第三十話 二日酔い
オイカッツォ:あのさ、プレゼントの渡し方さりげなさ過ぎない?
オイカッツォ:俺さっき気付いたんだけど?
俺は昨日……つまり、誕生日翌日の午後から自宅でオンライン打ち合わせとゲーム配信の仕事があったため、午前中は楽郎と仮眠を取り、昼食を作って二人で食べたあと、家に帰る楽郎を玄関先で見送った。
そして今日、仕事に出掛けようとシューズクロークを開けたところ、棚の一番上にプレゼント包装された箱が置いてあることに気が付いた。
〝誕生日おめでとう〟のみの簡素なメッセージを見てプレゼントを開けてみると、中身はスニーカーだった。
サンラク:意外と早かったな
サンラク:まあ本当は当日、晩飯食った後にでも渡すつもりだったんだが
サンラク:その前にユニークモンスターの乱入イベントが発生して渡す機会逃したからさ
オイカッツォ:あ~
サンラク:ならいっそ、いつ気付くかなと思って
オイカッツォ:でもさ、俺が鈍くて一生気付かなかったらどうするつもりだったの?
オイカッツォ:これ俺が愛用してるブランドだし、まだ持ってないやつだし、サイズもぴったりだし。色々考えた上で、ちゃんとリサーチして選んでくれたプレゼントでしょ?
サンラク:わざわざ言語化すんなよ! 嫌がらせか!
オイカッツォ:なんでさ。めちゃくちゃ嬉しいよ
オイカッツォ:ありがとう、楽郎♡
サンラク:くそ、やっぱ直接渡せばよかった
オイカッツォ:なんで?
サンラク:純粋無垢な下心
オイカッツォ:笑
確かに、直接渡されていたらいい雰囲気になっただろうね。
オイカッツォ:俺も直接お礼言いたかったよ
オイカッツォ:だけど、そもそも誕生日のデート全部奢ってくれたんだから、それで充分過ぎるくらいなのに
それがあったから、デートの帰りに楽郎が駅のロッカーから大きめのトートバッグを取り出していても、浴衣デートだから荷物を預けていたのかと納得し、気にも留めなかった。
今思えば、そのバッグにプレゼントが入っていたのだろう。
サンラク:顔隠しとして報酬受け取ってんだから、誕生日にプレゼントくらいさせろよ
オイカッツォ:ありがとう、マジで嬉しい
オイカッツォ:さっそく履いて仕事に向かってる
サンラク:今?
オイカッツォ:そう。もう着くからまた後で
サンラク:了。頑張れ
オイカッツォ:ありがとう。楽郎も勉強頑張って
サンラク:あー、それについて後で話がある
オイカッツォ:分かった。終わったら連絡する
サンラク:了
なんだろう? 勉強についての話?
俺は気になりつつも、仕事先のテレビ局へと足を踏み入れた。
……
…………
………………
「痛っ……ゔぅ~……」
頭がガンガンする……気持ち悪い……目が回る……体が言うことを聞かない……。
これが世に言う二日酔いか……。とにかく水を飲みまくればいいんだっけ……。
「んふ、起きた?」
「………………誰」
「あれぇ……何も覚えてないの?」
……なんだこの展開。
ウッディバニラの甘く濃厚な香りが鼻腔を刺激し、同じように甘ったるい声と共に、容赦なく俺の脳天を揺さぶる。
思わず
問題は、俺の寝室の、俺のベッドで、俺も彼女も裸で横たわっているという事実である。俺は、頭部を思い切り鈍器で殴り付けられたような衝撃と痛みに苛まれながら、無理やり上体を起こした。
うっ、吐きそう……。
「顔真っ青だよ! お水持ってくる!」
俺に構うな……!
心の底から湧き上がった叫びは、腹の底から湧き上がる吐き気に押し退けられる。苦痛に顔が歪んだ。
視界の端で、均整の取れた白い女体が一糸纏わぬ姿で寝室から出ていく。何の恥じらいも感じさせないその様子が事後の可能性を匂わせて、また吐き気を誘う。
打ち上げが俺の誕生日祝いになったのは、覚えている。誕生日のお祝いならと
ただ、その中でも彼女はずっと俺のそばに居たような気がする。オリエンタルな妖艶さを含んだ甘い芳香が、常に漂っていたから。
俺の携帯端末が通知音を発した。
サンラク:無事かどうかだけでも知りたい
「………………ゔっ」
這うようにベッドの上から震える手を伸ばし、ゴミ箱を引き寄せると、顔を突っ込んで派手に嘔吐した。やけに赤い吐瀉物に、眉間のシワを深める。
こんなにワイン飲んだか……?
「大丈夫!?」
慌てて駆けつけて来た女の手が背中を
「……ごめん、帰って……」
「ええ、さすがに放っとけないよ」
「……ニオイが、キツい……」
「におい……? あ、そっか! ごめん!」
普通の女子ならまず傷つきそうな一言に、彼女はいかにも得心がいったというような声を出す。
「シャワー借りるね!」
いや、帰れよ……。
自分が最低なことは自覚している。でも、せめて一人になって現実を受け入れる時間をくれ……。
そんな俺の胸の内を知ってか知らずか……いや、確実に知らない彼女は、直ぐさま寝室から出て行った。
繰り返し真っ赤な胃の内容物を吐き出し、込み上げるものがなくなった分、多少はマシになった。ティッシュを口元に押し当てながら、携帯端末を手にする。
サンラク:打ち上げ?
サンラク:長引いてる?
サンラク:おはよう
サンラク:大丈夫か?
サンラク:無事かどうかだけでも知りたい
オイカッツォ:ごめん生きてる
なんとかそれだけ打ち、端末をベッドに投げ出した。すぐに通知音が鳴るが、もう目を向けることすらできない。
今にもダウンしそうな脳に鞭打つ。まずは現状の把握だ。彼女が帰らないなら帰らないで、できることはある。なにせ彼女は当事者であり、一番の情報源なのだから。
俺は眉根を寄せて目を閉じ、情報提供者が戻ってくるのを待った。
……
…………
………………
堪え難い喉の渇きに目を覚まし、ふと横を見ると、艶やかな黒髪をベッドに波打たせて横たわる、瑞々しく滑らかな女体が……。
悪夢から覚めたら悪夢、みたいな。
一先ずスルーして体を起こし、全裸のままよろよろとキッチンに移動する。脳がいつの間にかシャットダウンしていたおかげで体調は幾らかマシにはなっているが、全身が怠く、頭は重苦しくガンガンと痛み、酷い胸焼けに、眩暈もする。つまり、二日酔いという
五百ミリリットルのミネラルウォーターを一気に飲み干し、トイレを済ませてバスルームへと向かった。
もう情報とかいいから、俺がシャワーしてる間に帰っててくんないかな……。
………………
「まあ、居るよな……」
寝室のドア枠に
「ふあぁ~……ん~……おはよぉ……」
「もう昼だけどね」
部屋着の俺がそう言うと、彼女の柔らかそうな腹部が不満げな鳴き声を上げ、白魚のような手が宥めすかすようにその腹を
「お腹空いたぁ」
「だろうね……」
彼女も俺と同じなら、今日はまだ何も食べていないはずだ。さすがに、明らかに腹を空かせた状態で追い出すわけにはいかない。目を閉じ、頭痛を抑え込むように、こめかみを強く押さえた。
「……あるもので適当に作るけど、食べられないものは?」
「ない……なんでも食べる」
俺はキッチンに向かおうとして、振り返った。
「服着といて」
「服、濡れてる」
「は? ……まさか、俺が汚した?」
ゲロか? 別の何かか?
「んーん。香水の匂い取ろうと思って、さっきシャワーで洗った」
「………………」
驚きに言葉を失った。随分と実直な性格らしい。これは、俺が悪い説が濃厚になってきたぞ……。
「……服、普通に洗濯乾燥かけて大丈夫なやつ?」
「うん。洗濯してくれるの?」
「どうせ洗濯するから。俺のと一緒に入れていいなら、だけど」
「もちろんいいよ、ありがとう」
「俺の部屋着持ってくる。悪いけど、女性用の下着はないよ」
「うん、知ってる。男性用下着借りてもいい? 無理だったらノーパンでも私は気にしない」
気にしろ。清純派女優の名が泣くぞ。
「……未開封の予備があるから持ってくる」
「あ、待って。服ベランダに干してあるから」
「……はい?」
「ベランダなんにもなかったから、手すりにかけといた」
俺は慌てて掃き出し窓に近付いた。開ける前から分かる。
なーんもねぇ(笑)
「あれぇ!? ないっ!?」
俺の隣から頓狂な声が上がる。横目で見ると、初秋の陽光に照らされて輝く肌が眩しく映った。
「見事に風に飛ばされてったね」
「えええ~……ハッ!! ベランダに何もないのって……」
ようやく気付いたか。
「全部飛んでったのか!!」
「んなわけねぇだろ。頭にプリンでも詰まってんのか」
「えっ? ……だ、だよね! さすがに全部は飛んでいかない! よね……?」
「俺、こんな頭弱い子に手を出したの……? 完全に犯罪者じゃん……」
「自虐に見せかけた他虐はやめようッ!? それに、手ぇ出してないよ??」
「……なんだって?」
「自虐に見せかけた」
「その後。手出してないって言った?」
「うん、なにもやってないよ?」
俺は呆然としてしまう。
「え?? やってないのにそんな堂々と全裸晒してんの? 逆に信じられないんだけど。アマゾンの奥地から来たの?」
「ケイくんって意外と毒舌家なんだね~。私、全裸じゃないと眠れないタイプなの」
絶句した。
モデルとか女優とかってみんなこんなぶっ飛んでんの?
「いや、危ないでしょ……俺が手出してたらどうすんの?」
「だって、ケイくん彼氏いるんでしょ?」
「……は!?」
「彼氏いるってずっと言ってたよ?」
嘘だろ!?
「い、いつから……?」
「あ、大丈夫、大丈夫。私しか聞いてない。ず~っと『俺、彼氏いるから』って介抱拒否るから、『大丈夫だよぉ~、何もしないよぉ~』って言い聞かせながらここまで連れてきたの。ケイくんって、彼氏に溺愛されてるでしょ? もうすんっごい可愛いかったよ!」
マジか……。
「介抱任せろって言う人いっぱいいたんだけどさぁ、なんか、みんな変な感じなんだよ。触り方とか、目つきとかさ。ケイくんのマネージャーさんも酔い潰れちゃってて、どうしようかなーって思ったんだけど、酔っ払ってるフリしてワガママ言いまくって、誰にも渡さなかった! ダメ、触らないで! って、うふふ!」
「女神じゃん……ありがとう、マジで」
「いやぁ、テレますなぁ」
目の前の女は、腰に片手を当て、にやけながら頭を掻いている。
「全裸だけどね」
「思い出した……私の服……」
彼女が肩を落として項垂れると、服を着ている姿からは想像もつかなかった豊かな胸が揺れた。
着痩せするタイプか。本人を抱きたいとは思わないけど、濡れ場のある映画に出演することがあれば必ず観よう。
「とにかく俺の服貸すから、お昼食べながら考えよう」
今日この辺で女物の服落ちてんの見た奴、それ、今をときめく清純派女優〝あすみん〟の私服だぞー。
……
…………
………………
「美味しっ! 卵フワッフワ、とろっとろ! 料理うまっ! 尊敬する!」
「たかがオムライスじゃん……」
だいぶ体調が戻ってきたとはいえ、やはり胸焼けが酷く、自分の分を作ったものの、箸を付けられずに黄色い物体として眺めているだけの俺の前で、〝あすみん〟はバクバクとオムライスを口にかき込んでいる。
う、見ているだけで吐き気が……。
「たかがオムライス、されどオムライスだよ、ケイくん!」
「……オムライスに
「え、全然? 私が料理できないだけ」
「……フーン」
「興味のなさっぷりがすごい!」
「てか、さっきから通知来まくってるけど、見ないの?」
「ああ、どうせマネージャーだから」
「いや、見なよ。んでマネージャーに服持って来てもらえば?」
「!? 天才……?」
「高度な煽りか?」
「???」
「……君みたいに才能の極振りしてないだけだよ」
「……私も天才ってことか!」
「フッ……ある意味ね」
「分かるよ、今のは馬鹿にしたでしょ」
「あっ!!」
「ん?」
「ヤバい俺も楽郎に連絡しなきゃ!」
「?? 彼氏?」
「そう! 忘れてた!」
「彼氏かわいそ~、ププ」
「くっ……」
まだ返信も見ていない。俺はフラつきながら、寝室の携帯端末を取りに行った。
オイカッツォ:ごめん生きてる
サンラク:よかった
サンラク:午後からそっちに行く
「えっ……?」
午後からってことは、つまり……。
見計らったかのようなタイミングで、インターホンが鳴った。