自宅の最寄り駅につくと、ちょうど駅構内のカフェから楽郎が出てくるところだった。
「ごめん、お待たせ!」
「いや、そこで勉強してたから大丈夫」
楽郎は俺の足元に視線を落としたのに、何も言わない。
俺がその顔を覗き込むと、照れたように目を逸らした。
「似合う?」
「……うん」
「フフッ、ありがと」
歩き出す楽郎の隣に並びながら、自分の足を見る。新しく仲間入りしたこの白いレザースニーカーが、俺の一番のお気に入りだ。
「何か買ったの?」
「え? ……あ」
楽郎の視線の先のショッパーバッグに気が付いて、つい、後ろ手に隠してしまう。
「いや、ちょっと……今日仕事先で貰って……」
「……ふぅん。仕事どうだった?」
「……まぁ、普通」
「なんだ。何かあったのか?」
「何もないよ」
「絶対何かあっただろ」
「何もないって!」
「じゃあその紙袋、何が入ってんの?」
「……大したものじゃない」
「大したもんじゃないなら隠す必要ないよなぁ?」
「本当に大したものじゃないから! 楽郎には関係ない!」
「………………」
こんなものを着させられてネタにされて、しかも、それが全国放送されるだなんて……とても言えない。
今日の収録のオンエアは約一か月後だ。
うわ絶対見られたくない……どうか楽郎にだけは見られませんように……! ……あと別の意味でペンシルゴン。
………………
家に上がって真っ先にショッパーバッグを寝室のクローゼットにしまい込んだ俺を見て、楽郎が面白くなさそうな顔をする。
「ほら、勉強しよう」
「………………」
黙ってテーブルに勉強道具を並べる楽郎をチラチラと見ながら、俺はキッチンでグラスに麦茶を注ぐ。
機嫌悪そうだなぁ……。
別に、俺はテレビで弄られるのは構わない。バラエティなんだから、むしろ面白くなきゃ困る。見ている人に笑って楽しんでもらうのはいいんだ。
だけど、好きな人にあの姿を見られても平気かってなると……そこまではまだ割り切れない……。
恋人なら、何でも見せなきゃいけない? そんなことないよな?
麦茶をテーブルの上に置いて、楽郎の隣に座った。
「じゃあ……おさらいになるとは思うけど、一応、英語小論文のルールから説明しておくね。そのルーズリーフ、一枚頂戴」
俺は楽郎からルーズリーフを受け取り、ペンを走らせる。
「Intr
「うん」
「で、まず、Intr
楽郎は真剣な表情で聞いている。ルールについては、特に分からないこともなさそうだ。
「次は、さっき説明した
「だな……」
「苦手と感じるのって、多分〝論理〟が何かってのが、はっきり分かっていないだけだと思うんだよね。だから、まずはその辺をある程度理解しとこうか」
「はい」
「論文だろうが討論だろうが、最も重要なのは相手の主張を論破する攻撃力じゃなくて、自分の主張を守りきる防御力なんだよ。勝つことよりも、負けないことが何よりも大事。だから、理論武装が紙装甲だと話にならない」
「ふむ」
「そこで装備するのが、事実、統計、推論、具体例、類推、
「ほう」
ルーズリーフに図を書きながら説明していく。
「一番防御力高いのが〝事実〟……誰もが存在を認識、納得できるものだから、防御力クソ高いけど、意外と難しい。物理的に存在してるものとか不変の事実ならいいけど、歴史上の事実なんかは後から新事実が出てきたりするよね?」
「あー、確かに」
「次に防御力高いのが〝統計〟……客観的なデータだね。防御力高いし使いやすいけど、改ざんや捏造された偽物に要注意。次が〝推論〟……
「うん」
「次は〝具体例〟……事例とか体験談。これは、相手の理解や説得力を上げるための優秀な補強パーツだね。その次が〝類推〟……類似したケースを引き合いに出す。比喩もこいつの仲間。これは自分の主張をより身近に感じさせるための補助パーツ。で、最後に〝
「成る程」
「これらの防具をいくつか組み合わせて装備したものが、いわゆる論理ってやつ。なんとなくイメージできた?」
「うん。図解分かりやすいわ」
「よかった。じゃあ、さっき言ったこれ、最も一般的な防具〝推論〟について……」
一通り防具についてと、装備の仕方を説明したあと、俺は予め用意しておいたファイルを差し出した。
「はいこれ、装備のジョイントパーツ。論理展開に必要なフォーマットと、文語の言い回しまとめ」
「おぉう、すげ……」
「これ、全部覚えて」
「えっ」
「小論文も数学と同じだよ。公式を覚えて、それに当て嵌めるだけだから」
「な、成る程……」
「暗記は筋トレだからね……やればやるほど強くなれるよ。とりあえずそれ参考にしながら、この例題で小論文作ってみて」
「分かった」
麦茶を飲みながら一息ついていると、しばらく集中していた楽郎が、ふと尋ねてきた。
「慧は、いつぐらいから英語しゃべれるようになったんだ?」
「ん? 俺はプロゲーマーになってからだよ。海外の大会もあるから、必要に迫られて」
「すぐペラペラになった?」
「んなわけないでしょ……。俺だって勉強中だよ」
「すでにかなり話せるじゃん。海外のインタビューとか全部英語だろ?」
「うーん、でも、去年なんかまだ全然怪しかったよ。未だに自信ないもん。……暇だし、俺も英語の勉強しようかな」
俺は、自学のために買っておいた英語の参考書とノートを持ってきて、楽郎の向かいに座り、勉強を始めた。
……が、すぐに視線を感じて顔を上げる。
「……どうしたの?」
「いや……なんか新鮮だな、と思って」
「何が?」
「慧が勉強してる姿」
「ははは。高校の制服でも着ようか?」
「えっ、あんの?」
「うん。実家から持ってきてるから」
学校の勉強に関しては興味のある分野以外は本当に必要最低限しかやってこなかったし、特に思い出深いこともない。
にもかかわらず、俺の制服に対する思い入れは強い。何故なら、女子の制服にすり替えようとする姉たちから俺が最後まで死守し、そして、男としての俺を守り抜いてくれた、正に相棒とも言える存在だからだ。
卒業式では男女問わずネクタイをくれだのボタンをくれだの絡んできて、中には無理やり奪おうとする輩もいたが、あちこち逃げ回って、決して誰にも渡さなかった。
ガタッと音を立てて、楽郎がテーブルに身を乗り出した。
「見たいっ!!」
「わ……そんなに……? 別にいいけど……ちゃんと小論文書いといてよ?」
「おう!」
いい返事だなぁ……。
………………
うちの高校はブレザーだった。白い長袖シャツに腕を通し、チェック柄のスラックスにシャツの裾を入れてネクタイを締めると、クローゼットの姿見で全身を確認しながら袖を腕捲りする。
うわー、学生服とか久しぶりだな。もう完全にコスプレだけど、テンション上がるわ。ブレザーは……いいか。暑いし。
リビングダイニングに戻った俺を、楽郎が熟視する。ドキドキと、変に緊張しながら、元の椅子に座り直した。
「………………やべぇな」
「どういう意味だ……」
「モテオーラが。高校ん時告られまくっただろ」
「そうでもないよ」
「具体的には?」
「ええ……う~ん、同じ人からのを含めなかったら、年に五回程度じゃないかな? 俺、基本、授業終わったら即行帰宅してゲームするだけの学生生活だったし」
「授業終わって即家帰ってゲームって、俺と同じじゃねーか。逆にその学生生活のどこに年五回も告られる要素があるんだ」
「知らないよ……小論文書けた?」
「まだ……」
勉強を再開する。
「………………」
「………………」
「……あのさぁ、こっち見過ぎ。集中できないなら着替えるよ?」
楽郎は慌てて手のひらを突き出す。
「休憩!! 一旦休憩しようぜ!」
携帯端末で時間を確認した。
「あー、もう夕食の時間か。ご飯作るから、その間休憩してていいよ」
俺はネクタイを緩めながら立ち上がった。
「おぉう……」
「え、なに?」
「いや……ネクタイもいいなと思って」
「そう? めんどくさいだけだと思うけど……」
「晩飯の前に、ちょっと……」
「ん?」
「ちょっと」
椅子に座ったまま手招きする楽郎のそばに近寄ると、楽郎は自身の膝をぽんぽんと叩いて、両手を軽く広げた。
……座れって?
俺が楽郎の膝の上に跨いで座ると、腰に手が回って引き寄せられ、至近距離で向かい合う形になる。自分の鼓動がうるさい。
めちゃくちゃ嬉しそうな楽郎の表情に、俺の頬も緩んだ。
「なぁに……どうしたの?」
「休憩だよ、休憩」
「俺、重いでしょ」
「全然」
見つめ合っていると、つい、楽郎の口元に目が行って、俺は自分の唇を舐めてしまう。楽郎も、微かに舌舐めずりをした。そのまま何度かキスをして、舌を絡める。
すぐに互いの性器が反応し、楽郎が俺の目を見ながら呟いた。
「……勃ってきた」
当たっているから分かるのに、わざわざ口に出すのはそういうことだ。
「小論文書き終わるまではダメ」
「ええ!?」
「勉強しに来てんだから当然でしょ? 俺もご飯作らなきゃ」
「ちょっとだけ!」
「ダメ。ちょっとで終わるわけないじゃん」
「十五分……いや、十分!」
「あっはっはっ! 必死か!」
「クッソムラムラする……」
俺の腰を強く引き寄せて勃起したものを押し当て、首元に噛みつくようにして吸いつかれる。首筋を這う舌と荒い呼気に、ゾクゾクしてしまう。
「んんん~……だめ、ほんとに……」
「慧……」
囁く吐息が俺の耳にかかった瞬間、跳び退くようにして楽郎から離れた。
あ、危な……理性飛びかけた……!
心臓がバクバクする。あそこがギンギンに強張って痛い。
呆然とする楽郎に、俺は曖昧な笑みを向けた。
「ご、ご飯作るから……続きはまた後でね……」
「……分かった」
楽郎は休憩をやめてまた机に向かったが、イライラとした様子で膝を細かく揺すっている。
俺はそっとキッチンに逃げ込むと、冷蔵庫の野菜室を開けた。
流されちゃダメだって……俺がしっかりしなきゃ……。
俺の存在が勉強の邪魔にしかならないなら、勉強を口実に会うことすら拒絶しなくてはいけなくなる。それだけは避けたい。
……
…………
………………
「作ってくれてありがとう。旨かった」
「本当? よかった」
食事中ずっと上の空だったから、あまり好きなメニューじゃなかったのかと、少し不安になってしまった。
キッチンに二人で並んで洗い物をする。
「レンコンが安かったから、レンコン料理ばっかになっちゃった」
「そうか……」
「嫌いなものはなかった?」
「うん」
「なら、よかった……」
お礼は言ってくれたが、やはり会話は続かない。
洗い物が終わってお風呂を沸かそうとキッチンから出ようとしたところで、突然背後から抱き着かれてベルトを外され、スラックスの中に手を突っ込んで前を直接触られた。
痴漢ッ!!
「はっ、えっ!? ちょ……お風呂は!?」
「仕事行く前にケツの準備してんだろ? 俺も家出る前にシャワーしてきた」
「や……でも、俺汗かいてるよ!」
「どうせヤッてりゃ汗だくになる」
楽郎は、後ろから手を回して俺の顎の下をがっちり掴み、片手で自身のベルトを外している。首を舐めて強く吸いつかれ、慌てた。
キスマーク付ける気だ!
「待てって! 急にどうしたの!」
「急に……? 俺はこの一週間、ずっと慧を抱きたかったが?」
ドキッとした。たちまち下半身に血流が集まる。
「もっと言えば……」
上から肩を押さえつけられ、キッチンのフロアキャビネットを背にして膝立ちになる。
「慧の喉マンコガンガン突いて精液飲ませてから滅茶苦茶にケツ掘り倒してトコロテンと潮吹かせまくった後で、ケツ穴から俺の精液垂れ流すところを眺めたい」
「!?」
ちょ、ちょっと待って今混乱してるから……もう一回言ってくれる?
目の前で下げられたボクサーパンツから、楽郎の分身が飛び出して、勢いよく跳ね上がった。血管が今にも張り裂けそうに浮き上がっている。
俺はそれを見ながら、頭の中で楽郎の言葉を反芻していた。
ケツ穴から……え、生でやるってこと? この前楽郎がコンドーム買って来たのに?
「小論文も書き終わったんだ……もう逃げる口実なんかないよなぁ?」
「待って楽郎……なんか変だよ……」
「……いいから咥えろよ」
……そんなにヤリたかったの?