…………ん……?
……んん?
自然光で明るい室内に、インターホンが鳴り響いている。
「……あー、誰か来た……」
俺はのそのそとベッドから這い出ると、寝惚け眼を擦りながらインターホンに出た。
「ふあい……」
『モーニン!
一瞬で目が覚めた。インターホンの画面に映っているのは、シルヴィア・ゴールドバーグと夏目 恵だ。脳裏に、さっきまで俺を抱き枕にしていた楽郎の存在が浮かぶ。
「……え、もう昼?」
『ノン! 朝よ!』
『この人朝から目が覚めたらしくて、私も叩き起こされたのよ……』
「ちょ、ちょっと待って。今ちょっと……あー、シャワー浴びたいから、ひとまずシルヴィの部屋にいてくれる?」
シルヴィが賃貸契約している部屋は、俺の部屋の隣だ。バカンスを利用し、わざわざ日本にまで飛んできて、気が付いたら俺の部屋の隣に住んでいた。
こいつも大概ストーカーじゃん……。
『分かったわ』
『
『いいから行くわよ』
『Oh、
シルヴィがメグに引き摺られながら画面から消える。
「………………やっば」
慌てて寝室へ戻った。
「おい、楽郎! 起きろ! 客が来た!」
「…………おはよ……」
「はい、おはよう。今、君の着替え取ってくるから起きてろよ!」
「ん……」
俺は脱衣所に急ぐ。
「あ! そういや洗濯できてなかった!」
洗濯乾燥機の中には、乾燥まで済んでいるシーツとベッドパッドしか入っていない。あの様子だとあいつらすぐに戻ってくるぞ。とりあえず中身を取り出して衣類やタオルなどの洗濯物を突っ込み、タッチパネルを操作する。
「……俺の服、楽郎着られるかな?」
寝室で、楽郎が着られそうなビッグシルエットTシャツと、ウエストがゴムになっている黒のカーゴジョガーパンツを出してベッドの上に放り、自分の服も出して着替え始める。
「それならサイズ大丈夫だろ」
「うん……さんきゅ」
「今からこの家かしましくなるけど、楽郎はどうする?」
プライベートの友人として紹介すれば、楽郎が
「ん? お前の友達?」
「あー……シルヴィア・ゴールドバーグとメグが……」
「お邪魔しましたー」
「おい」
楽郎はさっさと服を着替えて自分のミネラルウォーターをがぶ飲みすると、ボトルを持ったままリビングの鞄を引っ掴んで玄関へと向かう。
全力逃走かよ。
「……玄関前に居ないよな?」
「一旦シルヴィの部屋に戻ってもらったから大丈夫だと思う」
「また服取りに来るわ」
「うん、分かった」
「じゃあ。……おっと忘れてた」
靴を履いて玄関ドアを開けた楽郎は、振り向きざまにドアを閉め、俺に顔を寄せてキスをした。
俺も受け入れたものの、心拍数が急上昇して一瞬で自分の顔面が紅潮したのが分かり、前髪を両手で撫で付けながら下を向いて緩む口元を隠そうとする。
「ねえこれ照れるんだけど!」
「その顔が見たくてやってる」
「おい!」
「じゃあな」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、楽郎が玄関ドアを開け──。
「あ」
「あ」
「Oh、hi!」
「…………」
楽郎とシルヴィがエンカウントした。俺とメグが二人の後ろから声をあげ、シルヴィが驚きつつも気さくに挨拶し、楽郎の表情が臨終を迎える。最初の玄関ドアの開閉音を聞いて、飛び出してきたようだ。
そこでふと何かに気付いた様子のシルヴィが、至近距離から楽郎を注視した。
「アナタ……見覚えがあるワ……」
「あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ」
「日本語だよ……」
「???」
シルヴィが、楽郎に見覚えがある? まさかこの状況でナンパってことはあるまい。素顔の楽郎とどこかで会ったことがあるのか?
「……Oh、yeah! とっても濃ゆいの、ドピュットの人! それから、おっきくて、熱くて、クールで、so sweet! 私も欲しくてタマらなかった! モット時間があれば……。
「………………」
「………………」
「???」
俺と楽郎の目が死んだ。メグは、先程からひたすらシルヴィと楽郎と俺の間で視線を彷徨わせている。
「ちょっと、一旦失礼させてもらうね」
俺は横からにこやかに楽郎の腕を引くと、玄関のドアを閉めた。
「……で、いつどこで会ったって?」
「ふむ……。俺の記憶が正しければ、GGCエキシビションマッチの日に、ホテル近くのコンビニでいかがわしいワード連発しながらコーヒー注文してた不審な外国人と少し会話をしたことと、同ホテルのレストランでパフェという名の極氷火山に単独行している時にレストラン中の視線を集めたことくらいしか、思い当たる節はないが……」
「十分だよ……」
よく舌が回るな。てかこいつもこいつで何やってんの……。
「いつもあんな怪しい日本語なのか?」
「いや、最近はだいぶ上達しているはずなんだけど……」
当時の記憶に引っ張られたか?
そこでインターホンが鳴る。続けてインターホンが鳴る。またもインターホンが鳴る。そしてインターホンが鳴……
「聞こえてるよ!!」
思わずドアを開けて声を張り上げた。
「Heeey! アナタもあの大会に来ていたの? ねぇアナタ、もしかしてもしかすると」
「そう! プライベートの友人だから、会場まで応援に来てくれてたんだよ」
言わせねぇよ?
「Ah……
「あの……もしかして、ケイの家に泊まってたの?」
「……昨夜ちょっとばかし遅くまで遊び過ぎてな」
「そうなのね……えっと、朝食があるのだけど、一緒にどうかしら?」
「…………」
「あー、彼はこの後すぐに予定があるらしいんだ」
「そう、残念ね」
「ケイ! もう中に入ってイイ? お腹と背中がKISSしちゃうわ……!」
「自分の家で食べなよ……」
「
シルヴィはするりと俺と楽郎の脇を通って中に入ってしまった。楽郎が、妙に温かい眼差しで俺の頭に手を乗せる。
「また連絡する」
「……分かった」
軽薄な態度で片手をあげて去る楽郎を恨めしげに見送り、部屋に戻ろうとしてメグに目を遣ると、何故かメグは呆然としていた。
「……驚いた」
「え、なに?」
「ケイって、完全にプライベートな友人の前ではそんな感じなの……?」
「えっ……ど、どんな感じ?」
「う~ん……ケイはいつも私たちに優しいけど、それでも頭の上に手を置かれるなんて、絶対に嫌がると思ってたわ。なのにむしろ、離れたくない、みたいな……」
「……まさか! ありえない。気のせいだよ」
「そう? ……初めて見る表情だったから、そう感じたのかもしれないわね」
「ははは……」
「声と挙動が似ていたから、最初は彼が
「……そういえば、シルヴィがやけに大人しいけど、ポテトまで食い尽くしていないか?」
「うそ!!」
俺がそう言うと、メグは慌てて玄関に入り、自分が脱いだ靴とシルヴィが脱ぎ散らかした靴を綺麗に揃えて、リビングへと駆け込んで行った。中からわーわーと騒がしい声が聞こえる。
俺、そんな態度違うの……? 確かに、友人と言える間柄でも自分の頭に手を乗せられるのは嫌だが……。楽郎が〝顔隠し〟だとバレずに済んだのはよかったけど、逆に〝顔隠し〟としての接し方が分からなくなってきた。今までの俺ならあの状況、どう行動していた?
「………………」
確実に、バレるかバレないかの瀬戸際を攻めて煽り倒しているな……それも、いい笑顔で。
うわ~マジか……。俺〝顔隠し〟と前みたいな応酬できるかなぁ? 正直自信ないぞ……。
「ケイー! どうしたの? 本当に朝食なくなりそうよ!」
もはや朝食どころではないが、このまま玄関に突っ立っていても仕方がない。俺は黙って玄関ドアを閉めると、騒々しいリビングへと戻っていった。
……
…………
………………
サンラク:朝飯なんだった?
オイカッツォ:ピザひときれ
サンラク:ピザひときれ
オイカッツォ:俺が戻った時にはほとんど食い尽くされてた
サンラク:ポテトも?
オイカッツォ:ポテトは残してあった
サンラク:お前だけ冷遇されてるの笑う
オイカッツォ:俺の部屋で食う意味……
サンラク:あの二人ってお前のこと好きなん?
オイカッツォ:……と、思ってたんだけど、最近違う気がしてきた
サンラク:俺、女心って一生分かる気がしないわ
オイカッツォ:俺も……
サンラク:こっちは違う服着て帰ったからクソ面倒なことになった
オイカッツォ:あー、瑠美ちゃん?
サンラク:そう
サンラク:ちょっと前まで我関せずだったのに、最近やたら五月蝿いんだが
サンラク:外泊の件も蒸し返してくるし
オイカッツォ:なんて言い訳したの?
サンラク:「川に落ちて友達に服借りたついでに友達ん家でゲームしてお泊まり会した」
オイカッツォ:小学生かな?
サンラク:すんなり納得してたぞ
オイカッツォ:君に対する評価……
サンラク:大体ペンシルゴンのせい
オイカッツォ:ああ、あれからもそっちの二人やり取りしてるんだ?
サンラク:俺が服に気を使うようになったとか外泊するようになったとか余計な相談してるらしくて、ペンシルゴンからも個人チャット飛んで来るしあいつらいい加減にしてくんねえかな
オイカッツォ:うわぁ……
サンラク:取り敢えずシャンフロでは普段通りでいいな?
オイカッツォ:もちろん
オイカッツォ:ただ、その普段通りが難しいかもだけど
サンラク:というと?
オイカッツォ:実はメグが、声や挙動から楽郎がノーフェイスだって勘付いてたらしくて
サンラク:マジかよ
オイカッツォ:でも俺の接し方が全然違うから見当違いだったって言われた
サンラク:女ってこえぇ……
オイカッツォ:いや洞察力でいえば君の方がヤバイから
サンラク:そうかあ? 俺の場合関心のある方面にしか洞察力働かないから、それ以外ではたぶんポンコツだと思うぞ?
オイカッツォ:え
オイカッツォ:じゃあかなりの頻度で俺の思考を察してくるのって……
サンラク:シャンフロに呼ばれたんで部屋抜けますね^ ^
シャンフロに呼ばれるってなんだよ。
……ふーん……うわ顔めっちゃニヤける。やば。
いやいや、そんなことよりも〝顔隠し=サンラク〟との接し方だ。俺はロールプレイが苦手なんだ。表の顔というのはまだ社会人として当たり前の技能だが、演技となると話は変わってくる。しかし、要は演技じゃなければいいのか。〝顔隠し=サンラク〟が楽郎だと思わなければ問題ない。つまり、〝顔隠し=サンラク〟は、第二のペンシルゴンだ!
サンラクはペンシルゴン、サンラクはペンシルゴン、サンラクはペンシルゴン。ペンシルゴンとペンシルゴン、ペンシルゴンとペソシルゴン、ペンシルゴンとペンシルゴン……。
…………地獄かな?
あれれ~? おっかしいぞー!? ペンシルゴンの中に、一人だけ偽者が混ざっているよ~!
素顔の楽郎とシルヴィアの詳しい状況については、原作「シャングリラ・フロンティア」の「見上げた空、広がる海、深淵の都市を駆けて」から「果たしてどちらが寄り道か」と「後ろ向きの邂逅、そしてパンドラの箱?」をご参照ください。