家でのんびり食事を楽しむために、「中世酒場」と呼んでいるお気に入りのパブで料理をテイクアウトした俺たちは、家の近くで飲み物を買い込んでから帰宅した。
「浴衣どうする?」
「着替えたいな」
「お風呂は?」
「んー、先に入るか」
「おっけ。じゃあお風呂沸かすね」
バスルームに向かう途中で、インターホンが鳴った。俺は画面を確認する。
「あれ、メグだ」
「ん? シルヴィさんは?」
「いない……一人でどうしたんだろう?」
インターホンに出るまでもなく玄関へ向かい、ドアを開けた瞬間、死角から素早くシルヴィが飛び出してきて、ドアを開け放った。そこへ何故か楽郎の妹、瑠美ちゃんが飛び出してきて俺を中に押し込み、さらに信じられないことに、鬼畜魔王及びカリスマモデルのペンシルゴンこと
「Happy Birthday!!!!」
浴衣のまま紙テープや紙吹雪を浴びて茫然自失する俺の隣に、楽郎がやって来た。
「シルヴィさんとメグさんは分かるが、なんでお前らまでいるんだ」
「サンラクくぅん! やっと実物の顔を拝むことができて感無量だよ! ふっつーに男前で何の面白味もないけどね!」
「人の顔に面白味を期待すんな。スーパーなカリスマモデル様が何故ここにいる?」
「ふふーん。シルヴィアちゃんがサプライズを計画しているって聞いてね。こーんな面白そうなイベント、参加しないわけにいかないでしょぉ? この場には〝私〟を知っている人間しかいないしね!」
玄関の近くに置いていたらしい非常にジャンクな匂いを漂わせた重箱を抱え、飲み物が入っていると思しき袋を両腕に提げたシルヴィが、俺と楽郎の間を通り、いそいそとリビングへ入っていく。全員がそれを見送ったあと、楽郎が疑問を投げかけた。
「誰から聞いたんだ?」
「私よ」
「まさかのメグさん……」
「ケイのサプライズパーティーを開きたいという話だったから、それならシルヴィが予定しているわよって……二人の関係も知っているようだったし、貴方が〝顔隠し〟だって言うから……えっと、貴方たち三人は仲が良いと思っていたのだけど……」
なるほど。顔隠しが楽郎ということも、メグとシルヴィにバレたわけか。まあ、今さらだが。まさかシルヴィよりも先に、俺の方が世界中に楽郎の名前を発信することになるとは思わなかった。……ガチでへこむ……。
「もっちろん! そりゃあもう、ズブッズブの関係だよねぇ?」
「……もはや何も言うまい。で、瑠美。お前は?」
「え? 私? お兄ちゃんの彼氏の誕生日なら、私が祝ってもよくない? ケーキも買ってきたよ!」
「うん。まず、何故それを知っているのか聞かせてもらおうか。どうせこいつの情報源はお前だろう」
俺は髪や肩にかかった色紙を払いながら、黙って事の成り行きを見守る。
「え、だって、あんなラブラブなやり取りしてたら、そりゃ」
「瑠美ちゃん」
「はいっ」
ペンシルゴンがにこやかに名前を呼ぶと、瑠美ちゃんが背筋を伸ばして直立した。
え……まさか、楽郎の携帯端末を……。
あっ、今日の俺たちの予定もそれで把握して待ち構えていたのか!
俺は口元に手を当てると、愕然とする楽郎に目を遣った。
「お前……悪魔に唆されてついに禁忌を侵しやがったな!?」
「ちょっとぉ、そんな言い方ないんじゃない? たまたま見えちゃっただけだよねぇ?」
「もちろんです。お兄ちゃん、証拠もなしに言いがかりをつけるのはやめてくれる?」
「こ、こいつら、よくもぬけぬけと……」
「まあまあ、いいじゃん! せっかくの誕生日なんだし、みんなでパーッと盛り上がろうよ! 瑠美ちゃん」
「はいっ、お酒とケーキならここに!」
「すまん、慧……今すぐこいつら追い出すから」
「あーいやぁ……いいよ。俺の誕生日にわざわざこうして集まって、サプライズの準備もしてくれたんだし。みんなありがとう。嬉しいよ」
「さっすが女子力の塊!!」
「あ、ここは人間界なんで、魔王様はお帰りいただいて結構です」
「え? 誰のこと? 瑠美ちゃん、分かる?」
「??? え、魔王様ってトワ様のことですか……? 女王様でなく???」
「お、おい、君の妹……」
「ああ、すでに奴隷堕ちしてやがる……!」
「主役の許可も得たことだし、遠慮なく上がらせてもらうよ」
「お邪魔しまーす!」
「あ、私、シルヴィの部屋からパーティーグッズ持ってくるわね」
「ナツメグ、私も!
メグとシルヴィが玄関から出ていき、ペンシルゴンと瑠美ちゃんが靴を脱いでリビングへと向かう。
「でも、お兄ちゃんたち本当に付き合ってるんだね~……もしかしたら、トワ様が私のお姉様になるかもしれないと思ってたのに……」
「アッハハハ! いいねぇ、それ! じゃあ、瑠美ちゃんが私と結婚すればいいんじゃない?」
「ヘァッ!?!?」
「は!? おいやめろ!」
「あははははははっ! ペンシルゴンが楽郎の妹とか面白すぎるんだけど!」
「お前の妹にもなる可能性」
「は!? おいやめろ!」
「いいじゃーん! 全員家族になって一生仲良くしようぜぇ~?」
「断るッ!!」
「地獄だ!!」
「瑠美ちゃぁん、こいつら酷いよぅ~……」
「……消します?」
この子真顔でなに言ってんの?
「君の妹、目が
「こいつは天音永遠のためなら本気で殺りかねないぞ……はっ、まさか、現実でも絶対に裏切らない手駒を得るために……!?」
「おいおい、失礼だなキミぃ。私がそんな
「おい瑠美、今すぐそいつから離れろ!!」
「瑠美ちゃん、目を覚ますんだ!! そいつは邪な心しか持ち合わせていない悪魔なんだよ!!」
「おいコラ」
「消しますね」
容赦ない金的が男たちを襲う!!
「ぎゃあああああああ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「さっきからなにやってるのよ……」
メグがパーティー用のフラッグやバルーンを両手に
「メグ逃げて……!! この中に殺人鬼が……ぐふっ……!」
「黒幕も紛れているぞ……ごふっ……」
「四人のうち二人死んでたら、あとは殺人鬼と黒幕しか残ってないじゃない」
「夏目ちゃーん、アホの男どもは放っといて女子会しようぜ!」
「いいですねぇ、女子会! さすがトワ様!!」
「いいわね。シルヴィも呼んでくるわ」
「Heeey! ありったけの
「あら、ちょうど呼びに行こうと思ってたところよ。じゃあパーティーの飾り付けしちゃうわね」
「わぁお、夜景最高じゃん! このマンションいいねぇ~。セキュリティもしっかりしてるし、私もここに引っ越そうかなぁ~」
「なにこれ、お兄ちゃんたちの料理めっちゃ美味しそうなんだけど! ちょっと食べていい!?」
俺たち二人はリビングのドアの前で倒れ伏したまま、家の中を好き勝手歩き回っている女子たちを見た。
「……これ、俺の誕生日会じゃなかったっけ?」
「ついでに言うとお前ん
「自分のホームで圧倒的アウェーなんだけど」
「あいつら今日帰るつもりあんのかな……」
嫌なことを言うな……。
俺は起き上がると、女子の群れに向き直った。
「あのさ、女子会ならシルヴィの部屋でやってくんない? 一応ここ男子の部屋なんですけど」
「なんで? カッツォくんのバースデイパーティーでしょ?」
「ですよねぇ?」
「そうね」
「もぐもぐ
「その認識はあるんだな……」
「主役がいるのに主役抜きのパーティーなんて聞いたことがないよ……」
俺の言葉を受けたペンシルゴンが、ゲームの時と同じ、ゾッとするような人の悪い笑みを浮かべた。
「なら君たちも女子になればいいんじゃないかなぁ??」
「Aha」
「……腕が鳴りますね」
「………………」
全員の眼光が鋭く輝き、女子の群れは肉食獣の群れへと変貌を遂げる。
憩いの巣が突如として捕食者たちに占拠された憐れな被食者たちは、アイコンタクトと共に瞬時に逃避行動をとった。
「
「追え! 獲物を逃がすな!!」
「ラジャー!!」
「やっぱ俺の妹手駒じゃねえか!!」
楽郎が妹と揉み合っている間に玄関ドアに辿り着き、鍵を開けたところで、横から伸びてきた白く細い腕が俺の手首を掴んだ。
「ヒッ……」
「Hello、ケイ。
こ、こいつ……ついにダークサイドに堕ちやがったか!
「慧、ドアだけでも開けろ!」
「くっ……ダメだ!」
シルヴィがドアノブの隙間に握り拳を差し込み、ドアが押し開けない。その隙に鍵とドアガードをロックされてしまう。
「クソッ……」
「おやぁ~? スタイリッシュなプッシュプルハンドルが命取りになったようだねぇ」
「おい……なんでそんなもん持ってんだ!」
振り返ってみれば、瑠美ちゃんにしがみつかれた楽郎を後ろ手にして、ペンシルゴンが赤い縄で縛っているところだった。
「なんでって……護身用だよ」
「護身用の麻縄とか聞いたことねぇんだよ」
「だってほら、襲ってきた相手になら何をやっても赦されるじゃん?」
「護身の意味と過剰防衛って知ってるか?」
「いやぁ、リアルで本番の予行演習ができるなんて、ありがたいねぇ」
「随分と手慣れてるみたいだが?」
「仮想空間ではいくらでも実践の機会があるからね」
「成る程……」
「こっちの準備はできたわよ」
「夏目ちゃん、ありがと!」
「完全に連携取ってやがる」
「役割分担はハンティングの基本だよぉ? サンラクくぅん」
シルヴィが抵抗する俺の腕を片手で掴んで引き摺っていく。
「ちょ……力強っ!? その細腕のどこにこんな力があるんだよ!」
「シルヴィ、腹筋バッキバキよ?」
「は、ウソでしょ……」
「現実でも強いとか反則だろう……」
……
…………
………………
洗面所に女たちの歓声とシャッター音が響き渡る。
「ケイ!
「レベルたっか!!」
「こういうベリショパーマのモデルいるよ! このまま浴衣を女性用の着付けにしちゃおう」
「それいいわね!」
「縄ほどいちゃっていいですか?」
「いいよ。どうせこんな格好じゃあ逃げ出せないでしょ」
「その通りだけど腹立つな~……」
「サンラクくんの反応が楽しみだねぇ?」
「くっ……、殺せ!」
「そのセリフがまた似合うわね……」
「ちょ……着付けは自分で! 自分でやるから!!」
「ハァ~? 別に男の下着姿なんて誰も気にしないっての」
「俺が気にするの!! ちゃんと着るから出といて!!」
「女子か!」
「反応が完全に女子ですよね」
「もう女子にしか見えなくなってきたわ……」
「Oh、キモノ着るとこ見たいのにぃ~」
うるさいなぁ!!
洗面所から閉め出してもまだドアの外でかしましい声にうんざりしながらも、俺は浴衣を着直す。
今まで散々家族から女装させられてきて、仕事の企画でも女装させられたが、その時にはもう諦めの境地に達していた。
今も諦めてはいるが、中途半端な姿を楽郎に晒すくらいなら、女装をやりきった方がまだマシだ。
バスルームの姿見で全身のチェックをする。
……女にしか見えない……よな? さすが現役スーパーモデル。メイクは完璧だ。ああ、こんなことならもう少し髪を伸ばしておくんだった……。
渋々洗面所から出てきた俺に、またも女性陣の黄色い声が上がる。
「サンラクくぅん! カッツォちゃんのご登場だよぉ~!」
手首を縛られていただけの俺とは違い、がっつり後ろ手縛りで
え、なにその姿……エロ……。
浴衣の緊縛姿で俺の全身を舐めるように眺める楽郎の視線に、思わず目を閉じて顔を背けた。片腕を掴んで前屈みになり、下半身に集まろうとする血流をなんとか押しとどめる。
ギャラリーさえいなければ、俺だって思う存分楽郎を眺められるのに!!
「お兄ちゃんの視線がいやらしすぎてドン引きなんだけど……」
「なんだか、見ちゃいけないものを見ているような気になってくるわね……」
「ファンタスティック!」
「はいはーい、サンラクくぅん! 私たちの存在をお忘れでないかい? 妹ちゃんの前でカッツォちゃんを視か……ン゛ンッ! ちょっと見すぎだよ!」
「は? 見てないが」
「せめて目を逸らしてから言おうねぇ……」
ついに耐えきれなくなった俺は、楽郎を視界に入れないように気を付けながらキッチンに移動した。
「さすがにもうみんなお腹空いたでしょ。グラスを出すから、飲み物を選んで。乾杯しよう!」
「あれ? お兄ちゃんの女装は……まあいっか! 私、今日はコーラ飲んじゃお!」
「カッツォちゃーん、今日はとことんハジけようぜぇ! お姉さん、イイの仕入れて来たよぉ~」
「……合法だよね?」
「ただのお酒でしょ……」
「もうお腹ペッコペコー!」
「え、さっきめっちゃ食べてませんでした?」
「おーい、俺も腹減ったぞー。慧さーん?」
「楽郎は何飲む?」
「……さっき買ったやつ適当に出しといて」
「分かった」
「それよりさ、誰かこれ
「みんなグラス持ったー?」
「ハーイ!!!!」
「え……」
「ンンッ……えー、では改めまして。今日は私の誕生日に集まってくれてどうもありがとう!」
「えッ!?!? 凄っ!!」
「瑠美ちゃん、カッツォちゃんゲーム内では基本この声だから」
「え、やば!!」
「今日で私も
「かんぱーい!!!!」
「嘘だろオイ……」
「……楽郎は先に着替えたがってたよね? みんなは先に食べてて」
「わかったわ。じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!!!」
俺はソファへ歩いていくと、胸元の縄を引っ張って楽郎を立たせた。
「俺の着替え貸すから、こっちに来てくれる?」
「………………」
「お兄ちゃん、完全に引っ捕らえられた罪人だね」
「あれぇ~? カッツォちゃん、寝室じゃなくていいのぉ~?」
「おい、瑠美ちゃんの前でやめろ」
「えっ、そういう……?」
「違う違う。部屋着が脱衣所のワードローブにあるから、そこで着替えるだけだよ。俺と楽郎の料理も取り分けて食べていいからね」
「え、やった!! ありがとうございます!」
シルヴィとメグは察した上で食事を楽しみ、ペンシルゴンはこっちを見てニヤニヤしながら、酒の入ったグラスを傾けている。
まあ、瑠美ちゃんがいる限り、ペンシルゴンが変な気を起こすこともないだろう。
俺は楽郎を連れて洗面所から脱衣所に入ると、脱衣所のドアを閉めて鍵をかけた。振り返って、楽郎の姿をじっくりと眺めながら、浴衣に食い込む縄を指先でなぞる。楽郎は黙ってされるがままになっている。
「仲間外れにしてごめんね……どうしても、縄を
俺は、首の後ろから胸元にVの字で掛かった麻縄を掴み、上体の身動きが取れない楽郎を引き寄せてキスをした。しばらく舌を絡ませたあとで目を開き、楽郎の口元が赤く色付いていることに気付く。
「あっ……ごめん、口紅ついちゃった……」
「………………」
楽郎が無言で顔を寄せ、俺にキスをする。
「……ン……そろそろ、着替えて戻らないと……」
「ハァ……クッソヤリてぇ」
「…………あとでね」
「しゃーねぇな……これ、
「……どうなってんのこれ」
「どっかでグルグル巻いてるとこがあれば、そこから解ける。先端は縄の間に挟んでるだけだから。縄三本使ってるはずだから、首のやつから外して」
「後ろ見えてないのになんで分かるの?」
「…………」
「……もしかして、楽郎もこれできる?」
「さあ……」
絶対できるじゃん。えー、俺も緊縛勉強しようかな? この楽郎の姿を見ちゃったら、本気で興味湧いてきた。
……ていうか、なんで二人ともできるんだよ。外道の嗜みなの?
手順を意識しながら楽郎の指示に従って縄を解き、俺と楽郎の口紅を拭って落とした。しかし、俺の口紅が取れていれば、キスをしたのがバレバレだ。それならメイクを全て落としたいが、俺はクレンジングを持っていない。仕方なくメグを呼び、クレンジングシートを貸してもらった。気にする素振りもなく協力してくれるメグさん、マジ女神……。
部屋着に着替えてパーティールームへと戻った俺たちは、メグ、シルヴィ、ペンシルゴン、瑠美ちゃんと共に、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに興じ、やがて夜も更けていった。
シルヴィさんがフリーダム過ぎて完全にマスコットと化している。
永遠様は楽郎さんと同じく、リアルでは気に入った相手の願望を察して自ら応えちゃう、サービス精神旺盛なタイプだと思われる。
妹ちゃんとはもっとフランクに接したいと思いつつ、今はまだ妹ちゃん自身がそれを望んでいないという。