
……ああ、そうさ。俺だってまともじゃない。そんな些末なことはどうだっていいんだよ。
楽郎は俺の背後にまわって、後ろから俺に抱き着いた。
「!? ちょ……」
「ほらカメラ見て」
「な、な、」
シルヴィとメグが、俺と楽郎を撮影する。
俺の顔が一気に熱くなった。
「なるほど……これが〝尊い〟という感情なのね……!」
「
「その画像あとで送ってくれ」
「
「私たちも撮ってもらっていいかしら?」
「おう」
俺は黙ってメグにカチューシャを返し、黒いネコ耳のシルヴィと白いウサ耳のメグを撮影する。二人は色んなポーズを取り、最後は互いが互いの頬にキスをした。
あ、いいなー、それ。
「いいな、それ」
俺の心の声が漏れたのかと思ったら、楽郎の声だった。
「Kawaiiの撮れた!?」
「おう。Kawaii、kawaii」
「それ送って! こっちのも送るから」
「じゃあ夏目氏……メグさんのID教えてくれ」
「ラクロー! 私も!」
今日だけでかなり距離が縮まった三人の姿に、じわじわと感動が湧き上がる。
この二人には、もう俺たちの関係を隠す必要はないんだ……。俺と楽郎を受け入れてくれる存在が、こんなにもありがたいとは。
「画像多すぎるから、送って欲しいやつ選んでくれるか?」
「ええ。こっちのも選んでもらっていい? 要らないのは消していいから」
「了」
俺たちは、それぞれの携帯端末を交換して画像の整理を始める。
「次からは端末交換して撮ろう」
「だな」
俺がシルヴィの端末で画像を整理し、最後の不要な画像を削除した瞬間に次の画像として表示されたのは、完全にアウトなメグのあられもない姿だった。一瞬手が止まったが、ポーカーフェイスでスワイプして自分たちの画像に切り替える。
俺も楽郎のエロいやつ撮りたいな……。なんなら動画でもいい。いや、むしろ動画の方が……って、爽やかな朝の遊園地で何考えてんだ俺は。
そうこうしているうちに、やっと順番がまわってきた。係員の案内に従って頭部にVRシステムを装着し、三百六十度走行可能なルームランナー型VRデバイスにスタンバイする。
同じ空間にいるメンバーと一緒に、有名なファンタジー映画の世界を探索して、仲間となるキャラクターを探し出し、共に協力し合いながら悪役キャラクターの攻撃を掻い潜って、現実世界のこの場所へと脱出してくる、という内容のアトラクションだ。
体に取り付けられたワイヤーロープによって飛んだり跳ねたりも自由自在で、さらに風や水飛沫、煙や香りといった演出も加わり、より臨場感を味わうことができる。
フルダイブVRが家庭で楽しめるようになってからもこうしたテーマパークの人気が衰えないのは、やはり生身の肉体をめいっぱい動かし、家庭では実現できないリアルな体験を生む、体感型アトラクションとしての技術を発展させていった結果と言えるだろう。
俺たちは、共に脱出を果たして現実世界に出現したARのキャラクターたちに別れを惜しまれながら、施設を後にした。
「
「ええ、本当に楽しかったわ!」
「お前途中でコケてキャラ巻き込んでたのうける」
「うるさい。今後一切、俺の運動能力に期待するな」
「拗ねてる慧かわいい」
「ふん。…………なにニヤついてるんだよ」
「Kawaii」
「カワイイ」
クソが。
「それより次の予約時間迫ってるよ」
「え、やだ、ほとんど時間ないじゃない!」
「走れ走れ!」
「ええ~!!」
「
「あっ、おい……!」
楽郎が俺の手を掴んで走り出す。
こいつめちゃくちゃテンション上がってるじゃん……ドッグランに解き放たれたワンコかよ。
久しぶりに全身運動をしてヘトヘトの状態で走らされているのに、いつの間にか、俺も笑ってしまっていた。
次はホラーテイストの絶叫アトラクションだ。
プロジェクションマッピングのホラー演出に、彷徨うARの亡霊たち。廃墟の洋館をイメージした屋内コースターで悪霊たちから逃げ惑い、螺旋階段を駆け上がって高い塔の天辺にまで追い詰められ、割れた窓から外に飛び出して一気に降下する。
わー……いい景色だなー……。
「ハァ……ハァ……全力疾走の直後にジェットコースターとか……芸人じゃないんだから……」
「※%#&*@」
「え、なんて?」
「死んじゃう、って……」
「なんで分かんだよ」
「さすが彼女だね」
「か、彼女……!」
おっと、メグにとってもパワーワードだったか。
それからいくつかアトラクションを巡り、昼食の時間が近付いてきた。
「もうお腹ぺっこぺこー!」
「ハハハ、だな」
「俺たちはショーレストラン予約してるけど、そっちは?」
「私たちは色々食べ歩きするつもりなの」
「
「それ、もはや
「私たちの方が時間合わせやすいから、そっちの食事が終わったら連絡くれる?」
「了」
「おっけ」
「ナツメグ! あっちに
「待ってシルヴィ! じゃあ、またあとで!」
「……俺らも行くか」
「だね」
俺が予約したのは、ステージ上でパフォーマンスを披露するキャラクターたちのショーを観ながら、食事ができるレストランだ。
プロジェクションマッピングの背景や天候だけでなく、セリフが入った吹き出しや漫画的なエフェクト、動物たちもARで可視化され、本当にアニメの世界に入り込んでしまったように感じられる。
食事をするテーブルの上でも、プロジェクションマッピングのキラキラとした背景の中を、3Dの小さな妖精たちが動きまわり、どこを見ても楽しめるようになっている。
「凄いな……」
「だね……。料理も普通に美味しいし」
「かなりメルヘンだけどな」
「あははっ、まあ夢の国のランチだしね」
ファンタジーらしいメニューではあるのだが、所々料理でキャラクターが造形されていたり、ハートや星の形に型抜きされた食材でデコレーションされており、豪華なキャラ弁といったスタイルになっている。
「……今日は悪かったな。勝手にダブルデートにしちまって」
「ああ、いいよ。なんだかんだ俺も楽しんでるし」
「ならいいんだけど……」
「こういう賑やかな場所なら、複数人で盛り上がるのも全然アリだと思うよ」
「そっか」
「ただあの二人、今日が初デートらしい」
「ファッ!?」
「はは、そうなるよね」
「え、いいのかそれ?」
「うん、いいみたい。二人の関係をオープンにできる相手が欲しかったんだって」
「はーん、成る程な……」
「……正直、俺も嬉しい」
「……そうか」
楽郎は嬉しそうに笑った。
「楽郎は、俺たちの関係をもっとオープンにしたい?」
「……いや、その辺はお前の判断に任せるよ」
「そっか」
「うん」
やっぱり、楽郎自身はあまり抵抗がないみたいだな。あとは俺の問題か……。まあ、楽郎が俺の判断に任せると言ってくれているのなら、別に焦る必要もないし、なるようになるか。
食事が終わって再び合流した俺たちは、その後も四人で大いにはしゃぎまわった。
あっという間に日が暮れ、夜のパレードが始まる。立ち見ながらも、なんとか前の方で鑑賞できる場所を確保することができた。……のはいいが、いかんせん人が多い。
斜め後ろの小太りの男が、遠慮なく俺に密着してくる。その男の荒い鼻息がずっと首筋に当たっていて、かなり不快だ。パレードが終わるまでこのままはキツいな……と考えていると、急に横から腕を引かれ、背後から抱き締められた。
顔を上げて確認すると、不快感を露にした楽郎が俺を見下ろしていた。
……めっちゃ不機嫌じゃん。え、なんで?
困惑している俺の首筋に、楽郎が吸い付くようなキスをしながら舌を這わせてくる。
ちょちょちょ、なになになに!?
こんなとこで何やってんだよ!!
俺が楽郎の頭をパシパシと叩くと、楽郎が俺の耳にフッと息を吹きかけた。
「やっ……!」
「……愛してる……」
「!?」
俺も愛してるけど!?
何なのマジで。メルヘンファンタジーに脳が侵蝕されたの? 夢と希望の世界だからってこんな場所で俺の息子励ますのやめろよ! 目の前のお城にはR-18指定ついてないんだぞ!?
周囲からワッと歓声が上がって気が付けば、バックグラウンドミュージックがすでに結構な大音量で鳴り響き、きらびやかなパレードフロートがこちらに近付いている。俺の意識がパレードの方に向いた時、シャツの中にするりと手が入ってきた。
正気か……?
呆然と見上げると、実に清涼な笑みを湛えた楽郎と目が合った。
???
君の表情それであってる?
「!! んっ……乳首はあかん……!」
「ぶふっ……関西人出てきた」
「……俺の中にも住んでた……」
俺も乗っ取られちゃう……。
なぜかそれ以降は楽郎の機嫌もよくなり、イタズラされることなく無事パレードに集中することができた。
パレードが終了してトイレで用を足し、女性用トイレの渋滞に捲き込まれたシルヴィとメグを待つ間、楽郎と二人で次の花火イベントに向けて観賞スポットのベンチを確保する。
「さっきのなんだったんだよ、もう……」
「ごめん……お前がおっさんに匂い嗅がれてたから、つい……」
「は? え!? 俺匂い嗅がれてたの!?」
「普通に嗅がれてたよ」
「ええ……なんでぇ……?」
「まあ、いい匂いがするのは認めるが」
「いや、俺、香水とかつけてないよ」
「んー……」
「お、ちょ……んん……」
楽郎が俺の肩を抱き、首元に顔を
「ど、どんな匂い……?」
「うーん、シャンプーの匂いとか……柔軟剤の匂い?」
「えー……香りが強すぎるのかな?」
「いや、そんなことない。女っぽい匂いってわけでもないし、ユニセックスで上品な香りだと思うけど」
「ならいいけど……。でもさ、いくら距離が近いからって、普通他人の匂いを嗅ぐか? 今さらだけど腹立ってきた」
「だよな。だから見せつけてやった」
「はえ!? あれ見せつけてたの!?」
「うん。こっちガン見してたよ。俺と目も合ってたし」
「なにやってんの……」
「ムカつくじゃん。俺の慧になにやってんだコイツって」
「お………………」
おうふ……。
「相手、引いてたでしょ……」
「いや、あいつゲイだぞ。めっちゃ悔しそうにしてたし、男連れだったし、あの後なんか知らんけど二人で揉めてた。ハハハ」
「ええ……」
俺の知らないところでそんなことしてたのかよ……。
シルヴィとメグがこちらに駆け寄って来た。シルヴィが、楽郎と反対側の俺の隣に素早く座ってだらける。
「おかえり」
「おつー」
「場所取り頼んじゃってごめんなさい。助かったわ、ありがとう」
「こういう時はお互い様でしょ」
「ワタシモーオナカペコペコヨー」
「片言になっとる」
「充電切れ間近なの?」
「そういえば、あなたたちはレストラン予約してないの?」
「ああ、夜は外で花火見ながら適当に食べようと思ってたから」
「なら私たちと一緒ね! シルヴィがここの軽食ほとんど食べ尽くして、私も全部味見をしたから、オススメのピックアップは任せて!」
「それは頼もしいね」
「……まさかフライドポテトじゃないだろうな」
「あら? 私あなたにフライドポテトが好きって言ったかしら?」
「……慧から聞いた」
「ケイ! それみんなに言い触らしてないでしょうね?」
「ええっ、ないない!」
「もう!」
楽郎が口を滑らせたせいで俺が怒られたじゃねーか。
もう別にメグには楽郎イコール顔隠しだってバレてもいいような気はするけど、問題はシルヴィなんだよな。公の場で口を滑らせる予感しかしない。顔隠しを普通に「ラクロー!」って呼びそう。そうなれば珍しい名前だし、特定不可避だろう。せめて高校を卒業するまではなぁ……。
「餓死シチャウヨー」
「してたまるか」
「じゃあメグ、一番のオススメ教えてくれる?」
「あ、なら私が買ってくるわ」
「え、いいの?」
「もちろん。場所取りのお礼をさせて!」
「律儀だな」
「じゃあお願いするよ」
「ええ、任せて!」
「シルヴィさんは……充電切れか。なら俺がついて行くわ。一人だと危ないし」
「え、そんな、いいわよ」
「遠慮しない」
「うん、メグ、ついてってもらいなよ」
「ええ……じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとう」
「おう」
「いってらっしゃい」
俺が二人を見送って隣を見ると、シルヴィがこっくりこっくりと船を漕いでいた。たまにベンチの背もたれにガクンと仰け反っては、ハッと目を覚まし、また船を漕ぎ始める。
シルヴィも寝不足なんだろうな。こうして見ていると普通の女の子なのに、ゲームにログインすると、途端に化け物になっちゃうんだよなぁ……。楽郎もそうだけど……。
……なんか俺も眠くなってきた……最近忙しくてほとんど眠れてなかったからな……。
花火が咲く音にビクッとして目が覚めた。慌てて居住まいを正すと、楽郎が隣に座り、俺の手を握っていた。どうやら、楽郎の肩にもたれて眠ってしまっていたらしい。
「ふぁ……ご、ごめん……」
「寝ててよかったのに」
「いや……大丈夫……ありがと……」
「戻ってきたら、お前とシルヴィさんが仲良く寄り添って眠りこけてたから笑ったわ」
「ええ……マジか……」
あくびを噛み殺しながらシルヴィの方を見ると、シルヴィもメグと手を繋ぎ、メグの肩にもたれて眠っている。視線に気が付いたメグが俺を見て、にっこり微笑んだ。俺が微笑み返すと、メグは再び空に顔を向けた。
楽郎を見ると、楽郎は優しい顔で俺の額にくちづけを落とした。楽郎の手の熱が、俺の血液を温めながら巡る。次々と夜空に花が咲き誇っては散ってゆく。俺は、どこか夢心地でそれを眺めていた。
これは本当に現実だろうか……。今、この瞬間に目が覚めて、もし独りきりだったら、続きを見るために二度寝をする自信がある。
これが夢なら永遠に目覚めなくていいや。
花火が終わるまで、俺の意識は夢と
人数が増えると字数が増えて話数も増える。
二人の中に住んでいる関西人ですが、特に乗っ取ったりということはありません。無害です。
あとモブのゲイが変態ばかりなのは、慧がゲイに限らずあらゆる変態を引き寄せる、リアルユニーク自発マンだからです。
無防備にフェロモン撒き散らしているんでしょうね。
当然女ストーカーも何人かはいますが、直接仕掛けてこないだけです。今のところは晒すつもりもなく、楽郎と慧をこっそり覗き見して楽しむ大人しい変態が多い模様。