部下からローリーと呼ばれている白髪交じりの男は、ポケットから携帯端末を取り出して、発信した。
「私だ。赤外線カメラ、動体検知カメラ、遠隔センサー、モニターとケーブルをここへ寄越せ。屋敷を電子の壁で囲むのに必要なものを、全てヘリに積んで用意するよう、指示しろ」
「こんなことをしても問題の解決にはならない。目当ての人質は手に入らない!」
俺が前屈みになって立ち上がると、そばにいた見張りが俺の肩を掴み、手荒に後ろへと引っ張った。俺は、スツールに尻餅をつくように、ドカッと腰を下ろす。
「それはどうかな? 王女の隠し場所を知っている人間が手に入れば、問題は解決したも同然だ」
「口を割ると本気で思ってる?」
「心配するな。訊問は私の得意分野だ。奴が死ぬまでに、必ず居場所を吐かせる」
生身の肉体を持たない俺たちに、果たしてどこまで
「こっちの仲間を大勢引き連れてくるよ。さっさと逃げた方がいいんじゃない?」
「そんな見え透いたブラフで、この場をどう切り抜けるつもりだ? 王女を連れて逃げた男は一人だったと、部下が証言している。たった二人で王女を連れ去るなど、無謀だとは思わないかね? 仲間が大勢いるのなら、
「無謀? 実際、僕たちは王女の奪還に成功した」
ローリーはゆっくりと
「随分と性急な男だ。落ち着いて今の状況を見てみろ。残念ながら、お前たちの作戦は成功から程遠く、大勢の仲間もいない。だが、私の仲間は現に大勢いて、すでにここへ呼んである。じきに到着するだろう。友人を歓迎する盛大なパーティの準備をしようではないか」
俺は肩を揺らして笑う。
「たった一人の男を捕まえるために、一体何人の仲間を集めるつもり? あんたは、僕らとフェアな戦いをするのが怖いんだ──」
薄く笑いながら挑発するように立ち上がると、俺はまたしても見張りによって強引に座らされた。ローリーはそんな俺を見下ろして、鼻で嗤う。
「フェアな戦いが何の役に立つ? そんなものは、私の流儀ではない」
「物は言いようだね」
俺は肩を竦めて足を組み、手持ち無沙汰に部屋の中を見回した。
………………
ローリーが、追加された部隊に無線機で指示を出し、それぞれの場所に配置した。
敷地の外に十二人、敷地周辺に十二人配置されているようだ。そして、屋敷の一階に六人、二階に六人、三階に六人。防衛陣の兵士は合わせて四十二人。その内の数人はおそらくスナイパーで、三階には確実に配置されているだろう。敷地の外の藪の中にも、一人か二人は隠れている可能性がある。
音を聞く限りでは、ヘリコプターが一機と大型車何台かが敷地の近くにあるが、それらがどの程度の戦力を持っているかまでは分からない。
現在、俺が捕らわれている三階の部屋には人質の母子と見張りの兵士二人、ローリーの他に、電子監視のエンジニアが二人いて、屋敷周辺の赤外線カメラの映像が映し出されたモニターを見ている。
ローリーはエンジニアの後ろに立ち、エンジニアたちはモニターに目を向けながらヘッドホンを耳に押しつけて、各部隊と無線でやり取りしていた。
一人のエンジニアの表情から、俺は
「ターゲットの位置で大きな爆発が起き、強襲デルタチームが全滅したと監視員から連絡が──」
「ターゲットは?」
「爆発の前に現場を離れたと──」
「クソッ!!」
ローリーが悪態を吐くのも無理はない。似たような報告を、すでに二度受けているのだから。
その直後、無線機のスピーカーから
『夜中に連絡して悪いな。寝てたか?』
「……どうして連絡してきた?」
『俺が爆発に捲き込まれてやしないかと、お前が心配して夜も眠れないんじゃないかと思ってな』
「お前の行動は全て把握している。私は何の心配もしていない。むしろその逆で、私が用なしになった人質を殺さないか、お前が心配になったから連絡してきたんだ。違うか?」
『それで? 人質の様子は?』
ローリーは、泣き疲れて眠る子供を胸に抱く母親を見たあと、俺の顔を横目で見た。
「哀れな悲鳴が聞きたいのなら聞かせてやってもいいが、どうするかね?」
『──今は必要ない。俺のためにどれだけのお仲間をかき集めてくれたのか知らないが、俺がお前に哀れな悲鳴をあげさせるのを阻止できる奴は、一人もいないだろうからな』
ローリーの喉仏が動く。
「お前のような傲慢な人殺し野郎は腐るほど見てきた。大半は土の中で眠り、残りは海の中で眠っている」
『そうか。お前はどっちで眠っているんだ? こんなに寝言が多い奴は初めてだ』
ローリーの顔面が怒りのあまりひくつき、俺は下を向いて肩を震わせた。
「お前は大言壮語を吐く癖があるようだな」
『ああ、昔からそれだけは自信があるんだ。じゃあな』
あいつ、人をイラつかせる天才だな。
ローリーの顔には大分疲れが滲んでいる。今なら、何かしらの情報が引き出せるかもしれない。俺は、エンジニアに指示を出してソファに座り込んだローリーに向かって、話しかけた。
「それにしても、英国王室の姫なんて、よく拉致できたよね。それほどの手腕があるのに、どうしてこんなことをしでかしたの? 冥土の土産に教えてよ」
苛立たしげに片足を揺すっていたローリーは、しばらく足の間から床を見つめたあと、ようやく口を開いた。
「我々は今、かつてない苦境に囚われている……。現大統領のアブドゥル・バングラは、最悪の独裁者だ」
曰く。政府が収益の一部を得て保護しているブラックマーケットによる、ダイヤモンドの密売。心に傷を負い、体の一部を失った内戦被害者への、援助の滞り。秘密結社から受け取る賄賂のせいで、未だに見過ごされている、十歳にも満たない少女たちの女性器切除の儀式。反旗を翻した民間人によって結成された、反政府組織のメンバー虐殺、等々……政府の汚職をあげればきりがないという。
アーカイブの追加情報を見て、これらがほぼ現実のシエラレオネで起こっている出来事だと知って、驚いた。追加情報には、このゲームの収益の一部が、内戦被害者や子供たちの保護施設、現地の病院などへ送られると記載されており、制作陣の意図を察する。
「我々は何年もバングラを陰から操り、その利益を得てきた。だが、今度はバングラが、我々がシエラレオネの資源を奪うためにどういう手段を用いたか、全てバラすと脅してきた。バングラには、王女誘拐の
……ん???
「待って。もしかして……反政府組織じゃ、ない??」
「何の話だ? 我々は政府軍だ。どこの組織もそうであるように、一枚岩とはいかないがな」
「エエエッ!?」
仲間を虐殺された反政府組織が追い詰められて……とかじゃないのかよ! 王女も俺たちも、悪党の内部分裂に捲き込まれただけ!? てか、英国秘密組織の情報ガバ過ぎんだろ!!
……いや、SOE内部にシエラレオネ政府の回し者がいるってことか。政府にしてみれば、こいつらを反政府組織に仕立て上げて、内密に王女を奪還した後で、秘密裏にこいつらを始末した方が都合が良い。
だとしたら、俺たちの作戦を妨害したのは何故だ? また別の組織の思惑が絡んでいるのか……?
くそー! これ絶対デモプレイで明かされないやつじゃん! この後、色んな国に舞台が移って、それぞれのステージでボスが出てきたりするんでしょ? シナリオ中盤辺りでシエラレオネに戻って反政府組織と絡みつつ、独裁者暗殺とかしちゃうんじゃないの? そんで、終盤は自分の組織から追われる身になったりして、最終的にSOEトップの腐敗を暴くのが大筋とみた!!
……映画だと大体そういう流れだし。このゲーム、プライベートでもやりたいなぁ……受験が終わったら、楽郎も一緒にやってくれるかな? あいつ、アクション映画好きだし……多分こういうのも好きなはず。クソゲーの要素は……──
「赤外線カメラを切れ」
ローリーが命じると、二人のエンジニアは左から右へとスイッチを弾き、敷地中に設置していた赤外線カメラの映像を消していく。
──ヤバ。暇をもて余し過ぎて完全に素に戻ってた。
居住まいを正した俺は、顔を上げて窓を見た。カーテン越しでも、空が白み始めているのが分かる。エンジニアが振り向いた。
「時間切れ……ですか?」
「……そのようだな……」
ローリーの声音には疲労が滲んでいる。その時、もう一人のエンジニアが慌てた様子で声を上げた。
「屋敷の外の巡回チームが点呼に応じません!」
「……奴と戦闘しているなら、銃声が聞こえるはずだ」
ローリーは少し考えたあと、俺の無線機で
「残念ながら時間切れだ。今から残念賞の手土産を用意する。受け取りに来い」
俺は、下着の布一枚に覆われた股間に視線を落とした。あの脅しが実行に移された場合、一体この部分はどういう処理がなされるのだろう。
モザイクか? モザイクなのか?
『おはよう。昨夜はよく眠れたか?』
「おかげさまでな。だが、お前は約束を守らなかった」
『約束……? 俺の仲間はそこにいるか?』
「ああ。お前が来ないから、今自分の息子と別れの挨拶をしているところだ」
おいコラ、余計なことを言うな。
『よぉ、相棒。ひとつ聞くが、俺、こいつと約束なんか交わしたかな?』
俺は、ローリーが無線機の送信ボタンを押すのを確認し、ローリーの目を見据えながら話す。
「いいや? 君はローリーの提案を断った。今、君がここにいるのは、僕の目の前にいる男を殺すためだ」
ローリーが勢いよくソファから立ち上がった。きょろきょろと周囲を見回している。
「来ているのか!? どこにいる?」
『慌て過ぎだろう。大分疲れが出ているようだな。今、俺がお前の後ろにいると言ったら、信じるか?』
モニターをチェックし始めていたローリーが、バッと振り返り、目を剥いて俺を見た。物凄い形相で近寄ってきて、俺の全身をベタベタと触り、まぶたを指で抉じ開けて、眼球までじっくりと観察してくる。
ちょ、やめ……! なんなの、こいつら! いちいち余計なことを言わないと気が済まないのか!?
隠しカメラの存在を疑っているのだろうが、あまり念入りに調べられては困る。俺は余裕綽々たる態度で、片頬を上げて笑った。
「診察料を払った方がいいかな?」
「……いや……違うな。ブラフだ。痛めつけられたくないだけだ。そうだろう!」
『そう思えば安心だよなぁ? そんなに疲れているなら、一度眠った方がいいんじゃないか? 外を散歩していた奴らは、一足先に安らかな眠りについているぞ。……ん? そういやぁ、お前は既に眠っているんだったな。あまりに寝言が流暢なもんで、忘れてたわ』
ローリーがハッとしてエンジニアに顔を向ける。目に恐怖を浮かべたエンジニアは、不安げな表情を隠そうともせず、顔を小さく横に振った。
「外の巡回チーム、スナイパー、共に応答がありません……」
ローリーが窓際へ行き、カーテンを指先でそっと押し開けた。室内に朝の陽光が差し込む。エンジニアが大慌てで敷地内の部隊に情報を伝達している。
敷地外の巡回チームと連絡がつかないと報告があった時点で、俺は
「……お前のような男に、音を立てずに殺すという芸当ができるとは思わなかったよ」
『だろうな。俺の相棒も同じ感想だとよ』
俺は横を向いて微かに咳払いを漏らした。
『もうすぐお前の寝首を掻きに行く。楽しみに待っていろ、ロンリー』
「………………ローリーだ」
無線機の送信ボタンを押していないため、
不意に、外から大型車のエンジン音と走行音、銃撃音が聞こえ始め、三階のどこかの窓が割れる音と、大きな爆発音が轟いた。間髪入れずに、下の階からも爆発音が響き渡る。エンジニアたちが情けない悲鳴をあげ、人質の子供が目を覚まして泣き叫んだ。
ローリーが拳銃を構えながら部屋の外へ飛び出すと、見張りの二人もそれぞれ首から吊り下げた銃を手に構え、一人は窓から外を確認し、もう一人はドアから顔を出して、廊下を確認し始めた。
ようやくこの時が来た!!
俺は手首を拘束していた縄から右手だけを引き抜くと、窓の外を見ていた見張りの背後から両腕を振り上げて飛びつき、左手首の縄を見張りの首にかけて、思い切り絞め上げた。
もう一人の見張りが気付いてこちらに銃を構え、発砲する。俺は両足首を縄で拘束されたまま、壁に背を預けて体を支え、抗弾ベストを身に付けているターゲットを肉壁にした。
死んだのか、気を失ったのか、ターゲットが一気に重くなった。急いでターゲットが首から提げているコルトM4カービンを掴むと、ストックをターゲットの体に押し付け、発砲してくる見張りに向けて弾丸を何発かお見舞いする。弾を受けた見張りが、後ろの壁に激突してダウンした。俺は、肉壁と一緒に床に倒れ込む。
上手く縄抜けできて良かった……。
後ろ手に手首を拘束した縄は、前かがみになって両腕を持ち上げ、自分の尻を勢いよく叩くようにすると、縄が引っ張られて緩む。
問題は、いかにバレないようにやるかだ。俺は、ローリーと会話を続けつつ、立ち上がる際に前かがみで腕を持ち上げ、スツールに座らされると同時に縄を左右に引っ張りながら、尻に叩きつけていた。肩を揺らして笑ったり、足を組んだり、退屈そうに周囲を見回したりしていたのも全て、縄抜けから注意を逸らすための、単純なミスディレクションだ。
足首の縄を解いた俺は、ターゲット二人の頭に一発ずつ弾丸を撃ち込んで〝死亡確認〟を済ませ、手早く装備を剥いで身に付けた。抗弾ベストと、M4カービンの弾三十発がフル装填された弾倉八本を手に入れた。
一階では銃撃戦が始まっており、たまに爆発音が聞こえてくる。
俺はエンジニア二人にギリギリ当たらないよう、続けざまに銃弾を放ち、デスクのパソコンとモニターを残らず撃ち壊した。
「生きて帰りたいなら、余計な真似はしない方がいいよ」
椅子に座ったまま、頭を抱えて震えているエンジニアたちに顔を寄せ、笑顔で優しく忠告すると、二人は涙と鼻水を垂れ流しながら何度も頷いた。これだけ脅しておけば、人質二人と共に大人しくしているだろう。
俺は、エンジニアが持っていた無線機の送信ボタンを押し込んだまま、縄でしっかり固定し、窓を開けて、背の高い草むらの中へと放り投げた。無線機は、誰か一人が送信ボタンを押している間、同じチャンネルに設定している他の仲間は送信することができない。つまり、もう敵の無線は機能しないということだ。
自分の無線機を手に取り、スピーカーからイヤホンに接続し直した。
「
下の階では銃撃戦が繰り広げられている。しばらくして、応答があった。
『覚えてねぇ!!』
だろうね……。
また敵の数が不明になったが、仕方ない。アーカイブからこの屋敷のマップを開いた。同じマップの範囲内にいれば、
「
また少し間が空き、応答が来る。
『了!!』
俺は、人質とエンジニアを順に見ながら、念を押す。
「そういうわけだから、死にたくなかったらこの部屋から出ないでね」
正直、BLカテゴリーでやる話じゃないなって思ったけど、気付くのが遅すぎた。
あと慧くん、ゲーム内だと優秀すぎて全然ヒロインになってくれないんだが。
そもそも、ゲームが関わるとパッシブスキル【負けず嫌い】が発動するから、大人しく顔隠しの助けを待っているわけがなかった……。