俺は今、eスポーツのオリンピックともいえる世界最大規模の対戦格闘ゲームトーナメントに出場するため、オーストラリアからロサンゼルスという経路で、大会の開催地となるラスベガスに来ている。
会場となる場所は、豪華絢爛なカジノをはじめ、砂浜と波のあるラスベガス最大の人工ビーチに、流れるプール、大規模アリーナや水族館、多種多様なジャンルのレストランやカフェ、バー、ホテルが併設された、統合型リゾートだ。
俺が滞在するのもここのホテルで、客室は中々に広い。窓の外に広がる空は雲一つない快晴だ。右手に見えるのは黒いピラミッド型のホテル、左手に見える金色の建物は、このホテルの別館で、これらのホテルは全て内部で繋がっており、徒歩で行き来できるようになっている。
俺は試合会場の入場パスを受け取るため、いたるところに派手なスロットマシンが設置された施設内を歩いて、会場へと向かった。要所要所にチェックインカウンターの案内ポスターや看板がデカデカと掲げられており、道に迷うことはない。
会場は、国籍問わず大勢の人でごった返していた。一般客用と選手用の窓口があり、俺は選手用窓口で自分のゲーマーIDの書かれた入場パスを受け取って首から下げる。
部屋に戻ろうとした時、丁度会場に入ってきたメグと出会った。
「あら、ケイ」
「メグ。今から受付?」
「ええ。シルヴィもそろそろ来るんじゃないかしら? さっき部屋を出たってメッセージが来たから」
「そっか。シルヴィ、アメリカに帰っちゃったから久々の再開じゃない?」
「そうなの。こんな時でもなければ、もっとゆっくりできるんだけどね」
メグは眉尻を下げて苦笑し、肩を竦めた。
恋人と言っても、互いに死力を尽くして戦う選手同士。そうそう甘い空気に浸ることもできないだろう。
「とりあえず、私も受付を済ませてくるわ」
「いってらっしゃい。シルヴィに逢えるといいね」
「ええ、ほんとに」
メグと別れて部屋に戻った俺は、新人に付きっきりのマネージャーに報告メッセージを送ってから、早速VRシステムを起動した。
イベントにプールに水族館にと、娯楽は山ほどあるのに、俺がやることは家にいる時とさほど変わらない。ただひたすら練習と調整を重ねるだけだ。
気が付けば、もう夜になっていた。
窓の外に目を向けると、黒いピラミッドの天辺からビームのような青いライトが天空へと一直線に伸び、その向こうにはきらびやかな夜景が広がっている。
サマータイム中のこの時期、日本との時差は十六時間。今、日本は昼時だ。携帯端末を取り出して夜景を撮り、今日撮影したホテルや会場の画像と共に、楽郎に送信した。
日本では毎日練習に明け暮れ、楽郎の学校が夏休み期間に入ったにもかかわらずデートなどは全くできずにいたのに、楽郎は文句も言わず、昼食時など短時間でもちょくちょく顔を見せに来てくれていた。
夕食にしようと部屋を出て施設内を歩いていると、五人組の若い男女に声をかけられた。
「おおお、Kだ!」
「え!? え、魚臣慧さんですよね?」
「あ、はい」
「えっすごい本物だ!」
「生の魚臣慧がいる!」
「え、やばいやばい!」
「キャー! 動いてる!!」
そんな珍妙な魚類見たときみたいなリアクションしなくても……とは思いつつも、よくあることなので気にしない。普段通り、にこやかに応じる。
「あああの、握手してもらってもいいですか!?」
「いいですよ」
「ひゃあぁあぁ好きですぅ!」
「あはは、嬉しい。ありがとうございます」
「マジモンだ……!」
「ありがとうございます」
「大会頑張ってください!」
「頑張ります。ありがとうございます」
「応援してます」
「応援ありがとうございます」
「近っ……イケメンすぎる……!」
「あはは、テレる」
「キャアアッ!!」
「お前うるせっ」
「あはは」
俺が両手を差し出して迎え入れると、ほぼ全員が両手で握り締め、中にはぶるぶると手を震わせる人もいた。
「一緒に写真撮ってもらってもいいですか!?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ全員で並んで……」
「えっ私ツーショットがいい!」
「俺も」
「そんな何回も迷惑だろ」
「大丈夫ですよ、全然」
「ほんとですか!?」
「マジか」
「キャアーッ!!」
「いやめっちゃいい人」
「やばい、やばい……」
「えっ誰からいく?」
そのグループと別れてからも、少し歩く度に老若男女人種問わず声をかけられ、握手と撮影を求められた。受付のときとは違って皆リラックスしているためか、すぐに気付かれるし、声もかけられる。
選手以外の一般人でもわざわざラスベガスまで観戦しに来る筋金入りのゲーマーが集まっているだけあって、俺の知名度も普段とは桁違いだ。
ありがたいことだが、どうも部屋の外でゆっくり食事というわけにはいかなそうだ。
俺は部屋に戻ってルームサービスを頼んだ。運ばれて来たのはパスタとサラダだが、一人分とは思えないほどとにかく量が多い。俺も完全に失念していた。味の方は、さすがにレストランレベルとはいかないが、普通に美味しい。
楽郎に送った画像に返信が来ていたので、広いバスタブにお湯を張りつつ、パスタを口に運びながらチャットをする。
サンラク:うおぉすげぇゴージャス
オイカッツォ:なのにほとんどゲームにinしてるっていう
サンラク:そんな頑張り屋さんには、ご褒美に何でも一つだけ言うことを聞いてあげよう
オイカッツォ:やった!
サンラク:そして、ついでに俺の腹筋割れたご褒美もリクエストしたい
オイカッツォ:あー
オイカッツォ:もちろん覚えてるよ
サンラク:完全に忘れてるやつの反応
オイカッツォ:ははは、まさか
オイカッツォ:で、リクエストって?
サンラク:お買い物デートしようぜ
オイカッツォ:いいよ!
サンラク:慧は女装で
オイカッツォ:すぐ叩き落としてくるじゃん
オイカッツォ:女装は二人きりの時だけって言わなかったっけ?
サンラク:言ってたな
サンラク:でもほら、ご褒美だから
オイカッツォ:ご褒美はなんでも叶う万能の魔法じゃねーんだよ
サンラク:ご褒美なのに……?
オイカッツォ:君のそのご褒美に対する無垢な信頼なんなの
オイカッツォ:ていうか、女装した俺とどこで買い物デートするつもり?
サンラク:アダルトショップ
オイカッツォ:君さぁ……未成年者のくせに恋人に女装させてアダルトグッズ買わせようとすんなよ
オイカッツォ:「お買い物デート」っていう健全装った字面とのギャップがえげつないわ
サンラク:なんかそう言われると倒錯プレイっぽいな
オイカッツォ:むしろその意図がなかったことに困惑しかない
オイカッツォ:とにかく未成年のうちはダメです
サンラク:あと数か月で18だから実質アダルトなのに……
オイカッツォ:今高3だっけ
サンラク:そう
オイカッツォ:受験勉強大丈夫なの?
サンラク:問題ない
オイカッツォ:どこ受けるの?
サンラク:来鷹
オイカッツォ:またスペック上げてくるじゃん……
サンラク:スペックってなんの?
オイカッツォ:君のに決まってるでしょ
サンラク:俺ただの高校生なんだが?
オイカッツォ:君のどこがただの高校生なのか小一時間問い詰めたいところだけど、不毛だからやめておいてあげるよ
サンラク:ハイスペックの塊が何か言ってる
オイカッツォ:てか東京の大学じゃん
サンラク:そうだよ。慧んとこからも通えるな?
オイカッツォ:うちに住むの?
サンラク:やっぱダメ?
オイカッツォ:いいよ
サンラク:マジで!
オイカッツォ:来鷹に受かればね。親には何て言うの?
サンラク:友達とルームシェア
オイカッツォ:なるほど
オイカッツォ:ご飯食べ終わったからお風呂行ってくる
サンラク:入浴中の慧の画像送って
オイカッツォ:ええ……なんで
サンラク:俺の入浴中の画像は要らない?
オイカッツォ:ちょっと待ってて
サンラク:要るんだな……
バスタブは、一人で入るのがもったいないほど大きい。
俺は、ひとまず体を洗って湯船に浸かり、上半身を何枚か撮影してみて、首を傾げた。何か違う。あえて入浴中を指定してくるということは、多少は性的なものを期待しているのだろう。そして、濡れている姿に何らかの魅力を感じている可能性もある。
俺は一度出て頭も洗い、湯船に入り直して分身を勃たせる。何枚も自撮りをして、その中から一枚を選んで送信した。
頭上から
サンラク:風呂、ひろっエロ!
オイカッツォ:語呂。
サンラク:今日のオカズにするわ
オイカッツォ:え、これオカズになる?
サンラク:なるなる。すでにムラムラしてきた
オイカッツォ:マジか
サンラク:俺も風呂入ったら送るわ
オイカッツォ:了。何時頃になる?
サンラク:21時ぐらいかな?
オイカッツォ:こっち朝の5時じゃん
オイカッツォ:起きたらソッコー確認する
サンラク:おう
俺は入浴を終え、再び格闘ゲームの世界へとダイブしていった。
……
…………
………………
アラームの音で目覚めた俺は、寝惚けながらもすぐさま携帯端末をチェックした。
「カワ……エロ……」
楽郎から届いていた画像は、自宅の湯船に浸かり、勃起させて何故か少年のような笑顔でサムズアップしている俯瞰画像と、バススツールに腰かけ、竿を強調させてこちらを見下ろすあおり画像の二枚だ。
そして、入浴時の楽郎の、ざっくりとした濡れ髪オールバックが何度見ても好きすぎる。こちらも画像としてゲットできたのは
これは確かにオカズになる。そしていい目覚ましになった。受信時間を確認すると、画像が届いてからまだ一時間も経っていない。今なら楽郎も起きているはずだ。
オイカッツォ:最高
サンラク:おう、おはよう?
オイカッツォ:おはよ
オイカッツォ:入浴画像ありがと。ムラムラする。舐めたい
サンラク:おいやめろ俺もムラムラしてくる
オイカッツォ:でも時間ないからコンボ練してくる
サンラク:てらー
今日はいよいよトーナメント初日だ。
大会は三日間の工程で行われ、一日目と二日目は予選、三日目が本戦となっている。
俺は時差惚け
意気衝天の勢いで出てきたはいいものの、予選会場へと続く長蛇の列が、ホテル一階のエレベーターを降りてすぐのところにまで続いており、ただでさえホテルから徒歩十五分はかかる道のりに、かなりの時間を要することになる。
といっても、初日に混雑するのは分かっていたし、マネージャーからも自分の試合開始時刻の一時間前には部屋を出るようにと通達されていたので、何の問題もない。
道中の窓からは眩いばかりの人工ビーチが臨める。
俺は周囲の人たちと握手や撮影をしながら移動し、入り口で入場パスを見せてゲーマーIDを名乗り、係員が手元のタブレットにチェックを入れて、ようやく予選会場に足を踏み入れた。
広い会場は国籍問わず大勢の人々が行き交っている。選手は運営から指定されたブースへと移動して、時間通りに試合を開始する。
会場に並んだブースにはそれぞれ四台のチェア型VRシステムが設置されており、同時に四試合行われる。そして、勝ち負けに従ってウィナーズ・ブラケットとルーザーズ・ブラケットに分けられる。
二敗した時点で敗退となるダブルイリミネーション制を採用しているため、一度負けてもルーザーズ・ブラケットで勝ち続ければ、優勝することも可能だ。
各ブースには運営が用意した係員がいて、ジャッジを含め試合の進捗状況を確認しながら、トーナメント表に則って試合を進行させていく。
ブース席の他に、ステージ上に設置された配信台と呼ばれるものもあり、配信台での試合内容は特大モニターでステージの壁一面に映し出され、実況解説付きで全世界へと配信される。選手は、運営から呼び出しを受けたときだけ、この配信台で試合をするのだ。
俺は運営の指示に従って配信台とブース席を行き来し、忙しなく試合を進めた。自分の試合が終わったあとはメンバーの試合を観戦したりアシストしたりして過ごす。
そして、
トイレに行きたかった俺は、なるべく声をかけられないように人目を避けてこっそりと会場を出たのだが……。
「やあ、慧君」
「……ああ、どうも。改崎さん」
2022年以降、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられています。ちなみに飲酒は20歳から。