真夜中の零時丁度に届いた楽郎からのメッセージに、俺は目を見張った。
その直後にメグやシルヴィ、ペンシルゴン、友人やチームメンバー、仕事関係者など、様々な人たちから続々とメールやメッセージが届く。
サンラク:慧、誕生日おめでとう。今後ともよろしく
オイカッツォ:ありがとう!! こちらこそよろしく
サンラク:おやすみ
オイカッツォ:はやっ
オイカッツォ:待って嬉しすぎるんだけど。楽郎は絶対こういうことしないと思ってた
サンラク:お前、0時に送ってくるやつ多いだろう。返信大変じゃないか?
オイカッツォ:まあ、新年とか誕生日のこの時間帯の返信作業って、もはや恒例イベントだもんね
サンラク:ナチュラルに同意求めてくるけど、俺にはそんな深夜帯イベントないからな? あっても2、3人
オイカッツォ:楽郎の交友関係は狭く深くか
サンラク:慧は広く浅くって感じだよな
オイカッツォ:俺は完全にそっちだね
サンラク:出遅れ感が嫌で0時に送ったけど、さすがにイベント規模は笑うわ
何故か昔から、俺の周りには零時にお祝いメッセージを送る律儀な人が多く、これが世間の一般常識だと思っていた時期もあったくらいだ。普段いい加減な奴でも、こういう時には零時に送ってくるから不思議なものだ。
サンラク:広く浅くと思ってんのはお前だけだったりしてな
オイカッツォ:まさか
オイカッツォ:ちなみに一番に届いたメッセージは楽郎だったよ
サンラク:マジで
オイカッツォ:俺もびっくりした
サンラク:無駄にテンション上がって妹にキレられたんだが
オイカッツォ:そんなに!?
サンラク:ピンポンダッシュで押し勝った時に近い達成感
オイカッツォ:……どうせ早押しクイズ系のクソゲーでしょ?
サンラク:分かる辺り流石だな。あれは押し勝つことが正義で正答は二の次だから
オイカッツォ:着信の順番が一番じゃなくても、俺は楽郎からのメッセージが一番嬉しいけどね
サンラク:そう言って貰えると助かる。イベント消化頑張れ
オイカッツォ:ありがとう!
俺は、楽郎とのやり取りの合間にも続けていた返信作業に集中する。
普段は特に返信が早い方でもないのだが、こうしたお祝いメッセージにはすぐに返信するようにしている。テンプレに加え、それぞれに一言ずつメッセージを添えて、仕事の関係者から順に返信していった。
鉛筆騎士王:魚臣慧くーん、お誕生日おめでとう♪ 今年の誕生日は誰と過ごすのかな? ひょっとして「ラクロォー!」くんと過ごすのかなぁ??
……こいつ一生このネタ引っ張るつもりだな。
オイカッツォ:絶妙にお礼言いたくなくなるメッセージをありがとう。こっちは真面目に誕生日メッセージ送ったと思うんだけど? あれ? そういえば俺、今日ようやく二十歳になったばかりの若輩者ですけど、えーっと先輩は今年おいくつになられましたっけ? 確かアラウンド……?
鉛筆騎士王:(画像)
無言で魔境産の誕生日クソコラ貼りつけるのやめろや。俺が生クリームになってひたすら舐め喰われるって、一体どの層に需要があるんだ。そこは生クリームまみれの俺じゃないのかよ。なんで生クリームが本体で申し訳程度に俺の顔がついてんだ。あいつら本当に俺のファンか?
オイカッツォ:もしかして、年齢の話が気に障っちゃいましたー? ごめんなさーい^ ^
鉛筆騎士王:後輩に全く同じタイプのムカつく女がいるんですけどー。どーりでカッツォちゃん、女子力高いと思った! あざとい系女子って男に好かれるよねぇ。そりゃあ「ラクロォー!」くんもメロメロになっちゃうよねぇ?
オイカッツォ:ちょっと何言ってるか分かんない
鉛筆騎士王:あれぇ~? もしかして、私が何も知らないと思ってる? おっとそろそろ寝なきゃ。夜更かしは美容の大敵ってね! お・や・す・み♡
オイカッツォ:待てコラ
まあ、どうせ瑠美ちゃん情報だろうけど。楽郎と食事に行くとき、俺、瑠美ちゃんに名乗って挨拶したからな……。
クソ、こんなことで時間を取られている場合じゃない。今日はその楽郎とのデートが待っているんだ。さっさとイベントを消化して、ちゃんと睡眠を取って、デート前の準備をしなければならない。
俺は忙しいんだ!
……
…………
………………
暑い……。
うんざりするような都会のセミの不協和音が頭の中で反響し、正午を過ぎたばかりの夏の陽射しがジリジリと肌を焼いていく。
日焼けをするとすぐ真っ赤になって熱を出してしまう俺にとって、外出時の日焼け止めは欠かせないのだが、ちゃんと効いているのか不安になってくる。
俺は今、淡いグレーの浴衣に、ボストンフレームの眼鏡とカンカン帽という出で立ちで、待ち合わせ場所のカフェへと向かっている。
今回のデート先である水族館では夏のイベントを開催しており、浴衣で行くと入場料が半額になるのだ。当然、俺にとって重要なのは半額ではなく、楽郎の浴衣姿なのだが。
通りの向かいから、カフェの店舗が入ったレトロな赤レンガビルの、奥まった入り口に立つ楽郎が目に入った。
うおぉおぉ黒の浴衣かっけぇぇぇ! 色気どうなってんの!? 自分の彼氏だけどナンパしたい! ……してもいいかな?
俺は内心ドキドキしながらも平静を装い、微妙に離れた位置から、携帯端末に目を落とすイケメンに声をかけた。
「こんにちはー。お兄さん、浴衣めっちゃ似合ってんね! ていうかさ、この暑さやばくない?」
「!? お、おう……」
いつもと違うアプローチで仕掛ける俺に困惑した楽郎は、とりあえず様子を見ることにしたらしい。
「俺、今からそこのカフェで夏季限定のかき氷食べようと思ってんだけど、花びらがトッピングされてて、花のブーケみたいなかき氷なんだって。見たことある?」
「……ない」
「マジで、俺も! 一緒じゃーん!」
俺が人懐こく手のひらを見せてハイタッチを促すと、楽郎が戸惑いつつもつられて片手を上げた。同調行動が多少強引でも、こういうのは相手を引き摺り込むテンションが重要だ。さりげなく距離を詰めてその手を叩く。いい音が鳴った。
「イェイ! じゃあちょっと見に行こう!」
「えっ……」
「お兄さんはブーケって、どんなのイメージする?」
「……こんくらいの、丸い花束?」
「俺も全く同じ! やっぱ気が合うね~! 実際はどんな感じかな? 楽しみだねー」
ブーケのイメージなんて大体誰でも同じだろ、というその適当さに、意外と人はついてくる。
ニコニコと話し掛けながらカフェの扉に向かうと、俺のあとに続いて歩き出した楽郎が、ふと足を止めた。
「……それナンパか?」
「そうだよ。てか、おまたせ。暑いから先に入っててよかったのに」
「いや、さすがにここ一人じゃ入り辛ぇわ……さっきから女しか出入りしてないぞ」
「あぁ、そっか……ごめん」
携帯端末を信玄袋にしまった楽郎は、顎に手を当てながら上体を反らし、俺の全身を上から下まで注視する。
「お前、相変わらずおしゃれだな。かっけぇわ」
「楽郎こそ、カッコよすぎて意味分かんないんだけど。フリのつもりが、ガチのナンパしちゃったじゃん」
「マジでついていきそうになったわ……あれがモテる男のナンパ術か……」
楽郎が、手の甲で顎の下に垂れた汗を拭う。
「あっつ……今年の暑さも地獄だな」
「だね。俺とかき氷食べる気になった?」
「なったなった。さっさと入るぞ」
「やった。ナンパ成功」
「彼氏捕まえて何言ってんだ」
「あはは」
冷房がほどよく効いた店内は溢れんばかりの瑞々しい植物に囲まれ、都会の喧騒と暑さを忘れさせてくれる、緑豊かな温室のような空間となっている。ここで食事をしてから、まずは映画館へと向かう予定だ。
客層は圧倒的に女性が多く、浴衣姿の男二人はさすがに目立つようで、かなりの視線を集めてしまう。人目に慣れている俺はもう開き直ったが、楽郎は少しそわそわしながらメニュー表を開いた。
「これがそのかき氷か……本当にブーケみたいだな」
「綺麗だね。あとでデザートに頼もう」
「……お前さ、やけにナンパ慣れしてないか?」
「そう? シャンフロみたいな多人数参加型のゲームでは初対面の人と
「そらモテるわ……」
「ゲームでは俺、基本女キャラだけどねー。男としてリアルでナンパしたのは楽郎が初めてだよ」
メニューに目を通しながら何気無くそう言うと、楽郎がそのメニュー表をサッと上げて顔を隠した。
ガラス天板の中に観葉植物の寄せ植えが見えるテーブルに片肘をついて、俺は楽郎をからかう。
「俺にも見せてよ」
「……ちょっと待って」
俺が体を傾けて顔を覗き込もうとすると、楽郎がメニュー表の角度を変えて遮ってくる。
「フフッ……」
「………………」
可愛いすぎるんだけど。
その後、何食わぬ顔をした楽郎とメニューを選び、注文を済ませた。
「そういえば、今日の最高気温三十七・五度だって」
「うへぇ……誰か地球温暖化に留まるところを教えてやれよ」
「夏に屋外で遊ぶ気にはなれないよね」
「屋内スポットへの移動すらしんどい」
「ほんとそれ」
「お前、倒れたりしないだろうな……また寝てないだろう」
だからなんで分かるんだよ。俺が気付いていないだけで、そんなに寝不足が顔に出てるのか?
窓に映り込む自分の顔を確認しようと視線を移すと、楽郎が呆れたように言葉を続ける。
「どうせ律儀に即レスしてたんじゃねーの? 夜中の一時過ぎたのは朝に返信しても、誰も咎めないぞ」
「そうなんだけど……朝は朝でまたメッセージが届くから、夜の分を朝に回すとデートの時間に食い込みそうで……」
俺がもごもごと言い訳めいたことを口にすると、楽郎が嘆息を漏らした。
「……次回からは、慧の誕生日当日はデートなしな」
「ええーっ!! せめて夜から!」
「夜までにちゃんと睡眠とれんのかよ」
「……楽郎が失神させてくれればよくない?」
「失神を睡眠代わりにすんなって……。なんかもうそれ癖みたいになってるけど、初めて失神に気付いた時、俺めちゃめちゃ焦ったんだからな」
「えっ、それっていつ? 俺全然知らない」
「意識無いのに知ってたら怖いわ。初めて中でした日の……夜中かな? 最初は途中で寝ちゃったのかと思ったけど、どうも様子が違うから、頬触ってみたら冷たいし、声かけたり、首で脈とったり、呼吸確認したりしてさ。そのうち何もしてないのに急に喘ぎ始めたからびびった」
「……それ軽くホラーじゃない?」
「そん時はマジでホラーだった、ハハハ! お前が寝落ちした後ソッコー端末で調べて、まあ脳や体に害はなさそうってことで、割とすぐ慣れたけどな」
「君、ホント適応力高いよね……俺だったら萎える自信あるわ……」
「お待たせいたしました」
「!」
「!」
テーブルの上に、ローストチキンや季節野菜のグリル、キッシュやサラダ、雑穀ごはんなどが盛り付けられた華やかなランチプレートと、ハーブティーが並べられる。
店員が会話を聞いていたとは思わないが、変な話をしていたせいで妙に決まりの悪い思いをしながら、俺たちは色鮮やかなハーブティーが注がれた透明なカップに口をつけた。
……
…………
………………
「ハァ……」
映画館から出て、水族館に移動してもなお余韻に浸っていると、浴衣特典で配布された扇子を帯に差しながら、楽郎が苦笑した。
「また溜め息
「だってめっちゃ良くなかった? 泣けるし、カタルシスも半端ないし、あれはLGBT映画史に残る傑作だよ。特に濡れ場がドエロくて最高だった!」
「確かにちょっと引くぐらいエロかった……って、もしかしてお前、エロい映画が好きなの?」
「……否定はしない……けど別にエロい映画なら何でも好きなわけじゃないから!」
客寄せの強引な濡れ場や、リアリティのない安っぽい演出はもちろんのこと、やらされ感満載で演技に熱が入っていない役者や、必要な場面で脱がない役者の代わりに脱ぐ役者など、大人の事情を察してしまう作品なんてのも、全て興醒めなんだよ。濡れ場の優れた映画ってのは、役者の熱意や覚悟、作り手のこだわりが随所に散りばめられた良作が多いんだ。しょうもないエロシーン見せられるくらいなら、こすられまくったエロgif見てる方がまだマシ……って、要はそういうことだ! ……口が裂けても言えないけど。
「流石にエロ過ぎて、映画館ではあんま内容入ってこなかったから、今度は慧と二人きりで観たいかな」
「うっ、そうだよね……。ていうか、やっぱ俺の趣味は楽郎には合わなかったね……失敗した。ごめん」
今回は誕生日とトーナメント優勝のご褒美ということで、俺の趣味を盛り込んだデートプランにしてもらったのだが、楽郎からすれば、女性客の多いカフェでは満足に落ち着けなかっただろうし、映画館でもずいぶんと身の置きどころのない思いをさせてしまったようだ。
遊泳する海魚たちを眺めながら、ゆっくり歩く楽郎の陰に隠れ、俺は
デートは二人で楽しめなければ意味がない。なのに、楽郎の気持ちを
「……たとえ自分の趣味じゃなくても、好きな相手の趣味ならどんなことでも一緒に経験したいもんだろ。心から楽しそうな慧を見ている瞬間が、俺は何よりも楽しいし、嬉しいと思うけどな」
優しく染み渡る声と言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。押し黙り、足を止めてしまった俺を、楽郎が振り返る。
そんな風になんでもないような顔をして、どうしていとも容易く俺の心を救って喜ばせることができるんだ……。どこまで格好良いんだよ、君は……。
無数に吊り下げられたオリエンタルな
鮮やかな
……そうだよな。俺だって、楽郎となら、ただ隣り合って歩くだけで、本当に嬉しいと思えるんだ。楽郎の趣味を共有できるなら、自分が楽しめるかどうかなんて、関係なくなる。
こいつと出会うまでは、誰かの影響を受けて自分から相手の趣味を追いかけて行くことなんてなかった。俺、いつから楽郎に惹かれていたのかな……。
「お前、意外と涙脆いの?」
……それ、前に俺が言ったやつじゃん。
言葉が出せない。まばたきすらできない。些細な動作で涙が零れてしまいそうだ。
……参ったな……。
滲む視界の中で、楽郎が信玄袋からハンカチを取り出し、俺の眼鏡を外して目元に優しく押し当てた。
「俺も忘れずに持ち歩くようになったぞ」
得意げなどや顔でそう言いながらハンカチを差し出す楽郎が、どうしようもなく愛おしい。
ホントずるいわ、こいつ。
俺は受け取ったハンカチで自分の顔を覆い隠した。
「……楽郎の匂いがする……」
「え、どんな?」
ハンカチに顔を
「……清潔感があって、爽やかな感じ……ほんのりムスクっぽい甘さもある、かな?」
「……それたぶん柔軟剤の香りだから、俺の家族全員その匂いだな」
「ふふっ……瑠美ちゃんの趣味?」
「多分な。あいつは絶対香りにもこだわってる」
「瑠美ちゃんセンスいいよね」
「俺はお前の匂いの方が好きだけどな」
「えー本当? 一緒に暮らすようになれば、そのうち嫌でも同じ匂いになるよ」
「……なんかそれエロいな」
「え!?」
思わずハンカチから顔を上げると、柔らかい眼差しで俺を見つめる楽郎と目が合った。楽郎は、持ってくれていた眼鏡をそっと俺の顔にかけ直し、頭をぽんぽんと軽く叩く。
「ますます受験勉強に身が入るわ」
「……それはよかった」
「ん」
楽郎が手のひらを差し出す。
「水族館も楽しみにしてたんだろう? 何か旨そうな魚探そうぜ」
「ふ……あはは! ねえ、楽郎はどんな魚が好きなの?」
「んー、そうだなぁ。俺の親父が滅茶苦茶釣り好きでさ、しょっちゅう変わった魚が食卓に並ぶんだけど、その中でも特に旨かったのが……」
俺たちは手に手を取って浴衣の袖を揺らし、色彩豊かな夏の水族館で、人波を泳ぐ魚になった。