俺が所属するマルチプロゲーミングチーム「
自宅で最上位層の一般プレーヤーを相手にオンライン対戦を行っていた俺は、愕然とした。
丸一日練習をサボったんだ。今日の試合は
「いつもよりコンディションが良い……だと……」
いや、良すぎる。何が起こっているんだ……。
プロゲーマーになってからは休日なんて年に五日もあればいい方だし、なんなら休日にもゲームをしている。(最近はシャンフロ)
年がら年中、寝ても覚めてもゲームのことしか考えていなかった俺にとって、貴重な休日をあてた楽郎との一日は、非常に充実したものであったと認めざるを得ない。
それでもやはり、勝利への絶対条件に練習量を上回るものはない。……はずだ。
今まではゲーム以外のことに時間を割くなど耐えられなかったし、楽郎やシルヴィのような天賦の才も持ち合わせていない俺は、ゲームに時間を費やすことでしか勝利への道はひらけないと思っていた。
しかし、実際にこうして目に見える形で結果が表れているのは事実だ。
一体今までと何が違うっていうんだ。
「分からない……」
その時、インターホンが鳴った。
「ハロー!」
「………………」
「Heyケイ! ゾンビみたいね!」
「ちょっと今、取り込み中ですので……」
「OK!
閉めようとしたドアを抉じ開けて、全米最強のプロゲーマー、シルヴィア・ゴールドバーグが中に滑り込んできた。
「
俺の呟きに効力はない。
シルヴィは昼食の時間になると、たまに弁当という名のジャンクフードを届けに来る。彼女もプロゲーマーだ。バカンス中とはいえ、常に遊び呆けているわけではない。俺の家に来る時間は大体昼飯時と決まっている。
まあ、折角だ。この機会を最大限利用させてもらおう。
……
…………
………………
「Wow! ケイ、スゴく調子いいね!」
「…………やっぱり?」
全米一位のプロゲーマーとオフライン対戦をした俺は、濃すぎて最早どす黒くなったコーヒーをシルヴィに差し出すと、スポーツドリンクを口に含んだ。
「ナニかイイコトあった?」
「んぶッ……ゲホッゴホッ!」
スポドリが気管に……!
「
「あ……
「Hmmm……なんだかアヤシイわ」
「い、良いことがあると調子が良くなるって?」
「
こいつが言うと妙に説得力があるな……。
「あった、ホラ!」
「近い近い近い」
シルヴィが俺の顔に押しつけてきた携帯端末の画面には確かに、幸福感がもたらす脳内物質によって集中力や情報処理能力が上がり、パフォーマンス向上に繋がるとある。
なら、今までの俺は幸福じゃなかったと?
「Mmmm……
シルヴィは、満面の笑みで大手ハンバーガーチェーンのバーガーを頬張っている。まさかリアルでそのセリフを聞くことになるとは思わなかった。
つーかそんなもん弁当箱に入れるな。
……こいつよりも幸福じゃないのは確かだな……。
再びインターホンが鳴る。
「来た!」
「………………」
シルヴィが玄関に走っていき、勝手に玄関ドアを開け放つ。
「Hi! ナツメグ! 待ってたわ!」
「べ、別にあんたに会いに来たわけじゃないわよ……!」
「
「……それはいただくわ……」
「
「……俺の部屋待ち合わせ場所にするのやめてもらえる?」
同じプロゲーミングチームの
楽郎は今頃なにしてるのかな……。
……
…………
………………
オイカッツォ:というわけで、今の俺は君にも全勝する自信がある
サンラク:残念だったな……俺にはその戦法は通用しない
オイカッツォ:なんで?
サンラク:俺にもその法則が適応されるからだ
オイカッツォ:……この話はなかったことに
サンラク:幸せだったかー^ ^ そうかそうか^ ^
オイカッツォ:貴重な休日だったからだよ!!
サンラク:うんうん、そうだね^ ^ 俺も幸せだったよ^ ^
オイカッツォ:今絶対笑ってるだろ
サンラク:笑い転げてるよ
オイカッツォ:外道!!
サンラク:ところで、次の仕事いつ?
オイカッツォ:んー大きい仕事でいえば、直近だと来週の土曜にテレビ番組の公開収録があるけど
サンラク:その前日は忙しい? 遊びに行きたいんだが
オイカッツォ:前日から現地入りだから、前々日なら
サンラク:木曜か……夕方以降になるけど大丈夫?
オイカッツォ:いや、そっちこそ次の日学校でしょ
サンラク:終電で帰ればいける
オイカッツォ:いやダメでしょ
サンラク:なんで? 別に平気だが
オイカッツォ:俺が行くよ
サンラク:マジ?
オイカッツォ:うん
サンラク:住所分かるよな? 最寄り駅は分かる?
オイカッツォ:うん
サンラク:じゃあ17時半に駅前でいい?
オイカッツォ:了解
まさかこうなるとは思わなかった。
……
…………
………………
なんでこんな高校生だらけなんだ……下校時間と被ってるからか。
「ちょちょちょ、あれ見てあれ、やばない?」
「え、やば。かっこよ……」
「行ってや」
「無理無理無理! おまえが行け?」
「は? 無理」
「おかしいおかしい」
「いや無理でしょ。絶対彼女いるって」
「それな」
声デカいよ。丸聞こえだよ。
がっつり視線感じるけど気が付かないフリをして、女子高生たちに背を向ける。
う、周りからの好奇の目が辛い。
「あのぉ~すいませぇん」
無理なんじゃなかったのかよ……。
「……はい?」
「キャーーーーッ!!!!」
「…………」
「あのぉ、待ち合わせですかぁ?」
「……そうだね」
「え~~もしかして彼女さんですか?」
「んー違うけど、彼女はいるよ」
「ええー!? じゃあSNS教えてもらってもいいですかぁ?」
「うーんごめんね。彼女に悪いから」
「キャーッ!! 待って待ってやばぁ!」
「優しすぎる! マジ神……!」
菩薩の次は神か……。…………ん?
「あっ!!」
「えっ?」
「ごめんね、待ち合わせの相手が来たから」
「えええーーーっ!!」
俺は、少し離れた場所に突っ立って腕を組み、何食わぬ顔でこちらを見ていた楽郎のもとへと駆け寄った。
この野郎、高みの見物かよ。
「おいコラ」
「おまたせ」
「おまたせ。じゃないから! 声かけろよ!」
「いやあれは無理でしょ」
さっきの女子高生みたいなこと言いやがって!
「俺が女だったら君フラれてるよ?」
「向こうが男だったら助けてた」
「ハイハイ」
「以前それでちょっと失敗したけど」
「経験済みかよ」
「ギャルゲーを参考にしたんだけど……ラブ・クロックっていう」
「いやそれクソゲー……」
楽郎が歩き出し、俺も肩を並べて歩く。
「……彼女いんの?」
「……どこから見ていた」
「慧が女子高生に悲鳴あげさせてた辺りから」
「言い方っ!! てかずっと見てたのかよ……」
「悲鳴が聞こえて見たら、なんか面白いことになってたから。まあ見るよね」
「こ、こいつ……」
いっぺん殴らせろ。
「ていうか、学ランじゃん」
「うん。学校から直接来たし」
「あーだよね。…………ふーん」
「なんだよ」
「いや? なんか新鮮だなーと思って」
別に珍しくもない男子高生の学ラン姿なのに、ついチラチラと見てしまう。
ちなみに俺は、テーラードジャケットとパーカーとスキニーだ。眼鏡をかけてはいるものの、今回は割といつも通りの服装で来た。
「で? 本当に彼女いんの?」
「あれ? そこそんな気になる?」
「………………」
「俺に彼女がいたらどうなの?」
「……俺との付き合い方を変えるべきだろうな」
「…………ただの断り文句だよ」
「知ってた」
「君ね……」
「一応確認しただけ」
「あっそ……。で、行くあてはあるの?」
「なんも考えてない」
「おい」
じゃあこれ今どこに向かってんだよ。
「でも外で食べて帰るってのと、遅くなるとは伝えてある」
「んーじゃあまずは食べるとこ探すか。どっかお気に入りの店とかないの? 金なら出すから」
「えっ、いやいいよ」
「こう見えてかなり稼いでるから。現役高校生に出させるわけにいかないでしょ」
「急に大人な雰囲気出してくるじゃん……」
「一応成人してる社会人だよ、俺……」
「でもなぁ……」
そういえば、前回も苦労したな……。楽郎が席外してる間にさっさと支払ったのに「自分の分は出す」って聞かないから、結局俺が折れたんだった。
以前は嬉々として俺に奢らせてたくせに、どういう心境の変化だよ。
「じゃあさ、出世払いでいいよ。自分で稼げるようになったら返してくれればいいから。むしろ俺、そん時には収入無くなってるかもしれないし、養って?」
「……分かった」
いいのかよ。まあ納得したなら良かった。
……
…………
………………
「娘の様子がおかしいんです」
同じ出版社に勤める後輩から、こう切り出された。
近頃気分が落ち込んでいるようだったので、飲みに誘った居酒屋でのことだった。
後輩の娘とは俺も面識がある。
幼稚園で熱を出したと連絡があり、娘を迎えに行った後輩が、仕事を家に持ち帰るため、娘を連れて一度社内に戻ってきた時だ。幼稚園の制服姿で居心地悪そうにしている後輩の娘に話しかけると、はにかみながらも、たどたどしく会話をしてくれた。
とても愛嬌のある子だったと記憶している。
「最近、絵を、描くんですよね。家族の」
「へえ」
「いつも、三人並んでいる絵で、とーちゃんと、わたしと、ママだって言うんです」
「ふうん、いいじゃない」
「妻は、娘が生まれた年に亡くなっているんです」
急に喧騒が遠くなる。
「…………娘さんには、見えているんじゃないの? その、見守ってくれている奥さんの姿が」
「……娘の描く〝ママ〟は、髪が長いんです。でも、俺と出会った頃から、妻が髪を伸ばしたことは一度もない」
俺は、それ以上何も言えなくなった。
「最初は、理想の母親を描いているんだと思いました。でも、ある日、娘が電話で誰かと話をしていたんです。俺が受話器を取ると、すぐに切れてしまって。娘に電話の相手を訊ねると、〝ママ〟だって……」
グラスの水滴が垂れ、テーブルの上に溜まった水が、じわり、と広がる。
「誰かが、娘に〝ママ〟だって言い含めているんです。でも、娘に聞いても要領を得なくて……。一度、うちに来て娘と話してみてもらえませんか」
「…………どうして、俺なんだ。専門の機関とか」
「駄目なんです。娘は極度の人見知りで、女性以外で話せる相手がほとんどいない。誰が〝ママ〟なのか分からない以上、相談相手が女性では、駄目なんです」
「………………」
これは関わるべきではない……俺は今、何か得体の知れない異質な事態に足を踏み入れようとしているのではないか……。この時ほど胸のざわつきを感じたことはない。俺の中の何かが、高らかに警鐘を打ち鳴らしていた。
しかし結局、俺はその日のうちに後輩の家へ行くこととなった――。
……
…………
………………
「いや怖いよ!!!!」
あの後、奢りに遠慮して安いファミレスに入った楽郎とどこへ行くか話し合い、映画館で映画を観ることにしたのだが……。
「ゲームの実写映画化って期待してなかったけど、かなり完成度高かったな」
「……確かに、評判いいだけはあると思うよ……」
ホラー映画なのに、終盤のあの盛り上がりと熱い展開はヤバい。特にあの音楽! 日本の民謡合唱と和楽器、オーケストラを組み合わせたテーマ曲は正に圧巻!
「ただ、観たあとで言うのもなんだけど、俺も楽郎もこのゲームやったことないよね?」
「まあ、ホラーアドベンチャーの金字塔と名高い神ゲーらしいし、俺の食指は動かなかったな」
君そんなんでよくシャンフロ始めたね。
「にしても怖すぎでしょ……あの子役なに? 演技がリアルすぎない?」
「実はほとんど演技させてないらしいよ。撮影は大変だったみたいだけど」
「へええ! 道理で自然体だったわけだ」
「喉渇いたな。自販機でなんか買ってくるわ」
「あー俺も行く」
二人で飲み物を買い、近くの公園のベンチに座る。
「……俺ん
「いやー……さすがにもう夜だし、今から行くのは気が引けるわ」
「誰も気にしないけどな」
「俺が気にするの! 非常識な奴だと思われたくないし」
「う~ん、俺の家族全員非常識だから、むしろ常識ある方がキツいと思うけど、まぁそこまで言うなら……」
家族も君にだけは言われたくないんじゃないかなぁ……。
「慧は何時までいられるんだ?」
「んー別に何時でも。明日の移動夕方からだから、何ならホテル泊まって朝帰っても大丈夫なくらい」
「ホテル…………」
「……なに、行きたいの?」
「いや、う~ん……」
「あはは、悩んでる。でも残念。ビジネスホテルは親の同意が必要、ラブホテルも高校生は入れません」
「マジかー!」
「俺も制服着た高校生ホテルに連れ込む勇気はないかなぁ」
「……だよなぁ……あ~あ」
「そんなにしたかったの?」
「ん~まあ、イチャイチャくらいは……」
「!?!?」
「なに」
「いや……そういうこと言われると、ちょっと理性が……」
「……理性がなに?」
妙に艶かしい声色で顔覗き込むのはやめろ!!
ここ公園だぞ! 夜で人気がないとはいえ、お外だぞ! いい加減にしろ!!
「誰もいないよ」
「………………」
「キスしていい?」
「………………」
いや、よくない。ダメに決まってるだろ。よし、まだ理性が働いてる……今ならまだ止まれる。
楽郎の手が俺の頬に優しく触れ、顔を寄せる。唇に目がいく。そのまま軽いキスを何度か繰り返し、そっと離れようとする楽郎の、二の腕の袖を掴んで引き寄せた。
もう片方の手を楽郎の首の後ろに当てて、唇の隙間から舌を捩じ込む。
「………ん………ハァ……」
「……ン……ふ……んん……」
学ランがエロすぎるんだよなぁ……。
理性? いえ、知らない子ですね。
……
…………
………………
「マジで寄ってかなくていいの?」
「いいって。本当に送っただけだから」
「………………ちゅっ」
「ッ!! おっまえ……」
俺の頬に音を立ててキスをした楽郎は、不敵な笑みを浮かべて口の端で僅かに舌舐めずりをすると、軽く手を上げて家の中へ入って行った。
なんとか節度を保って悶々としながらも家に送り届けたってのに。
「ずるいって……」
……
…………
………………
そして、テレビ番組のeスポーツ公開収録当日。正直リアルでの楽郎との関係なんて性欲で繋がっているようなもんなのに、ヤることヤらなかったから練習しなかったぶん試合に響くだろうと思っていた。
が、何故か絶好調だった。
そう、つまり…………どういうこと?
シルヴィアは日本語不慣れだから、咄嗟の時や、テンション上がったりすると、つい英語になっちゃったりするのかなー、と。