声をかけてきたのは、プロゲーマーの
年の頃はちょうど青年期から壮年期に移行するあたりといったところか。人の目を引く派手さはなく一見すると地味だが、顔立ちは整っている。無造作なオールバックと無精髭が、ややだらしなくもワイルドな印象を与えている。
超速攻の二ラウンド先取を得意とするガン攻めアタッカーだ。当然ながら、プロゲーマー相手に速攻で二ラウンド先取するというのは容易ではない。相当な実力者である証だ。過去には俺も負けたことがある。
ただ、主にセットプレーで強い連係を押し付けるプレイスタイルなので、それに対応できればメンタルを崩すことができ、長期戦になるほどこちらが有利になる。向こうからすれば、対応力があり、なおかつ長期戦に強い俺は、相性の悪い相手といえるだろう。
「急いでたかな?」
「あーいや、ちょっとトイレに……」
「ああ、なら丁度いい。俺も今行くところだから」
改崎さんはトイレに向かって歩き出す。
目的地は同じなので、ひとまず用を足せることにホッとしながら、俺もついていく。
「今回は違うタイトルだね。慧君とヤれなくて残念だよ」
「そうですね。お互い頑張りましょう」
「うん……」
改崎さんがふと立ち止まり、おもむろに顔を近付けてきた。至近距離で見つめ合うかたちとなり、困惑してしまう。仄かに煙草の匂いがした。
「……どうしました?」
「なんか慧君、雰囲気変わったね」
「え、そうですか?」
「恋人でもできたかな? ハハハ」
「ははは……いやいや……」
俺の反応に、何故か改崎さんの笑顔が固まった。
「え、本当に……?」
「K!!」
威勢のいい声に振り向くと、赤毛のツンツンヘアに、Tシャツから覗く首や腕のタトゥー、耳や口にピアスをジャラジャラつけた、やたらと外見の自己主張が強い男が、人懐こい笑みを満面に湛えて駆け寄ってくるところだった。
君か……。あの時はよくも好き放題言い触らしてくれたな……おかげでこっちは未だに合コンやら遊びの誘いメールに返信する羽目になってんだぞ。
以前、自宅でのオンライン対戦後に「彼女を作るな」とかなんとかほざいていたあいつである。とんだ腹いせもあったものだ。悪い奴でないのは確かだが、その場のノリとテンションで喋るため、いささか口が軽すぎるのが難点だ。
「君、よくここまで辿り着けたね」
「酷くね!? 俺だってプロゲーマーだぞ!?」
「途中で迷子にならなかったのか?」
「そっち!? え、てかあのKが俺の心配をしてくれてる……やべえ、マジ感動……」
「心配はしていない。断じて」
「またまたぁ! ……俺、今回こそは絶対に優勝して、Kに言いたいことがあんだよ」
「君、俺とタイトル同じでしょ? じゃあ無理じゃん」
「無理とか言うなや! ぜってぇ負けねぇからな!」
「はいはい」
「お前に勝利を捧げるぜ!」
やつは言うだけ言って去って行く。
「……それ俺が勝ってない?」
一体何を言うつもりか知らないが、俺に宣戦布告とはいい度胸だ。……いや、よく考えたらあいつからは事あるごとに宣戦布告されているな。俺が負けたことがないだけで。
「う~ん、慧君、やっぱりモテモテだねぇ」
「ええ……やめてくださいよ」
「ハハハ」
トイレに入って並んで用を足していると、改崎さんが無遠慮に覗き込んできた。
「ちょ、なんで見るんですか」
「いや~、顔がキレイだとそっちもキレイなのかなーと思って」
「ちょっと何言ってるか分かんないっす」
「ガチでキレイでビビるわ」
「セクハラじゃないすかーやだー」
あれ、こんな人だったかな? 前々から妙に視線を感じることはあったけど、こういう冗談を言うタイプだとは思わなかった。
それより周りの人の視線も俺の股間に集中してるからやめて欲しい。
「若いっていいよね。俺もうおっさんだからさ、ほら、こんなだよ」
そう言って見せられれば、なんとなく見てしまう。
「いやなんでちょっと勃ってんですか」
「デフォデフォ」
「絶対ウソじゃないですか」
「歳だねー」
「いや歳関係ないですし、改崎さん普通に若いですしね」
「え、マジ? 俺まだまだイケる?」
「あ、そういうとこちょっとオヤジくさいっす」
くだらない話を続けつつ、手を洗ってトイレから出た。改崎さんは、話をしながらスタスタと歩いていく。ホテルの方へと向かうので、俺も途中まではと思い、一緒に歩く。
「いいねー、ガンガン突っ込んでくるねー」
「どんだけツッコミに餓えてんすか」
「いや俺突っ込む方だからさ」
「せめてもう少し説得力持たせてくださいよ」
「じゃあ突っ込んでいい?」
「なんで許可制なんですか」
「許可なく掘っていいの?」
「ほ、ん……? いやそっちの突っ込みはノーサンキュー!」
「ハッハッハッ! ノーサンキューか!」
「勘弁してくださいよ! 変な返し出ちゃったじゃないですか!」
「面白いねー、慧君。こんなに面白い子だとは思わなかったなぁ」
「なんでそんな嬉しそうなんですか……」
「いやだってめちゃめちゃ可愛い後輩タイプじゃん。あ、喉乾いたからそこ入ろう。奢るよ」
改崎さんはそういうと、さっさと近くの店に入ってしまう。ここで何も言わずに俺だけ帰るわけにもいかない。とりあえず、俺もあとに続いて入った。
ちょうど昼時で、客席はほとんど埋まっているように見える。店内の雰囲気や客が食べているものからして、メキシコ料理の店らしい。
「こっちだって」
俺がキョロキョロしている間に店員と会話を済ませた改崎さんに声をかけられる。
店員に案内されたのは、ヤシの木に囲まれた南国風の人工ビーチが見渡せる、開放的なテラス席だった。
……これだけ混んでいて、こんなにいい席がたまたま空いているものか?
「……もしかして、予約してます?」
「へえ……名前の通り
この手口は俺も使ったことがあるんでね。う~ん……これは、初めてあの中世酒場行った時に俺が予約してたのも、楽郎にバレてるっぽいな……。
「ちょうど昼飯時だからいいでしょ?」
「そうですけど……」
まだ何も頼んでいないのに、サーバーがトルティーヤチップスと三種類のサルサソースを運んできた。
「お通しが来たね。ほら、座った座った」
「…………」
確かに、ここに突っ立っていても仕方がない。俺は黙って席に着いた。
「まあまあ、そんな硬くならないで。奢りなんだから、好きなもの頼みなよ」
「……いえ、さすがに食事となると悪いんで、自分で払いますよ」
「そう? あ、メニューは分かる?」
やけにあっさりと引く改崎さんに促され、メニューを開く。
「…………読めることは読めますが、料理の想像が全くつかないですね」
「メキシコ料理の店だしね。まずは飲み物を頼もうか。慧君まだ十九だっけ?」
「はい」
「でも今月誕生日でしょ? せっかくベガスにいるんだから、酒飲んじゃえば?」
「ラスベガスは飲酒二十一歳からですよ」
「あれ、そうだっけ?」
「あとカジノも二十一歳からです」
「嘘でしょ……酒もカジノもできなくて、何のためにベガスにいるの……?」
「あれ? もう酔ってます?」
「リクエストされちゃあしょうがないなぁ。酒飲んじゃおう。慧君何にする?」
「最初から飲む気満々じゃないですか。……僕はブラッドオレンジレモネードにします」
「うん、いいチョイスだね。ほら、チップス食べな?」
「……いただきます」
俺がトルティーヤチップスをつまむ間に、改崎さんがサーバーを呼び、注文をする。
「そのチップス旨いでしょ」
「……悔しいけど美味しいです」
「ハハハ! なんで悔しいんだよ」
「それより、こんな昼間からテキーラですか」
「なんだ聞いてたの? メキシコといえばテキーラだからね。料理はどうする?」
「うーん……正直全然分かんないんで、改崎さんに任せます」
「辛いのイケる? パクチーは?」
「辛いのは、辛すぎなければ。パクチーはちょっと苦手です」
「オッケー」
飲み物を運んできたサーバーに料理を注文した改崎さんが、テキーラのグラスを手にしたのを見て、俺も自分のグラスを持つ。
改崎さんは、グラスを目の高さに掲げて、片頬笑んだ。
「乾杯」
「……乾杯」
俺もグラスを目の高さまで上げて会釈し、口をつけた。
「……うまっ」
つい、手に持つグラスをまじまじと見てしまった俺に、改崎さんが破顔一笑する。
ブラッドオレンジレモネードとトルティーヤチップスが美味しすぎて、パクパク食べているうちに、料理が運ばれてきた。
「でかっ。二人前ですか?」
「これ実は一人前なんだよ」
「ええ……」
日本語にすると〝ユカタン風豚肉蒸し〟という料理なのだが、大皿に野菜のグリル、ワカモレ、ブラックビーンズ、ワイルドライス、バナナソテーが盛り付けられていて、中央に鎮座している豚肉は優に六百グラムはありそうだ。
そこに、トウモロコシ粉の生地を薄く伸ばして焼いたコーントルティーヤがついている。
「安心しな。一人前しか頼んでないから。日本人は安上がりでいいよな。ハハハ」
「さすがっす」
コーントルティーヤに、大皿の具材をたくさん乗せて挟み、口に頬張る。
「ん~! …………」
「〝美味しい〟?」
なかなか飲み込めずにひたすら口を動かしていると、改崎さんが代弁してくれたので、こくこくと頷いた。
ユカタン風豚肉蒸しは、濃厚なトマトベースのサルサ味で、スパイスを使ってじっくりと蒸された豚肉は、脂身が少なく、ほろほろと柔らかい。様々な香辛料の合わさった複雑な味わいが飽きを感じさせず、食べだすと止まらない。
夢中で食べる俺を、改崎さんが嬉しそうに眺めている。
何度かサーバーがやってきて、改崎さんの空のグラスとテキーラを交換していった。
「いい食べっぷりだね」
「…………すみません。美味しいです」
「気にしなくていいよ。キレイな食べ方だし、見ていて気持ちがいいから」
「改崎さんは食べないんですか?」
「俺は酒のつまみにゆっくり食ってるから。慧君が腹いっぱいになったら、あとは全部もらうよ。どうせこの量食べきれないでしょ」
「あーじゃあすみません、今さらですけど、一応分けさせてもらいますね」
「いいのに」
「いやさすがに残り物を食べさせるような真似はできないですよ」
俺は、最初の量の半分が改崎さんに残るように、自分の方を少なくして分けていく。
「きっちりしてるね」
「普通です」
「もっとだらしなくてもいいんじゃないの? 俺は気にしないよ?」
「僕が気になります」
「ほら、それも。慧君の一人称〝俺〟でしょ? なんか距離感じるわー」
「距離感じといてください」
「ハハハ! 言うねぇ。仕事で間に合わないマネージャーの代役にしたのは申し訳なかったよ。気に障ったならごめんね」
「……それ本当ですか?」
「ちょうどそこに慧君が居たからさぁ……ん? 本当って?」
「最初から僕を誘うつもりだったわけではなく?」
「わお、モテる男は言うことが違うねぇ」
ニヤニヤしながら言われて、頬が熱くなった。
俺の気にしすぎだったか……?
「すみません。違うならいいんです」
「まあまあ。グラス空いてるよ? 何か注文する?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ俺もさっさと食っちゃうから、慧君も食べな」
「はい」
食事を終えて、伝票を探す。
「……あれ? 伝票は……」
「ああ、ごめん。そういやさっき払っちゃったわ」
「え?」
「俺いつも最後のオーダーでカード切っちゃうからさ。おっさんになると癖が抜けなくてダメだねー、ハハハ」
「え、いくらでした? 払います」
「いいよいいよ。値段なんて俺も見てないから」
「いやいや、困ります!」
「ほら、まだ混んでるからさ。とりあえず出ようか」
メニューを確認しようとする俺の背中に手を当てながら店を出た改崎さんは、そのまま俺の前に出て歩きだしてしまう。
「改崎さん! ちょっと待ってください!」
「え! 魚臣慧だ!」
「ヒエッ……慧きゅん……!」
「おおっ! 改崎速手もいる!」
「マジだ!」
前を歩いていた改崎さんが戻って来て、俺の隣に並んだ。その場で握手会が始まる。
「応援してます!!」
「さっきの試合見てました!」
「二日目も頑張ってください!」
「ありがとねー」
「応援ありがとうございます」
「慧くん、大好きですっ……! 一生推します……!」
「わ、めっちゃ嬉しい。ありがとうございます」
「………………」
「あっ」
「あらら」
「おわっ!?」
「えっ、なに!?」
「失神した!」
握手をした女性が目の前で白目を剥いて崩れ落ち、慌てて抱き寄せながら支えた。
「大丈夫ですか!?」
「だ、だ、ダイジョブです…………」
「え!? また失神したぞ!」
「慧君が介抱しちゃあ逆効果だよね」
「いやそう言われても……」
「スタッフ呼んでくるわ」
「すみません、お願いします」
「……あ……す、すみません、すみません、大丈夫ですから……」
俺は女性を抱き支えたまま答える。
「今、改崎さんがスタッフさん呼んでくれてるんで、このまま少し待ってもらっていいですか?」
「は、はいぃ……うぅぅぅ……もう死んでもイイですぅぅぅ」
「いやダメでしょ」
「泣き出した……」
「魚臣慧すげぇな……」
女性が担架で運ばれていき、今度は撮影会が始まる。
改崎さんは俺の腰に手をまわして密着し、顔を寄せてカメラに目を向けた。こんな場で振りほどくわけにもいかず、俺もカメラに笑顔を向ける。
改崎さんが、俺の耳元で囁いた。
「捕まっちゃったね」