「おい、そこの間抜けども。今すぐ止まれ」
背後から居丈高に呼び止められた俺と
「テメェらに言ってんだよクソ野郎ども! こっちは
ようやく立ち止まって振り向いた俺たちに威圧的な態度を見せるのは、いずれも十代後半から二十代前半と思しき西アフリカ人の若者五人だ。全員がハンドガンを手にしているか、ズボンのウエスト部分からグリップを覗かせて、その存在を誇示している。
黒い薄手のタートルネックのカットソーと黒い綿パンという服装に、大きめのバックパックを背負った
「穏やかじゃないな」
「銃を持ってるなんて……ツイてない」
眉尻を下げて呟いた俺の言葉に、リーダー格の男は気を良くして言った。
「さっさと逃げ出したお前らのツキに、精々悪態でも吐くんだな」
「ツキにフラれたのは君たちだよ」
「あ゛ぁ……?」
銃口を向けられているにもかかわらず無造作に距離を詰める俺と
「クソッ、止まれ! 撃つぞ!!」
俺と
俺は体の向きを変えて近くにいたメンバーAが構える拳銃の射線から外れ、スライドを左手で強く握る。メンバーAが反射的に引き金を引いた。夜の路地裏に、パーンとけたたましい発砲音が鳴り響く。初弾を放った銃のマガジンリリースボタンを親指で押しながら、メンバーBが
メンバーAとCの銃声にはほとんどタイムラグがなかった。あっという間に四人の武器がなくなったことに理解が追いつかず、ただぼんやりと事の成り行きを見守っていたリーダーの額に、メンバーCから奪い取った拳銃の銃口が突き付けられる。
「おい、クソ間抜け野郎。今すぐ銃を捨てろ。脳天ブチ抜かれたくなきゃ、素直に従った方がいいぜ」
リーダーは脂汗を浮かべて固まっている。メンバーBの銃を拾ってきた俺が横から手を伸ばし、
俺は、
「パーンッ!!」
「次にお前らが悪さしてるところを俺たちが見たら、今度こそピンクの脳ミソを派手に散らすことになるからな。よぉく覚えておけよ」
弾丸が当たったメンバーDの銃は壊れていた。俺がリーダーの銃をメンバーAに突き付けて目の前に手のひらを出すと、ようやく自分の銃が使い物にならなくなったことを悟ったメンバーAは、素直に銃を差し出してきた。
俺が銃を集めて戻ると、地面にひれ伏したリーダーの頭を片足で踏みつけつつ、尻のポケットから財布を抜き取っていた
「使えそうなのあったか?」
「ダメだね。どれもこれもジャンクガン。ま、分かってたけど」
「サタデーナイトフィーバーってやつか」
「サタデーナイトスペシャルね」
サタデーナイトスペシャルとは、安かろう悪かろうを地で行く小型拳銃の俗称である。一九六〇年代のアメリカでは、一時期安価な拳銃による負傷者が土曜の夜に集中していたことから、そう呼ばれるようになったという。
「似たようなもんだろ」
「フィーバーしてんのは君の頭ん中だけで十分だよ」
「ほんっといい性格してるよな、お前」
「自分の後頭部にでっかいブーメラン刺さってるの気付いてる?」
「ん? つーか、雑魚狩りで武器集めしても時間の無駄ってことかよ。使えねぇ~!」
「だね。行こう」
「あ、そうだ。お前、車持ってないか?」
唐突に話を振られたリーダーが、びくりと体を震わせる。
「……持ってねぇ……」
「いや、あれでしょ?」
俺は、男たちの後方に見える黒いセダンを指差した。
「なんだ、いいの持ってんじゃねーか。キーくれよ」
「駄目だ!! あれは俺らの車じゃねぇ! ボスの車なんだよ!」
「俺たちはもう仲間だ。そうだろう? キーを渡してくれるよな?」
リーダーは左手のひらを
「親切に感謝するぜ」
「なぁ頼む……ボスに殺されちまうよ……」
「やられる前にやればいい。俺たちがさっきやったようにな。簡単だろう?」
銃と金と車を奪われ、放心状態で取り残された不良グループに見送られながら、俺たちは目的地へと車を走らせた。
……
…………
………………
水田や密林を通り抜けられる未舗装路が目的の建物まで通じていているが、当然警備が敷かれているだろう。俺たちは遠く離れた密林に車を隠したあと、道路脇の水田をずぶ濡れになりながらひたすら歩き、目的地付近に広がる高木林の藪の中に潜り込んだ。泥まみれになった
荒れ果てた倉庫が並ぶ駐車場には背の高い雑草が生い茂り、SUVやトラック、バイクが数台駐まっている。その向こう側のひらけた敷地に、イギリス植民地様式の立派な邸宅があった。ツタが壁を覆う屋敷の裏手には大きな川があり、茶色い水が悠々と流れている。
俺たちが見ているのは屋敷の側面で、大型のディーゼル発電機が建物の角で台座に据えつけられ、駆動音を響かせていた。ここから正面玄関は見えないが、屋敷へと続く未舗装路には二台のセダンが駐めてあり、武装した男が二人、車の脇に立って道を封鎖しているのが確認できた。
「なあ~、もう突撃かまそうぜ」
「やっぱさ、俺に潜入させてくんない?」
「突撃かまそうとかぬかした口で、よくその提案できたね」
俺は暗視双眼鏡で偵察を続けながらあしらった。
屋敷の周囲を、武装した男二人がそれぞれのルートを決まったパターンで巡回している。フラッシュライトを持っているが、歩く方向を照らしているだけだ。三階の窓にも、時折人影が現われる。屋内を
屋敷を警護している男たちは反政府組織のメンバーで、揃いの森林迷彩服を着ている。
俺はチャンネルを合わせた小型無線機のイヤホンをもう一度耳に押し込み、送信ボタンを押した。
「じゃ、行ってくる」
『おう、気をつけて』
イヤホンから
俺は中から見られないよう注意しながら、発電機の近くにある一番端の上げ下げ窓を覗いた。カーテンの隙間からベッドが見える。来客用の寝室だろうか。室内に敵影はない。ポケットから工具のドライバーを取り出すと、マーシャルから教わった通り、下窓側部のサッシと窓ガラスの隙間にドライバーの先端を差し入れ、強く押し込んだ。ピシピシッと音を立てて、窓ガラスにひびが入る。立て続けに下窓の上部二か所にもひびを入れると、再び発電機の陰に隠れた。
発電機の駆動音に紛れてガラスを破る音はほとんど聞こえていないはずだし、やる気のない見回りが暗闇の中で窓ガラスのひびを見咎めるとも思えないが、もし気付かれてしまえば、
幸い、何事もなく見回りは通り過ぎ、俺はホルスターに差した銃のグリップから手を離した。
もう一度寝室に人気がないことを確認したあと、ひび割れたガラスをいくつかそっと取り除いて手を差し入れ、クレセント錠を開けて窓を上に押し上げた。室内に入り込み、静かに窓を閉めて、カーテンを隙間なく引いたとき、寝室の外の廊下から足音が聞こえた。ベッドの向こう側のクローゼットが目に入ったが、足音はかなり近い。クローゼットの扉の開閉音が聞こえてしまうだろう。他に隠れられそうな場所も見当たらない。咄嗟にドアまで忍び寄り、片開きドアの蝶番側の壁に背をつけて立った。
ドアが開く。隙間から廊下の灯りが漏れ、武装した男が入ってきた。割れた窓ガラスから風が吹き込み、カーテンが揺れる。発電機の音も直に聞こえている。男は開けたドアをそのままに、警戒しながら窓に向かった。男の目は窓に向いているが、無線機を手に取り、ヒップホルスターの拳銃に手を伸ばしかけている。今すぐ片付けたいが、この位置から銃を撃てば、ターゲットが窓にぶつかってしまう。間もなく外の見回りもやってくる。俺はすぐさま突進し、振り向きかけた男に襲い掛かった。拳銃を取りかけた右手を掴んで引き寄せつつ、左手の無線機を蹴り飛ばす。そのままターゲットの右腕を背中側に捻って背後に回り込むと、自分の右腕をターゲットの首に回し、自分の左上腕を右手で掴んで左手で相手の後頭部を押しながら、頚動脈を絞めた。
窓の外をフラッシュライトの光が通り過ぎる。
俺は寝室のドアをそっと閉めてから、床に落ちた携帯無線機に注意を払いつつ、ターゲットの肌着、下着、靴下以外の装備を全て脱がせて着替え、無線機を拾ってベルトに取り付けた。森林迷彩服とタクティカルブーツのサイズが若干大きいが、動きに支障はない。ダウンしたターゲットをクローゼットまで引き摺っていき、俺が脱いだ泥だらけの服と一緒に押し込んで、ゆっくり扉を閉めた。
部屋を出て廊下を歩き、男たちの談笑が漏れ聞こえるリビング手前の階段を、慎重に上っていく。二階の廊下、正面に人の頭が見えた瞬間、即座に階段に伏せ、サプレッサー内蔵のルガーMkⅡをホルスターからドロウした。が、ターゲットの動く気配がない。頭を上げてよく見ると、その見張りは体が椅子からずり落ちそうなほど弛緩しきっており、後ろの壁に後頭部を預け、眠りこけていた。
ゲーム内の時刻は午前二時を回ったところだ。時間帯によって攻略の難易度が変わることもあるということか。
階段はさらに上へと続いているが、俺は音を立てないように見張りの目と鼻の先を通り、左右に伸びる廊下を左へ進んだ。角から覗くと、廊下の突き当たりのドア近くに、椅子に座った見張りの姿が確認できた。廊下は暗く、距離も離れていて、見張りが眠っているかどうかはわからない。再び、爆睡している見張りの前を通って反対側の廊下の角から奥を覗いてみたが、こちらには見張りはいなかった。
ということは、見張りのいる部屋がお姫様の監禁場所ってわけか。
左の廊下の角に戻って左脇のショルダーホルスターに差してあるMkⅡのグリップを右手で掴み、近くで眠っている見張りを横目で見た。ここで音を立てるのは不味い。奥の見張りに近付いて撃つ必要があるが、監禁部屋の中に見張りがいないとも限らない。銃声は最小限に抑えるべきだ。
濃いオリーブ色のストールを鼻まで上げて、迷彩キャップのバイザーを目深に下げ、MkⅡのグリップを掴んだまま腕を組んでその手を隠すと、堂々とした足取りで角を回り、廊下を歩いていった。廊下の真ん中辺りで、見張りが背筋を伸ばして俺を見た。
「なんだ、どうした?」
「ああ……それが、今下で……」
俺は囁き声で適当に話しつつも、どんどん近付く。見張りが警戒を強めて腰を浮かすと同時に腕組みを解除してMkⅡを抜き、左手を銃の後ろに添えて見張りの額に一発撃ち込んだ。間髪入れず駆け寄り、崩れ落ちそうになる死体を支えて椅子に座らせる。
発砲の際に左手でボルトの後退を防ぎ、排莢を妨げて薬莢が落ちないようにしたため、ボルトの作動音と空薬莢の落下音すらも消し去ることができた。その代わり、一発で確実に額を撃ち抜ける距離までターゲットに接近しなければならなかったが。
手動で排出した空薬莢をポケットに入れ、薬室に弾を装填してそっとドアを開けると、常夜灯の薄明かりの中、肌掛け布団を被ってベッドの上で体を丸める女のシルエットが確認できた。他に人の気配はない。中に入ってドアを閉め、ベッドに近寄った途端、眠っているように見えた女がガバッと上体を起こした。亜麻色の長い髪が顔全体を覆う。
「こんな時間に何の用!?」
こちらからは髪に隠れた顔が見えないが、向こうからは見えているのだろうか。俺は、相手を刺激しないよう銃をホルスターにしまい、ストールを下げて自分の口元に人差し指を当ててから、両手のひらを見せ、できるだけ優しい声音を意識して小声で挨拶をした。
「こんばんは、ミラ王女ですね?」
「……どなたです?」
誘拐グループの格好をした男が夜に寝室に忍び込んでくれば、警戒するのは当然だ。
「落ち着いてください。僕は味方です。これから貴女を安全な場所へお連れします」
本当は安全な場所なんてない。それは、今マーシャルが何とかしている最中だ。だが、まずは救出対象に冷静になってもらう必要がある。
「…………わたくしは行けませんわ」
「えっ?」