ある日舎弟がTSしたけど忠犬巨乳がどぷんたぷん 作:芥目たぬき
* * * *
空。
現人類がまだ到達し得ない自由空間に、オレ達はいる。いつもよりずっと空が近くて、自分たちの下に真っ白な雲がある。
薄い膜から外はかなり冷たいようで、ジジイがたまに「さびー」と鳴くのを聞きつつも、なんだかんだで唐突な展開に慣れ始めてきていた。
「はぁ……本当ならなー、神殿が頭上に来てる頃に運んでたら、こんな5時間も飛び続けなくてよかったのになぁー……」
「わぁ! アニキィ、海がすっげぇ綺麗ですぜー!」
「まぁダズちゃんが喜んでくれてるし……うん……いっかぁ」
などとぶつぶつ呟いているジジイを尻目に、オレは随分と近いところにある太陽を見上げていた。……どうして、こうなった?
人とはとても言い難い形状になったジジイに拘束されて、空に連れ出されて早1時間が経過していた。
人間は慣れるもので、最初は恐々とこの機体に捕まっていたダズも、今では無邪気に下を見下ろしている。
高速で空を飛んでいるにもかかわらず寒くないのは「防護壁使っとるよ?」とのことで、見た目にはオープンだがまるで室内のような快適な温度が保たれているのだ。さらに座り心地も快適で、これがジジイそのものだということに目を瞑れば快適な空旅になっていたことは間違いないだろう。
最初にドローン形態とやらに移行した時はジジイの身体が折れて曲がって伸びて引っ込んでと、かなり気持ち悪いトランスフォームだった。
しかし、慣れればそこまでの忌避感はない。洗練されすぎたシャープなデザインが、本来なら気持ち悪いと思うところを完全相殺しているのだろう。
……質感はプラスチックのようになっているものの、色味は明らかに肌の色である。元は人とわかる名残を残しているはずなのに嫌悪感がないのは、不思議なものだ。
「ダズ、あまり壁にもたれかかるなよ」
「へ、へい、わかりやしたアニキィ」
柔らかな乳をムンニュリと機体に押し付けながらも、夢中になって身体を乗り出しているダズにすかさず注意をしておく。
足元からチッという舌打ちが聞こえてきたが、オレは強めに床を蹴り踏んだ。
———そして、その1時間後。
ダズは疲れたのかうつらうつらと船を漕いでいて、壁にもたれかからせるくらいならとオレの身体に引き寄せた。うたた寝なんて普段のコイツならしないはずだが、どうやら相当疲れていたのかもしれない。
……そもそも、昨日の夜はあの催眠をかけて散々イタズラしたのだ。意識はともかくとしてダズの身体は夜遅くまで起きていたわけで、きっと睡眠時間が足りなかったのだろう。
まだ催眠アプリはポケットの中に入っている。ズボンの上から、そっとそれをなぞった。
「んで? 何やらかしたんじゃよ」
「またその話か……してねぇっつの」
「いやいや、そんなわけないじゃろ? 何やらかしたんじゃよぉ? 教えて教えて!」
「テメェにだけは絶対に言わねェ」
昨日の痴態を思い出して……それから、ダズにフラれたのを思い出して気分が暗くなる。
オレはきっと、ダズ相手なら何をしていいと思っていたし、ダズならオレの事を全て受け入れるんだろうと勝手に思っていた。絶対オレのこと好きだと思ってたし、じゃあ付き合いたいって思うのも自然のことだ。
だからこそ、フラれたのがショックだったのだ。
……好きだと言ってくれて、なのに付き合いたくないって……よくわからねぇよ……
しかも酒に酔ってジジイのことなにも言えないくらい最低なことしちまってるし。いやでもあんな便利なアプリあったらどうしたって手ェ出すだろ……くそ……
「はぁ……」
「ふふん、まぁそのまま関係を拗れさせて、哀れにもクソ男に捨てられたダズちゃんをワシがいただいてだな」
「ねぇよ」
間違ってもジジイだけはない。絶対にない。
ダズがもしジジイに惚れるような事があったら絶対に阻止する。
「くそー、ワシにも一縷の望みはあるんじゃよ!」
「前々から言おうと思っていたが、なんでそんなにダズにこだわるんだよ」
「ダズちゃんがかわいいから!」
「理由になってねぇって」
確かにダズはかわいい。惚れた贔屓目かもしれないが、とてもかわいい。顔も可愛いし乳もでかいし家事からなにまで、全部できる。
しかし、それだけでここまで執着する必要もないだろうに。
「うーん……まぁワシ自身がディーテに弄り回されてるっていうのもあるんじゃけど、ワシもダズちゃんも言ってしまえば被害者なんじゃよ。だから、こうシンパシー感じるというか……」
「被害者? ディーテってやつの被害者ってことか?」
「いや、寵愛されてしまった被害者ってことじゃね〜」
ワシはアフロディーテに愛されてしまった被害者。
海のポセイドンはカイネウスを愛したし、智のアテナはメドゥーサを変容させたし、太陽のアポロンはオリオンを殺した。
「そんでお前は、ダズちゃんを食らおうとしとるじゃろ? 可哀想じゃん? 半分は同情じゃよぉ? ダズちゃんはお主みたいな低学歴短小包茎インキャ厨二男から離れるべきじゃよね」
などとのたまうジジイを、強めに踏みつける。誰が低学歴短小包茎だ。
ナイフでもあったらこの床、というか体の一部をぶち抜いてるところだ。
「同情、ねぇ……それなら尚更ダズに執着する意味がわからねぇよ。確かにオレ達はあまり幸せな人生送ってきたとは言い難いけど、でも世の中にはもっと可哀想な人っているもんだろ?」
「いやいや、ダズちゃんほど呪われてる子もそうそうおらんじゃろ。お主に大切にされてるってだけで、一国が背負うレベルの災害を1人で背負ってるようなものなんじゃし?」
それをディーテによっていじくられて……可哀想に。と、ジジイはブツブツ呟いているが、その意味がオレにはわからなかった。
オレに大切にされてる事が、なんでそんなに同情される必要があるんだろうか。
確かに、オレもそんなにいい人間じゃない。性欲だってあるし、ダズに対していやらしい目を向けているのも事実だ。それでも、そこまで言われるほどのものだろうか? コイツの目から見て、そんなにオレは罪を犯しそうに見えるのだろうか?
きっとジジイにとって前提としているものが、オレとは違うのだ。常識外のところをまるで常識のように語っているから、話がまるで通じない。
「……話を戻すが、そのアフロディーテとかポセイドンとか、アテナとか、アポロン? とかいう奴らと、オレが同じだって言うのか?」
「うん」
「どこが同じなんだ?」
「神なとこ」
あぁもうほら、よくわからない。
「……はぁ、お前と話してると頭痛くなるな」
「ま、詳しい話はディーテに聞けばいいじゃろ。ワシがお主に優しくしてやる義理とかないしぃ?」
「どんなやつなんだよ?」
今から会いに行く相手を、オレは興味本位に聞いた。前にも少しだけ聞いたことがあったけれど、詳しくは知らないのだ。
まぁ、コイツが正直に話してくれるとも思わないが……
「ワシの事が大好きで大好きで束縛しいの、元男な美女じゃよ」
まぁもうすぐ会えるんだから、期待して待っとくが良いぞ。ジジイはあまり楽しくなさそうな声で、そう呟いたのであった。
* * * *
大きく黒々とした嵐の雨雲の上には、美しすぎる神殿が聳え立っていた。
足元には緑の青々とした草や、小さな花が咲き乱れている。真っ白で太い柱は堂々と来客者を待ち構えていて、空は雲ひとつない真っ青な晴天だった。
どこからか吹いている優しい風が頬を撫でて行き、穏やかで麗かな空気が流れていく。
ジジイからダズと共に降りて背伸びをひとつ。その後ろでは、再びジジイが身体をバキゴキと音を立てながら戻していて、それは見ることを後悔するレベルで気持ちが悪かった。
……形が完成していたら綺麗だが、その途中経過は目も当てられないな……
「……すげぇな、ここ」
「雨雲の中の美しい庭園ってロマンじゃよね。ワシがラピュタの話したら採用になったんじゃよ〜ここが我が家じゃよ〜!」
そうして、そんなオレ達のもとに歩き寄ってくる少女。表情は険しいものの、可愛らしい顔立ちのメイド服を着た女である。
「いらっしゃいませ、お客様。おかえりなさいませ、ご主人様」
「ん! ただいまァ〜」
少し目元を潤ませている美少女。メイド服というには多少露出度が高い気もするが、きっとコイツの趣味なのだろう。
……そのメイドの顔立ちに一瞬引っかかりを覚えて、しかし言わなくていいことだと口を閉じる。心底嬉しそうな表情を浮かべたそのメイドは、ジジイにむかってはにかみながらも頭を下げていた。
「ご主人様がご無事に帰還されて、とても安心致しました。……アフロディーテ様がご主人様をお待ちでいらっしゃいます。どうぞ鏡の間へ」
「ウグッ……はぁい。行きます、行きます……」
まるで怒られに行く子供のような足取りで神殿の奥に向かって歩いていくジジイを、とても穏やかな顔で見送るメイド。
「……えぇと、オレ達は?」
「はぁ……」
オレ達も着いていくべきなのかとそちらを見れば、つんと澄ました顔でオレとダズを頭から足先まで見て、一言。
「……汚な」
「ア"ァッ!? テメェ、アニキに喧嘩売ってんのか?!」
「待てダズ落ち着け」
さっきまでの瀟洒な姿はどこに行ったのか、まるで養豚場の豚を見るような目でオレ達を見つめるメイド。カチンと来るものがあるが、それ以上にブチギレたダズを止めるのに精一杯だった。
オレの事に対してはやけに沸点の低いダズだ。小声で言っていた悪口もしっかり拾い上げて、俊敏な動きでメイドの胸倉を掴んでメンチを切っている。オレがその暴言に気がつくよりも早く動き出して、気がついた時にはもう掴みかかっていた。
握りしめた拳は振りかぶっていて、オレが止めに入るのが少しでも遅かったらぶん殴っていた事だろう。
初対面早々に暴言を吐くような女に愛想笑いする必要はないが、しかしそれでも暴力を振るうのもいけないのだ。
「ダズ、とりあえず手を離せ」
「アニキィ……しかし」
「いいから」
大人しくオレの言うことを聞いて手を離したダズ。しかしメイドの顔をヤバい顔で睨んでいくのはやめない。
「アフロディーテ様がパリス様を堪能なさったのち、お客様にはアフロディーテ様と謁見頂きます。お二方の逢瀬はおそらくかなりの長時間が予想されますので、その間に大神殿内の案内を致します。が、その小汚い貴方がたに神聖な大神殿を汚されたくありませんので、まずは身を清めていただきます」
「……わかった」
その一言一言に噛みつきそうな形相で髪で隠れた目の奥で射殺さんばかりに睨んでいるダズを抑えながらも、メイドの言葉にオレは頷いた。言いたい事はいくつもあるが、この場をなんとか収めたい気持ちが勝ったのだ。
「アニキィ! なんで止めるんですか、あんな不届き者……懲らしめてやらねェと気が済まないでさぁ」
「あんなのの言葉にいちいち突っかかってんじゃねぇよ」
それに、だ。
オレは挑発するように声を大きめに、ダズにゆっくり諭すように答えていく。もちろんメイドにも聞こえる声の大きさで……
「型落ちどころか骨董品レベルの
オレには、あの顔に見覚えがあった。
100年近く前の古い機械人形で、かなりリアリティにこだわった自立式AI搭載の人形だ。2D写真でのカタログでしか見た事なかったものの、顔立ちが完全に一致している。
まるで人のようなダッチワイフを作るオリエンタル工業から出た、待望のアンドロイドという触れ込みだったと聞いている。整った顔立ちと綺麗な身体、そしてなにより性格の設定の多彩さが売りの、まるで人そのもののような人形としてヒット商品となった、それである。
今では法改定も行われて、アンドロイドの製造販売は基本禁止とされている。そんな中でこんなふうに動く骨董品に出会えたのは、もしかしたらとても珍しいことかもしれない。
とどのつまりは、こういう性格に設定している主人が悪いのだ。オレはそうだろうと、メイドをチラリと見やる。
……案の定、これまた物凄い形相でオレを睨んでいるが、きっと事実なのだろう。
「ま、性処理人形にメイドの真似事させてるってのも酷な話だが……そういう趣味なんだよ、察してやろう。な?」
「へ、へい……わかりやしたアニキィ……」
まるで瀟洒とは程遠い足取りでドスドスと歩いていくメイドの後ろをついていく。
全く、景観は綺麗なのに気が休まらないのはいただけないものだ。オレはため息をこぼしながら、この建物の構造を覚えていくのであった。
……その道中、獣の叫び声のような嬌声と、ジジイの助けを求める声が聞こえてきたのはきっと間違いだと思いたい。
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