「発展途上国の公安機関は大抵、内乱や反乱を押さえ込むために特殊部隊戦闘員を飼っている。そういった組織は、時に政府とは独立して活動することがある。国の保安のためには、いくらでも金が必要だからだ。そして、どの機関にどの程度金を積めば支援が受けられるか、うちの会社は全て把握している」
「地獄の沙汰も金次第だな」
「いつの時代もそれだけは変わらん」
「金の概念がなくなれば世界が平和になるんじゃないか?」
「おいおい。金の概念が生まれる遥か以前から人類は戦争してんだぜ。もう忘れちまったのか?」
「裏家業の主な仕事は過去を忘れることだろう?」
先刻、簡単な自己紹介でマーシャルと名乗った大柄なアフリカ人の男は、レトロなランドローバーのハンドルを片手で握りながら含み笑いを漏らした。
「全くもってその通りだ、兄弟」
その声音にどこか物寂しさが漂っている気がして、マーシャルに目を向けたが、表情までは見えなかった。フロントシートの
シエラレオネの肥沃な土地は、鉱物資源も豊富で〝熱帯の楽園〟などと呼ばれているが、実際には繰り返される内戦や人身売買、マラリアやエボラを始めとする感染症の蔓延、自然災害といった脅威に晒され続け、未だ最貧国の状態から抜け出せずにいる。
この土地で採掘されるダイヤモンドは数々の紛争の火種となり、その原石は武器や傭兵へと姿を変え、武装勢力の大きな資金源となったため〝
とんだ皮肉があったもんだ。
俺は次々資料をめくり、シエラレオネの地図や政治情勢、ダイヤモンド産業を支配している多国籍企業やその中心人物、反政府組織や民間軍事会社、英国王室や、今回の救出
アーカイブの情報は
ランドローバーは、広々とした埠頭に
揃って車から降りると、マーシャルはトランクから太枝切り鋏のような見た目の巨大なニッパーを取り出し、海上コンテナの一つに近付いた。両開き扉には、左右四本のロックレバーがついている。右端のレバーをロックしていた、ボルトのような金属棒の鍵をその工具で切断し、全てのロックレバーを解除したマーシャルが、右扉を開けようとする。
「待て」
唐突に、
「中でなんか気配がする。人かは分からんが」
「……まさか。何故分かる?」
「勘」
コンテナの陰にしゃがみ込んで周囲を警戒し始めた俺に、マーシャルの戸惑う視線が向けられる。
「その男は野生動物だと思ってくれていい」
「おいコラ」
「……分かった」
「分かるな」
「散開ッ!!」
連射音が鳴り響く中、体を低くして超音速の弾丸を潜り抜け、全力疾走した。一先ず手近な海上コンテナの陰に転がり込んで辺りをさっと見渡す。
俺以外をターゲティングして発砲している敵が潜むコンテナに狙いを定め、ほど近い別のコンテナ群へと駆け出した。そこからは動きや足音が目立たないようにクリアリングしながら、じわじわと目当てのコンテナへと近付いていく。
辿り着いたコンテナの前壁に背をつけて側壁を覗き見ると、ゆっくり奥へと離れていく男の後ろ姿が見えた。ここからは距離がある。俺は隣のコンテナ群へ移ると、銃撃音に足音を紛れさせてターゲットよりも速く移動し、ターゲットが姿を現すであろうコンテナの、裏側の側壁に背中をつけた。相手のクリアリングで見つからないよう、顔を出さずに待機する。ターゲットがコンテナの間から、進行方向に銃を構えて出てきた。完全に背中を向けるまで待ち、飛び出した。ターゲットの首を両腕で締めつけて捻り、容赦なくへし折る。俺に銃口を向ける間もなく、脊椎を折られたターゲットが
おぉ……無駄にリアルだな。大丈夫か? このゲーム。
ワンポイント式スリングで首から吊るされたH&K MP5サブマシンガンを奪い、スリングを自分の首にかける。チェストハーネスをまさぐって予備弾倉を取り出し、使いかけの弾倉と交換して初弾を薬室に送り込んだ。
銃撃音はまだ続いている。俺を狙っていた奴らが追って来ているかもしれない。武器を構え、すぐに移動した。発砲音がする方向を目指してコンテナからコンテナへ、闇に紛れて慎重に進む。発砲音が途切れた瞬間、足音が耳に入り、その場にしゃがみ込んだ。コンテナの角から半分顔を覗かせた人影を一瞬のうちにターゲットと認識、頭を引っ込める前に連射する。ターゲットは勢いよく仰け反って倒れた。ダウンを確認し、ほっと息を漏らす。
ゲーム開始前にチュートリアルを受け、様々な火器の試射を済ませてはいたが、やはり実際のプレイ、しかも奇襲となると、俺も少し緊張してしまっていたようだ。
全身をリラックスさせつつ、ターゲットの武器が同じMP5であることを確認して弾倉二本を入手、ジーンズの左右のバックポケットにそれぞれ突っ込んだ。目標の発砲音が消えている。俺の銃声を聞きつけて、こちらに向かっているかもしれない。拳銃が収められたホルスターは無視した。
別の発砲音がする方へと歩を進めながら銃を構えてクリアリング中、少し離れたところを歩くターゲットを発見。目が合い、即座に身を屈めつつ胸から頭部にかけて連射を放つ。向こうも撃とうとしたが、俺の方が速かった。ターゲットはコンテナの角に背中と後頭部を打ち付け、地面に倒れ伏した。銃撃音が止み、夜の静寂が訪れている。しゃがんで耳を澄ませる。波の音が聞こえるだけだ。
しばらく待ってみても、発砲音も人が近付いてくる気配もない。ダウンしたターゲットに近付き、弾倉を交換したB&Tサブマシンガンと予備弾倉二本を手に入れた。これで、ジーンズのポケットは前も後ろも一杯だ。再び周囲を警戒してから、ターゲットのベルトからワルサーP99セミオートピストルを抜き取った。その拳銃をジーンズと腰の隙間に差し込んで、弾倉一本をオープンカラーシャツの胸ポケットに入れる。
静まり返った埠頭を足音を殺しながら引き返し、襲撃に遭った場所の近くまで戻ってきた時、ふいに人の気配がしてその場に折り敷き、射撃姿勢をとった。敵影はない。
「……
その声に安堵の息を漏らした。
「
すぐにコンテナの陰から
「マーシャルは見た?」
「いや。この辺りにいると思うんだが」
「何人倒した? こっちは三人」
「四人。敵の数はどれぐらいだと思う?」
「最初の銃声聞く限り、十人程度」
「俺もそれぐらいだと思う」
「まだ敵が残っていると仮定して、ツーマンセルで捜索しよう」
「了」
移動を開始しようとしたその時、
「マーシャル! マーシャルいるか!!」
「ここだ!」
「海から敵の増援が来てる! 車を出せ!!」
「了解!」
車の向こう側のコンテナ群からマーシャルが走り出てきた。俺と
「うおマジかッ!! いきなりRPG使ってくんのかよ!!」
驚愕の声を上げながらも、
風に舞う爆煙がみるみる遠ざかっていく。なんとかその場を脱することはできたものの、危地から脱け出せたとは言えない。状況は最悪だ。
「敵に行動が知られてる!」
「ああ、そうだろうよ!」
「どんな計画があったのか知らないが、全部バレてんじゃねぇのか!?」
本来ならば、装備を整えてから奪還計画について話を聞く予定だった。しかし、情報漏洩が起こっているとなれば、計画どころか関わっている人員まで全て変更しなければならない。
「クソッ、どうなってやがんだ!!」
「おい、マーシャル! 被弾してないか? それ、お前の血か?」
「左肩」
俺の言葉で、マーシャルが肩に目を向けた。左肩を前から撃たれているようだ。
「運転変わるよ」
「いや、大丈夫だ」
俺は運転の交代を申し出たが、マーシャルは断った。
「外傷キットや抗生剤はある?」
「ない。全部あのコンテナの中だ」
「誰にも知られていない隠れ場所に心当たりは?」
「……俺個人の武器保管場所がある」
俺はそれ以上何も言わなかった。マーシャルがハンドルに掌底を叩きつけ、唾を飛ばしながら吼える。
「ちくしょうッ!!」
途中バスターミナルのタクシー乗降場付近でランドローバーを乗り捨てると、人通りがまばらになった夜の町を徒歩で移動し、ランドローバーから離れた場所で適当な車を見繕った。マーシャルは古いミニバンの運転席側のウィンドウを破って中に乗り込み、ハンドル下のカバーを蹴り壊すと、イグニッションを取り出して一分もしないうちにコードをショートさせ、エンジンをかけた。
銃撃戦の跡が残るランドローバーはすぐに発見されるだろうが、足がつきそうな物は残らず持ち出したし、バスやタクシーといった余計な選択肢を増やすことで、少しでも敵の追跡を遅らせることができるかもしれない。
今回、このゲームをプレイするにあたっての注意事項として、リスポーンはできないと言われている。つまり、死んだらそれきりということだ。バディのどちらか片方が死ねば、残された者は一人きりで戦うしかない。死んだ者は幽霊として相方に憑依し、干渉は一切できず、ただ見守るだけの存在となる。
それだけは御免だ。少なくとも先に死ぬのは俺じゃない。
おそらく
……
…………
………………
「どちらが潜入する?」
手当てを済ませたマーシャルの問いに、
ミラ王女の監禁場所は既に割り出されており、それはマーシャル自身も確認したという。しかし、こちらの作戦が敵に漏れている今、当然向こうは監禁場所を移す準備を進めているだろうし、移動に海路や空路を利用されれば、現状俺たち三人だけでは追跡が困難となってしまう。マーシャルから聞いた計画では、作戦行動は明日の夜となっていたが、時間を置けばそれだけ俺たちを消そうと探し回っている奴らに見つかるリスクが高まり、監禁場所の警備も、より厳重になるはずだ。奇襲で俺たちを仕留められず、今はまだ敵も混乱しているだろう。奪還のチャンスは今夜しかない。
「俺が」
「僕がやる」
「現場向きなのは明らかに俺じゃねーか! 離れた場所から指示を出すなんて俺には無理だ!!」
「駄目だ。繊細な行動が必要になる。君がやったんじゃ、潜入作戦が殲滅作戦になってしまう」
そうなれば当然、危険に曝されるのは救出
「それに、指示は必要ない。君に見える範囲で僕に近付いてくる敵を発見次第、教えてくれるだけでいい」
「敵地のど真ん中に潜り込むんだぞ!? 分かってんのか!?」
酷く焦った態度の
おいおい……まさか、このキャラにリアルの俺を投影しているんじゃないだろうな? いつもみたいにゲームにのめり込むあまり、バディである俺を心配してしまっているだけだよな?
それを、今この場ではっきりと問い質すわけにはいかない。生配信じゃないとはいえ、プレイ動画をチェックして編集するのは俺たちではないからだ。
「君こそちゃんと分かってる? 僕を君の何だと思ってんの?」
「は? お前は俺の……」
俺がすかさず睨み付けると、
「……バディだ」
分かっているならいい。俺は頷いてから、更にマウントを取りにいく。
「こういうことに関して君より強いのは一体誰かなぁ?」
「………………」
俺の煽りにも反応を示さず、なにやら困惑した様子の
「僕が君の保護対象じゃないことが分かってもらえたようで、何よりだよ」
俺が話を切り上げると、成り行きを見守っていたマーシャルが口を開いた。
「話はまとまったか?」
「うん。悪いね」
「俺も行ければいいんだが……」
歯痒そうに顔を歪めるマーシャルに、俺は首を振って応える。マーシャルは負傷してしまったし、何より重要な役割がある。
「他の
王女誘拐に関する情報を伏せたまま今回の作戦に関わっていない外部のアセットの協力を取り付け、今までの情報提供者たちに代わって全ての情報を洗い出し、裏切り者を突き止める。それが、彼の新しい仕事だ。
「ああ。最善を尽くす」
密林奥地の古びた小屋の地下倉庫で俺たち三人は顔を寄せ合い、装備や作戦計画について、議論を尽くした。