大会二日目は初日のような混雑も収まってスムーズに会場に入ることができるため、シャワーを浴びてから出る余裕もあった。
道中でも会場内でも、SNS拡散の影響があってか、写真を撮られることが増えた。携帯端末やカメラのレンズがこちらを向くたびに動悸がして、嫌な汗をかく。
これほど大勢の人間がいる中で、試合以外でここまで
「ちょっとケイ! 昨日改崎さんとナニがあった!?」
「改崎さんって、ファンサービスでもああいうことするようなタイプじゃないよな!?」
こいつら以外は。
「昨日たまたまお昼をご一緒させてもらっただけだよ」
「え~、本当にぃ?」
「やっぱな。そんなこったろうと思った」
「やあ、慧君」
背後から声がかかり、目の前のチームメンバーたちが「あ」という顔をした。
「……改崎さん」
タイムリーなご本人の登場に、ジュリーとケンが揃って口を噤む。
「俺との画像が出回っちゃったみたいで、申し訳ないね」
「いえ、改崎さんのせいではないですよ」
「やっぱり慧君は、情が深いね……昨日せっかく俺の部屋に来たんだから、もう少しゆっくりしていけばよかったのに……。じゃ、お互い試合頑張ろうね」
意味深長な物言いと艶気を帯びた低い声に、俺がうっかり赤面してしまうと、改崎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて軽く手を振り、会場奥にいる彼のチームの元へと去って行った。
「………………」
「………………」
ジュリーとケンの胡乱な視線が俺へと注がれる。
「ハハ~ン〝お昼をご一緒〟ねぇ……」
「やっぱな。そんなこったろうと思った」
「……二人とも、何を勘違いしているのか知らないけど、あの人は俺をからかうのが好きなだけだよ」
「あーうんうん、うんうんうん」
「へーほーふーん(ハナホジ)」
……よろしい、ならば
「あっケイが笑った!」
「やべぇキレてるぞ! 逃げろ!」
二人はあっという間に人混みの中へと姿を消した。
「……ふん。敗北主義の逃亡兵どもが」
メグがこそっと俺に話しかけてくる。
「ねえ、大丈夫なの?」
「ん? なにが?」
「彼、怒ってるんじゃない?」
「ああ、相当キレてたねー」
「……なんでちょっと嬉しそうなのよ」
「メグこそ、シルヴィとはどうなのさ」
「えっ……」
シルヴィの話を振ると、メグが頬を赤く染めた。
「おやおや?」
「こ、こっちの話はいいでしょ!」
「会えるのいいなぁ~」
「そっちだって、日本に帰ったら会えるじゃない! 私たちは、大会が終わったら逆に離ればなれになるんだから!」
「あ、そっか……ごめん……」
「い、いえ、いいのよ……。シルヴィがまた何か企んでいるようだし……」
「ああ……彼女ならなんとかしてくれそうだよね」
「ええ。私生活はまあ……ちょっとだらしないけど、本当に、ヒーローみたいなの」
「うん、分かるよ」
シルヴィは、現実でも正統派のヒーローって感じだ。「彼女に不可能はない」と思わせてくれる、天下無敵の英雄! メグが心を奪われるのも分かるな。
そして、俺にとっては何がなんでも打破したい強敵でもある。今回はタイトルが違うため、シルヴィと対戦できないのが残念でならない。シルヴィとの試合はめちゃくちゃ燃えるのに。
「そろそろ時間ね」
「そうだね。お互いベストを尽くそう」
「ええ。シルヴィに恥じない試合をしたいわ」
二日目も、一日目と同じように試合を進行していく。
初日を勝ち抜いた実力者揃いということもあって、選手たちは皆、緊張した面持ちで対戦に
大会は複数のメインタイトルとサイドタイトルのトーナメントで構成されており、メインタイトルは三日目が決勝戦となるが、サイドタイトルの中には二日目にして予選会場で決勝戦が行われるものもある。
特大モニターの配信台ステージで表彰されているのは、有名なプロゲーミングチームの日本人選手だ。うちの新人は敗れてしまったらしい。
この日の試合で最終日進出を果たした
メグを負かした対戦相手は、世界の獲得賞金ランキングで常に上位に入っているアメリカ人選手だ。
「格上相手に見事な健闘だったよ。よく頑張った」
「ありがとう……。シルヴィは当然のように決勝戦に進むだろうから、あとは微力ながら、シルヴィとケイを応援しているわ」
「あれ、メグちゃん? 俺もいるよ?」
「……ついでにケンも」
「メグちゃん? 心なしか俺にだけS属性発動してない?」
「あんたがうざいからでしょ」
「ジュリーにだけは言われたくないですぅ~」
「あん? やんのか?」
「お前は今日予選敗退してるから不戦敗で俺の勝ちぃ、ハイどんまい☆」
「てめぇマジ殺す!!」
「助けて!」
ほんと仲良いなこいつら。
二日目の午後は
他の販売ブースでは、様々なブランドのVRシステム用カスタムパーツがズラリと並び、大盛況だ。俺も、楽郎になにかお土産でもと思ったのだが、人が多すぎる上に俺の周りで人が立ち止まってしまい、迷惑になるので、泣く泣く退散してきた。
帰りに通りかかったサイバーパンクなDJブース内では、沢山の人が踊り狂っている。皆、それぞれ大会を楽しんでいるようだ。
サンラク:おつおめ
部屋に戻って、キングサイズの大きなベッドに寝転がり携帯端末を確認すると、楽郎からメッセージが届いていた。
オイカッツォ:え、試合観てくれたの?
サンラク:なんなら昨日も観てる
オイカッツォ:マジ!? 俺の試合時間って日本だと放送深夜でしょ
サンラク:深夜でも普通にゲームしたりしてるしな
オイカッツォ:そうかもだけど、嬉しい
サンラク:そうか
オイカッツォ:昨日の件だけど、今電話いい?
サンラク:うん
俺は端末を手に体を起こすと、またベッドに寝そべった。そわそわと座ったり寝転がったりを繰り返す。自分から言い出したものの、なぜか電話となると、異様に緊張してくる。
やばいやばい。どうしよう。
最終的にベッドの上で正座すると、連絡先のリストから楽郎の名前を選択し、二回深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。
『……おう、おつかれ』
通話口から聴こえてきた声に、言葉が詰まった。
『ん? 聞こえてないか?』
「……聞こえてるぅぅぅ」
『え……泣いてんの?』
「ぅぅぅ……楽郎の声だぁぁ……」
『……………………』
感極まって、図らずも涙が零れた。袖で目元を拭いながら、仰向けに寝転がる。
少しして、楽郎が話しかけてくれた。
『……落ち着いたか?』
「うん……ごめん」
『別に謝る必要ないだろ』
「うん……そうだ、昨日の話だけど……」
俺は、改崎さんに声をかけられたところから、順を追って概要を説明した。
『それ、最初から完全にお前目的だよな?』
「あとになって考えればね。でも、その時は分かんないよ。俺、打ち合わせとかで仕事の関係者と二人で食事したりもするけど、お偉いさんの中にはもっとどぎつい冗談言う人もいるし。触ってきたりとかさ」
『は?』
「あ、いや……つまり、俺としては仕事の関係者と同じように対応したってだけ」
『……。……で、なんて言って口説かれたんだ?』
「え? ……本気だから、覚えておいてって……それだけだよ」
『……本当にそれだけか?』
「……そんなこと聞いてどうすんの? 楽郎が嫌な気分になるだけじゃん。どんな口説かれ方をしたところで俺が断ったことに変わりはないし、今後二人きりで行動することもないんだから、それで十分だよね? 違う?」
『…………そうだな』
そこで会話が途切れてしまう。
楽郎の顔を見ることも出来ない、触れることも出来ないこの状況で、無駄に楽郎を傷つけるようなことを話せるわけがない。もどかしくてイライラする。
「楽郎。俺、明後日帰国するけど、時間空けられる?」
『もう空けてある』
「俺、明日の戦いで生き残ることができたら、楽郎とデートするんだ」
『……一番デカい大会で自ら死亡フラグ立てにいくスタイルは素直に尊敬するわ』
「ハッ、この俺が、負けるはずないだろ? 君に俺の本気を見せてやろう」
『さらに負けフラグの重ねがけだと……』
ツッコミにも覇気がない。このまま弱った楽郎の声を聞いているしかないというのは、正直辛いものがある。今すぐ帰国したくなってしまう。
「そろそろ調整に戻るよ」
『分かった…………慧』
「うん?」
『……愛してる』
「んはっ……」
思わず身をよじらせて悶える。
「俺も愛してるよ……楽郎が好きすぎてツラい」
『俺も……じゃあ、調整頑張れ』
「うん。賞金掻っ攫って帰るから楽しみにしてて」
『賞金稼ぎみたいなこと言ってる』
「あはは、プロゲーマーは実質賞金稼ぎだよ。じゃ、また明日ね……」
『うん』
通話を切ってベッドに突っ伏し、盛大な溜め息を吐いた。
日本でも全然会えない期間はあったけど、物理的な距離感がここまで精神的にくるとは思わなかった……。日本では、その気になればいつでも会えるっていう安心感があるんだろうな。
俺は昨日と同じく完全栄養食で夕食を済ませ、明日の勝利を確実なものとするため、仮想空間へとダイブした。
……
…………
………………
最終日の決勝ラウンドは、一万五千人以上を収容できる大規模アリーナの特別ステージでの試合となる。超巨大モニターの前にチェア型VRシステムが二台設置され、そこで選手が順に戦っていく。会場内のほぼ全員が格ゲー好きということもあって、その熱気は凄まじく、プロゲーミングチームのロゴと選手名が印字されたメガホン片手に、そこかしこから大声援が飛び交う。
楽郎には賞金を稼いで帰ると言ったものの、俺を含め、このトーナメントに賞金目的で参加している選手はいないだろう。
そもそも、本大会は他の世界大会に比べて圧倒的に賞金額が少ない。その上、世界最高峰のプレイヤーたちが各地から
それでも、プレイヤーたちはこの大会のために日々ゲームを練習して腕を磨き、さらに渡航費を費やして毎年ラスベガスへとやってくる。これは、ゲーマーのプライドをかけた戦いなのだ。
「さあやってきました、いよいよグランドファイナル! ウィナーズサイドを駆け抜けてきたのはこの男! 国内では敵無し、日本最強の格ゲー王子〝K〟こと魚臣 慧! 対するはルーザーズサイドから勝ち上がってきた、全欧一と名高い、イギリスが誇る格ゲー界のクイーン、レオノーラ・ロジャー! これは凄い対決が期待できます!」
「また車椅子が凄いことになっていますね……ラグジュアリーなフルオートリクライニングソファかな? うちのソファより快適そうです」
「レオノーラ選手愛用の車椅子からも、今大会への気合いが窺えます! 今年前半には、eスポーツリーグオンライン決勝でのレオノーラ選手の大活躍があったわけですが、そこでK選手と対戦して、その時はレオノーラ選手が勝利を収めました」
「レオノーラ選手自身、状況判断能力が非常に高いプレイヤーですし、今回は飛び道具に対して強いキャラクターを使用していますから、飛び道具を扱うキャラクターを選択しているK選手、このあたりどう対応していくかといったところですね」
「はい。そして、今回K選手のリベンジタイムがやって参りました! eスポーツリーグでの借りは、今年のうちに
……
…………
………………
「レオノーラ選手、両足を相手の膝に振り下ろす必殺ニープレス、ああレオノーラ選手のヘッドプレスこれ当たっているぅ! 目の前発動、チャージが入ってぇ、あああK選手これはかなりマズいんじゃないかあ!? やられている! やられている! ニープレスからノックダウン! そして!? あああ超必殺出たあああああ!!」
「ああああ……!!」
「最終奥義炸裂ぅぅぅ!! レオノーラ選手WIN!!」
「今、超必殺を対空に使いましたね……」
「初見殺し連携~~!! いやぁレオノーラ選手の対空超必殺、来ましたねぇ」
「とにかくやっぱ守りが上手いですね。ゲージを温存しながら試合を組み立てることができているんで、ああいう勝負の場面で超必殺を撃てるというのが、このレオノーラ選手の強みです」
「飛び道具を撃ちたいK選手! しかし、飛び道具を吸収する防御フィールドスキルを持つレオノーラ選手がそれを許さず、立ち回りの主導権を握っていく!」
「近距離戦でも、レオノーラ選手が強攻撃を中心にラッシュを継続。K選手、踏ん張りを見せるものの、かなり苦しい展開ですね」
「はい。さあここまで第一試合は2‐0でレオノーラ選手の勝利、第二試合は1‐2でK選手が取るも、第三試合は2‐0で再びレオノーラ選手の勝利となりました。そして現在第四試合の第一ラウンド、レオノーラ選手が圧倒的な連携技を見せつけ、マッチポイントを握った! K選手をリセットに追い込めるか!」
「ルーザーズのレオノーラ選手は、ウィナーズのK選手から勝利を二回もぎ取らなければいけませんからね」
「勝敗を決する第二ラウンド! さあレオノーラ選手前に出て投げを一つ、投げを二つ、うわー! 投げ三つ目ぇ! あああK選手いきなりスタン値がぁ! もう耐えられないぃぃ!!」
「よしカウンターで裏拳を叩き込む! さらに攻撃を繋げてスタン値回復! だめだレオノーラ選手特殊振り上げ……避けた!」
「タメ技対空蹴り! さあここから! K選手のラッシュ、レオノーラ選手の反撃! それをカウンターしてさらにラッシュを続ける、しかしレオノーラ選手ガードが堅い!!」
「守る守る! なんなんだぁ!」
「K選手投げをひとつ、上から特殊かかと落とし、さあ体力追いついてきた、追いついてきたぞぉ!? 削りダメージを取れ、おっけぇぇぇ! レオノーラ選手の反撃をよくガードしているぅ! あああレオノーラ選手の超必殺!! K選手飛び越したあああ!」
「おおお!! 超必殺の低空錐揉み突進を壁蹴りジャンプで避けましたね! タイミングよく合わせた!」
「飛び道具と同時にK選手迫るぅ、いけいけいけ!! おああああカウンター痛ってえええもうやめてええ!」
「あああああやばい! K選手、体力0ドット!!」
「どうなる!? 上!? から!? K選手ナイスガード! レオノーラ選手のラッシュ! 恐い! 恐い! リーチがかかっているぅ! ほああ、おああ、はああ! あぶない!」
「ひたすらレオノーラ選手の猛攻撃にタイミングを合わせてガードしていく!!」
「おおお!?」
「おおおおお!!」
「投げ技弾いてカウンターあああああああ」
「この状況で投げ抜け!! うわあああああマジですげええええ!!!!」
「K選手WIN!! 気合いの一撃ぃぃぃぃ!!!!」
「これはまさしく気合いですねえ! なんでそこだけ抜けるの!?」
「気持ちの勝負だった終盤! ここで流れを変えられるか!?」
……
…………
………………
『お前なんか……お前なんか……水瓶持たせて私の専属給仕にしてやるーっ!』
「出た! なぞなぞ!」
「遠回しすぎて試合中の相手にその真意が伝わることはほぼないと言われている、レオノーラ選手の悪態芸ですね」
「我々にも考える余裕はありません!」
『僕を拐うなら不老不死が条件だ』
『ぐぬぬ……』
「ん!? 通じている!?」
「初めて見た!」
「さあここまでの試合の流れ、開始早々狙い通りにレオノーラ選手がK選手を押し切りマッチポイントを握ったものの、気合いの逆転劇以降はK選手が圧倒的攻勢でレオノーラ選手をねじ伏せている! 超必殺を見てからゲージ技で反撃する場面も見せ、見事勝ち星を逆転させました!!」
「こういった試合では冷静なイメージのあるK選手、今回はいつもより闘志が
「さあいよいよファイナルラウンド! K選手仕掛けるスマッシュ、空中で体を反転させて蹴り込み、からの前進跳び膝蹴り、さあ打ち始めたー! おおレオノーラ選手が、返して、上手い! K選手、必殺繋げたいが仕上がらない、レオノーラ選手、K選手のジャンプを落とす、落とす!!」
「反応速すぎ!」
「さあここでK選手もゲージがある!」
「これK選手超必殺圏内ですよ」
「ええ削り切れます、あ! キタァァァァ」
「きたあああああ」
「小パンチ飛び道具発動! そしてぇ! ゲージ割れぇぇ! さあ跳び上がりからのぉ、殺意を込めた一撃超必殺ぅぅぅリベンジ達成ーーーー!!!」
「おおああああ見事優勝を果たしましたあああ!!!!」
『っしゃあ!! 見たか楽郎ぉ!!』
VRシステムから体を起こした瞬間、近くに集まっていた
一万五千人の大歓声を浴び、キラキラと舞う紙吹雪の中、ステージの足元から手を伸ばす観客たちと握手を交わしていく。
優勝インタビューは英語で行われるが、リアルタイム翻訳システムを通して各国の言語に変換され、世界中に同時配信される。
「さあ、アメリカ最大の格闘ゲームトーナメントのチャンピオンに輝きました、K選手です! 優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「ついにレオノーラ選手への雪辱を果たし、トーナメントのタイトルを獲得しました! 今どんなお気持ちですか?」
「はい、凄く嬉しいです」
「優勝が決まった瞬間、思わずといった感じで〝見たかラクロォー!〟と、叫んでおられましたね!」
「んええ!?」
無意識って怖くね?
実況解説は、楽郎も観ている日本国内放送のものです。