「今日はさすがにまだ準備してないよな?」
全身を洗って湯船に浸かり、後ろから俺を抱きしめながら、楽郎が問いかける。
「……準備してるんだよなぁ」
「えっ、マジで? てかさ、準備って具体的にはどんなことしてんの?」
「んー俺の場合、基本的に前日はゼリータイプの完全栄養食と食物繊維系だけ摂取する。当日の朝は抜いて、昼も、一人の時は抜く。それから、」
「待て待て待て。えっ? お前、そんなことしてんの!?」
「うん」
「うんって……じゃあ昨日からほとんど食ってないの? なにも食事制限までしなくたっていいんじゃないか?」
「……だって楽郎に嫌われたくないし……」
「………………」
抱きしめる力が強くなり、首筋に楽郎が吸いついて舐めてくる。
「んん……」
「そんなことで俺が嫌いになると思う?」
「……思わない……けど、俺がやだ」
耳元で楽郎が溜め息を吐いた。
「なんでも完璧にこなそうとしすぎじゃないか? 慧のストイックなところは格好良いと思うけど、そんなんじゃいつか体壊すぞ」
「う~ん……まあでも、元々一人の時は完全栄養食に頼りきっていたしね。今は腸内環境を整えるために、ある程度は自炊をして普段の食事にも気を使うようになったけど……おかげで、腹の調子だけでなく肌の調子もよくなったよ、あはは」
「あははじゃねーよお前……それでこんなガリガリになっちゃってさぁ……」
「俺別にガリガリじゃないし!」
今は腹が空っぽでへこんでいるだけだ! どうも筋肉がつきにくい体質みたいだけど、これでも一応鍛えてはいるんだぞ。そっちは覚えてないだろうけど、鶏ガラって言われたこと忘れてないからな?
「……まあ言われてみれば、胸もつまめる程度にはあるな?」
「あッ……んっ……」
胸を軽く引っ張ったり揉んだりして弄ばれる。夏場でお湯の温度を下げてはいるものの、入浴によって体温が上昇し、顔に玉の汗が浮かんでくる。
楽郎が俺で遊ぶのをやめ、片手で顔の汗を拭った。俺も両手で自分の顔を拭う。
「……何の話してたっけ?」
「デート前の準備の話」
「あーそうそう。食事制限と、あとは?」
「あとは、……腸の内容物を、基本自然に排出して、排出できない場合は当日の朝に浣腸で出しきってから綺麗に洗浄して、バスルームとトイレを往復してシャワー浣腸」
「シャワー浣腸ってアレ? お湯を直腸に溜めて出すやつ?」
「そうそう。で、デート出発前に一時間くらい後ろの拡張と慣らしをして、最後の洗浄」
「一人で一時間もほぐしてんの!?」
「うん。セックスの間隔が開くから、気が付けばキツくなっちゃってて……」
「めっちゃ大変じゃん……」
「俺が後ろに挿れたいって言ったら、楽郎も同じことやってくれる?」
「え無理」
「即答!?」
「いやそれ実家暮らしには厳しくね?」
「そうかもだけど! なにも即答することないじゃん!」
「……まあ、慧がどうしてもやりたいってんなら、俺も覚悟を決めるけど……」
「いやいいわ」
「お前な……」
「だってタチで射精一発終了より、ウケの方が何度でもイケて、断然気持ちいいし」
お得だよね。
特に楽郎は独り善がりなセックスをしないから、俺の反応を見ながら臨機応変に対応してちゃんと行為中にイかせてくれるし、俺だって丁寧な準備のやりがいもあるというものだ。
「そう言われると興味が湧くから困る……実際、お前めちゃめちゃ気持ち良さそうだもんな……」
「楽郎がその気になればいつでもお手伝いするよ?」
「うーん……好奇心に負けたら頼むわ……」
今は俺もウケが気に入っているし、楽郎に嫌々ウケをやられても嬉しくはない。でも、もし楽郎がその気になったら、むしろ積極的にタチをやってみたい。楽郎の色んな表情を見たいし、攻守交代しながらやるのも楽しそうだ。
あっちが実家を離れれば、そのうちそういう日も来るかもしれないな……。
そうしたら、甘い言葉責めでよがる楽郎を堪能したり……逆に責められながらディルド扱いしてもらうのもいいかも……。
「おーい」
「……はっ」
「のぼせたか?」
「まあ、ある意味……」
「ん? あっちぃから俺もう上がるぞ」
「あ、俺も上がる……」
そう言いながら立ち上がった瞬間、頭がクラクラとして目が回り、倒れそうになった。楽郎が慌てて俺を支えてくれる。
「ちょ……大丈夫か!?」
「……ほんとにのぼせてる……」
「気が付かなくてわりぃ。出られるか?」
「うん……」
楽郎にしがみつきながら浴槽から出て、バスルームの床にへたり込んだ。頭がぐわんぐわんして気持ち悪い。吐き気がする。
「ぬるいシャワーで少し冷やそう」
「うん……」
楽郎がかけてくれるシャワーが心地いい。
「頭冷やすから、顔上に向けるぞ」
楽郎は、腕まくらをするように俺の肩を抱くと、首を後ろに仰け反らせて頭部にシャワーを当ててくれる。熱がすうっと引いていく感覚がした。
「ありがと……だいぶ楽になった……」
「無理すんな。タオル持ってくるからここで待ってろ」
立ち上がろうとする俺を制して、楽郎が脱衣所からバスタオルを持ってきた。俺の頭からタオルを被せてわしゃわしゃと髪を拭き、全身を大雑把に拭いてから、楽郎自身の体もささっと拭いていく。
「抱き上げるから首にしっかり掴まれ」
首にしがみつく俺を、楽郎が抱き上げた。
「……またお姫様抱っこ……」
「お前が軽い理由が分かったわ……」
ベッドに俺を横たえた楽郎が寝室から出ていったと思ったら、いつのまにか俺の上体を支えながら起こしていた。
一瞬ポルナレフ状態に陥りかけたが、どうやら楽郎が戻るまでの僅かな間に、眠ってしまっていたらしい。
……いや、気を失ってたのかな?
「しっかり飲めよ」
楽郎が俺の唇にボトルの口を当てる。が、流し込まれた液体が水じゃないことに驚いて、口の端から溢しながらむせてしまった。
「うわ、すまん!」
俺は咳き込みながら首を横に振る。ただのスポーツドリンクだ。
完全に寝惚けてるな……。
楽郎はスポーツドリンクを口に含み、俺にくちづけて飲ませてくれる。飲み込む力もないと思わせてしまったらしい。キスと共に繰り返し注がれる甘い液体を、喉に流し込んでいった。
「……ごめん、実は、水じゃなくてびっくりしただけ」
「なんだよ、それならそうと早く言え」
「だって嬉しかったんだもん」
ちゃっかり口移しを享受したあとで切り出した俺に呆れながらも、楽郎はホッとした顔を見せる。
「今の慧やばいな。めっちゃ庇護欲掻き立てられるわ」
「ちょっとのぼせちゃっただけだよ」
「本当にそれだけか? 一度ちゃんと寝た方がいいんじゃないか?」
「んーん、大丈夫…………えっちして?」
俺が甘え声でねだると、楽郎はベッドに突っ伏した。
「クッソあざといわあ~……」
「あはは……ダメだった?」
「いんや、クリティカルヒットした……」
顔を上げた楽郎が俺に覆い被さり、キスをする。
「慧をドロドロに甘やかしたい……」
「……俺も楽郎を甘やかしたい……」
「いやなんでだよ」
「だって、ちゃんと俺の帰りを待っててくれたからね。よしよし、色々我慢させちゃってごめんね……」
俺は、楽郎の頭を撫でながら引き寄せ、額にくちづけた。
「完全に子供扱いじゃん」
「だってまだ子供でしょ」
「ハッ、……言ったな?」
楽郎の目の色が変わり、俺の唇を撫で開いてキスをしてくる。
「ンン……」
「……二度と子供扱いできないようにしてやるよ……」
強気な表情や言葉とは裏腹の甘く愛情深いセックスが、俺の全てを満たしていった。
……
…………
………………
「……ねえ。シャンフロの掲示板がまた凄いことになってんだけど?」
「……違う、俺のせいじゃない」
「誰のせいでもいいけど、結果的に大暴れしてるの、楽郎だよね?」
「………………」
ベッドでうつ伏せになって携帯端末に顔を向けたまま、俺が横目で見ると、楽郎はもぞもぞとタオルケットに潜っていった。
やっぱ子供じゃん!
「あー、俺のトーナメント中……ちょうど楽郎がキレてた時か……。シャンフロ始めた頃より多少落ち着いたとはいえ、ほんとゲームに入ると性格変わるよねぇ……うわ、動画めっちゃ上がってんじゃん。生配信したら稼げるよ」
動画を再生し始めると、楽郎が慌てたように体を起こし、俺の携帯端末の画面をオフにした。
「動画は勘弁して」
「……あとで恥ずかしくなるならやらなきゃいいのに」
「う……ダイブするとどうしてもテンションのリミッター外れちゃうんだよ……」
「俺はリミッター解除したサンラクも好きだけどね」
楽郎には悪いが、のちほど動画ではっちゃけているサンラクを見ながら心ゆくまで爆笑させてもらうとしよう。
「慧だって、ゲーム内だと鬼畜度跳ね上がるじゃん」
「ああ……サンラクへの接し方どうしようかと思ってたけど、意外とシャンフロにログインしたら、元のままでイケたね。俺のリアルをみんなにバラしたこと、まだ根に持ってるからかなあ?」
仲間内だからって、グループチャットであっさり俺の本名晒しやがって。本当君にはがっかりさせられたよ。それを知った当時の俺の顔を、是非とも今の君にも見せてやりたいね。
「…………ごめんなさい」
「あれぇ? こんなに素敵な俺の笑顔を見て、どうして目を逸らすの?」
「もうしません! 猛省してます!」
「全く……。君らに比べたら、俺なんか全然鬼畜じゃないのにね」
「………………」
「だよねぇ?」
「あ、はい……」
「……なんか、喉渇いたなぁ」
楽郎が、スッと起き上がってスポーツドリンクを手に取り、両手で俺に差し出す。
「ありがと」
うつ伏せで肘をつき、ボトルを傾ける俺の隣に、楽郎が正座した。
「……ゲームの話はここまでにして、そろそろイチャイチャ再開したいんですが……」
「ぶふっ……ゲホッゴホッあははははケホッケホッ」
全裸で正座をする楽郎の姿が妙にツボには まり、笑いが込み上げて咳き込んでしまった。楽郎は半眼になって俺を見下ろす。
「ごめ……変人扱いされてるサンラクでさえ半裸なのに、なんで本人が全裸なんだよって思ったら……アッハハハハハ」
「全裸はお前もだろッ!!」
「キャァッ」
掛けていたタオルケットを剥ぎ取られ、思わず悲鳴をあげた。
「ブファッ! だからなんで悲鳴なんだよ! ハハハハハハ」
「ちが、だってシャンフロでは女キャラだから!」
「みなさーん! オイカッツォはリアルでも女みたいな悲鳴あげてまーす!」
「やめろ! てか誰に公言してんだよ!」
「ご近所さんに」
「ハッハァ! 残念でしたぁー、このマンションの防音は完璧ですぅー」
「……へえ~、なら喘ぎ放題だな?」
あっ……。
「……あの、もう少し休憩を……」
「もちろん、もちろん。慧さんは横になってお休み頂いて結構ですよ」
あああ、完全にスイッチ入ってる! なんで君のスイッチ、ランダムエンカウント制なんだよ!!
俺のボトルを取り上げて
「待って、俺まだそういう気分じゃ……ン……」
楽郎が、渋る俺の口をキスで塞ぎながら、胸を愛撫する。
「ンンン~ッ! あンンンッ──……はあぁあンン……」
「……さっき感度上げまくっといてよかったな?」
「んああッ──……よくないぃ……ッあぁあぁあっ」
この時ばかりは、楽郎に支配されている己の身体が恨めしくなる。
ほふく前進で逃れようとする俺の背中に、楽郎がキスを落としていく。
「……そんなに嫌か?」
「ハァ……ハァ……まだ、サンラクの姿が、頭に残ってるから……」
「うん?」
「……このままやっちゃうと、ゲーム内でもリンクしそうだから……ちょっと、一旦、忘れさせて……」
「……あー、成る程……」
「外見が違っても声一緒だし……今でさえ、被り物の下がたまに楽郎の顔に見える時があるのに……」
さすがに態度に出したりはしないけど、内心ムラッとして非常にやりにくくなる。
「オイカッツォは、外見どころか声も性別も違うもんな」
「……君、オイカッツォのことは俺だと思ってないでしょ」
「……いや、思ってるよ。意識してないだけで」
「本当かなぁ?」
ダイブするだけで完全にゲーム思考に切り替えられるのは、正直羨ましいと思う。俺のプレイスタイルは熱くなりすぎるとパフォーマンス落ちるから、もちろん利点ばかりとは言わないけど。
「まあ、今日はお前の体調も万全じゃないし、ひとまず寝るか」
「俺は結構寝た気がするんだけど……」
「……失神は寝たとは言わないからな?」
似たようなもんじゃない?
「でも、楽郎はもうその気になっちゃったでしょ……もう少し待ってくれたら、再開できるよ」
「いいよ。俺は慧とくっついて寝られるだけで幸せだし」
「えっ、かわいっ……」
「可愛いってなんだよ……」
「楽郎もいつも俺に言ってるじゃん」
「慧は可愛いから仕方ない」
「じゃあ、楽郎も可愛いから仕方ないね」
「フフ、なんだそれ……」
二人でニヤニヤしながら抱き合い、キスをする。
「……その気になってきたかも……」
「……愛してるよ、慧……」
「俺も愛してる……楽郎……大好き……」
奥底から湧き出てやまない感情を幾度となく吐露しながら、俺は、甘美で蕩けるような楽郎との繋がりに、深く深く没入していった──。
海外遠征編おしまい。