薄暗い寝室が目に入った。
カーテンのない窓に視線を向けると、空は灰色の雲に覆われ、雨が降っている。時間は分からないが、少なくとも夜ではない。
どうやら、泣き疲れて眠ってしまったようだ。
いや、ヤリ疲れて寝たのか?
……どっちでもいいわ。
重い体をなんとか起こす。頭がズキズキと痛む。顔面の違和感が凄い。涙とザーメンが乾いてガビガビしている。
気持ち悪……うわ、制服もカピカピじゃん……。
ガシガシ頭を掻きながらため息を吐くと、シーツを剥ぎ取って使用済みタオルと一緒に丸めて抱え、バスルームへと向かった。
洗面所で顔を洗って歯を磨き、脱衣所の洗濯機にシーツとタオルを放り込んでからシャツと下着を脱いで突っ込み、タッチパネルを操作する。
スラックスは手洗いか……。
さすがに、精液まみれになった高校の制服をクリーニングに出す勇気はない。ネットで手洗いのやり方を調べる。
シャワーで全身を綺麗に洗い流し、ウォッシュボウルにお湯と中性洗剤を入れてスラックスを洗い始めた。
時間経ったらなんか腹立ってきた……。俺、そんな悪いか?
「つーかヤルだけヤッて帰んなよ! 最後まで面倒みろ!! 俺が大事にしてた制服こんな有り様にしといて自分だけスッキリしてんじゃねーよ!!」
水浸しのスラックスをボウルに叩き込むと、洗剤水が思い切り顔にかかった。
「あ゛ー、もうッ!!」
シャワーを頭から浴びて少し冷静さを取り戻す。
……いや、確かに言い過ぎたよ? めんどくさい奴だとは思うけど、うざいとまでは思ってないし……なんならアホみたいに煽り倒してくるサンラクの方が百倍うぜぇ。
シャンフロ内で俺が弄られキャラみたいになってんの、大体あいつのせいだからな。
好きな子いじめたくなる男子の言動を素でやってくんのやめろよマジで。なんでダイブすると小中学生みたいになるんだあいつ。
何度かボウルのお湯を入れ替え、押し洗いを続ける。
……まぁ、正直セックスもめちゃくちゃ良かったけど……。
制服エッチとか男のロマンだし、
蕩けるような甘いイチャイチャセックスもイイけど、獣欲剥き出しのガン掘りセックスも最高だわ……。ヤッてる最中の楽郎の顔、すんごいエロかったなぁ~……。
あ、勃ってきた。………………。
「えーんもうなんであんなこと言っちゃったのさぁ~! バカッ! 俺のアホッ!!」
ウォッシュボウルの前にしゃがみ込んだまま、衝動的にこめかみを拳でポカポカ殴る。
……メッセージ送るか……?
なんて送る? 言い過ぎました、ごめんなさい? ……昨日直接謝ったのに無視されたじゃん……。
「……は? ムカつく。俺から謝ってやってんのに何無視してくれてんの?」
俺がこんなぞんざいな扱いを許すの、楽郎だけだからね? そこんとこちゃんと理解してる? もっと崇め敬って足蹴にしなよ!
すすぎ終わったスラックスをくるくると丸めながら水気を押し絞っていく。
決めた。あっちからメッセージ来るまで俺からは絶対に送らない。
メッセージまで無視されたら死んじゃう!
……
…………
………………
目覚めてすぐに携帯端末を確認し、ボトリと手から落として枕に顔を沈めた。
今日も楽郎からのメッセージはない。
ねぇもう十月も終盤なんだけど……。
楽郎の誕生日、来月じゃん……え、どうすんの? なんでメッセージ送ってこないの、あいつ。
シャンフロでもログイン頻度落ちてて会えない……てか、そもそも連絡取り合わないと時間帯噛み合わないし。
……このままフラれたらどうしよう……。
「やだ! やだぁ!! ムリぃぃ!!!」
ベッドの上でひとしきり暴れたあと、携帯端末を操作した。
彼氏から連絡来ない
誕生日プレゼント 彼氏
電動えねま
マッチングアプリ ゲイ
マッチングアプリ
破局 原因
とりむね レシピ
fps最新作
喧嘩 仲直り
喧嘩 男同士
……検索履歴削除しよ……。
………………
「今日も表情筋死んでますね」
「うるさいよ……営業スマイルは稼動してんだから問題ないでしょ」
「何かあったんですか?」
「そういうのいいから。メンバーのメンタル管理もマネージャーの仕事だって言いたいんだろうけど、俺には必要ない」
「でも、もうほぼ二か月その状態ですよね? なにが解決策に繋がるか分かりませんから、話くらいは聞きますよ。話したくなったらで構いませんから」
「……どうも」
「今日はFPS最新作〝
「俺に求められてんのは近接格闘プレイでしょ? 分かってるよ。協力プレイの相手は? FPSタイトルのプロゲーマーだよね?」
「あれ? ご本人から聞いてません?
「は?」
聞いてないが。
………………
「ねえ、一緒に来てよ……お願い」
「嫌ですよ。こっちも仕事があるんで。ま、友だちと喧嘩なんてよくあることですよ」
「こ、こいつ……
「話くらいは聞く、と言ったまでです。また相談があればいつでもどうぞ。では後ほど」
「二度と相談するもんかーッ!!」
バカァ!!!!
楽屋の扉の前に着いて深呼吸をし、ドアノブを握る。
「………………」
よし、もう一度深呼吸を……
「俺、未だに対戦依頼断られるんだけど」
「同じく」
「私も」
「俺もぉ~」
ん?
楽屋の中から複数人の話し声が聞こえる。
あー、今回は個人楽屋じゃないんだっけ。前の出演者が帰らずダラダラだべってんのか。
「実際そこまで強くないんじゃないの」
「なるほど! 実力が露呈するから対戦できないんだ!」
「ありえるぅ~」
「
「誰もお前の顔なんか興味ねえって」
「よっぽど見せられない顔なんでしょ」
「それだ!!」
「ハハハッ! ウケるぅ~」
「大会の実績もないド素人らしいしな」
「プレイもテンションでゴリ押しするだけ。トータルの実力は大したことないんでしょ」
ドアノブを握り締める俺の口角が吊り上がっていく。
「魚臣さんのプライベートのフレだから使われてるだけだろ?」
「ただのコネじゃん」
「言えてるぅ~」
「よくプレイヤーとして魚臣さんの隣に立てるよな」
「わかる。恥ずかしくないのかな」
「見てるこっちが恥ずかしいっての」
「ルサンチマン垂れ流す暇があるなら少しでも練習しなよ」
「!!!!」
「魚臣さ……」
「言っとくけど、君らあいつより下手だから。本当にテンションでゴリ押ししてるだけにしか見えないなら、対戦する価値もないね。それより、出番終わったんなら早く散ってくんない? 外まで漂ってんだよねぇ……惨めな負け犬臭が」
満面の笑みで吐き捨てる俺に、楽屋の空気が凍りついた。
「…………サーセン」
「……お疲れ様です……」
「失礼しまーす…………」
「コワ……生理中かよ」
「あんな人だったんだ……幻滅」
そそくさと立ち去る数人の男女の足音を背に、笑顔のまま舌打ちをした。
こちらに背中を向けて、まだ一人、端の席に座っている男がいる。
……ん?
いやいやいや……まさかね……んん??
何度瞬きを繰り返し、目を擦ってみても、見覚えのある後ろ姿にしか見えない。
男が振り返る。
「よぉ~」
「おんぎゃあああーッ!!」
「おっ、何が生まれたんだ?」
「な、な、な、ななななにしてんの!?」
マスクだけ!? ヘルメットは!?
「なにって。今日お前とデモプレイやるんだが。もう聞いてんだろ?」
「えっ、ちょっと待って……今の会話ずっとここで聞いてたの……?」
「テレるぅ~」
あの間延びした相槌、全部君かよッ!? 道理で聞き覚えのある声だと思った!!
「自分の陰口に参加するとかどんなメンタルしてるんだよ……」
「お前こそ自分の好感度考えろよ」
「前は猫被ってるって馬鹿にしてたじゃん」
「別に馬鹿にはしてねーよ……。ああいう手合いはネットでも好き勝手ディスるぞ」
「だろうね」
あんな奴らが立てた悪評で潰れるんなら、俺もその程度ってことだよ。
楽郎は、椅子の背もたれに片腕をかけて俺を見上げる。
「ありがとな」
「なにが?」
「俺のために怒ってくれて」
頬が痺れるように熱くなり、顔を背けた。
「勘違いしないでくれる? 単に俺の名前が悪口に使われてムカついただけだから」
「お手本のようなツンデレ」
「それより連絡くらいよこしなよ。俺、今日になるまで共演者がらく……
「そうなん? 例のマネージャーから聞いてると思ってたわ」
「そのマネージャーは本人から聞いてると思ってたってさ。俺も本人から聞きたかったんだけど? それに、こんな大事な時期に何やってんの?」
俺が睨み付けると、楽郎はバッグからフルフェイスのかぼちゃヘルメットを取り出し、マスクを外して頭に装着した。
ヘルメットから、ボイスチェンジャーを通した音声が出る。
「悪霊よ去れ」
「誰が悪霊だ」
そういえば、ちょうどハロウィンの時期か……。
俺は
「Trick or Treat」
「無駄に良い発音」
「Trick or Treat」
「いや、それ仮装してる俺が言うやつじゃ」
「Trick or Treat」
「分ぁったからちょっと待て! ……なんかあったかな……」
「あっ……これかぁ……ハイ、今日電車で見知らぬオバチャンから貰った賞味期限切れのアメチャン」
バシィッ!!
俺の平手打ちと同時に吹っ飛んでいく飴。
「ア、アメチャーーーーン!!!」
「ゴミ押し付けんな」
「お前オバチャンの善意をゴミ扱いすなよォ!!」
賞味期限切れの古い食品渡してくる時点で善意とは認めない。
「Trick or Treat」
「くっ、もうなんも持ってねぇよ……」
無表情でジリジリと距離を詰めていく。
「Trick or Treat」
「コワイコワイコワイ!!」
「Trick or Treat」
「……と、とりっくぅ……」
俺は、椅子に座ったまま仰け反るパンプキンヘッドの口に、音を立ててキスをした。
しばらく動作停止したあと、突然かぼちゃの目がビカッと光り、可動式の口部分がカシャンと開いた。久し振りに楽郎の口元を見る。
これは……直接中にしろってことかな?
そっと顔を近付ける。この整った唇の感触を、俺は知っている。もう一度触れられるなんて、夢みたいだ。息苦しくなるほど心臓が狂喜乱舞している。
声が聞きたかった。もう会えないかと思った。恋しくてたまらなかった……。
唇と唇が重なる……寸前、ドアがガチャッと開いた。
ゴンッ!!
「イデッッ!?!?」
カシャン!
うっかりヘルメットの頭頂部に拳を落とし、どついてしまった。衝撃でボタンを押したらしく、かぼちゃの口が閉じる。
「き、貴様ァ……」
ごめーん……。
楽屋にマネージャーと社員さんが入ってくる。
「まだ喧嘩してるんですか?」
「えっ、お二人喧嘩されてるんですか?」
「今仲直りしました」
「……………………」
とりあえず今は仕事を優先させるが、聞きたいことは山ほどあるんだ。後でじっくりと話し合いさせてもらうからな。
「それは良かったです。何しろ、今回は協力プレイですから。あ、私、広報担当の立川と申します」
名刺を受け取って挨拶を交わし、全員が席に着く。
「プライベートでも仲の良いお二人のコンビネーションがあれば、非常に見応えのあるデモンストレーションになるのでは、と期待しています」
「ありがとうございます。期待に沿えるよう頑張ります」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。すみません、ちょっとハードル上げるようなことを言ってしまったばかりなんですけど、今回は協力プレイということもあって、視聴者の方に楽しさを伝えることが目的となっていますので、ガチガチの攻略プレイというよりは、普段プライベートでゲームする感じで和気
「はい。分かりました」
「分かりました」
ストローで一気にライオットブラッドを飲み干すと、再びカシャンと口が閉まった。
「あ、どうぞ。続けていただいて……」
……君、さっきのテンションからして既に飲んでたよね? それ、何本目? 今の説明聞いてた? 今日は和気藹々と気楽にって言ってたよね? 君「分かりました」って返事したよね?
俺の視線に気付いた
いらねぇよ